偽者と本物
お約束の偽者の登場です
「お腹が空いたよ」
ヤオは、毎度の如く、空腹で倒れていた。
『何時も思うんだが、倒れる前に何とかしようと思わないのか?』
白牙の突っ込みに、ヤオが力の入らない手を振って言う。
「ついつい卵料理をたのんじゃうの」
『完全な自業自得だな』
切り捨てる白牙であったが、このまま飢えて動けなくなるのは、面倒と考え、周囲の気配を探る。
『人が来る。人数は、少ないが食料は、持ってるぞ』
ヤオは、最後の力を振り絞り、人の気配の方に歩いた。
「おい、ヤオヤ、本当に八百刃の名前を騙るつもりか?」
武骨と言う言葉が相応しい、傷がついた鎧が似合いすぎる程、似合う男に、苦労知らずそうな、ヤオヤと呼ばれた青年が頷く。
「はい、ブッコ。しかし、勘違いしてもらっては、困ります。僕が八百刃と名乗るのは、戦士が戦士と名乗るように、正しい戦いを護る者として、八百刃と名乗るだけです」
ブッコと呼ばれた男は、呆れた顔をして言う。
「そんなローカルな話が通じるかよ。八百刃って言えば、戦神神話に騙られる神名者の事だって、誰だって思うぜ」
苦笑するヤオヤ。
「一番有名な神名者ですからね。でも、必要な事だって理解してるでしょう?」
ブッコが大きく溜息を吐いて言う。
「まーな、幾らなんでもあの税率は、無い。レジスタンスが出来ても当然だが、残念だが結束力が無い以上、勝てないな」
戦場経験が豊富なブッコの言葉にヤオヤが頷く。
「だから、僕達が八百刃様の名前をお借りするのです」
畏怖に震えるブッコ。
「お前も度胸があるな。俺は、もしなんかあったら直ぐ逃げるぞ。まさに神に等しき存在を敵にしたくないからな」
ヤオヤが羨ましそうにブッコを見た。
「八百刃様の活躍を見たことあるんですよねー」
ブッコが頷く。
「直接、八百刃様が降臨された訳では、無いが、その使徒、八百刃獣がその力を振るい、暴虐を行った王国軍を一掃するところを見た」
思い出して、震えるブッコを見てヤオヤが気楽な口調で言う。
「安心して下さい。八百刃様は、正しき戦いの護り手。間違った戦いをしない限り、天罰を降しません」
ブッコが呆れた顔をする。
「自分の名前を騙られて、気にしない人間は、居ないと思うがな」
ヤオヤは、笑顔で返す。
「八百刃様は、人間では、ありませんから」
反論が通じない事に諦めて、ブッコがあるいていると、一人の少女を見つける。
「すいません、食べ物を少し分けて下さい。お金は、ありませんが、働いて返します」
今にも倒れそうなその少女を見て、ヤオヤは慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
そんなヤオヤを見て、ブッコが再び溜息を吐く。
「また厄介ごとを抱え込みやがって。どうして俺は、こんな奴をパートナーにしたんだろうな?」
「ありがとうございます」
食事をして落ち着いた所で、少女、ヤオが頭を下げる。
「気にしないで下さい。これも八百刃としての役目の一つだと考えます」
ヤオヤの言葉に、白牙がテレパシーで突っ込む。
『ヤオ、お前の役目に何時から遭難者救助が増えたんだ?』
ヤオは、無言で白牙を踏み潰してから言う。
「貴方様は、八百刃様なのですか?」
ヤオヤは、自信たっぷり答える。
「僕は、八百刃です」
『また、偽者か? 戦神神話が広がってから一段と増えたな』
白牙の呟きを無視してヤオが言う。
「あの八百刃なのですね?」
ヤオヤが再び頷く。
「はい、あの八百刃です」
ヤオが頷く、質問を続ける。
「だとしたら、戦いに行くのですね?」
