17-42.魔界侵攻(2)
サトゥーです。ゲーム開発終盤のデスマーチ中だと、問題を修正する為に対応したプログラム・コードが別の問題を引き起こすトリガーになる事はよくある事です。
でも、だからと言って問題を修正しないわけにもいかないのが、プログラマーの悲しいところですね。
◇
「あわわわわ~?」
「たいへんたいへんなのです!」
あちこちから噴出した問題に、タマとポチまで右往左往する。
「落ち着きなさい二人とも」
さすがはリザ。彼女は落ち着いているようだ。
「まずは――」
リザが黒へドロに纏わり付かれて暴れる男神達の方に顔を向ける。
「元凶から始末しましょう」
――違った。
彼らが今回の元凶なのかもしれないけれど、それでも彼らはこの世界に必要な存在なのだ。主に防波堤的な意味で。
「リザも落ち着け」
「申し訳ございません、ご主人様」
まあ、彼女達が焦る気持ちも分かる。
パリオン神が魔神に誘拐されたと考えた男神達が、使徒達を引き連れて魔界へと侵攻したのが事の発端だ。
その魔界で、男神達は黒ヘドロ――高濃度瘴気を産する「禁忌の力」に侵蝕されて、慌てて人界へと緊急避難した。
そこまでは別にいいのだが、人界に逃げ込む時に、オレが魔界と人界の境に築いた結界を引き裂いてしまったのが問題だ。
特に男神の後を追って大量の使徒達までそれに続いたために傷が広がってしまった。
結果、魔界が再び人界と融合を始めてしまったのだ。
とりあえず、黒ヘドロに侵蝕された男神や使徒達をなんとかし、世界の亀裂を修復する必要がある。
魔界との間に結界を再構築するのは、その次の話だ。
さて、仲間達と協力して、緊急ミッションを片付けるとしよう。
◇
「――そう決めたはいいが」
オレは今も「穢れがー」と叫びながら都市で破壊行動を続ける男神達や空を縦横に飛び回る無数の使徒達をげんなりと見上げる。
ピアロォーク王国の人達は異界に避難済みだから人的被害はないものの、地上の建物はあらかた粉々になってしまったようだ。
いっそ、リザが言うように後腐れなく――。
『――待つ。短気は損気、サトゥーは待つべき。カリオンもそう言っている』
『言ってない、ウリオンの妄言。でも、行動に出る前に少しだけ時間が欲しいのは本当』
姦しい少女神二人が眼前に現れた。
人界に現れるのは神力コストが大きいんじゃなかったっけ?
『これはアバター。本体は神界にある』
『カリオンの言う通り。最寄りの巫女の身体に、圧縮した神託を送り込んで自動再生している』
なるほど、言われてみれば神々しさもそれほど無いし、姿もよく見れば金髪の輪郭がそれぞれの神のパーソナルカラーになっているくらいだ。
最寄りの位置から巫女を転移させるのも高コストな気がするけれど、それくらいは神様なら楽勝なのだろう。パリオン神は勇者の御座船――次元潜行艦ジュールベルヌを勇者のいる場所に転送していたしね。
自動再生というには少しインタラクティブな気もするが、そこは神様技術という事で納得しておこう。
「それで私に何を?」
『伝えたい事は二つ』
『一つ目は「叡智の書」カリセフェルを出す』
オレは言われるがままに、カリオン神から授けられた神器をストレージから取り出す。
取り出した叡智の書がパラパラとひとりでにめくれ、書物の上に複雑な積層型魔法陣が現れる。
『ちょっと待つ』
カリオン神がそう言って、魔法陣にアバターの指を差し入れた。
あやとりのように指を蠢かすと、魔法陣を構成するラインが組み替えられ、新しい魔法へと変わっていく。
『これでいい。この魔法を使えば「禁忌の力」に少しの間、耐えられる』
――おっと、これは素直に嬉しい。
オレはカリオン神に礼を言いつつ、叡智の書で改変された魔法を読み解く。
少しオレ向けに改良可能な箇所が幾つかあったので、サクサクと修正しバージョンアップ版を組み上げる。
それにしても、こんな魔法があるなら魔界に乗り込む男神達にも掛けてやればいいのに。
まあ、掛けたうえであの状態になったのかもしれないけどさ。
とりあえず詠唱して使ってみる。
――うん、行ける。
『驚き』
『何に驚く? 教えた魔法がすぐに使えるくらい普通。カリオンは大げさ』
『違う、ウリオンは注意が足りない。この短時間で魔法を改造して自分のモノにした。この速さは異常。サトゥーは異常』
やる気が削がれるので、あまり異常、異常と繰り返さないでほしい。
オレのげんなりした雰囲気が伝わったのか、未だに驚いたままのカリオン神をスルーして、ウリオン神が話を前に進めた。
『二つ目は戦闘に関して。使徒は魔族と同じ、戦闘機械だから殲滅していい。殺しても、苗床のアーキタイプで同じ個体が再生産される』
――アーキタイプ? アーゼさん達ハイエルフと同じ?
