17-24.告発
※少しだけ時系列が巻き戻ります。
アリサ視点です。
『ちょっとザイクーオン神の罠に嵌まっていたらしい』
ちょっと、じゃない!
眷属通信から届いたご主人様の言葉に、わたしは内心でツッコミを入れた。
『やっぱり、わたし達も行くわ』
『大丈夫だよ。同じ罠に二度も嵌まる趣味はないからさ』
『でも――』
会話の途中で眷属通信が切れた。
『ちょっと! ご主人様! 話はまだ終わってないってば!』
そう叫んだけど、ご主人様からの応答がない。
眷属通信は切れていないはずだけど、何か薄い膜みたいなのに遮られてわたしの言葉が届かない感じだ。
「アリサ」
「サトゥーに何かあったの?」
心配そうな顔でミーアとミトがわたしを見る。
ご主人様がアーゼたんの名前を呼んで転移した直後に、ミーアを連れて王都邸へ先に戻ったミトと合流していたのだ。
リザさん達はご主人様のユニークスキルで修業用の異界に行っていたので、ナナに孤島宮殿経由で呼びに行ってもらった。もうすぐ合流できると思う。
「ザイクーオン神と交戦中。援護に行くって話は却下されちゃったわ」
全く、いつまで経っても過保護なんだから。
「むぅ」
「レベル99になっても、サトゥーから見たら危なっかしい子供に見えるんだね」
「まったく、そろそろ頼る事を覚えてほしいわ」
ミーアやミトと一緒に嘆息する。
まあ、それがご主人様の性分だから仕方ないか。
「アリサ、アーゼは?」
「アーゼたんの事は何も言っていなかったけど、ご主人様が普通な感じだったから大きな怪我とかはしていないと思うわ」
アーゼたんを心配するミーアに、ご主人様の声から推察した状況を伝える。
「ん、安心」
ほっとした顔のミーアに頷き、次の準備を始める事にした。
わたし達はミトのミツクニ公爵邸へと移動し、その広大な庭に大型の飛空艦を空間魔法の「格納庫」で作った空間から搬出する。
公爵邸の外壁沿いに生け垣的な木を生やしてあるから、周りの屋敷からは見えないと思うけど、念の為に「空間迷彩」を展開しておく。
この飛空艦はリザさん達の強化外装をカタパルト発進させる為の軽空母として開発されたモノらしい。
わたしやミーアの杖艦やルルの砲艦、それからナナの盾艦を合体させて対神用戦闘艦にしたいと訴えているのだが、今のところご主人様の首を縦に振らせる事ができずにいる。
ご主人様にはぜひとも合体の浪漫を分かってほしい。
「アリサ、こんな大物を出してどうするの?」
「人工衛星にアクセスする機能が付いているのが、この艦だけなのよ」
ミトの問いに簡潔に答える。
エルフ達が打ち上げたクラゲ監視用の衛星は、地上の様子を調べる為にも使えるのだ。
望遠レンズの解像度が低いから地上の人までは見分けが付かないけど、地上で大きな異変があれば分かるはず。
この前、ご主人様以外の索敵範囲を増やす方法を求めたところ、この艦を与えられたのでさっそく利用する事にしたのだ。
ティナ様のドローン・ゴーレムだと、どうしても監視範囲が都市数個単位程度まで下がっちゃうのよね。
「ミーア、手伝って」
「任せて」
衛星へのアクセスはミーアに認証してもらう必要がある。
「私にも何かさせて」
「うん、ミトはモニターの確認を手伝って」
わたし一人じゃチェックしきれない。
飛空艦に乗り込もうとしたわたし達の前に、朱色の疾風が現れた。
「アリサ! ご主人様は?!」
リザさんだ。
「えまーじぇん~?」
「緊急出動なのです!」
「アリサ、現状報告を依頼します」
タマ、ポチ、ナナの三人もリザさんに少し遅れて合流する。
白銀メンバーは飛行魔法のゼナたんに続いて、ラカで強化されたカリナがぴょんぴょん跳んで現れ、最後に残りのメンバーがティナ様の飛行型ゴーレムでやってきた。
「全員、揃ったわね。ご主人様がザイクーオン神と交戦中よ」
皆の顔色が変わる。
単純に驚く者、戦いを前に武者震いする者、不安そうな顔をする者、でも一番多いのはご主人様の安否を気遣う者達だ。
「心配しなくても平気よ。ご主人様は大丈夫だったから」
わたしがそう言うと皆の顔から心配そうな色が薄らいだ。
