18-27.迷宮都市の少年(1)
※初出のモブから見た物語終了から五年後の迷宮都市の姿です。
「俺は今日、迷宮都市に行く」
俺は自分自身に決意を伝えるように一人呟いた。
「この景色も当分は見納めか……」
高台から生まれ育った山奥の寒村を見下ろす。
何もない村だ。
子供達はいつも腹を減らし、冬にもなれば何人かは必ず死んでしまう。
薬師もいないから、病になっても死ぬし、山遊びで怪我をしても死ぬヤツがいる。運良く魔法使いのタールベルクさんが来てくれた年はマシだけど、あの人も自分の村から遠く離れたこの村まではめったに来られないみたいだから、それ以外の年は行商人が運んでくる馬鹿高い薬だけが命綱だ。
巷では五年前の魔神大戦で大勢死んだらしいけど、うちの村だとエチゴヤ商会の人達が食糧や薬をくれたから、いつもより人死にが少なかったくらいだ。
「兄さん、本当に行くんですか?」
大人びた落ち着いた声は六歳になる俺の妹だ。
忌み色の髪で年寄り達から嫌われているけど、賢くてとても頼りになる。
「ああ、母ちゃんの事は頼んだぞ」
「考え直しませんか? もう九年、いえ六年ほど待っていただければ、私も村を出られます。兄さん一人にするのは心配なんです」
六歳とは思えない言い草だ。
「六年も待ったら、俺は二一歳になっちまう。そんなおっさんになってから探索者なんてできないよ」
「……二一歳はおっさんなんかじゃありません」
なぜか、うちの妹は小さいのに「おっさん」「おばさん」判定が緩い。
この前なんて、「四〇歳なんてまだまだ若いです」とか言ってたくらいだ。
「考え直す気は――」
「ない」
俺が即答すると、妹は深い溜め息を吐いた。
まるで、聞き分けのない子供を諭すのを諦めたかのような態度だ。
「そう言うと思ってました。餞別です」
妹が差し出したのは、新品の短剣と青い鉄兜だった。
短剣の方は解体に使うような安物じゃなく、戦闘に使えるような大ぶりのヤツだ。
「どうしたんだ? こんな高そうなもの?」
「私が作ったんですよ。この村はくず鉄もありませんから、川で何ヶ月も掛けて砂鉄を集めたんです。苦労したんですから、大切に使ってくださいね」
――サテツ?
いや、それより作った?
「いやいや、作れないだろ?」
「……そうですね。買いました。川で拾った綺麗な石が行商の方に高く売れたんです。そういう事にしておきましょう」
――しておきましょう、って。
相変わらず、本当か嘘かわかりにくいヤツだ。
「もしかして、迷惑、でしたか?」
妹が急に不安そうな顔になって尋ねてきた。
「いや、すごく嬉しいよ」
そう答えたら、花が咲いたような笑顔に変わった。
こういう顔をすると年相応に見える。
「これでいっぱい稼いで、お前や母さんを楽させてやるからな」
「それはいりません」
妹がきっぱり言った。
「兄さんは、私が迷宮都市に行く六年後まで、『命を大事に』を合い言葉に、堅実な活動してください」
「分かった。ケンジツに行くよ」
妹はこの言葉が好きだ。
冒険しようとすると絶対に止められる。
大抵は強行して、失敗したり怪我をしたりするんだけど、そのたびに小言をぶつくさ言いながらも甲斐甲斐しく手当てしてくれる優しい奴だ。
「本当ですよ?」
「ああ、約束する。この短剣に懸けて!」
真面目な顔で言ったのに、妹はなかなか信じてくれない。
でも、大丈夫――。
「レイナ、俺を信じてくれ」
「分かりました。信じます――」
両手をしっかり握ってそう言えば、妹は頬を染めてそう言ってくれるのだから。
「――ロム兄さん」
「俺はそんな名前じゃない」
「間違えました。シャロン兄さん」
なぜか、俺の妹は俺の事を「ロム」という名前にしたがる。
そもそも妹の本当の名前は「トナ」で、「レイナ」というのは本人曰く、「魂の名前」らしい。
確か、その話を聞いた時に、「私がレイナなんですから、兄さんはロム兄さんであるべきです」とかよく分からない事を力説していたっけ。
俺の名前も「シャロンなんて女の人みたいです」って言って貶してた。
もっとも、その後続けた「……でも、兄さんなら女装も似合うかも」という言葉が真剣すぎて怖かったので、その場を逃げ出した覚えがある。
遠くで村の鐘が鳴った。
「行かなきゃ。そろそろ出発するみたいだ」
村から近くの街までは、農閑期の出稼ぎに出る大人達や新しく奉公に行く同年代の奴らと一緒に向かう。
