港町と幼女
金海波の登場。しかし、いつもと少し違います
「ねえ、ヤオちゃん、あたし達の付き合いも長いよね? そろそろ大人の関係にならない」
妖しい笑みを浮かべる金海波の腹にヤオは、必殺の肘を入れて、沈黙させてから言う。
「冗談は、止めて。あちきも仕事で来てるから、邪魔すると暫く動けなくするよ」
「今のは、違うのですか?」
金海波の使徒、金の鱗を持つ者、金鱗人が質問すると、足元に居た、白牙が言う。
『あれは、黙らせただけだ。ヤオが本気で動けなくすると言うのは、骨の数本を粉砕する事だ』
「金海波様には、私から、注意しますので、止めてください」
金鱗人がフォローする中、ヤオが言う。
「今度の海戦は、かなり大規模な物になるよ。でも、正しき思いがあるかどうかは、未確定。あちきとしては、必要有無を判断し、干渉するけど、そっちは、どうするの?」
金海波が腹を押さえながら立ち上がる。
「あたしの管轄は、海の交流の管理。戦争が長引き、そっちに問題が出るようだったら干渉するわね」
『前から疑問に思っていたのだが、何で神名者は、信望者を集めて、神になるのが目的なのだろう? それなのに戦争の制御や海の交流の手助け等、直接関係無いことが多いのだ』
白牙の質問にヤオが困った顔をして答える。
「それは、仕方ないよ、あちき達は、この世界の質の向上を最優先するのが大前提だもん。だから、神の欠片から生まれた魔獣の処理など、この世界に強い悪影響を与える現象には、対処しないといけないの」
金海波も苦笑いを浮かべて言う。
「ある意味、そっちが本当の仕事なのかもね」
そんな神視点の会話を交えながら、二名の神名者が港町に向かった。
ヤオが港町に到着すると、辺りを見回す。
「どうしたの?」
金海波の言葉に、ヤオが何かを見つけた顔をして答える。
「あちきが呼ばれてるみたい」
歩き始めると、独りの幼女が、建物に前に両手を広げて立っていた。
「ここは、僕が護るの!」
しかし、その前に立つ男達は、無視して中に入ろうとする。
「今日から、ここが俺達の店だぜ」
「運が良いぜ、店の亭主が、事故で死んで、ろくに家族も居ないんだからな」
「少し狭いが、資金が貯まったら売っちまえばいいしな」
勝手な事を言う男達に幼女が引っ付く。
「駄目! ここは、お父さんの大切な店なんだから、貴方達に好き勝手させない!」
「うるさい、邪魔をするな!」
男が幼女を振り払おうとするが、その手を金海波に止められる。
「小さい女の子に手を出そうとするなんて、海の男失格ね」
「なんだよ、女!」
金海波を囲む男達。
「丁度良い、俺達の新しい店の記念に、可愛がってやるよ!」
その様子を見ていた白牙が、見物人に格安宿の情報収集をするヤオに言う。
『ほっておいて良いのか?』
ヤオは、完全に気にした様子も見せず、情報収集を続けながらテレパシーで答える。
『あのね、幼女が絡んでるのに金海波がミスをすると思う?』
『終わった後に助けないとな』
そういって白牙は、金鱗人(一応、人の姿に化けている)に同情の視線を送った。
しかし、金鱗人の様子がおかしかった。
「どうかしたの?」
ヤオの質問に金鱗人が戸惑いながらも答える。
「似ているのです」
「誰に?」
ヤオの問いかけに金鱗人は、沈黙する。
そうこうしている間に、金海波が、男達を蹴散らして、毎度の様に幼女に迫ろうとしたが、そこで動きが止まる。
「……キリーナ」
幼女が首を傾げる。
「僕は、キーマだよ」
金海波は、慌てて言う。
「ごめんなさい。あたしの知り合いに似てたから」
「そうなの? 助けてくださいまして、ありがとうございます」
深く頭を下げるキーマに金海波が笑顔で答える。
「良いのよ。そうだ、お店をやる人が居なくて困ってるのよね? あたしが手伝おうか?」
キーマが眉を顰める。
「他の人も同じことを言って、書類にサインしろって言って来たよ?」
金海波は、慌てて手を横に振る。
「そんな事はしない。キーマちゃんがサインしない限り、正式にこのお店が他人の物になる事はないから安心して。あくまで手伝いよ」
白牙が呆れた顔をして言う。
『あんな事を言っているが、良いのか?』
金鱗人が悲しそうな顔で答える。
「仕方ないことです」
『どう思う?』
激しく人が行き交うキーマの貿易店を見ながら白牙が言うとヤオは、遠くを見ながら答える。
「神名者も元は、人間だって事。余計な事に口を挟むべきじゃないよ」
『そんな物なのか……』
納得しきれない顔をする白牙を尻目にヤオは何か悟った顔をして告げる。
「でも時間は、無いよ」
「キンカさん、本当にありがとう」
嬉しそうに言うキーマに金海波も微笑み答える。
「キーマちゃんが喜んでくれる以上の幸せは、無いわ」
キーマがモジモジしながら言う。
「お姉ちゃんって呼んで良い? 僕、前からお姉ちゃんが欲しかったの!」
金海波が驚いた顔をすると、キーマが慌てて手を振る。
「駄目だったら良いの」
金海波は、キーマを抱きしめて言う。
「良いのよ。そう呼んでくれたら、あたしは、本当に嬉しいから」
笑顔になり、キーマが言う。
「お姉ちゃん」
「はーい」
答えた金海波の目から涙が流れた。