『ウリオンは言葉が足りない。ハイエルフは別物、あれは創造神が作った芸術品。使徒は神力を型に嵌めて作られる。任務遂行に不要な自我はなく、焼き付けられた行動指針通りに動く量産機械に過ぎない』
これは後日知った事だが、魔族の場合はマザーと呼ばれる原初の魔族が、高濃度の瘴気をこねて作るらしい。上級魔族には瘴気の残滓が集まってできた自我があるらしいが、彼らは魔王などと同じく不死身の存在だから、殺してもいつか再生するそうだ。
『カリオンは話が長い。伝えたい事は以上。ヘラルオン達は痛めつけてもいいけど、殺さないで。カリオンもそう言っている』
『言ってな――くもない。あんなザイクーオンでも結界維持や天罰の執行に必要。でも、ザイクーオンは少し痛い目を見て反省するべき』
少女神達もザイクーオン神を始めとした男神達に呆れているらしい。
『伝えたい事は終わり』
『この身体は勝手に元の場所に戻るから、放置していい。カリオンもそう言っている』
『魔界の侵蝕はヘラルオン達に直させるといい』
カリオン神に流されて、ウリオン神が少し不満そうだ。
『ガルレオンとザイクーオンは細かな作業が下手だから、ヘラルオンにやらせるのを推奨。カリオンもそう言っている』
『言ってない。でも、ウリオンの意見に賛成。ガルレオンは特に不器用』
『後は任せた。カリオンもそう言っている』
『うん、頑張れ』
会話が終わると二人の姿が消えた。
◇
「皆、集まって!」
オレはカリオン神から貰った「瘴気障壁」を獣娘達に掛ける。
ザイクーオン神の黄金杯に集まった黒ヘドロの時のような精神攻撃が別口であるかもしれないから、精神魔法による精神防御「自閉」も重ね掛けしておいた。
「キラキラ~?」
「こ、これは?」
「無敵なのです!」
「神様から教えてもらった瘴気障壁だよ。あの黒ヘドロに少し近付いても大丈夫だけど、直接触れないようにね」
一回や二回なら直接接触しても防いでくれると思うけど、過信は禁物だ。
リザがガルレオン神から貸与されたユニークスキル「鋼心英雄」で仲間達を包む。
『ヒカル、アリサ、カリオン神から貰った魔法を送る。大型虚空艦の魔術演算回路に組み込んで、使えるようにしておいてくれ』
『うん、わかった!』
『アリサちゃんに、お任せよ!』
オレは物質転送の魔法で、「叡智の書」カリセフェルを大型虚空艦のコクピットに送る。
向こうにはテニオン神の「隠密隠者」を持つセーラやウリオン神の「聖域警備」を持つミーアがいる。
準備ができるまでは黒ヘドロ使徒達に襲われる事はないはずだ。
「三人は使徒達を遠距離から攻撃して上空に引っ張っていってくれ」
「どのくらい~?」
「虚空艦が浮かんでいる高度までだ。できるかい?」
「もっちのロンなのですよ!」
「はい、私達にお任せください」
獣娘達がリュリュのブレスや強化外装の支援砲で使徒達の注意を引いて、トレインを作っていく。
付かず離れずの絶妙な距離だ。
今ごろ気付いたが、ザイクーオンが乗っていたような黄金の御座船も何隻かトレインの中に混ざっていた。
黄金船から放たれた光線砲が獣娘達を襲うが、空中で瞬動や二段跳躍を駆使する彼女達を捉える事はできない。ギリギリに掠めそうな時は、使い捨てのファランクスを上手く使って受け流していた。
オレはそれを少し見守った後、オレにしかできない事をやる事にした。
「まずは――」
目視ユニット配置で男神達の傍らに転移する。
前に黒ヘドロに侵蝕されていたニンフ達に使った、上級光魔法の「神威光輝浄化」を重ね掛けする。
ザイクーオン神の時のように、「神話崩壊:劣」を連打するわけにもいかない。
あの入れ墨付きのザイクーオン神は、黒ヘドロで強化された状態だったけど、今の弱った状態の男神達だとそのまま殺しかねない。
「ぬおおっ、力が抜ける」
「人族め! この機に我らを葬るつもりか!」
「違うぞ、穢れも力を失っている。今のうちに祓うのだ」
神々に効果がある魔法じゃないはずだけど、穢れ自身が瘴気を払われないように抗う為に、神々から力を奪っているようだ。
オレは次の魔法を使う。
――瘴気障壁
「こ、これは?」
「侵蝕が止まったぞ!」
「今のうちに穢れを払え! 手伝え、ガルレオン! ザイクーオン!」
「うるさい、お前こそ手伝え」
