王宮と人工魔獣
四つ子がバールズに預けられていた時のお話しその1です
「すいませんが娘達の事をお願いします」
ヤオの言葉に、バールズ王国の王、アーロス=バールズが頭を下げる。
「八百刃様に受けた御加護に少しにでも答えることが出来る、大変光栄な事でございます」
『ヤオ、そんなに時間が無い。行くぞ』
白牙の言葉にヤオが頷く。
「数ヶ月は、掛かると思いますが、必ず迎えに来ますので、それまで、どうかお願いします」
そのまま、天道龍に乗って、狂気の科学者が生み出した人工魔獣が跋扈する戦場に向かっていくヤオであった。
「後で料金とられませんか?」
黒髪、碧眼のヤオの四つ子の一人、トーウ(七歳)が目の前に並べられた料理を指差す。
すると、国王の娘、マリセス=バールズ(十一歳)が大笑いする。
「誰もそんな事をしませんよ」
何故か、マリセスの膝の上に座っている、黒髪、銀眼の盲目の四つ子の一人、セーイが首をかしげたのを見て、向かいに座っていた、バールズの第二位王位後継者、パリンス=バールズ(八歳)の従者の男が言う。
「八百刃様は、この国を汚い策略よる、絶望的な侵略から護って下さった、偉大なる神名者様です。我々にとっては、数少ない、ご恩に報いるチャンス。その為、最大限の歓迎をしているのです」
黒髪、金眼で、庶民派の四つ子の中で、唯一偉そうな、ホークが普通に食べながら言う。
「ママが、信望者に何かを頼むなんてそうそう無いんだから、楽しまなくちゃね」
既に主の様に、城のメイド達を顎で使っている。
「それは、本当なの? 八百刃様の神殿があると聞いた事があるよ」
パリンスの質問にトーウが頷く。
「本当。ママって自分の教えを護る人間だったら、信望者とか関係なく助けるからね。だから、助けた人からお金を貰うって事があっても、信望者からの貢物を受け取ったりしないの」
マリセスが眉をひそめる。
「それで暮らしていけるの?」
トーウとセーイとホークが首を横に振る。
『だから、いつも借金だらけだよ』
喋れないセーイの代弁者である百爪が子猫姿のまま、答えると引きつるバールズの人達。
「普段の生活は、バイトしたりしたお金で暮らしてる。この頃は、人に変化できる八百刃獣も働いて、お金入れるって言ってくれてるけど、ママが駄目って断ってるよ」
トーウが呆れた顔をしていると、四つ子の最後の一人、黒髪、黒目のナーンが戻ってくる。
「ただいま」
パリンスがそちらを向く。
「どうだった? ホルマルスさんの魔獣兵器研究所に行って来たんだよね?」
ナーンが嬉しそうに頷く。
「うん。中々勉強になった。ご飯を食べたら、また行く!」
そんな平和な空気が流れていた。
「まさか、この時期に八百刃様から娘を預かる事になるとは……」
モリビス=バロドルス、バールズの魔術院の長が渋い顔をすると横に居た、髭面の男が言う。
「作戦は、予知通りに行うぞ!」
モリビスは、首を横に振る。
「延期だ。万が一にも八百刃様の琴線に触れる事は、したくない」
髭面の男、このバールズの将軍の一人、バド=バッドが反論する。
「そんな事が出来るわけ無いだろうが! この作戦の為に幾ら金が掛かっていると思っているのだ! 延期すれば、それだけ余計に金がかかるのだぞ!」
モリビスは、平然と答える。
「失敗が許されないこの作戦で、不安要素を増やしてどうする。多少の出費は、保険料と思って、諦めろ」
バドは、机を叩き立ち上がる。
「これ以上、ホルマルスの奴の横暴を許せるか! 奴の研究費の為に、軍事費がどれだけ削られてると思ってるのだ!」
モリビスは、それでも冷静に答える。
「結果が全てだ。奴は、結果を出している。予算がそっちに行くのは、仕方ない事だ。だからこそ、あの施設の人工魔獣を暴走して、奴の技術が不安定と印象付けて、我らの力を増加させるのだろう。その為に、我らが危険な橋を渡る必要は、全く無い」
バドは、モリビスを睨みつける。
「そんな悠長な事を言っていられるか!」
流石に呆れた顔をしてモリビスが言う。
「お前、軍事費をこの作戦に流用したな? 裏工作の費用を表から出すなど、愚か者のする事だぞ」
バドが怒鳴る。
「お前みたいな、先祖代々の金持ちとは、違うんだ!」
モリビスが切り捨てるように宣言する。
「お前との関係もこれまでだ。金を返せとは、言わない。今回の損失は、お前のその短絡思考を読めなかった、自分の戒めとしよう」
モリビスが出て行くと、そのドアに物を投げつけるバド。
「お前の助けなど要らぬ! 俺一人で全てをやり遂げてやる!」
「なるほどな、神や神名者の使徒と通常の魔獣では、存在自体が異なるのだな」
魔獣兵器開発最高責任者、ホルマルス=ホストンの言葉にナーンが答える。
「根本的に異なっていて、魔獣は、内部から力を発生させるけど、使徒は、所属する神の力を受けてその力を発動させるの」
研究室で、色々な兵器の説明を受けていたナーンがお返しとばかりに、使徒と魔獣の差を解説する。
「そうなると、使徒は、一切食事が必要ないのですか?」
ホルマルスの言葉にナーンが首を横に振る。
「そうでもないみたい、元の性質は、多少は残るって話だよ」
そんな話しをしていると、警報の鐘が鳴り響く。
研究員の一人が駆け込んでくる。
「大変です。開発中の人工魔獣達が暴走しました」
「それでどうした? もしも暴走した時の為に、色々対抗策を打ってあったはずだが?」