この時期は領主の軍隊が街道の盗賊や魔物を掃討してまわってくれるけど、それでも小規模な盗賊達はどこにでも湧いて出る。
だから、そんな盗賊や不心得者から身を守る為に、団体で行動するのだ。
俺は妹と村に向かう。
「稼げないけど安全な道とちょっと危険な稼げる道なら、前者を選ぶんですよ? 『まだ行ける』は『もう危ない』ですからね?」
その間も、妹は母ちゃんよりも母親みたいな小言を言い続けた。
「大丈夫だよ。俺にはとっておきがあるから」
「ダメです。一回で魔力が枯渇するじゃありませんか。絶対にあれを当てにしてはいけませんよ?」
妹は俺がスキル名を口にするのを嫌う。
希少なスキルは切り札になるから、誰にも言うなって事らしい。
そういえば短剣の事も言ってた。えんちゃとがどうとか言ってたけど、よく分からないので聞き流した。
言い訳すると、これから行く迷宮都市の事で頭がいっぱいだったからだ。
「遅いぞ! シャロン!」
「悪い! すぐ行く!」
最後の別れを言おうと振り返ると、妹の姿はそこになかった。
自分の髪の色が村人達に忌避される事を気にして――ではなく、その事を理由に俺が肩身の狭い思いをしないようにと気を使ったに違いない。あいつはそういうヤツだ。
俺は皆と合流し、どこかから隠れて見ている妹に向かって叫んだ。
「行ってくる! 絶対に元気で村に帰ってくるからな!」
妹の姿は見つけられなかったけど、俺の声は聞こえたはずだ。
そして、俺はもう一度だけ大きく手を振って、村を後にした。
◇
「おい、シャロン起きろ」
街で合流した隣村のゴンが俺を揺り起こした。
俺の村の連中とは街で別れたけど、収穫が終わった後の農閑期に迷宮都市を目指す新成人は多く、ゴンを始め、二〇人くらいの大所帯で移動している。
「ザキもケロスもシナもラサも起きろ」
「地べたで寝るのって背中が痛ぇ」
「寝床に落ちてる石はどけろって言ったろ?」
「つーか、この山の地べたはどこも硬ぇーんだよ」
不平屋のケロスが愚痴りながら起きる。
こいつは街の金貸しの三男だから、野宿のたびに文句を言っていた。
「迷宮都市まで、あとどれくらいだよ」
「もうすぐだ」
「エルエット侯爵領の険しい山を越えるのは大変だが、この山さえ越えれば迷宮都市が見えてくる」
物知りのザキが言うなら間違いない。
それに、こいつは行商人の親父と一緒に、迷宮都市まで何度か往復した事があると言っていた。
「シャロン、お湯を沸かそう」
「そうだな。温かい白湯でも飲まないと身体のこわばりが取れそうもない」
シナに誘われて、白湯の準備をする。
湧き水の傍で寝たから、水はすぐに汲める。薪は物静かなラサがいつの間にか集めていた。種火はシナが他のグループの焚き火から分けてもらってきた。
シナはゴンと同村の出身で、このグループで唯一の女の子だ。
他のグループも合わせれば五人くらいいるけど、他の女の子達とは気が合わないみたいで、街を出発した何日か後にはゴンを頼ってこっちに合流していた。
他のグループのリーダーと打ち合わせをしていたゴンが戻ってきた頃には湯も沸いたので、皆に配って白湯でふやかしながらカチカチのパンを囓る。昨日までは干し肉もあったけど、食い尽くしてしまった。
「ふう、身体が温まる」
白湯の温かさが身体に染み渡る。
味も何もない白湯だけど、山の寒さだと何よりのご馳走だ。
僅かばかりの朝飯で空腹を誤魔化した俺達は、他のグループに続いて山を登った。
今日のうちには山頂を越えるというザキの言葉通り、その日の夕方には山の反対側、遠くに盆地を見下ろす峠に出た。
「迷宮都市だ!」
「あれがそうか」
「じゃ、西側の丘みたいになってる所が迷宮か?」
前を歩く奴らが口々に迷宮都市や迷宮が見えたと言うのを聞いて、俺達はいつの間にか足早に峠の端に向かい、後ろの奴らも団子になって崖っぷちから遠くに見える迷宮都市を見つめる。
――あれが迷宮都市。
「僕達の伝説は今から始まるんだ!」
思わず口を押さえてしまったが、俺が言ったんじゃない。
言ったのは物静かなラサだ。顔を赤くして俯いているから間違いない。
でも、ラサの気持ちも分かる。
迷宮都市を見下ろしているだけで、わくわくが止まらない。
今日と同じ明日を生きる村を飛び出て、自分の才覚だけで自分の運命を切り開いていく日々が始まるのだと強く実感できる。
「もうひと頑張りだ。出発するぞ!」
「「「おー!」」」
