19-19.セーリュー市の顛末
「貴人に礼をする時は片手を胸に当て――肘の位置はここです。下がらないように注意してください」
オレはカゲゥス市の領主の館で、執事さんから礼儀作法を学んでいた。
なぜそんな事をしているかというと、領主の晩餐に招待されているからだ。
部屋の端では仲間達が興味深そうな顔で、礼儀作法の授業を眺め、ポチやタマは新しい遊びを見つけた子供のように、礼儀作法の動きをまねしている。ポチが先生役でタマが生徒役らしい。さっきは逆だったから交代でやっているのだろう。
>「社交」スキルを得た。
ちらりと視界の隅に浮かぶログウィンドウに視線をやると、そんな表示が出ていた。
礼儀作法スキルじゃなくて、社交スキルなのか。
今晩を除けば、活躍の場がない気もするが、お偉いさんの不興を買って投獄とかされたらたまらないので、なけなしのポイントを割り振って有効化しておく。
社交スキルを有効化したお陰か、気にすべきポイントや動きのコツが分かるようになった。
「――ほう」
執事さんが感心したような表情になったところからみて、社交スキルはなかなか役に立っているようだ。
「サトゥー殿、素晴らしいです。これほど飲み込みのよい生徒は初めてです」
褒めてくれるのは嬉しいが、全て社交スキルのお陰なので、少し後ろめたい。
ともあれ、一通りのおさらいの後に執事さんのお墨付きが出たので、礼儀作法の授業は予定より早く終わりになった。
風呂の用意ができたというメイドさんの報告にちょっと驚いたが、貴人との晩餐会前に身を清めるのは一般的な事らしいので、久々の湯船を堪能した。
ポチとタマを従えたアリサが背中を流すと言って浴室に全裸で突撃してきたり、館付きのメイドさんが半裸の湯着姿でお世話をしに現れたりと、少々トラブルもあったが、お湯は最高だった。
◇
「――中止、ですか?」
館付きのメイドさんが用意してくれた礼服に着替え、準備万端で待っていると時間になって現れた執事が晩餐会の中止を伝えてきたのだ。
「申し訳ございません。隣領より参られた使者殿との会談が長引いておりまして」
「隣領というとセーリュー伯爵領ですか?」
執事は答えなかったが、彼の雰囲気からして間違いないだろう。
セーリュー市に封じられた上級魔族に何か動きがあったのかもしれない。
これだけ離れている場所に危険はないだろうけど、万が一の場合はすぐにカゲゥス市を発てるようにしておいた方が良さそうだ。
そんなわけで、オレも皆と一緒に迎賓館の食堂で夕食となった。
「わお~」
「すごく凄いのです!」
「うっひゃー、すごいご馳走ね!」
食堂の大きなテーブルに溢れんばかりにご馳走の数々が並べられた。
なんでも、ホストであるカゲゥス女伯爵が、晩餐の料理を無駄にするわけにはいかないと言い出したお陰で、オレ達全員に晩餐会の料理が提供されたのだ。
多種多様な羊肉料理が並んでいて、見ているだけで口の中に涎が溢れそうになる。
「むぅ」
エルフという種族的に肉料理がダメなミーアが、苦い顔で唸った。
「お嬢様にはこちらを」
執事がワゴンで運ばれてきた野菜料理を並べる。
蒸した野菜の椀や煮物の椀、さらに新鮮野菜のサラダまである。貴族の料理だけあって、ドレッシングや付けダレも多彩だ。
「ありがと」
ミーアに礼を言われた執事が満足そうに一礼した。
「サトゥー殿、酒精はいかがなさいますか? ワイン類もありますが、領の特産品であるカゲゥス・エールは絶品ですぞ」
子供達の前で飲むのはアレだが、特産品と言われては断るのも悪い。
せっかくなので、一杯だけ味見させてもらおう。
「では、特産品のエールをお願いします」
この場で成人しているのはオレとリザだけなので、リザにも飲むか尋ねたが「いえ、私はご主人様の護衛ですから」と首を横に振って断られた。
まあ、お酒が苦手みたいだから無理強いは止めておこう。
執事は部屋の端に、エールの小樽を設置し、そこからジョッキに注ぐとオレの前に置いてくれた。