「貴様ら、こんな時にいがみ合うなど愚かにもほどがある! 協力せねばならぬと何故分からぬ!」
ガルレオン神が比較的マシなので、彼から救おう。
オレは自分にも「瘴気障壁」を重ねがけし、その効果を原始魔法で複製強化してみる。
これなら行けそうだ。
「な、何をする」
「手伝います」
オレはガルレオン神に纏わり付く黒ヘドロを掴んで投げ捨てる。
幾枚もの結界魔法で黒ヘドロを包んで、「神話崩壊」で滅する。
――げっ。
結界が足りなかったのか、神話崩壊の威力に絶えきれなくて裂けてしまった。
黒ヘドロの残滓が散ってしまったが、「瘴気障壁」で防げるレベルだし、このくらいなら「神威光輝浄化」でも消せる。
「次は神々の首座たる私だ!」
「人族! 俺様を優先しろ!」
ヘラルオン神とザイクーオン神が吼える。
◇
『ご主人様、瘴気障壁を虚空艦に組み込んだわ。次は何をすればいい?』
『リザ達がトレインしている使徒達を、主砲で殲滅してくれ』
『イチロー兄ぃ! 誘導役がもう少しいないと主砲の範囲に収まらないよ!』
マップを確認すると、獣娘達は使徒達を翻弄しているが、牧羊犬が羊を誘導するほど上手く使徒を集められていないようだ。
もう二人か三人は手伝いが欲しい。
『サトゥーさん! 私も出ます』
『わたくしもゼナと一緒に戦いますわ』
ゼナさんとカリナ嬢からだ。
マップ上の光点位置からして、二人は戦闘機タイプの次元潜行艇に乗り込んでいるらしい。
ゼナさんはヘラルオン神から貸与された「破邪聖者」があるし、カリナ嬢にはラカがいる。ここは二人を信じて任せてみよう。
『分かりました。危ない時はすぐに次元潜行して逃げてください』
ゼナさんとカリナ嬢が『はい』と返事をする。
『私もゼナさんと一緒に乗り込みます。瘴気障壁は使えませんが、私の神聖魔法なら少しは穢れに抵抗できるはずです』
『カリナ殿のサポートは任せてくれ』
セーラとラカの声が届く。
大型虚空艦からカタパルト発進した次元潜行艇の傍らに、巨大な円錐形のユニットが現れた。
『サトゥー、ふるばーにあん、ふぉー』
ミーアの声が届く。
あれは虚空専用疑似精霊フルバーニアン4だ。
使い捨ての誘導役には最適だろう。
『私もフォローに入ります』
大型虚空艦からシスティーナ王女が操る小型の虚空用ゴーレムが発進し、直衛につく。
その間にも、ルルが操作する大型虚空艦の砲撃が使徒達を削る。
アリサとヒカルは主砲の準備、ナナは操艦と防衛に忙しいようだ。
「どうした人族!」
「何をグズグズしておる! 貴様も手伝えガルレオン!」
おっと放置していたヘラルオン神とザイクーオン神がお冠だ。
ガルレオン神を助けた時のパターンで、ヘラルオン神、ザイクーオン神の順で黒ヘドロから解放していく。
後回しにしたザイクーオン神が、やたらとやかましいのには辟易させられた。
「ご苦労。大儀であった」
ヘラルオン神が偉そうに感謝の言葉を口にする。
「よくやった人族。まったく、ザイクーオンにはいつも苦労させられる」
ガルレオン神も偉そうに労ってくれたが、すぐにザイクーオン神への文句に変わった。
「悪いのは魔神だ。それよりも人族! この私を最後にするとは不遜にも程がある!」
ザイクーオン神は感謝の言葉もなく、いきなり言い訳と文句を口にする。
助け甲斐のないヤツだ。
『いっけぇえええええええええええ!』
『てやぁああああああああああああ!』
アリサとヒカルの叫びが戦術輪話越しに届いた。
直後、空に煌めきが走り、アニメで見たような爆発が連鎖する。
神々の相手をする間に、使徒達を集結させ一網打尽にできたようだ。
せっかくの仲間達の活躍シーンを見たかった。
◇
「これから人界と魔界の境界を修復します。ご協力いただけますね?」
自分達の後始末を手伝えと男神達に告げる。
ザイクーオン神はそっぽを向いているが、他の二柱の神は渋々ながらも否はないようだ。
空間魔法を使って、次元の裂け目をチェックする。
思ったよりもズタズタだ。大きな裂け目こそ少ないが、小さな裂け目がやたらと多い。
「やむを得ん。ザイクーオンとガルレオンは私に神力を貸せ。細かな修復は私が行う」
おっとヘラルオン神がやってくれるようだ。
オレはサポートに回るとしよう。