リーダーのかけ声に、俺達は声を張り上げた。
◇
「うわー、すごい行列!」
シナが迷宮都市の北門を見て叫んだ。
この季節は俺達のように、村や町を飛び出した若者達がこぞって迷宮都市を目指す。
だから、迷宮都市の門は目の前の光景のように、凄まじく長い行列ができてしまうのだと物知りのザキが教えてくれた。
「こんなにたくさん、迷宮に入りきるのかよ?」
「あはは、全員が探索者になって迷宮に入るわけじゃないさ」
武具や防具の職人になりに行く者もいるし、探索者相手に商売をする為に行く者もいる。
「それに迷宮はとんでもなく広いんだ。王祖様の物語にもあったじゃないか、『世界最古の迷宮セリビーラは広大無辺。その果ては大砂漠の半ばまで続く』ってさ」
「へー、そんなの聞いた事無いぜ。街に住んでいるヤツはすげーな」
「それほどでもないよ。いつも物語の本ばっか読んでて父さんによく怒られたんだ」
ゴンが褒めると、ザキが照れて謙遜した。
ケロスはそれが面白くないのか、顔を歪めて鼻を鳴らした。
「ふん! そんなの本を読んだ知識じゃないか! やっぱり探索者たる者、実戦を知らなくちゃ! その点、ボクなんか街の傍にできた紫塔の二階に行って魔物を倒した事だってあるんだ!」
――意外だ。
ケロスは口だけの自慢屋だと思ってたけど、考えを改めた方がいいかもしれない。
「おいおい、騙されるなよ。そいつは護衛を付けて物見遊山で行っただけだぜ? 倒した魔物だって護衛達が動けなくしたヤツの止めを刺しただけだからな」
後ろから性格の悪そうな巨漢がケロスを嘲り、その取り巻きの男達がはやし立てるように嗤う。
ケロスは反論できないのか、悔しそうに唇を噛みしめるだけだ。
彼のやった事は褒められたり称賛されたりする事じゃないけど、都会の金持ちは普通にやる方法だって妹から聞いた事がある。あいつは変な事を色々と知ってた。
「そうか、それで?」
ケロスを庇ったというよりは、この巨漢達の態度が気に食わなかっただけだ。
「なんだ? ケロスに小遣いを貰って手下になったのか?」
「違う。ケロスは仲間だ」
迷宮都市までの期間限定だけど、仲間なのは間違いない。
「だったら、お前も――」
「おい、そこ! もめ事をするなら列から離れろ!」
騎馬に乗った太守兵が来て、俺達のもめ事を仲裁した。
巨漢はまだ何か言いたい感じだったが、太守兵がよく磨かれた槍の穂先をチラつかせると、不満そうな顔に卑屈さを浮かべて列に戻っていった。
流れの吟遊詩人が聞かせてくれる物語だと、太守の兵士は魔物に蹂躙されるだけのやられ役だったけど、実際に見た兵士は俺達が束になっても勝てないような力強さがあった。
ゴンなんか憧れの目で兵士を見ていたくらいだ。
「舐められないように装備を付けるぞ! ゴン、預けていた荷物をくれ」
「おう、やっとか」
ケロスはゴンから受け取った革鎧を着込み、革の兜と盾を身につける。腰には布で巻いてあった小剣まで身につけた。紫塔で戦ったというわりに、鎧も盾もぴかぴかだ。
俺も負けじと妹に貰った鉄兜を被る。
服の下には薪を削って作った木の胸当てもあるけど、気休め程度の品だ。
「ケロス、約束のヤツはどれだ?」
「この短剣だよ。買うには金貨がいる逸品だぜ!」
「すっげー! 新品の短剣だぜ」
「ゴン、人が多くて危ないから、しまっておけよ」
ゴンがケロスから受け取った鉄の短剣を抜いてニヤニヤと刃を見つめる。
危ないヤツだけど、俺も妹から貰った短剣を同じように見つめていたから強く言えない。
「分かってる。ちょっと見ていただけだ」
ゴンが短剣を鞘に収め、なおもニマニマと飽きる事なく短剣を見つめていた。
「あ、新人だ」
「もうそんな季節か」
「頑張れよー」
「死ぬな」
「生き延びろー」
俺達とそんなに変わらない年の少年少女が五人ほど北門から出てきて、俺達――というか探索者を目指す者達みんなに向かって激励して、そのまま外壁沿いに走っていった。
「なんだあれ?」
「たぶん、探索者の人達だと思う」
「何しに行ったんだ? 武器も持ってなかったぜ?」
「『らにんぐ』ってヤツだと思う」
「らにんぐ?」
――違う。ランニングだ。
「うん、キシュレシガルザ三姉妹の長女『黒槍のリザ』が始めたっていう体力作りの秘技なんだってさ」
「へー、凄いな。俺にもできるかな?」
「たぶんね。父さんの話だと普通に走るだけらしいし」
俺も妹に言われてやってたから知っている。
