18-29.迷宮都市の少年(3)
※次回更新は、9/19(日) を予定しています。
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「暗いな……」
迷宮門の向こうは薄暗かった。
壁にいくつか灯りがあるけど、外光が入っていたさっきまでとは違う。
俺達は逸る心を抑え、目が慣れるのを待ってから足を進めた。
「だ、誰かいる!」
「迷宮方面軍の兵士さん達だよ。騒がしくしてすみません」
ザキが驚きの声を上げたシナに説明し、兵士達に詫びる。
つづら折りの階段には何箇所も陣地が作ってあり、陣地には数人の兵士と巨大な弩弓が配されていた。
ザキの話だと、これは迷宮から魔物が逃げ出さないようにする為らしい。
階段を下った先には鉄製の分厚い扉があり、その先には広大な部屋いっぱいに砦のような施設があり、たくさんの兵士達がいた。
「ほらほら、止まらない。新人探索者なら、左の通路がお薦めだよ」
狐人の将校が俺達を促す。
その狐人の頭上に大きな拳が振り下ろされた。
「――げひゃ」
「余計な事を言わんでいい。探索者がどの道を進むかは彼らが選ぶべき事柄だ」
「酷いよ、隊長。言葉で言ってよ」
豪腕の蛮族みたいな人は隊長さんらしい。
「お前は口で言っても覚えんだろうが。だいたい、今の隊長は貴様だろうに」
「つい習慣で言っちゃうんだよ。それより、将軍補佐がなんでこんな場所に?」
「たまには前線の空気を吸わんと身体がなまるからな」
「また、書類から逃げ出してきたんだね。秘書官に言いつけちゃお――」
再び振り下ろされた拳を、狐将校が鋭いステップで避ける。
「暴力はんたーい」
からかう狐将校を将軍補佐の拳が追う。
「行こう、戯曲は今度」
ラサの言う事ももっともなので、俺達は狐将校の薦めてくれた左側の道を進んだ。
「何してる?」
俺が口元に布を巻いていると、ラサがめざとく気付いて尋ねてきた。
「妹に言われたんだ。迷宮では慣れるまで口元に布を巻けって」
妹はマスクって言ってたかな?
「また妹か。俺のお袋みたいなヤツだな」
「兄貴って思われてないんじゃないか?」
「あんまり、似合ってないよ?」
ゴンとケロスに馬鹿にされ、シナに貶されて恥ずかしかったけど、妹が強く主張する事には必ず意味があるから俺はそのまま布を取らなかった。
「いたぞ、魔物だ!」
ゴンが叫び、俺達は全力で魔物に駆け寄る。
前の方からも他のパーティーが大鼠の魔物に向かって突撃してきた。
俺達は一歩及ばず、ゴンが辿り着く前に、前方から来たパーティーが石を投げて大鼠の注意を引き、先に戦闘を始めてしまった。
「くそっ! 見つけたのは俺達の方が早かったのに!」
ゴンが地団駄を踏む。
俺も同じ気持ちだったけど、口元に布を巻いたまま走ったせいか息が苦しくて声が出せなかった。
これは思ったよりも呼吸がしにくい。少し緩めておこう。
「あっちにもいるぞ!」
ケロスが駆けていく。
「どこだ?」
「上だ」
天井のあたりに巨大な蛾みたいな魔物が飛んでいる。
「こっちに来るぞ!」
ゴンがそう叫んで槍を構える。
俺達もゴンに並んで蛾の魔物が来るのを待ち受けた。
「――今だ!」
ゴンが槍を突き上げ、それに釣られるように俺達も槍を突く。
突くのが少し早かった。蛾は槍が届くほんの少し向こうで翅を羽ばたかせて空中で止まった。
止まった拍子に奇妙な模様の翅から鱗粉が散る。
――マズい。
俺は槍から片手を離し、口元の布を押さえた。
ゴン達は鱗粉を吸い込んでしまったのか、ゴホゴホと咳き込んで床を転がる。
鱗粉が入らないように薄眼で蛾の行方を追う。
薄眼にしている目も涙が止まらない。
「来るぞ!」
布を当てていても、隙間から入り込んだ鱗粉が肺を焼く。
急降下してきた蛾を槍を振り回して追い払う。槍は翅に当たったけど、軽く弾かれてしまった。
俺以外が何もしないのを奇妙に思って見回すと、仲間達が地面に転がったままぴくぴくと痙攣しているのが見えた。あれは麻痺だ。麻痺甘草を喰わせた山羊があんな感じになるのを見た事がある。
ちなみに山羊に喰わせたのは妹だ。「状態異常を把握する為」って言っていた。
俺がそんな事を考えていると、天井付近で旋回していた蛾が再び急降下してきた。
蛾の狙いは身体の小さなラサのようだ。
――今度こそ。
俺は狙いを定め、渾身の力で蛾を貫いた。
蛾は体を貫かれてなお死んでいない。
