18-21.小人の隠れ里
※「13-17.王都見物、下町編(3)」の少し前の話です。
サトゥーです。花見と言えば朝からシートを敷いて場所を取り、気の置けない仲間達が集まって桜を愛でつつ美味しいお弁当やお酒を楽しむイメージがあります。
たまには祖父母のように、仲良く散歩をしながら桜を愛でるような侘び寂びの世界を堪能してみるのも良いかもしれません。
◇
「それじゃ、乾杯ー!」
「「「乾杯」」」「なのです!」
桜の咲き乱れる王都の公園で、アリサが元気よくグラスを掲げて乾杯の音頭を取った。
もちろん、オレ以外のメンバーはお酒ではなく、桜色の果実水や甘い炭酸飲料だ。
いつも護衛を務めてくれているゼナ隊は朝からセーリュー伯爵の王都屋敷に呼び出されていて、ここにはいない。カリナ嬢も近く開かれる大規模な夜会に参加する為に、社交のレッスンで抜け出てこれなかったので、今いるのはいつものメンバーだけだ。
「綺麗な桜ですね」
「王都の桜は、王城にある王桜の枝を接ぎ木して増えたらしいよ」
遠く見える王城の王桜はまだ咲ききっていないが、公園の桜は十分に満開と言っていいくらい咲き誇っている。
周りでも幾つものグループが思い思いの場所にゴザを敷いて花見の宴を開いていた。
「ポチは唐揚げさんから行くのです!」
「ポチ、すとっぷ~?」
ポチが唐揚げにレモンを搾ろうとしたのを、タマが素早い動きで阻止した。
「ダメなのです?」
「レモンは『にゅ!』ってなるから禁止~?」
「でもでも、レモンを掛けるとさっぱりして美味しいのですよ?」
タマとポチが居酒屋の「唐揚げあるある」みたいな会話をしている。
タマは、というか猫人一般は柑橘系の汁が得意じゃないみたいだ。
「ポチ、幸いレモンはたくさんあります。自分の皿に取った唐揚げに搾りなさい」
「はいなのです」
リザに仲裁されたポチが、唐揚げを皿に積み上げてからレモンを搾る。
レモンが搾られた瞬間にタマが影に避難していた。
「唐揚げもいいけど、やっぱおにぎりよね~」
アリサが大きな海苔巻きのおにぎりを、手掴みで豪快に口に運んだ。
普通の一口サイズもあるのに、なぜそれを選ぶ。
「煮物、美味」
「こっちの椎茸が自信作なんです」
「ん、食べる」
ミーアが勧められるままに、椎茸の煮物に箸を伸ばす。
ルルの煮物は美味しいからね。
「マスター、サンドイッチも美味だと告げます」
「色々な種類があって、どれから食べるのか迷うね」
ナナがフルーツポンチの入ったグラスを片手にサンドイッチを選んでいる。
「海老がばりま~?」
「あしぱら肉巻きも美味しいのですよ!」
「いいえ、焼き鳥の奥深さは他の追随を許しません」
「手羽先やチューリップも美味だと告げます」
ナナの言うチューリップは花ではなく手羽元の唐揚げの事だ。
「幼生体も一緒に食べようと告げます」
――え?