ランニングを始めてから、山歩きや農作業をしていても疲れにくくなった。筋トレってヤツをして腹筋が割れた時は、妹がやたらと触ってきて気持ち悪かったっけ。
「じゃあ、俺もやろうかな?」
「いいんじゃないか? 金も掛からないらしいし」
そんな事を話している間にも、何組も探索者らしき男女が同じように走っていった。
比較的小柄な者が多い気がする。
「次、お前達だ」
鐘二つ分くらい待たされた後、ようやく俺達の番になり、出発前に村長から貰った身分証を見せて迷宮都市に入る事ができた。
この時期は身分証さえ持っていれば、入市料が免除されるっていう話は本当だったみたいで、身分証を忘れたって言う前のヤツが入市料に銀貨一枚を請求されて青くなっていた。
「ついに迷宮都市だ!」
「探索者ギルドはどっちだ?」
「知らないよ。でも、迷う事はないと思う」
「どうしてさ?」
「だって、周りの皆が向かう先が探索者ギルドだろ?」
人々は南北の門を繋ぐ広く賑やかな大通りではなく、城壁沿いに西に向かう通りの方をぞろぞろと歩いている。
俺達もその流れに乗って行く事にした。
「綺麗な川」
石畳が綺麗に敷かれた迷路のような通りを進むと、都市の中を流れる細い川があった。流れる水はとても澄んでいて、小さな魚が太陽の光を反射してキラキラ光っている。
「川って言うか、水路だね。父さんの話だと、この水路も昔は汚かったそうだよ」
「そうなのか?」
「うん、汚かった水路を、あの『魔王殺し』のペンドラゴン閣下が指揮して綺麗にさせたんだってさ」
「へー、すごいな!」
強いだけじゃなく、こんな事までしていたのか。
「他にも眉唾物だった『ベリアの魔法薬』を本当にしたり、貧乏人や駆け出し探索者に炊き出しをしたり孤児達を集めて養護院を作ったりしていたんだってさ」
ザキが色々と教えてくれる。
「見ろ! あれ!」
ケロスが叫んだ。
「白い、塔?」
「そうさ! あれが探索者ギルドだ!」
建物の向こうに見た事もないほど大きな建物が見えた。
街で見たお城の塔も高かったけど、これはもっと高いし、白くてとても綺麗だ。
「おい、道を塞ぐな。止まるなら端に寄れ」
皆でギルドの建物を見上げていたら、先輩探索者らしき人達に叱られた。
「す、すみません」
「謝らなくていい。俺達も最初に見たときはお前達と同じように口をぽかんと開けて見惚れていたもんさ。俺は大盾のジェルだ。何か困った事があったら相談に乗ってやるぜ」
先輩探索者は気さくにそう言って、俺達が来た方に去っていった。
「すっげーな、背中のあの大盾!」
ゴンが驚きの声をあげるのも分かる。
俺の五割増しくらい背が高いジェルさんの背丈と同じくらいの高さがある鋼鉄の盾なんて初めて見た。
「あんなに大きな盾を担いで平然と歩くなんて、きっと有名な上級探索者の方に違いありません」
ザキが言う通り、あれだけの大きさの盾なら、大人二人分くらいの重さはあるはずだ。
「これから迷宮に行くのかな?」
「違うと思いますよ。迷宮は僕らの進む方向です」
ザキの話だと、ジェルさんが消えた方向には歓楽街があるらしい。
「歓楽街ってなんだ?」
「綺麗なお姉さんが一杯いる酒場みたいな場所さ。ペンドラゴン閣下が懇意にしていた店やパトロンをしていた劇場なんかもあるらしいぞ」
ザキが聞いていない事まで色々と教えてくれた。
一度見てみたい気もするが、酒なんて苦いだけで美味くないモノに金を使うのはバカみたいだし、行く事はないと思う。妹からも「病気が危ないから女の人がいっぱいいる店に近寄ったらダメですよ」って何度も警告されたしな。
ゴンとケロスは盛り上がりすぎて、シナに「これだから男の人は……」って幻滅されて焦ってた。
よく分からないけど、歓楽街に行くと女の子には嫌われるみたいだ。
妹も言っていたし、俺も気をつけないとね。
「行こう。早く登録したい」
俺達はラサに促されて、探索者ギルドへの道を急いだ。
※次回更新は、9/5(日) を予定しています。
※小説版「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」EX2巻が8/10に発売されました! 店舗特典SSや描き下ろし短編120ページ、あやめぐむ先生の漫画やサトゥーの旅路をTRPGサプリメント風に描いたロードマップなど、盛りだくさんです。詳しくは活動報告をご覧ください。