「サトゥー殿、私どもはこれで下がらせていただきます。何か御用がございましたら、こちらのハンドベルを振っていただければ、館付きのメイドが参りますので、お気軽にお申し付けください」
執事はそう言って給仕していた人達を連れて部屋の外に出て行った。
入館時に差別メイドとのトラブルがあったから、気を遣ってくれたのだろう。
「さあ、いただこうか」
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
オレが声を掛け、アリサのいただきますの声を合図に食事が始まった。
獣娘達が豪快にフォークをメインの羊肉のステーキに突き立て、アリサやルルがソーセージに手を付ける。ナナは少し悩んだ後に、羊肉の煮込みを選んだようだ。
ミーアも自分専用の野菜料理の中から、温かい蒸し野菜を選んで口に運んでいる。
見てないでオレも食べよう。
まずは大ぶりのソーセージからだ。
勢いよく囓ると、ほどよく焼けた皮がパキッと弾け、中から旨味たっぷりの肉汁と溶けた脂が口の中に溢れてくる。
――美味い。
キンキンに冷えたビールが欲しくなる味だ。
残念ながらエールは常温のようだけど、せっかくの特産品との事だし、きっとソーセージに合うに違いない。
オレはそう考えて、エールのジョッキを口に運んだ。
うん、美味い。エールはあまり好きじゃないんだけど、ここのエールは素直に美味いと思えた。
あっという間に一本を食べ終わり、次のソーセージに手を出しそうになったが、他の皿もたくさんある。
二本目はステーキや煮込み料理を順番に食べてからにしよう。
領主が自慢するだけあって、どの料理も絶品だ。
羊肉料理にこれだけのレパートリーがあるのは素直に驚いた。特にソーセージと特産品のエールが素晴らしい。
後で執事さんに市場で買える場所を教えてもらおう。
付け合わせのザワークラウトやピクルスも絶品だったので、こっちも買っておかないとね。
◇
満腹になってうとうとし始めた子供達を寝かしつけ、オレは一人、柔らかなソファーに身を委ねて魔法書を読んでいた。
コンコンッと扉がノックされた。
館付きのメイドさんではない。彼女はさっき控え室に下がったはずだ。
「どうぞ」
「開けてくれ、両手が塞がっているんだ」
この声はカゲゥス女伯爵だ。
扉を開けると、片手にワイン瓶と二つのグラス、もう片方の手にオードブルが載った皿を持った女伯爵が入ってきた。
「晩餐が中止になって悪かったね。君に紹介しようと思って、領の有力商人や商人ギルドの長を呼びつけてあったんだが……」
女伯爵はドタキャンを詫び、テーブルに置いたグラスにワインを注ぐ。
良いワインなのが香りだけで伝わってくる。これは絶対に美味しいヤツだ。
「まあ、飲め」
何か話がありそうな感じなので酒に手を付けずに待っていたのだが、女伯爵がそう言って手酌でワインを注いで飲み始めた。
「――美味っ」
思わず声が出てしまった。
ワインは色々と飲んできたけど、これはなかなかない当たりのワインだ。
「晩餐が中止になった件だがな……」
女伯爵が語り出したので、そちらに耳を傾ける。
「セーリュー伯爵からの使者だった」
「何か起きたんですか?」
オレの脳裏に、セーリュー伯爵領で会った魔法兵のゼナさん達や店長さん達の横顔が過る。
「そんなに深刻な顔をするな。話は吉報だ」
女伯爵がそう言って笑う。
いやいや、思わせぶりな言い方をするから誤解したんじゃないか。
「セーリュー市に現れた上級魔族が討滅された」
「それは朗報ですね」
そう答えたら「なんだ、それだけか?」と不思議そうに返された。
オレのリアクションが不満だったらしい。
「上級魔族だぞ? 軍隊が壊滅する覚悟をすれば勝てるような下級や中級じゃない。大国であるシガ王国であっても、全ての軍を出してさえ退けられるかどうかというような相手なんだ」
へー、そんなに強いのか。
一時的とはいえ、よくそんなのを封印できたな。
――ん? 待てよ?
