18-12.ポチの冒険〔2〕
※ちょっと長くなりすぎたので二話に分けました。
「ポチにいい考えがあるのですよ!」
赤煙島が見える浜辺で、ポチがウササ達同行者に告げた。
「で、でもポチさん。船もなしに島までなんて……」
兎人のウササが困惑顔で言う。
彼らは近隣の村々を荒らし回る悪党を退治する為に、赤煙島へ行く方法を模索していた。
「ウササ、ばんざいーいなのです」
「え?」
「ばんざいーいなのです、よ?」
「は、はい」
ウササはよく分からない顔をしつつも、ポチに促されるままに両手を上に上げた。
「りとふあっぷなのです」
ポチはウササを両手でリフトアップする。
「ポ、ポチさん、まさか『島まで投げる』とか言わないですよね?」
「あたりまえなのです」
失礼なと言いたげな顔でポチが首を横に振る。
「そ、そうですよね」
ウササがほっと安堵の吐息を漏らしたが、それは少し時期尚早だった。
「ポチ達は走って行くのですよ!」
「え? ちょ、待っ――」
ウササの抗議が口の端から出る前に、ウササを担いだポチがゼロヨンに参加するスポーツカーのような加速で海へと飛び出した。
すさまじい量の砂と海水をまき散らしつつ、ポチが海面を走っていく。
爆音に負けない声量で、ウササの悲鳴が聞こえてくる。
「さすがポチの姐さんガウ!」
「姐さんは凄いクマ!」
犬人のガウガルと熊人のクベアの二人がキラキラした笑顔でポチを称賛した。
「いや、さすがに島までは保たないんじゃないかな……」
「……ウササ」
人族のニニンが呆れ声で呟き、ラビビが幼なじみの無事を祈る。
「あっ、こけた」
ヒトナの見る先で、ポチが波頭に足を引っかけ、海上で激しく転倒した。
「ウ、ウササぁあああああああああああ!」
「姐さんんんんんんん」
ラビビ達が波打ち際まで駆け寄り、今まさに海に飛び込もうとした瞬間、ヒトナが「待って」と叫んだ。
「見て、あれ!」
バチャバチャと泳ぐポチと溺れかけていたウササが、不自然な感じに海面へと浮き上がってくる。
「水の中から岩が現れたクマ!」
「草木も現れたガウ!」
ポチとウササを持ち上げた岩や草木がやがて小さな島の様相を示し始めた。
「あ、あれは!」
「島亀様?」
「そうだ! 島亀様だ!」
ウササ達の後ろで事の成り行きを見守っていた村人達が、小島を見て声を上げた。
「ほ、本当に亀だわ」
「あれは『島亀様』言うて、わしら漁師の守り神なんじゃ」
水面から現れた亀の頭を見てヒトナが呟いた。
それを聞きつけた古老が、島亀について教えてくれる。
島亀が岸へとやってきた。
頭の上にはポチとウササが乗って大きく手を振っている。
いや、ポチは元気に手を振っているが、ウササは及び腰でポチの腰に抱き着いていた。
「ちょっと失敗しちゃったのです」
砂浜に伸びた島亀の頭からポチが飛び降りる。
「カメさん、助けてくれてありがとなのです。これはお礼なのですよ」
ポチが妖精鞄から取り出した特大の干し肉を差し出すと、島亀は器用にくちばしの先で受け取ってゆっくりと咀嚼した。
「ああ、これで島行きは最初っからか……」
「やっぱり、船を探すのがいいよ」
ニニンとヒトナが頭を悩ませる。
「そうなのです! いい考えがあるのですよ!」
ポチの一言を聞いた皆の脳裏に、先ほどの水上ダッシュが思い浮かんだ。
「姐さん、水上を走って行くのは……」
「違うのですよ!」
ポチがビシッと島亀を指さす。
「カメさんにモクモク島まで送ってもらうのです」
そう宣言するポチの期待に満ちた目が島亀を見つめる。
島亀は無言でポチを見た後、どこか別の方をしばらく見つめてから、ゆっくりと頷いてみせた。
まるで、島亀にしか見えない誰かに是非を問うていたかのようだ。
島亀は身体をぐるりと回す。
大きな鰭を砂浜の上に伸ばして桟橋代わりにし、ポチ達を自分の背中へと導いた。