ブッコが頷き答える。
「ああ、だから食料はくれてやるから、とっとと逃げろ」
ヤオは平然と答える。
「ただで食料を貰い訳に行きませんから、ついて行きます。これでも家事全般は、得意です」
ブッコが必死に反対をしたが、ヤオヤは、あっさりと答える。
「男所帯で、華が無かったので丁度良かったです。よろしくお願いします」
そうして、ヤオは、ヤオヤ達に同行した。
ヤオヤは、町に着くと直ぐに近くの祠に篭り、ブッコが八百刃到来を告げて回る。
天の助けと、町民がすがる。
「どうか我々をお救い下さい」
必死に頭を下げる町民達にヤオヤは、告げる。
「それは、出来ません。八百刃様が出来るのは、正しい戦いの護る事のみ。貴方達が戦わない限り、動けません」
絶望する町民にヤオヤが告げる。
「しかし、その意思があるなら、この八百刃が知恵をお貸ししましょう」
再度、喜ぶ町民。
ヤオヤの様々な指示を行った。
町民達に食料、財産を隠させて、同時に戦闘能力が無い、女子供を避難させる施設を作らせた。
炊き出しの手伝いをしながら、ヤオが言う。
「白牙、あの人が、八百刃と八百刃様を使い分けてるのに気付いた?」
足元に居た白牙が頷く。
『ああ、自分の事を指す時は、八百刃。お前の事を言う時は、八百刃様。周りの人間は、気付いてないが、正しく使い分けているな』
「そうなると、やっぱりそうだね」
一人納得するヤオだったが、背中から他の人に押されて、巨大鍋の中に落ちる。
「国王軍が攻めて来ました!」
偵察の報告に、ヤオヤは、頷き祠を出、国王軍の前に堂々と立ちふさがる。
「我は、八百刃。正しき戦いを護る者。この戦い、この町の人間に正がある。大人しく、自分の間違いを認め、町民の要求を受け入れなさい」
その言葉に、兵士達が怯むが、将軍は、平然と言う。
「冗談も休み休み言え! そんな物語の登場人物を出してきて、我々が怯むと思ったか! 行け!」
将軍の一声で侵攻が開始される。
抵抗など出来なかった。
熟練された兵士の前に、普段は、商売をしている町民が勝てるわけもなく、次々に敗退していく。
しかし、町民側に、死者は、いなかった。
けが人も周りの人間が連れて、早めに後退していた。
そして、町の大半が国王軍に制圧された時、火が放たれた。
町の中心部まで攻め込んでいた国王軍は、必死の思いで、火から逃れる。
そして、火の海から出た所を町民達に倒されていった。
「作戦通りだな」
ブッコの言葉に、ヤオヤが言う。
「町民の決断があったからです。幾ら財産や食料を護られたからと言って、自分の町に火をつける事には、強い抵抗があったでしょう」
ヤオは拍手をしながらヤオヤの隣に現れる。
「お見事。町民側から考えた作戦としては、満点だよ」
ブッコがヤオの頭を小突き言う。
「何、偉そうに言ってるんだ?」
ヤオヤが真剣な顔をして言う。
「今、町民側から考えた作戦としては、と言いましたか?」
ヤオが頷くとブッコが呆れた顔で言う。
「敵の立場なんて考えてられるかよ」
ヤオヤの顔が引き攣る。
「まさか、あれが全軍では、ないのですか?」
ヤオは、遠くを指差す。
「残念だけど、あそこの将軍って人気が無いみたい。一部の兵士が命令違反して侵攻に参加してなかった。無傷な兵士相手を、町民に任せるのは、難しいね」
ヤオヤが慌てて、前線に出る。
そこは、人数比こそ勝っているが、熟練された技術の前に、町民達が虐殺されていた。
ブッコが慌てて前線に出て、戦線を維持するが、戦いの勢いを押し戻すには、不十分だった。
ヤオヤは、必死に頭をめぐらせ、一つの手を思いつく。