他のグループの子供が紛れ込んだのかと思ったら違った。
「ドライアド?」
「やっほー」
緑色の幼女が桜の枝の上から手を振る。
周りのグループからは見えていないようだ。
「いらっしゃい。一緒に食べないか?」
「んー、ニンゲンの料理はいらない」
枝から飛び降りたドライアドに幻影を被せて、普通の子供に見えるように偽装する。
「それよりも――」
ドライアドがオレに抱き着いて「むっちゅー」と言いながら、タコのように唇を突き出して顔を寄せてきた。
「アリサちゃん、鉄壁のガード!」
「ガード」
アリサとミーアの鉄壁ペアが割り込んできて、ドライアドの粗相を阻止してくれた。
「阻止されちゃったー」
ドライアドが「やっほー、幼子ちゃん」とミーアに手を振る。
「幼生体、私の膝の上が空いていると告げます」
ナナがオレからドライアドを引き剥がし、自分の膝の上に座らせた。
「今日は突然どうしたの?」
「宴が楽しそうだったからですねと確認します」
「んーん、違うよー」
アリサの問いやナナの予想に、ドライアドは首を横に振った。
「ちょっと、少年に助けてほしいみたいー」
ドライアドがのんびりした顔で、他人事のようにそう告げた。
内容によっては花見を中断しないといけないかもね。
◇
「隠れ里が滅びの危機?」
「向こうの私の話だとそうみたい」
ドライアドがオレの手に指を絡めて、もにもにと揉みながら魔力を吸い取る。
抵抗もできたけど、たぶん隠れ里への「妖精の道」を作るのに魔力が必要なんだと思うから、素直に魔力を提供した。
「マナの薄い異界からだから、あんまり詳しい話は届かなかったんだー」
「へー、異界かー。遠野の妖怪の里みたいな場所かしら?」
ドライアドの話を聞いたアリサが、興味津々な顔で振り返った。後半のセリフはオレに向けての言葉だったらしい。
「ご主人様、どうする?」
「行くよ」
ドライアドには何度も助けられているからね。
「タマ、ポチ、腹ごしらえは十分ですね」
「ういうい~?」
「はいなのです。ぎをみてせーぎはお肉なのです!」
獣娘達が気合いに満ちた顔で立ち上がる。
ポチは途中で言葉が変になっていたけど、いつもの事なのでスルーした。後で正しい言い回しを教えてやろう。
「食糧確保は重要だと告げます」
「うふふ、お弁当の残りはしまっておきますね」
「ん、手伝う」
ナナに促されて、ルルとミーアが弁当を妖精鞄に収納する。
「それじゃ、開いていい?」
「待て、ここじゃマズい」
ここだと周囲から丸見えなので、少し木立の奥に入ってからドライアドに「妖精の道」を開かせる。
ポンポンポンと音がしそうな勢いで、地面からキノコが生えて円陣を作り、キラキラした光の粒子が集まってくる。
「帰りは向こうの私に言ってねー」
ぶんぶんと手を振るドライアドに見送られて、オレ達は妖精の道を抜けて隠れ里へと移動した。
◇
「ちょっと肌寒いわね」
隠れ里の入り口は晩秋の朝みたいな気温だった。
ここは盆地になっているらしく、どちらの方向を見ても連なった山や崖が見える。
「蕗」
「はっぱ~?」
「ポチは知っているのです! これは茎が食べられるのですよ!」
ミーアが群生する蕗を指さし、ポチが食いしん坊の知識を開陳する。
「うふふ、蕗は葉っぱも食べられますよ」
味噌和えとか佃煮にしたのはご飯のお供にいいね。
「――ご主人様」
周辺を警戒していたリザがオレを呼ぶ。
「大丈夫、お出迎えだよ」
槍を構えようとするリザを制止する。
『●●、●●●!』
>「古代チャプタ語」スキルを得た。
茂みの向こうから声が聞こえたと同時にスキルを得た。
スキルポイントを割り振ると、さっきの発言が「客人はどこだ!」だと分かった。
蕗の茂みを割って現れたのは、拳ほどの背丈をした小人達だった。
羽妖精の翅を取った感じの背丈だけど、彼らの方が少しずんぐりとした体型をしている。
「幼生体!」
「待つ」
声の主を見た瞬間に駆け出そうとしたナナをミーアが止めた。
『ようこそ、客人! オレはチャプタ氏族の戦士、チピタチョペタ』
『はじめまして、戦士チピタチョペタ。私はサトゥーと申します』
チピタチョペタは戦士と名乗るだけあって、革鎧を着込み、何かのトゲを加工した槍を持っていた。
彼の後ろにいる兵士は、彼を簡略化したような装備をしている。
『里に行く。ついてこい』
チピタチョペタはせっかちなのか、仲間達を紹介する前に歩き出した。
ちまちまと進む彼らの後ろを歩いていると、巨人になったような不思議な気分になる。
「なんだか、コロポックルみたいな人達ね」
アリサが北海道のお伽噺に出てくる小人の名前を挙げた。
どこかで、蕗の葉っぱを傘にした像を見た覚えがある。
しばらくアリサとコロポックル談義で盛り上がったが、チピタチョペタ以外の戦士達が不安そうな顔でオレ達をチラチラと見上げてきたので自重した。
自分達を踏み潰せそうな巨人が、知らない言語で何か話していたら怖いだろうしね。
『大変な状況だと伺いましたが、何があったのですか?』
里まではまだまだ掛かりそうだったので、チピタチョペタに声を掛けた。
『「命の蓮」が育たなくなった』
「植物の病気って事?」
エルフの翻訳指輪を装備したアリサが割って入った。
『違う。巫は呪いだと言っている』
巫っていうのは巫女さんというよりは、部族のシャーマンって感じの人かな?
