弱小国の意地
まだまだ旅慣れしていないヤオ。そんな時に関った一つの戦争の話し
ローランス大陸のロートナ王国の首都ローナ
「旅って意外とお金がかかるねー」
お財布を見て溜息を吐くヤオ。
『お金が無いのは、信望者から金を寄進させないからだと思うがな』
足元に居る白牙の言葉に、困った顔をするヤオ。
「でも、何にもしてないのにお金貰うなんて出来ないよ」
睨む白牙。
『神名者とは、神に準ずる者だから、その位当然だ!』
納得が行かない顔をするヤオに、大きく溜息を吐く白牙であった。
ヤオと白牙は、周囲の国に狙われる弱小国、ロートナ王国の首都ローナにやって来ていた。
首都だけあって、宿代も安くなく、あまり寄進を受け取らない金欠神名者のヤオはかなりピンチに陥っていた。
『実際どうするのだ? この国が大きな争いに巻き込まれるのはもう少し後なのだろう?』
頷くヤオ。
「近隣国の争いの領土争いに巻き込まれる。その時、この国がどう動くかが問題なの。それ次第ではあちきの力が必要になる筈だよ」
その時、ヤオのお腹が鳴る。
「お腹が空いたよー」
さっきまでのきりっとした感じが完全に消滅して、情けない事を呟くヤオ。
「あんたお腹空いてるのかい?」
大きな荷物を持った大柄の女性の言葉に困った顔をするヤオ。
「はい。でもお金が無くってー」
その言葉に女性は高らかに笑って言う。
「よし、それじゃあ、あたしの所で働きな。そうしたらご飯と寝る所位、用意してやるよ」
『無礼な女だ』
白牙が敵意を込めて睨むが、ヤオは、嬉しそうに女性の手を掴む。
「本当ですか?」
女性が頷き言う。
「ああ、あたしは酒場を兼業してる宿屋をやってるんだ、ついておいで」
「はい」
そうして、ヤオは酒場で働く事になるのであった。
「ヤオちゃん急ぎな!」
ヤオを拾った宿屋の女将、パレラの言葉に繁盛している酒場の中を一生懸命駆け回るヤオ。
「お待たせしました」「直ぐうかがいます」「今もって来ます」
疲れてベッドに倒れるヤオ。
「……疲れた」
そんなヤオにパレラが来て呆れた口調で言う。
「あんた何歳だい?」
「20です」
ヤオの答えに驚いた顔をするパレラ。
「本当かい? どうみても12・3位にしか見えないけどね」
「童顔な為かと」
ヤオの言葉に少し納得いかない顔をしながらパレラが言う。
「それなら尚更、今まで何やっていたんだい? 正直あまり仕事とかした事ないんじゃないのかい?」
ヤオは思いっきり困った顔をして言う。
「えーと小さい頃は病弱で、病気が治った後も特別な学習機関に居ました。その後は、ずっと旅をしてました」
肩を竦めるパレラ。
「どうりで、手際が悪い訳だね。もっと頑張らないとお給金払えないよ」
「すいません」
頭を下げるヤオに苦笑してパレラが言う。
「あんたが真面目だって事は解ってるから、頑張るんだよ」
「はい」
素直に返事をするヤオに白牙が呟く。
『戦神候補の神名者が、何で酒場のバイトを頑張らないといけないんだかな』
ヤオのバイト生活も数日が過ぎた。
「ヤオ、お客様が席をたったら急いで片付けな!」
「はい」
パレラの言葉に直ぐ反応するヤオ。
そしてヤオが綺麗にしたテーブルに数人の軍人が座り会話を始める。
「それにしても、このままでは、この国は終わります」
その言葉に、床で丸くなっていた白牙が目を向ける。
「解っている」
中心人物らしき、男性が答えると周りの男達が一斉に話しかける。
「ここは、どちらかに協力したほうが宜しいのでは?」
「どっちにつけば良いと言うのだ?」
「被害が出ないやり方を考えないといけないな」
白牙が溜息を吐いてヤオにしか聞こえない声で言う。
『ここには、お前の仕事は無いみたいだぞ』
ヤオは、小さく笑みを浮かべて、問題の男を指差してから料理を運ぶのを続ける。
白牙が再びその会話の方を向くと、問題の男性が言う。
「何を話している?」
戸惑う取り巻き達。
「何とは、生き残る為の算段ですが?」
中心人物らしき男が首を横に振る。
「お前達は、何のために戦うか解っていないな」
その言葉に、最初に言葉を発した、この中では、若い方に入る男が言う。