「では、どうやって倒したのですか?」
オレに尋ねられた女伯爵が、もったいぶるようにグラスを傾けた。
「勇者だ」
――勇者?
そんな物語の登場人物みたいなのが実在するのか?
「サガ帝国の勇者様が救援に駆けつけてくれてな」
勇者一行がセーリュー伯爵領の精鋭達と共同で上級魔族を倒したとの事だ。
「封印と聖別した結界で能力が半減した状態でも、上級魔族の強さは凄まじかったそうだぞ」
女伯爵が怪談を語るような表情で言葉を続けた。
「上級魔族を倒せたとはいえ、サガ帝国の『魔女』メリーエスト皇女の禁呪や勇者の御座船、次元潜行船ジュールベルヌの主砲が市内で炸裂したからな……」
――情報量が多い!
知らない単語が多くて話の半分を聞き流してしまいそうになる。
分かる部分を抜粋して理解したところによると、とにかくとんでもない激戦だったらしく、広大なセーリュー市の半分が壊滅してしまったらしい。
「話半分に聞いても、都市の再建に十年以上かかりそうだ」
女伯爵が同情したように話す。
オレも神妙な顔で、グラスを傾けた。
「――しかも、だ」
おっと話はまだ続くようだ。
「上級魔族直後に魔人まで攻めてきたんだからセーリュー伯爵も大変だ」
「魔人、ですか?」
また新しい要素が増えたぞ。
「ああ、ムーノ侯爵領を壊滅状態にした『不死の王』だよ」
そんな「当然知ってるだろ?」みたいなテンションで言われても知りません。
というか、この世界。
なんとなく思ってたけど、世界の危機が多すぎない?
こんなにポコポコ破滅フラグを撒き散らせないでほしい。
「そんな顔をするな。勇者がいたお陰で撃退できたんだ」
女伯爵はオレを安心させたその口で「ただし」と話を続けた。
なんでも、都市の浄化の為に同行していた領主令嬢の巫女オーナが魔人に攫われてしまったらしい。
「大変じゃないですか!」
「だから大丈夫だ」
女伯爵がそう言って自分のグラスに注ぐついでに、オレのグラスにもワインを注いでくれた。
「まあ、飲め」と薦める女伯爵に従ってグラスを傾ける。
「オーナ嬢を助けるべく、勇者がすぐに腰を上げてくれたのさ」
勇者は上級魔族の激戦で疲労困憊にも拘わらず、令嬢が攫われた事を詫び、すぐさま魔人の本拠地である東の地に向かってくれたそうだ。
「その本拠地は迷宮もかくやって大迷路だったらしいぞ」
――ん? 迷路?
なんだか、最近そんな単語を聞いた気がする。
「その大迷路の最奥で、勇者は激戦の末、魔人を討ち果たしたそうだ」
女伯爵の話が右から左に流れていく。
――老婆によると、エルフの賢者トラザユーヤの遺産に「迷路」と呼ばれる魔法の遺跡があると噂されていたそうだ。
オレの脳裏にいつかの光景がフラッシュバックした。
――話の流れからして、ミーアはナナのマスターが迷路を起動する為にミーアの魔力を限界以上に吸い出して、今の魔力欠乏症の状態にしてしまったのだろう。
そうだ。
ナナのマスターが迷路を起動したと言っていた。
ならば、ナナのマスターがその魔人とやらじゃないのか?
役目を終えたとか言ってたそうだし、勇者に討たれるのが分かっていて、戦いに巻き込まれないようにナナ達を迷路から引き離したのかもしれない。
この話をナナに伝えるか迷う。
アリサやリザにでも相談してみよう。
そんな事を考えている間も女伯爵の話は続いていた。
勇者は南にあるクハノウ伯爵領やムーノ男爵領を通ってオーユゴック公爵領に行くらしいとの事だが、土地勘のないオレには今ひとつイメージできない。
女伯爵によると、魔王復活の預言がオーユゴック公爵領にあったらしい。
とりあえず、その公爵領には近寄らないようにしよう。
モブのオレが勇者と魔王の激戦に巻き込まれでもしたら、死亡一択だからね。
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