ヤオとヤオ
ヤオその名前の由来は?
ヤオが何時もの如く、バイトをしていた。
『今更、突っ込むのも億劫だが、本業は、どうした?』
白牙の突っ込みに、ヤオは、平然と答える。
「正しき戦いがある所にあちきは、あるんだよ」
ヤオは、普通にゴミを捨てて、店に戻ろうとした。
そこに、一人の少女が駆け込んでくる。
「誰か助けて!」
少女が必死に助けを求めるが、誰も助けようとしなかった。
少女は、ヤオを見る。
もし、ここでヤオに助けを求めていたら、ヤオは、助けなかったかもしれない。
しかし、少女は、ヤオを危険から遠ざける為、反対側の誰も居ない道を選んだ。
少女を追う、兵士達もその後に続いた。
「戦ったね?」
『そうだろうな、自分の生存本能と、正義を天秤にかけて、正義が勝った』
白牙の言葉に答えて、ヤオは、無雑作に近くにおいておいたモップを手に取る。
「だったら、助けないとね」
駆け出し、兵士達に追いつくとモップで、兜を叩く。
衝撃で意識を失って行く兵士達。
「小娘、何をする!」
問答無用で、兜を叩いて全滅さえた後、ヤオが言う。
「大丈夫?」
少女は、驚いた顔をして言う。
「貴方強いのね?」
その顔を見て、ヤオの動きが止まる。
そこに、起き上がった兵士の一人が剣を振り下ろす。
「危ない!」
ヤオに体当たりをする少女だったが、ヤオは、その少女を受け止める。
『何、驚いていたんだ?』
白牙が、兵士の腕を切り落としてから尋ねる。
「ちょっと知り合いにそっくりだったから」
ヤオが返事を返している間に、周囲の住人がざわめき、ヤオが働いていた店の店主が現れて言う。
「因縁つけられたらどうするんだ! お前は、クビだ!」
小さく溜息を吐くヤオ。
荷物を持って、残り少ない路銀を数えながら、道を歩いていると、先程の少女が現れる。
「あたしの所為でクビになったんだよね?」
ヤオが苦笑する。
「仕方ない事だよ、あそこでほっておく事が出来たら、あちきがヤオって名乗っている意味無いからね」
「へー、おばあちゃんと同じ名前なんだ」
少女の言葉に、ヤオの顔が引き攣り言う。
「それじゃあ、あちきは、新しいバイト探さないといけないから」
去ろうとするヤオを少女が止める。
「うちで働きなよ」
ヤオが困った顔をする。
「でも、迷惑になるかもしれないよ?」
少女が元気一杯に答える。
「おばあちゃんは、そんな事をきにしないよ」
ヤオが少女に聞こえないように小声で呟く。
「ヤオだったらそうかも」
半ば引っ張られるようにヤオは、少女の家に行く。
少女の家は、意外と大きく、数人の使用人が居た。
ヤオもその一人になることになったが、困った事があった。
「大奥様と同名なんて、不思議な事があるもんね」
メイド長の女性の言葉に、ヤオが思いっきり複雑な顔をする。
「えーと、あちきの事は、バとでも呼んでください」
「良いのかい?」
メイド長の言葉に強く頷くヤオ。
そして、ヤオは、メイド長に連れられて、家の主、少女の祖母の前に案内された。
「貴女が、あちきと同じ、ヤオって名前の子かい?」
ヤオは、顔を見せず答える。
「バと呼んでください」
少女の祖母、老ヤオは、頬を掻いて言う。
「そんな畏まらなくても良いよ。孫を助けてくれたんだろう? お礼を言わないといけないのは、こっちだよ」
「いいえ、あれは、あちきの考えでやった事ですから、お礼を言われる事では、ないです」
頭を上げず答えるヤオを不審に思い、老ヤオは、顔を覗き込む。
「ねえ、以前に会った事ない?」
ヤオが慌てて言う。
「きっと気のせいです。あちきを見た顔を知ってる訳ありません」
「まあ、良いか。頑張ってね」
そして、ヤオが助けた少女の家で働く事になった。
『どういう事情だ?』
白牙の問いに、庭の掃除をしていたヤオが答える。
「オリジナルよ。本物のヤオ。あちきが名前を借りているご本人」
『なるほどな。それで慌てていたのか。そうなると、長居は、出来ないな』
白牙の言葉に頷くヤオ。
その時、家の方が騒がしくなる。
ヤオが近くのメイドに聞く。
「どうしたんですか?」
メイドが悲しそうな顔で言う。
「大奥様が、倒れられたのです!」
ヤオが駆け出す。
ベッドに横になり、医者の診療を受ける老ヤオに少女や、少女の母親が付き添う。
その姿を見守るしか出来ないヤオ。
悲しそうな少女に、老ヤオが言う。
「もう寿命だよ。人は、誰でも死ぬもんさ」
「死んだら嫌!」
少女が、泣き叫ぶが、老ヤオが首を横に振る。
「悲しいのは、解るよ。あちきもお前と同じ年頃は、大切な人間の死を受け入れられなかった。……悲しいね、本当に大切な人間だった筈なのにそれが誰だったのか、思い出せないなんて」
悲しそうな顔をする老ヤオ。