「ドライアドは?」
『ドライアド? 誰だ、それは?』
ミーアの問いに、チピタチョペタは不審げな視線を寄越した。
――あれ?
『オレ達はドライアドに呼ばれたんだけど、誰に迎えに行けって言われたんだい?』
『巫だ。御神木に宿る「変わらずの乙女」がそう言っていたらしい』
新しいワードが出てきた。
その「変わらずの乙女」が現地のドライアドだろう。
『「変わらずの乙女」というのは緑色の肌をした女の子ですか?』
『違う。「変わらずの乙女」は御神木に浮かび上がった女のような模様だ』
『模様、違う』
『乙女はオレ達を見守る偉い人』
チピタチョペタが「模様」と言った瞬間、他の小人戦士達の何人かが異を唱えた。
なぜか小人戦士達が片言だ。もしかしたら普段使いの言語は別にあって、チピタチョペタが使う「古代チャプタ語」は支配者層が使う特別な言語なのかもしれない。
その証拠に、「デチャプタ語」というスキルを得たとログに出ていた。
『分かった、黙れ。こいつらのような信心深い奴や巫は「変わらずの乙女」が村の守り神だと言っている』
どこかおちゃらけたドライアドを見て、守り神と思えない人がいてもしかたない。
その後も幾つか質問したのだが、チピタチョペタは長話が嫌いなのか「詳しい話は巫に聞け」と会話を打ち切られてしまった。
到着した村は、大きな樹木の陰にあり、木の根元に膝丈くらいありそうな大きなキノコが群生している場所だった。タケノコみたいなモノも生えていたが、AR表示によるとあれもキノコの一種らしい。
「いっぱい」
「キノコが優勢~?」
「タケノコの人だって負けていないのですよ!」
ミーアがキノコの群生を見て目を輝かせ、タマとポチがチョコレート菓子の代理戦争みたいな事を言い始めていたが、それより気になった事があったので、そちらに注目する。
「ご主人様、キノコに窓や扉がありませんか?」
ルルが言うように、群生するキノコには窓や扉らしきモノがある。
たぶん、あのキノコが小人達の住居なのだろう。
「マスター! 幼生体の幼生体がたくさんいると告げます」
ナナが手をわきわきさせながら見る先には、小人の子供達が草の陰からこちらを窺う姿があった。
その内の一人がこちらにふらふらやってくる。
やつれた感じのご婦人だ。体つきは丸っこいけど。
『チピタチョペタ様、うちのトプトを見ませんでしたか?』
『知らん』
婦人を押しのけ、チピタチョペタが歩み去る。
「弱者への暴力は禁止だと告げます」
ナナが抗議してもチピタチョペタは取り合わず、オレ達が助ける前に、下働きらしき格好の小人達が婦人を連れて人混みに戻った。
『臆病者のトプトタペタ』
『失踪』
『もう一月も前』
『きっと野垂れ死に』
兵士達が小声で囁き合うのを聞き耳スキルが拾ってきた。
のんびり風味の小人の里にも、色々とあるようだ。
『来い。社はこっちだ』
足を止めていたオレ達を、チピタチョペタが呼ぶ。
小人達に駆け寄ろうとするナナの手を引いて追いかけると、大樹の幹から生えるキノコが何段もの層を成している場所に辿り着いた。
ここが巫の「社」らしい。
「サトゥー」
ミーアが抱っこの体勢になったのでリクエスト通り抱き上げてやる。
「あー! ミーアばっかりずるいのです! ポチも、ポチもご主人様に抱っこしてほしいのですよ!」
「タマも~」
ポチがぴょんぴょんと飛び跳ね、タマがぬるりとした動きでミーアと反対側の肩に座った。
よじ登ろうとしたポチはリザが回収してくれたので、「順番だよ」と言い聞かせて、ミーアの話に耳を傾ける。
「あれ」
「幹かい?」
「そう」
しばらく見つめていると、樹皮の凹凸が女性の姿に見えてきた。
「もしかしてドライアドか?」
「ん」
ミーアが銀色の瞳でこくりと頷く。
オレも精霊視を発動して見ると、肉眼よりはっきりと眠るドライアドの姿が見えた。
「眠っているのかしら?」
「ん」
アリサの言葉にミーアが頷く。
幹に触れて魔力を与えたいところだが、オレの身長だと手を伸ばしてもちょっと届かない。手前で群生するキノコが邪魔なんだよね。
「もぐら! もぐら出た」
「「「もぐら?!」」」