俺は体重を掛けて槍の穂先を床の隙間に突き立て、その背にまたがって押さえつけ、腰の短剣で蛾の細い首元を切り裂いた。
ぞふり。そんな感触を掌に残し、短剣は蛾の首を切り落としてみせた。
家畜の解体は手伝った事があるけど、こんなにあっさりと切れた事はない。
妹がくれた短剣はものすごい業物だったようだ。
◇
それから程なくして、仲間達の麻痺が解けた。
一人で警戒していた俺は、ようやく肩の荷が下りた気分で、重い溜め息を吐いた。
「ふう、酷い目に遭った」
「麻痺なんて卑怯だ」
ケロスとゴンがぼやく。
「シャロンがいてくれて良かった」
「ごめん。その布、意味があったんだね」
ザキが褒めてくれ、シナが謝ってくれた。
「シャロン、解体の仕方は分かる?」
「家畜なら分かるけど、虫はよく分からない」
死骸から魔核を取り出す必要があるんだけど、どう解体するのか分からず皆が動けるようになるのを待っていたのだ。
「誰か分かるヤツいるか?」
俺の問いに仲間達が首を横に振る。
「適当に刻めばいいんじゃね?」
「それはダメ。また鱗粉が散って動けなくなる」
ゴンがナイフを持って近付こうとしたのをラサが止める。
「君達ー! どうしたのー?」
少し離れた場所から女の人の声がした。
振り返ると、俺達が来た方向にすごく綺麗な女の人がいた。彼女の後ろには俺達と同じくらいの年齢の少年少女が何人もいる。
「もしかして、迷宮蛾の解体の仕方が分からなくて困ってる?」
「はい、そうなんです」
「そっか、だったら教えてあげる。首が落ちているから、ここから背中の中央に沿って切るの。その時は優しくね? あまり強くやると翅が動いて鱗粉が飛んじゃうから」
ザキがそう答えると、美人さんが手際よく解体の仕方を教えてくれた。
「槍で倒したみたいだけど、飛び道具が無いなら迷宮蛾には手を出さないようにした方がいいわ。どうしても戦う時は離れて石を投げなさい。仲間や他の探索者に当てないようにね」
美人さんはそう助言して笑顔で去っていった。
「やっと一個か……」
「それにしても、本当に魔物がいないね」
「うん、びっくり」
「そりゃ、これだけ探索者がうろうろしていたら、魔物も狩り尽くしてしまうよ」
俺達は魔物に出会えないまま通路を進む。
前の方を小さな子供達が歩いていた。
「今日はお肉食べられるかな?」
「もちろんなのです! お豆とお芋をいっぱい狩ったら、肉串だって買えるのですよ!」
「楽しみ~」
背中に大きな籠を担いだ十人ほどの子供達だ。先頭の犬人の子供をはじめ、獣人の姿も多い。
武器を持った子も何人かいるが、誰も彼も十歳前後の子供達ばかりだった。
「あんな小さな子まで……」
「あれは『跳ね芋』『歩き豆』を狩りに行く子達じゃないかな? 籠一杯で銅貨数枚の仕事だったはずだよ」
シナの呟きに、ザキが答える。
「つまり、あんなガキどもだけでうろつけるくらい魔物が少ないって事じゃねぇか」
ゴンが鋭い事を言う。
確かにそうだ。
「ちょっと経路を変えようか?」
ザキの提案で俺達は広い主回廊を離れ、細い枝道へと経路を変更した。
今さらだけど、俺達の前後を歩いていた探索者達も枝道に入っていたから、この選択は間違っていないと思う。
「前から戦闘音が聞こえる」
ラサが言う。
しばらく進むと、三叉路になっている場所で、俺達と同じくらいの探索者達が数匹のゴブリンと戦っていた。
「あの人――」
さっき解体を教えてくれた美人さんもいる。
ゴブリンと戦うのは少年少女達だけで、美人さんは少し離れた場所から見守るだけだ。
「向こうからも来る」
美人さんと同じくらいの年のかっこいい女性が、精悍な顔付きの少年少女達を率いてやってくる。
「――イルナ!」
美人さんがかっこいい女性に気付いて声を掛けた。
「よう、ジェナ。新人のお守り、ご苦労さん」
「大した事無いわ。それより、もう帰り? ちょっと早くない?」
「ちょっと迷宮の様子がおかしかったから引き上げてきたんだ。迷宮蟻がやたらと巣から出てきたし、護衛蟻も見かけた」
「誰かが巣を突いたのかしら?」
「たぶんな。見かけたのは隣の区画だから、こっちまでは来ないと思うけど気をつけろよ」
「ありがとう、ジェナ」
「――あの時みたいに、兵蟷螂まで出たりして」
「ああ、そんな事もあったね」
美人さん達が懐かしそうな顔をする。
横を通り過ぎていいのか躊躇っていると、かっこいい方の女性が少年少女達を連れて俺達の傍を通り過ぎる。
その時に「あんた達も気をつけなよ」と気さくに声を掛けてくれた。