満面の笑顔になったポチ達が島亀の背に登る。
「全員、とーじょー完了なのです!」
ポチがそう宣言すると、島亀はゆったりとした動作で赤煙島へと泳いでいく。
何者かの支援があったのか、島亀は魔物や海賊船と遭遇する事無く、無事に赤煙島の無人区画へと到着した。
◇
「うにゅにゅにゅ――」
ポチが真剣な顔で全神経を手に集中する。
「取れた、なのです!」
「うわっ、そこまで採りますか?」
「さすが姐さん、容赦ないガウ」
「まったくクマ」
赤煙島に上陸を終えたポチ達は、堆積したサラサラの火山灰で砂遊び――棒倒しに興じていた。
ちょっとだけのつもりが、いつしか白熱した勝負になったようだ。
「こんな事をしていていいのかしら?」
「困ったわね」
ヒトナとラビビが困惑顔でポチと男子達を見下ろす。
「心配いらないよ、二人とも」
岩場の上で周囲を確認していたニニンが、ヒトナとラビビに声を掛ける。
「どういう事?」
「ポチさんは遊んでいるフリをしているだけって事さ」
ニニンがキメ顔でそう言った。
どうもニニンはポチの事を無条件に信頼しすぎる気がするとヒトナは思う。
「ポチさん、本当に遊んでいていいの?」
キメ顔のニニンをスルーして、ヒトナがポチに声を掛ける。
「あ! なのです」
ヒトナに声を掛けられたポチがびっくりした顔になった。
「ポチはうっかりさんだったのですよ。砂遊びに夢中になって忘れていたのです」
うっかりポチ助がヒトナ達に謝る。
「てっきり上陸に気付いた悪者が襲ってくるのを待っているのかと……」
ニニンがショックを受けた顔で呟いた。
――にゅ?!
近くの岩場の陰で砂遊びをしていた猫人の娘が、びっくりした顔で一緒に遊んでいた保護者を見上げた。
その保護者が首を左右にゆっくり振るのをみた猫娘が、安心した顔で砂遊びに戻る。
一方、本来の目的を思い出したポチ達は、未練を振り払うように砂場に背を向け、悪徳都市シベへと旅立った。
◇
「これが悪徳都市シベ?」
「なんだかゴミ溜めみたいな場所クマ」
「そうガウ? 高い塀に囲まれているし、物見塔が幾つもあるガウよ?」
ウササ、クベア、ガウガルが岩場の陰から見えた悪徳都市シベを見て感想を口にした。
「ゴミ溜めは言い過ぎだけど、確かに他の都市みたいな統一感はないわ」
「何度も増築を繰り返したようですね」
少しずつ増殖を繰り返して都市規模になったが、元々は赤煙島の中央火山に棲む赤竜のウロコを拾い集める山師達の小さな集落から始まった。
赤竜の気まぐれで滅ぶような場所にまともな住民が住む事はなく、周辺国家も赤竜の勘気に触れるのを怖れて手を出せずにいる。
「なんだか美味しそうな匂いがするのです」
鼻をすんすんさせていたポチが「こっちなのです」と言って駆けだした。
ウササ達は物見塔の見張りに気付かれないように注意しながら、ポチの後を追う。
ポチが辿り着いたのは、壁の外側にガラクタやゴミが積み上がったような場所だった。
「こんな場所に何があるクマ?」
「扉! なのです!」
ポチが瓦礫の中に隠されていた扉を見つけた。
「でも、鍵が掛かっていて開かないクマ」
「ポチのすーぱーぱぅわ~で扉ごと壊しちゃえばいいのです!」
「あんまり大きな音を出したら見張りに気付かれるんじゃないですか?」
「待って――」
すらりと妖精鞄からハンマーを取り出したポチを、ラビビが止めた。
皆が見つめる先で、キィイイと音を立てて扉が開いた。
「なーんだ。元から開いていたのです!」
「でも、確かに鍵が掛かっていたはずクマ……」
納得がいかない顔のクベアの背を押し、ポチ達が扉の向こうに歩を進める。
扉の影で猫耳がピコピコと動いていた。
――ニンニン。
◇
「なんだか湯気みたいなのが立ちこめてるぞ」
「ちょっと息苦しいし、煙とかじゃないかな?」
悪徳都市シベは名前通り、退廃的な場所だった。