「それでは、よろしくお願いしますね」
取引先の一つから金海波が出ると、その前にヤオが立ち塞がる。
金海波は、ばつがわるい顔をして言う。
「言いたい事は、解ってる。でも、もう少しだけ時間をもらえない?」
ヤオは、淡々と答える。
「時間は、無いよ。何もしなければ、戦争になり、この港町が壊滅する。正しき思いが無い戦いだから、あちきは、干渉しない」
驚く金海波。
「そんな、戦争の抑制だって貴女の仕事でしょ!」
ヤオは、首を横に振る。
「ここでの海戦でどれだけ港街に被害が出るかが判明し、今後の海戦に良い影響が出るとあちきは、予想している」
金海波がヤオに掴みかかる。
「あんたも、大きいものを救う為には、小さいものを見捨てるのが正しいと言うの!」
ヤオは、悲しそうな顔で答える。
「正しいとは、思わない。あちきには、全てを救うだけの力が無い。だから、最善と思える選択をするだけ」
金海波が搾り出すように言う。
「あたしの力で海戦をとめる事が出来るわよね?」
ヤオが頷く。
「海流を操り、戦艦を全て排除すれば良い。でもそれをしたら、この港は、終わりだよ。それは、あちきより金海波の方が解ってる筈」
ヤオから手を離す金海波。
「不自然な方法で止めた流れは、決して元には、戻らない。戦艦を沈める事が出来ても、それを続けなければ行けないし、それをしたら、ここが港として運用出来ない」
ヤオは、沈む金海波に告げる。
「一応、方法はあるよ。金海波と宣言し、ここを聖都として、戦艦だけの接近を禁じれば良い。それだったら、流れが確保されるよ」
金海波が驚いた顔をして、戸惑うが、ヤオは、それ以上の干渉を嫌うようにその場を離れるのであった。
キーマを寝かせた後、金海波は、独り酒を飲んでいた。
「どうなさいましたか?」
金鱗人の言葉に金海波が言う。
「この地を聖都にすると言ったら、どうする?」
金鱗人が即答する。
「構わないと思います」
苦笑する金海波。
「馬鹿、そんな訳には、行かない。あたしは、まだ力が足らない。もっと世界の海を知り、力を高めないといけない。こんな所に聖都を作ってるようでは、高みを目指せない」
金鱗人が搾り出すように言う。
「……キーマが成長するまでのほんの十年、足を止めても問題ないと思いますが」
首を横に振る金海波。
「そんな事では、あたしが腐る。八百刃は、あたしに神名者である事の意味を問いただしている。あたしは、それに答えないといけない」
一週間後、それは、起こった。
小競り合いを続けていた両軍が激突し、その戦火が港町までのびて来た。
騒乱の中、怖がりしがみ付くキーマに金海波が問う。
「お姉ちゃんと一緒に遠くに逃げる?」
キーマは戸惑い、金海波の顔を見て、その後、両親が残してくれた店を見る。
「僕、この店を護りたいの……」
その一言が何を意味するのかは、キーマにも解った。
金海波が立ち上がるとキーマは、涙を流しながら離れる。
「金鱗人、ここを頼むわね」
「何があってもキーマを、この店を守り通します」
金鱗人の答えに金海波が店を後にする。
砲撃を続ける両軍の戦艦。
次の瞬間、海が割れ、両軍を分ける。
そして、海面が盛り上がり、『金海波』の文字を輝かせた金海波が命ずる。
『我は、海と富の流れを導く者、金海波。汝等の行いを見よ』
金海波が炎上する港町をさす。
『海に生きるのには、港が必要なのだ。それを壊す汝等の戦いは、流れを乱す邪流なり。それを知り、なおも続けようと言うのならば我が流れが汝等の邪な流れを打ち砕かん』
信仰心が薄い数隻の戦艦が金海波に攻撃をするが、金海波が手を軽く振るだけで海中に沈んでいった。
それを見て、戦いを続けられる者は、居なかった。
『こうなると解って居たのか?』
白牙の言葉に、九尾鳥で上から見ていたヤオが答える。
「可能性は、気付いていた。でも、ここで足止めしたり、キーマちゃんと一緒に逃げるって選択肢もあった。そうなったら色々後始末するのは、あちきだったけど、それでも良かったと思うよ」
同情とも、安堵ともとれる複雑な表情を浮かべるヤオであった。
「もう少し一緒に居てもよかったんじゃない?」
港街を出るヤオの言葉に一緒に旅立つ金海波が答える。
「金海波の名の下に、助けるように誓わせたから、問題無いよ」
そして、振り返らない金海波の代わりに港町を見る金鱗人にヤオが言う。
「幸せに成れると良いね」
金鱗人が頷き前を見る。
「その為にも、金海波様には、一刻も早く神様になっていただかないと」
『うちの怠け者もせっついてくれ』
白牙が疲れた様子で言う。
使徒達のそんな会話を聞いて無い様子で金海波がヤオに抱きつく。
「もう少し、ヤオちゃんとこうしてる」
ヤオは、珍しく振り払わないと、金海波の手がヤオに服の中に忍び込む。
「調子に乗るな!」
ヤオの必殺の肘が金海波の顎に決まり、激しく天に上がるのであった。
金海波が神となるのは、これより少し後の話となる。
その要因は、一般では、強い力の証明による、信望者の増加と言われる事も多いが、後に八百刃は、語る。
神名者が神になるのに一番必要なことは、自分が神としてやる事を掴む事だと。