「お前達の仲間をやった計略を考えた八百刃は、ここに居るぞ!」
ヤオヤは、猛威を振るう兵士達の前に出る。
「おい、お前が出ても何にもならないぞ!」
ヤオヤが小声で謝罪する。
「すまない、その命、貸してくれ」
ブッコが舌打ちし、ヤオヤを護るように立つ。
「八百刃の首が欲しければついて来い」
そう言って、ヤオヤは、ブッコと共に火の舞う中に入っていく。
これが、まともに動いていた兵士達だったら、深追いをする事は、無かった。
元々、町民を懲罰するのが今回の任務なのだから。
しかし、いま戦っている兵士達は、将軍に逆らう反発心が強く、今戦っているのも、仲間をやられた復讐だった。
その一番のターゲットを見つけ、兵士達は、ヤオヤを追いかけていった。
町民に感謝されながら、町を出て行くヤオヤとブッコ、そしてヤオ。
町が見えなくなった所で、ブッコが体にあちこちにある火傷を見ながら言う。
「幸運だった、あんな火の海に入ってこの程度で済んだんだからな」
ヤオヤが苦笑する。
「まさか、八百刃様の御加護ですよ」
ブッコも苦笑する。
「そうか、八百刃様の御加護か」
ヤオヤがヤオの方を向いて言う。
「そうですよね? 正しき戦いの護り手、八百刃様」
ブッコが固まる。
「ヤイネから、あちきの事を聞いていたんだね」
ヤオの言葉にヤオヤが頷く。
「ヤイネは、僕の祖母です。腕の傷を見る度に、自分の信仰心の浅さを懺悔していました」
ヤオは、両手を天に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、炎翼鳥』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、炎翼鳥が呼び出される。
「炎翼鳥の力で、炎を操って助けたの。ちなみにヤオヤに火傷がないのは、最後まで戦い続けようとしたからで、ブッコの火傷は、途中に逃げ出そうとした時に出来た物だよ」
ブッコは、炎翼鳥に圧倒されながら、改めて火傷が無いヤオヤを見て言う。
「何時気付いたんだ?」
ヤオヤが白牙を見て言う。
「これでも祖母から魔術を習いましたから、心での会話している事くらいは、察知出来たのですよ」
『なるほどな、最初から気づいていたのだな。それで、八百刃を名乗るのだから良い度胸だ』
白牙がブッコにも解るようにテレパシーを放つと、ブッコが全身から冷や汗を垂らし、逃げようとする。
その先に炎翼鳥の炎が吹き付けられる。
ブッコが恨めしげにヤオヤを見るが、ヤオヤが少し緊張した顔で言う。
「八百刃様、僕の行動は、八百刃を名乗るのに相応しいものでしたか?」
ヤオが頷く。
「問題ないよ。これからも頑張りなさい」
そしてヤオは、炎翼鳥に乗って去っていく。
緊張の糸が切れてしゃがみこむブッコ。
「お前の心臓は、何で出来てるんだよ?」
ヤオヤもしゃがみこみ言う。
「取り替えますよ。多分、寿命の八割方を使い切ってますから」
「絶対嫌だ」
ブッコが倒れながら断言する。
「お腹が空いた」
炎翼鳥の上で倒れるヤオ。
『戦いの監視を優先して、食料の買出しを忘れたお前ミスだ。諦めろ』
「戻って、あの人達に食料分けてもらったらどうだろう?」
ヤオが情けない顔して言うと、炎翼鳥が疲れたように言う。
『その時は、降りて下さい。さすがに戻っていけるほど、神経は、太くありません』
「駄目?」
ヤオの言葉に白牙が睨み答える。
『却下だ。人目の無い所で降りろ、狩りくらいしてきてやる』
「ありがとう」
感謝するヤオに深い溜息を吐く白牙と、同情の視線を送る炎翼鳥であった。