「わが国には、隣国と戦う程の力はありません! その状態でどちらにもつかず、どうやって生き残ると言うのですか! 答えて下さい、モードス将軍」
その一言に周囲がざわめく中、問われた男性、モードス将軍が言う。
「ならば逆に問おう、どちらかに組するという事はどういうことを意味するか解っているのか、ドーダ騎士団長?」
淡々とした質問にその若者、ドーダは、歯軋りをしながら言う。
「属国になる事を意味します。しかしそれでも滅びるよりはましです」
他の軍人も頷く。
「そうだ、いままで我等軍部を無駄飯食らいといってろくに予算をよこさず、この状況でさえ、まともな会議を開けぬ我等には、どうしようもありません」
周りの軍人達は全員頷くが、モードスは、立ち上がり断言する。
「だからこそだ。我等は無駄飯を食らっていなかった事をここで示さないで何処で示すのだ!」
その一言に反論できない、情けない軍人達の中、ドーダだけは必死の思いで、正論を放つ。
「戦力差はどうすると言うのですか!」
モードスは少しも怯まず告げる。
「ならば聞こう、ここで属国になった時、我等が仕える王や国民はどうなる?」
これにはドーダも答えられず、モードスが他の軍人に視線を向けるが、視線をそらされたのを確認してから断言する。
「圧倒的に不利な状況で、属国になった所で、我等は捨て駒にされ、王は排除される。そして国民は奴隷と変わらない扱いを受ける事になる。我等に必要な事は、わが国の存在価値を認めさせる事だ。それさえ出来れば、属国になろうとも王や国民の明日が保障される」
その言葉に秘められた決死の思いにドーダは何も言えなくなるが、一人の軍人が怯えながら言う。
「私は死にたくない。やるのだったら貴方達だけでやってくれ!」
「貴様! それでも軍人か!」
ドーダが激怒するが、それを抑えてモードスが淡々と言う。
「辞めるのは自由だ」
その言葉に安堵する怯えていた軍人とそれに同調しそうな一部の軍人達だったが、モードスの言葉には続きがあった。
「しかし、私は一人でも王国の為に、立つ」
その一言にドーダが追随する。
「この命に代えても、我がロートナ王国の意地を見せます」
戸惑う軍人達。
そこに料理を持ってきたヤオが言う。
「それだけじゃ駄目ですよ」
ドーダが睨む。
「小娘が余計な事を言うな」
そんな迫力を一切気にせずヤオが続ける。
「いま両国は、この国を中間にある国くらいしか思ってない。そこに必要以上に抵抗を見せたら、逆に相手を刺激するだけ。ここで必要なのは、中立の意思表示と、それを実行するだけの実力を見せる事だよ」
「この国の軍事力で両国に勝てる訳ないだろうが」
軍人の言葉に苦笑するヤオ。
「勘違いしてますよ、別に両国ともこの国と戦おうなんて思ってないですよ。ここを攻め込むのはこの国が問題の国を攻めるのに邪魔になるから。逆を言えば、ここを攻め落とすのに過剰な戦力が必要と解れば、避けて通る。その為に必要なのが中立の証明だよ」
モードスは少し考えてからヤオに問いかける。
「中立の証明と言うが何をもって中立を証明とする」
ヤオは笑顔で答える。
「両軍に対して、同時に奇襲し、どちらの侵攻に対しても決して引かぬ事を宣言する事。それによって相手にどちらにも組するつもりが無い事になるよ。ただしこの方法を使ったらもう後戻りできないけどね」
それだけ言い残すと次のテーブルに向かうヤオであった。
「無礼な小娘だ!」
憤慨するドーダだったが、モードスは、ヤオの言葉の検討を始めていた。
そしてその作戦は開始した。
その作戦は、隣国に存在する対ロートナ用の陣地に奇襲を行う、無謀とも言える物であったが、隣国に自分達が無力で無い事を示すためには必要な事であった。
主力は、モードス将軍が引き連れた部隊で、軍の大半がこちらに振り分けられていた。
そしてもう一方はドーダが引き連れる一番の熟度が高い、騎士団を中心とした部隊であった。
総戦力の都合上、仕方ない判断だったが、モードスは最後の最後まで、戦力の追加と自分が指揮する事を検討していたが、それをドーダは受け付けなかった。
熟度が低い、主力にこそモードスが必要であり、足らない戦力は、自分の指揮で補うと。