日の高いうちから男達は酒を飲み、街角に立つ半裸の女性達は下卑た顔の男達に媚びを売っている。
うかつに路地裏へ足を踏み入れた者達を、闇の住人達が身ぐるみ剥いで遺体まで何かの処理場へと運び去るような、まさに生き馬の目を抜くような都市だ。
「人質さん達はどこにいるのです?」
「ど、どこでしょうね?」
ポチ達が初めての街で途方に暮れる。
彼女達は戦闘こそ得意だが、シティーアドベンチャーは不得手なのだ。
シュンッと音がして、ポチの足下に何かが突き刺さる。
「肉串なのです!」
「何か結んであるぞ!」
ポチが拾った肉串から手紙を取り外し、ニニンが目を通す。
その間に、手持ち無沙汰なポチ達は肉串の肉を皆で分け合ってむしゃむしゃと食べる。
敵地だというのに、なんとも緊張感の無い皆の様子に、真面目なニニンとヒトナが頭痛を覚えた。
「ポチさん、攫われた人達の居場所が分かりました」
手紙には現在位置から攫われた人達が強制労働させられている場所までの地図が描かれていた。
ニニンが読み終わると同時に、手紙が蝶へと変じ、パタパタとポチ達を導くように飛んでいく。
「ニニン、手紙を書いたのって」
「あの字は伯爵様だと思う」
「やっぱり」
ニニンとヒトナは顔を見合わせ、「本当に過保護だよね」と言って嘆息した。
ペンドラゴン伯爵の過保護さは有名らしい。
◇
「攫われた人達を発見したのです!」
ポチがシュピッのポーズで宣言する。
もちろん、虜囚達に強制労働をさせていた看守や警備の悪漢達もいたのだが、ウササ達ぺんどらの活躍と、ポチの理不尽なまでの蹂躙劇で排除済みだ。
「あ、あんた達は?」
「助けに来たのです!」
「助けに?」
ポチが端的すぎる説明をした為、攫われた人達の間に不信感が芽生えつつあった。
「私達は漁村や山村の村人達から、海賊に攫われた人達を救助する依頼を受けて参上しました」
ヒトナはペンドラゴン養護院の日曜授業で覚えた敬語を使って、精一杯大人っぽく振る舞う。
「あたし達は見捨てられたんじゃなかったんだね」
「くそう、あいつら無理しやがって」
どうやら、故郷の人達が大金を払って腕利きの冒険者を雇ったと思ったようだ。
「あんた達の船はどこにあるんだ?」
「そこまではどうやって行くんだ?」
「腹減った」
攫われた人達が矢継ぎ早に質問する。
最後の空腹発言をした子供に、ポチが持っていたおやつを分け与えると、他の虜囚達も我も我もと集まってきた。皆、空腹らしい。
それを横目に、虜囚の代表とニニンが顔をつきあわせて打ち合わせをする。
「船はないのか?」
「はい、ボクらは島亀の背に乗って赤煙島に来たんです」
「島亀様に? 俺達も運んでもらえないだろうか?」
「無理です」
彼らを悪徳都市シベに運んでくれた島亀は、既に海の彼方に帰ってしまった。
「だが、脱出するには船がいるぞ」
代表の言葉をポチが聞き取った。
「ポチが船をなんとかするのですよ!」
「どうやって?」
「な、なんとかなるのですよ」
ノープランらしい。
「海賊の船を奪うのか?」
「それだ! なのです!」
ポチが代表の言葉に素早く飛びついた。
まさに入れ食いである。
「それなら海賊船の場所に案内してやる」
大勢では見つかるので、代表に同行するのはポチ一行だけだ。
海賊船を確保でき次第、虜囚達を乗り込ませて脱出する。
「見えたぞ」
増改築がデフォの歪な町並みの向こうに、帆船のマストが見えた。
「どの船がいいのです?」
「逃げ足が速いのがいいクマ!」
「強い方がいいんじゃないのか?」
「姐さんがいれば、どの船でも大丈夫クマ」
代表に案内されて到着した港で、ポチ達は倉庫街の物陰から海賊船を見繕う。
「そこにいるのは誰だ!」
野太い声がポチ達を誰何した。
どうやら、ポチ達は悪者に見つかったようだ。
※次回更新は 9/6(日)の予定です。