ヘラルオン神が神力で糸のようなモノを紡ぎ、「行け」と命ずると糸が自主的に動いて次元の裂け目を縫い始めた。
なかなか便利な技だ。頑張って目コピーしよう。
縫いにくそうだったので、空間魔法を使ってヘラルオン神が作業する辺りを滑らかに均す。
ヘラルオン神の操る糸が空間の裂け目を縫っていく。
「――ぬ」
繕う事で空間が引っ張られ、別の場所の裂け目が広がったようだ。
イライラしながらも作業を続けるヘラルオン神だったが、修復するとまた別の場所が裂けてしまう。
繊維が摩耗して傷んだ布を、無理に補修する感じに似ている。
布が突っ張ったり、破れたりするのと同様に、空間も歪んだり裂けたりしてしまっているようだ。
オレも全力でサポートするが、急激な歪みに完全対応する事は難しい。
「――ちぃい、惰弱な空間め!」
ヘラルオン神がキレた。
このまま自棄になられても困る。
「私が代わりましょう」
「貴様が?」
「ええい、人族ごときがうぬぼれるな!」
その人族にボコボコにされたのを忘れたザイクーオン神は軽くスルーして、ヘラルオン神を見る。
「神力を持たぬ貴様が、神力を操るというのか?」
「はい、操るだけならば」
原始魔法で操作できるのは、さっきこっそり試した。
「やってみるがいい」
ヘラルオン神は疲れているのか、やってみろと顎をしゃくって許可してくれた。
スイスイスイっと。
最近出番のなかった裁縫スキルが大活躍だ。
「ば、ばかな!」
「人族ごときに、このような技が……」
「やるではないか。どうしたヘラルオン、顔色が悪いぞ」
つまらない事でいがみ合うのは止めてほしい。
「なんとか繕えましたが……」
「うむ、魔界からの圧力で裂けるのは時間の問題だ」
ヘラルオン神の言うように、今にも裂け目が復活しそうな場所が多い。
「人界を守るには、元凶を除去するしかあるまい」
「そうだ! 魔界に乗り込んで魔神から穢れを除去するのだ! さすれば後は魔神が魔界に広がった穢れをなんとかするはずだ!」
「黙れザイクーオン。それができれば苦労はないと何故分からん!」
やっぱ、問題の根っこはそこか。
神界から盗まれた白天威輝晶に穢れ――「禁忌の力」を仕込んだ後先考えない馬鹿者には、神話崩壊を連打で叩き込んでやりたい。
「何を見る人族! 不敬だぞ!」
ザイクーオン神がオレの視線に気付いて噛みついてきた。
「いや、そうだ。貴様だ! 我らから穢れを引き剥がした貴様なら、魔界へ行って魔神から穢れを拭い去れるはずだ!」
ザイクーオン神が珍しく正鵠を射た。
「黙れザイクーオン! こやつを魔神に会わせて、取り込まれたらどうなるか! そんな事も分からんのか!」
「いえ、それはもうないようですよ」
神々が用意したダミーで、魔神は完全体になったと紫幼女が言っていた。
できれば黙秘して、神々の後始末は彼らに任せたいが、ここで傍観したら、もっと事態をややこしくされそうなので、重い腰を上げる事にした。
まったく、後でアリサに怒られそうだ。
「ならば問題ない。そうだな、ヘラルオン!」
「うむ。人族――サトゥー・ペンドラゴンに命じる。魔界に赴き、魔神の穢れを払え!」
「ついでにパリオンを救出してくるのだ!」
ザイクーオン神がヘラルオン神の尻馬に乗って余計な事を言ったが、それに頷く気はない。
本当に誘拐されたかも微妙な状況で迂闊なミッションは受けられないからね。
「そうだな、パリオンを見つけたら救出してくるのだ。先の命令を果たし、パリオンを救出したなら、貴様に我ら七柱から一つずつ権能を与え、神格を授けよう」
――おっ?
棚ぼたでアーゼさんとの結婚フラグが立ちそうだ。
七柱の神々が他者に神格を与えられるかは知らないけれど、神は基本的に嘘を吐かないはずだ。向こうで魔神の穢れを祓うミッションを果たした時に、パリオン神を見つけたら回収してこよう。
いなかったら、いなかったでいいし、上手く回収できたらアーゼさんとの結婚フラグが回収できるボーナスキャラ的な扱いで考えておこう。
できれば二つのミッションは別々の報酬を設定してほしいけど、今は交渉する時間が惜しい。
とりあえず、ミッション遂行可能か確認する為に、一度魔界を覗きに行ってみようか――。
※次回更新は12/8(日)の予定です。