ホルマルスの言葉に、研究員が戸惑いながらも答える。
「それが、どれも十分な成果が出ておりません。その結果、人工魔獣の何匹かが、脱走しそうです」
ホルマルスが本当に暫くの沈黙の後、通信装置に手をやる。
「仕方ない、協力を依頼しよう」
それを聞いて研究員があわてる。
「そんな事をすれば、これからの研究が出来なくなります」
ホルマルスは、呆れた顔をして言う。
「馬鹿な事を言うな。人工魔獣が暴走し、それを制御できなかった。その事実を隠蔽して、研究を続けても、隠蔽の為の隠蔽工作が続き、ろくな研究が出来なくなる。私が行うのは、真の研究の為だ。無駄な虚勢の為では、無い」
ナーンが手を上げる。
「僕がなんとかします」
そういって、いくつかある装置を手に取る。
『我が声に応え、我が剣よ、集いて獣を力とする盾と化せ、護獣盾』
ナーンの額に『南刃』の文字が浮かぶと、周囲の機械が集合して巨大な盾になる。
そして、ナーンは、意識を集中して、暴走している人工魔獣達を意識に捉える。
『南刃の名の下に、その力を我が護りとかせ、魔獣』
すると、暴走していた全ての魔獣が収束して、ナーンの生み出した盾と吸い込まれていく。
驚くホルマルスにナーンが笑顔で言う。
「どこで開放しますか?」
数日後の王宮、アーロス国王が王座に座った前で、ホルマルスから人工魔獣暴走の一連の報告がなされた。
「対策に不備があった事に間違いは、ありません。今後、改善していく所存です」
頭を下げるホルマルスにアーロスが鷹揚に頷く。
「当然だ。今回は、八百刃様の代行者の働きで事なきを得たが、次回もそうなると思うのは、愚か者の考えだ。お前には、より一層の安全対策を行ってもらう」
そのまま、解散と思われたとき、将軍の一人、バドが騒ぎ出す。
「国王陛下、そんな事では、いけません! 幾ら対策を行おうと、人非ず物を戦力として使う危険性がここに証明されたのです」
大臣や他の将軍も賛同していく。
しかし、もう一人の当事者である、モリビスは、何の反応を示さない。
そんなモリビスに優越感を感じながらバドがホルマルスを指差す。
「人工魔獣みたいな訳の解らない物に、これ以上国費を費やすわけには、行きません!」
「この子達は、無理やり暴走させられてたよ。本当に可愛そう」
高窓で、人工魔獣の一匹を優しく撫でながらトーウが告げる。
いきなりの代行者の登場に、戸惑う中、一緒に現れたナーンが厳しい顔をして言う。
「幾つかの安全装置に細工した痕跡がありました。これは、仕組まれたものです」
ざわめきが起こる中、バドが怒鳴る。
「何が言いたいのだ! お前たちみたいな子供は、引っ込んでろ!」
その一言に、アーロスの目が鋭くなる。
「八百刃様の代行者様に向かって失礼の口の聞き方が許されると思ったのか?」
バドがあわてて口を塞ぐが、そこにホークが正面から入って来て言う。
「訳が解らないというけど、貴方の軍事費の使い方も変よね」
そしてホークがアーロスに資料を投げ渡す。
それを一瞥して、アーロスが告げる。
「確かに、不自然だ。なぜお前が、人工魔獣兵器開発室の人間に報酬を支払う必要があるのだ?」
バドが慌てて言い訳を行う。
「それは、一種のスカウト活動です」
大きく溜息を吐くアーロス。
「人材の引き抜きを公言するのか?」
冷や汗を垂らすバドを見て、小さく溜息を吐くモリビス。
「言い訳をすればするほど、泥沼に嵌るよ」
トーウの言葉に、バドが睨むが、周囲の空気が更に悪化する。
「今さっき陛下に正されたばかりであろう、八百刃様の代行者に不遜な態度をとるなと」
呆れた顔でモリビスが告げると流石に、先ほどまで賛同していた者たちも、離れていく。
バドが必死に反論する。
「待て! 長い間、王国の為に働いてきた俺より、ひょこっと現れたこいつ等を信じると言うのか!」
アーロスが命令する。
「この不届き者をわが国の将軍職から解任する。我が前から、消えろ」
近衛兵たちが近づこうとした時、バドが叫ぶ。
「もはやここまでだ! 俺に続け!」
バドが剣を抜き、ホークにその剣を伸ばそうとするが、その前に隠れていたセーイが出てきて、肩に乗っていた子猫姿の百爪に手を伸ばす。
『西刃の名の下に、我が刀に化せ、百爪』
左手に『西刃』の文字が浮かび、百爪が刀に変化し、バドの剣を切り裂き、刀身が首に当てられる。
ホークが凍りつくような視線で告げる。
「あたし達に刃を向けた以上、八百刃と争う覚悟があるんだよね?」
周囲の人間の血の気が一斉にひく。
アーロスが弁明を行おうとする前にナーンが言う。
「僕達は、正しき戦いの護り手、八百刃の代行者。正しき戦いを行う者には、危害を加えることは、無いよ」
その一言でバドを救うものが居なくなった。
「あの事件は、全て、バドの独断で行われた物とされたが、監視システムの不備も確かと判断され、それに我らが加わる事になりました」
数日後の人気の無い王宮の一室でモリビスから、輝石が詰まった袋を受け取ったホークが聞き返す。
「この間の資料は、何処から手に入れたなんて野暮な事は、聞かない。でも、あたしに報酬を渡す程の利益あったの?」
モリビスが淡々と答える。
「あの資料がバドの単独犯を決定付けました。今回の出費くらいは、十分に補えます」
ホークが輝石を受け取って手を振って立ち去るのであった。