その言葉通り、ドーダの指揮は素晴らしいものであった。
弱小国で、軍部に予算が殆ど回らない状況でありながらも、自分達の誇りで、厳しい訓練を続けてきた騎士団だからこその高速での襲撃であった。
しかし、絶対数の差の壁はドーダの予測を越すものであった。
「団長、これ以上は無理です、一度撤退を!」
部下の言葉に舌打ちをするドーダ。
「もう少し、もう少しで相手の中枢に届く。そこまでいければこちらの力が十分脅威だと示せる筈なのだ」
ドーダの躊躇それが、騎士団を窮地に陥れる。
スピードが命の騎士団だったが、完全に包囲されてはそのスピードは完全に殺される。
追い詰められた騎士団は確実にその戦力を減らしていく。
「このまま目的を達成できないまま散れるか! 撤退を開始しろ、私が敵をひきつける。一騎でも多く国に帰り、次の我が国の意地を見せよ!」
敵の中心に突き進むドーダ。
そして数人の兵士を斬った所で馬から落とされ、槍を突きつけられる。
「愚かな、お前等は、滅びる運命にあったのにな」
相手の自分達を見下した意見にドーダは命の危険を無視して断言する。
「我が国は、決して屈しない。自分達の意思を貫く為、国民を護る為、最後の一兵まで戦いを続けるぞ!」
鼻で笑う敵国の兵士を視線で射殺す様に睨み続けるドーダ。
振り下ろされる槍だったが、その槍は一本の刀に斬り飛ばされる。
「小娘が何処から来た!」
敵兵の言葉に振り返るとそこにドーダが酒場であった少女、ヤオが右手に白い刀身の刀を持って立っていた。
「あちきは、何処にでも居るし、何処にでも行くよ。そこに正しい戦いがある限り」
そして両手を前に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、九尾鳥』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、空中に九本の色違いの尾を持った鳥、九尾鳥が現れる。
九尾鳥の青い尾が輝き、周囲に凄まじい冷気を放つ。
敵の行動力が落ちた所でヤオがドーダに言う。
「ほら早く逃げなよ」
ドーダは頷き、馬に騎乗する中、ヤオが敵国の人間、全てに伝わるように宣言する。
「あちきは、正しい戦いの護り手、八百刃。自分の主の為、国民の為に戦う、それは正しい戦い。あちきはそれを助ける」
「神名者だと、信じられるか!」
百を越す兵士がヤオに向かって突撃を開始する。
『愚かな』
九尾鳥の呟きは、哀れみすらあった。
「闇を」
ヤオの一言に九尾鳥が答える。
九尾鳥の黒い尾が輝く(?)と周囲が闇に包まれる。
その闇が消える頃には、ドーダ達は、完全に撤退していた。
歯軋りをする相手の将軍を見ながらヤオの肩に乗れるサイズに変化した九尾鳥が尋ねる。
『滅ぼす事も出来ました』
苦笑するヤオ。
「それじゃ意味が無いの。あちきは正しき戦いを護るだけ、実際戦うのは、ロートナの人たちだからね。必要以上の干渉は必要ないわ。それにあちきにもやる事があるしね」
ドーダから事の一部始終の報告を受けたモードスが全軍に通達した。
「我等の理念は間違っていない。理念が間違っていない限り、我等に敗北は無い。例えどんなに力差があろうとも!」
その言葉こそロートナを大国へ変貌する始まりの声だと後の歴史学者は語る。
隣国の干渉を完全に防いだ軍人達はパレラの宿で、祝勝パーティーを開いていた。
「我等が、偉大なるモードス将軍に乾杯!」
「偉大なりし、神名者、八百刃様の御加護に感謝を!」
そのパーティーの後、ヤオは再び旅立つ事を告げた。
「ご苦労様」
パレラの手から予定より大目の給料を貰ったヤオは嬉しそうに言う。
「こんなに貰っても良いんですか?」
頷くパレラ。
「真面目に働いてくれたからね。これからは、自分で働いてお金稼ぐんだよ」
「はい」
強く頷き、新たな戦いの場に向かうヤオであった。
『一つ聞いていいか?』
白牙が物凄く疲れた口調でヤオに問いかける。
「なに?」
『まさかと思うがこれからもこんなバイトをするのか?』
大きく頷くヤオ。
「当然、人間、汗水垂らして働いてお金稼がないとね」
あきれ果てた白牙が小さく呟く。
『神名者は、人間じゃないと思うがな』