「どうする?」
立ち聞きした話が気になって、仲間達――主にザキに意見を聞く。
「迷宮蟻は硬いっていうよ。僕達の武器じゃつらいかも」
「違う方向に行ったらいいんじゃない?」
ザキが答え、ラサが格好いい女性が現れたのとは違う通路を指さした。
「そうだな」
「そうしよう」
「うん」
ゴン達も同意したので、俺達はそっちに向かう。
「いた! 迷宮大鼠だ!」
ようやく遭遇できた大鼠を逃がすまいとラサが回り込み、足が止まったところを皆の槍でめった突きにする。
一匹だけの大鼠には過剰な攻撃を加え、あっという間に倒す事ができた。
むしろ、ケロスの振り回す剣が一番危なかったくらいだ。
皮は傷だらけで、剥いでも使えそうにない。
「解体する。誰か手伝って」
「任せろ」
中型犬くらいもある大鼠だから、ゴンに足を持ち上げてもらって解体する。
さっきの迷宮蛾と違って、家畜の解体と同じだから手早くできた。
「肉はどうする?」
「鼠の肉を食べるのか?」
尋ねるゴンを、ケロスが非難するような目で見る。
「都会では喰わないのか?」
「い、田舎じゃ喰うのかよ!」
「普通に喰うぞ」
穀物を食い荒らされた代償に、森鼠達には俺の血肉になってもらったものだ。
そういえば妹も頑なにネズミと虫は食わないのを思い出した。
「――あった。小さい魔核だな」
それに白い。
「勿体ないけど、肉は捨てていこうぜ」
「背負い袋に入れたら、他の物まで血まみれになるしね」
そういえば今日は旅支度のまま来たんだっけ。
「次行くぞ、次!」
「げ、他のパーティーがいる」
「二組か――つまり、ここには大鼠が沢山いるって事だな」
俺達は他のパーティと大鼠を取り合いをしながら奥へ奥へと進む。
「また、いたぞ! 今度は二匹だ!」
「追いかけろ!」
さっきは取られたから、今度こそ取らないと――。
「待ってください。そろそろ戻らないと」
大鼠を必死で追いかける俺達を、ザキが止める。
「まだ四匹しか狩れてないぞ」
「そうだよ。せっかく魔物が狩れる場所にきたんだぜ?」
ゴンとケロスが抗議する。
「もうかなり奥に来ています。このままだと第一区画の外に出てしまいますよ」
「うん、他のパーティーも引き返した」
そういえば競争していた他のパーティーもいなくなっている。
「何か嫌な予感がする」
ラサの予感はバカにできない。
迷宮都市に来るまでの旅路で、何度か落石や急な雨を避けられたんだから。
「どうしよう?」
シナが尋ねる。
「せめて人数分を狩ろうよ」
「……そうだな。あと二匹だけ狩ったら帰るか」
「さっきの大鼠で最後だ」
そう言って追跡を再開する。
「袋小路だ!」
窮鼠となった鼠達が向かってくるが、俺達は槍でめった突きにして倒した。
ゴンと手分けして魔核を取り出す。
「やったー、これで人数分揃ったぞ!」
一日の成果としては十分だろう。
木証は翌々月までに一人五つの魔核を集めないと失効するって言われたけど、これなら今月中どころか十日も掛からずに集められそうだ。
「おめぇでとぉおおおおおおお」
後ろから男の声がした。
パチパチパチと拍手の音が降ってくる。
「――誰だ?」
振り返ると人相の悪い男達が通路を塞いでいる。
周囲を見上げると、天井付近に開いた穴から何人もの男達が見下ろしていた。誰も彼も悪人顔だ。
「……迷賊」
ザキが呟く。
「正解だぁあああ。おめえでぇとぉおおおおおおお」
迷賊がゲラゲラと嗤う。
「お頭、さっさとガキどもを殺して、女を攫っていきましょう」
「待て待て、俺ぁ、男でも線の細いガキならイケる。殺すなら、そっちのガタイのいいのだけにしとけよ」
お頭と呼ばれた迷賊の後ろから、曲剣を担いだ男達が現れて下卑た笑みを浮かべた。
……このままだと、殺されるより酷い目に遭わされる。
絶望に眩む俺の脳裏に妹の言葉が蘇った。
――兄さん。諦めてはダメ。絶体絶命の時ほど足掻いて。絶対に死んではダメよ。
そうだ。こんな所で殺される訳にはいかない。
俺は震える心を奮い立たせ、全力で息を吸い込んだ。
呼吸を重ねると、少し周りが見えるようになった。
俺達が取れる手は一つだけ――。
「真ん中を突破する。合図したら、全力で走れ」
俺は小声で仲間達に告げる。
分の悪い賭けだけど、ここにいるよりはマシだ。
それに俺には奥の手が一つある。頼りない奥の手だけど、無いよりはマシなはず。
俺はそれに一縷の望みを賭けて、槍を握る手に力を篭めた。