少女の母、老ヤオの娘が言う。
「お母さん、何か欲しい物は、ありませんか?」
老ヤオが少し悩んだ後に言う。
「故郷の花が欲しいけど、残念な事に、行って帰ってくるまであちきが持ちそうもない。我侭を言えば、貴方達が平和に暮らせる世界かね」
「……お母さん」
涙を必死に堪える少女の母。
誰もが眠りにつく深夜。
付き添いの筈のメイドまでが眠りについた老ヤオの寝室に、ヤオが居た。
その手に握られたのは、ヤオ達の故郷の花の束。
それを枕元に置き、去ろうとするヤオに老ヤオが呟く。
「これを何処で手に入れたんだい?」
「偶々、近くを通りかかった商人から譲って貰いました」
ヤオの答えに、苦笑する老ヤオ。
「馬鹿を言いなさい。こんな商売にならない雑草を持ちあるく商人は、何処にも居ないよ。だいたい、あちきが好きな花ばかり、どうやって知ったんだい」
ヤオは、振り返らず、答える。
「全部、偶然です」
老ヤオが一つのペンダントを取り出す。
「これは、生まれ故郷から持ってきて、唯一残ったものさ。二つの名前が彫られている。一つは、あちきとあんたの名前、ヤオ。もう一つは、……」
「口にしては、いけません。それは、もう存在しない者の名です」
ヤオの言葉に、老ヤオが嘆息する。
「やっぱり、貴女なんだね?」
ヤオが答えないで居ると、老ヤオが話を続ける。
「子供の頃の大切な思い出、忘れては、いけない大切な人間。何度も何度も考えて、最後に残ったヒントが、ここに書かれた名前だった。誰も知らない名前。ユア、それが貴女の本名だ」
ヤオいや、かつてユアと言う名前だった八百刃が言う。
「ユアという少女は、もういません。私は、八百刃、正しき戦いの護り手。神名者であり、それ以上でもそれ以下でもないです」
老ヤオが言う。
「それでも、あちきは、嬉しいよ、永遠に会えないと思っていた大切な人間に会えたんだからね」
八百刃は、振り返り、呟く。
「何で思い出しちゃうの? ヤオが、悲しい思いをしない為に、私は、神名者になったんだよ」
老ヤオが呟く。
「そうだね、自分の所為で母親が死んだ苦しみを、全て忘れていた、そのおかげで自分を責めないで幸せに成れたと思うよ。でも、思い出して良かった。思い出せないまま死んだら、心残りから幽霊になってたよ」
八百刃は、涙目で言う。
「一つお願いしていい? 私の力で、貴女の寿命を延ばしたら駄目。きっと出来ると思う。あの子が、貴女の死を受け止められる様になるまででも生きた方が良いと思うよ」
老ヤオが首を振る。
「ユアが示した道だよ。人として生き、人として死ぬ。あちきは、自分を犠牲にしてまでそれを通そうとしたユアの意志を無視してまで生き残りたくない。その代わり、一つお願いがあるの。聞いてくれる?」
八百刃が涙を拭い頷く。
戦争を繰返す両軍の兵士が、同時に蹴散らされて行く。
『正しき戦いの護り手、八百刃様の命である。汝ら戦いを止めよ』
大地に住まう蛇、大地蛇の宣言に一同が驚き、戦争を放棄していく。
次々と異世界に吸い込まれていく、無関係な民を蹂躙していた兵士達。
『正しき戦いの護り手、八百刃様の命の元、汝らを罰する』
天で円を描く龍、天道龍の宣言に、救われた人々が安堵の息を吐く。
その夜からの三日間に、周囲の争いが、八百刃による強制干渉で停戦されていった。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
八百刃の右掌に『八』の文字が浮かび、白牙が刀になり、その手に収まる。
獰猛で知られた将軍が、八百刃の一撃で、倒れ、それに共に、蜘蛛の子を散らすように去っていく兵士達を見ながら、八百刃が涙を流す。
「今、ヤオが逝ったよ」
本来の姿に戻った白牙に八百刃がしがみ付く。
「最後のお願いが、家族の為に自分の代わりに戦ってくれって、本当にヤオは、ヤオだったよ……」
『お前が何故、ヤオの名を使ったのか、よく解った。あんな病弱な体でありながら、最後の最後まで戦う意思を無くさなかった』
八百刃は力の限り叫ぶ。
「どうして、私だけがこんな辛い目に会わないといけないの!」
それは、八百刃の本音。
「大切な人が死んでいく姿をずっと見て行かないといけないなんて、辛すぎる!」
地面にしゃがみこむ八百刃。
『それでも、お前が選んだ道なのだろう?』
白牙の言葉に、八百刃は、頷くと涙を拭い言う。
「ヤオとの約束は、絶対に護って見せる」
八百刃は立ち上がり、歩き始めるのであった。
「あちきは、信じる。ユアだったら、あちきの子孫が幸せに暮らせる世界にしてくれるって。この約束を忘れないでくれよ」
ヤオの最後の言葉、その約束の印として、八百刃がヤオ以外の偽名を使うことは、決して無かった。