「行くぞ、者ども! モグラ狩りだ!」
チピタチョペタが号令を掛けると、兵士達が気勢を上げて駆けていった。
タマとポチも狩りが気になるらしく、そわそわと落ち着きがない。
『客人を置き去りにするなんて、男達は子供で困ります』
声に振り返ると、社の奥から薄い布地のシャーマンっぽい巫女服を着た小人の女性が出てくるところだった。
『はじめまして、大きな人。私は巫のツリルフルリ。「変わらずの乙女」の声を届ける者です』
小美人なツリルフルリさんが優雅にお辞儀する。襟元が緩いせいか、強調された胸の谷間が艶めかしい。
『「変わらずの乙女」は「命の蓮」の呪いを解く事のできる者を寄越すとお言葉をくださいました。里の命運はあなた方に託します』
託されてしまった。
「託すのはいいけどさ、もうちょっと説明が欲しいわ」
アリサがネゴシエーターの顔で前に出る。
タフな交渉人を気取っているのか、顎がしゃくれたような表情とポーズで社を見上げた。
「本当に呪いなの?」
『はい、「変わらずの乙女」もそう言っておられました』
「誰の呪い?」
『わかりません』
「どんな風に呪われているの?」
『「命の蓮」が黒ずみ、育たなくなってしまったのです』
「蓮の病気とかじゃないのは調べた?」
『どういう意味でしょう? 病も呪いによって起きるものですよ?』
ツリルフルリさんが訝しげに問い返す。
彼女達の間では「病気」と「呪い」がイコールで結ばれるようだ。
「再調査からね」
「とりあえず、現場に行ってみよう」
「うん、その前に――いつぐらいから呪いは始まったの?」
『最初に予兆があったのは初夏の始め、一月ほど前です。育ちが悪いのに「蓮の司」達が気をもんでいた頃、蓮の葉が斑に黒ずみ始めたのです』
必要な情報を得たオレ達は、「蓮の司」という翁達に連れられて蓮の池へと案内された。
「黒い」
「イエス・ミーア、漆黒だと告げます」
「ブラックロータスね。黒マナがたくさん取れそう」
アリサが大人気カードゲームの超有名なレアカードのネタを振ってきたが、ふざけるような状況でもないのでスルーした。
「とりあえずは、魔法薬が効くか試して、その後に空間魔法で異常がないか調査かしら?」
「ノー・アリサ。サンプルを採取して異常を調べるのが先だと主張します」
アリサとナナが真剣な顔で打ち合わせている。ナナはいつもの無表情だけど。
「サトゥー」
ミーアがオレの袖をくいくいと引っ張る。
「瘴気」
「――本当だ」
瘴気視を発動すると「命の蓮」は瘴気で黒く染まっていた。
どうやら、本当に病気ではないようだ。いや、瘴気が原因で病気になっている線もあるか。
「綺麗になって」
ミーアのリクエスト通り、普段は抑え込んでいる精霊光を全開にする。
「わんだほ~?」
「とれびあんだふるなのです!」
精霊光を浴びた瘴気がみるみる薄まっていき、「命の蓮」が本来の緑色に戻っていく。
なかなかファンタジーな反応だ。
「うおっ、マジか!」
「劇的な変化だと告げます」
アリサとナナが衝撃を受けている。
『蓮が! 命の蓮が蘇っていく!』
『乙女よ! 乙女の使者よ! 我らの感謝を捧ぐ』
翁達が池の畔に膝を突いて、滂沱のごとく涙を流す。
感動するのはいいけど、卒倒しそうで怖い。高齢なんだからほどほどにね。
まあ、思ったよりも簡単に終わりそうで何よりだ。
「さすがはご主人様です」
「はいはい、さすごしゅさすごしゅ。相変わらずチートよね」
アリサが酷い。
◇
「にゅ?」
「ご主人様、何か変です」
タマとルルが池に浮かぶ蓮を見回す。
「マスター、一時の方向、最奥の蓮が変だと報告します」
緑に戻ったはずの蓮が、墨汁を垂らした水のように再び黒に変わっていく。
『そんな……蓮が……』
倒れそうになった翁達を、駆け寄ったポチとタマが手で支えてやっている。
「むぅ」
「原因を先に押さえないとダメみたいだね」
どうやら、「命の蓮」クエストはもう少し続くようだ。
※次回は 4/9(金)12時 の予定です。
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