「皆に集まってもらったのは、ご主人様の手が離せない間に、世界のどこかで異変が起こったら、それに対処する為よ。秘匿装備に着替えて出陣準備をお願い」
その言葉に、皆が更衣室へと走る。
ナナやリザさん達は庭で着替えようとしていたが、ゼナたんやセーラに叱られて連れていかれた。
わたしとミーアは既に着替えていたので、先に軽空母の艦橋へと向かう。
「異変は?」
「まだ、どこにも」
艦橋で留守番していたミトに尋ねつつ、フロントのメインパネルに表示されたたくさんの映像を見守る。
間の悪い事に、雲で覆われたエリアが多い。
◇
「たいへんたいへん~」
足下の影から、タマが出てきて外を指さした。
着替え途中で飛んできたみたいで、黄金鎧を着終わっていない。
でも、直してやるのは後。
先に外を確認しないと。
「――コウホウの間?」
先に外を見たミトが呟く。
コウホウの間は国王が年始の挨拶や緊急報知に使う告知用の魔法装置だ。
「空に立体映像?」
映ってるのは闇のように濃い暗紫色の人物だ。
顔は分からない。影絵のような姿――。
「あれ、魔神だわ」
ご主人様から聞いた魔神の特徴にそっくりだ。
魔神の事を伝えようと眷属通信を試してみたけど、やっぱりご主人様には届かなかった。
「何しに現れたのかしら?」
「分からない」
わたしは外の音を拾うため、外部マイクをオンにした。
『この世界に暮らす親愛なる人々よ。わたしは今日、君達に真実を告げる』
魔神の声が響く。
「――うそっ」
ミトが顔面蒼白だ。
「イチロー兄ぃの声に似てる」
「そう? ご主人様はもっと高くて澄んでるわよ?」
あのショタ声はなかなか貴重なのですよ。
「そうじゃなくて――」
『七柱の神々は君達を愛していない。いや、農作物や家畜に向ける程度の興味しか持ち合わせていない』
ミトの声を魔神の演説が上書きした。
何を気にしているのか分からないけど、あれがご主人様のはずがないし、今は魔神の企みに対処する方が優先だと思う。
『その証拠に、神々の愚行を示そう』
魔神の傍らにスクリーンが現れ、黄色く光る人物と勇者ナナシなご主人様が映し出された。
ご主人様の無事な姿を皆が、ほっと安堵の吐息を漏らす。わたしもだ。
『禁忌の力を見せつけてくれる!』
黄色く光る人物が叫ぶと、スクリーンの映像内で空が陰った。日食だ。
空を見上げたが日食にはなっていない。ご主人様のいるあの一角だけが、ザイクーオン神の力で日食になっているらしい。
科学を真っ向から否定するような現象だけど、今はそんな事にツッコミを入れている場合じゃなかった。
「げっ、なにあれ?」
映像を加工してあるのか、太陽を隠した黒い月から黒ヘドロのようなモノが降ってきて、ザイクーオンが持っている金色の杯に受け止められた。
この時は距離感がおかしかったので「映像を加工してある」と思ったんだけど、この映像全般が生中継などではなく、魔神によって編集されたモノだとは思わなかった。わたしがそれを知ったのはご主人様と合流した後の話だ。
『勇者ナナシと戦う黄色い光の人物はザイクーオン神。彼が言う禁忌の力とは竜神と私――魔神が月に封じた、世界を滅ぼす瘴気と神力が交ざった破壊の力だ。月に私が封じられているというのは、神々が流したデマにすぎない。現に私はここにいる』
魔神が発言する間にも、黒ヘドロを浴びたザイクーオン神が空に向かって吼える。
ザイクーオン神の眷属らしき黄色い光も黒ヘドロを浴び、ご主人様を打ちのめした。
目の前が怒りと心配で真っ白になる。
『サトゥーさんが!』
『アリサ、早く助けに行きましょう』
『大丈夫~?』
『服』
ゼナたんとリザさんが慌てて叫んだが、タマとミーアがご主人様の服が破けていない事を指摘して無事だと訴えた。
そっか、やられたフリか。
私はうっかり発動した「全力全開」をこっそりと解除する。
『ほろびろぉおおおおおおおおお』
スクリーンの中にはどこかの都市が映っており、次の瞬間、都市上空にあった黒い風船のようなモノが弾けて都市を襲った。
一瞬で都市が瓦礫の山になり、庭先の洗濯物や店先の商品が粉々に打ち砕かれていく。
『ぜんめっぅううううううううう』
ザイクーオン神や眷属達が哄笑する。
『神々は自分の意に添わぬ者には苛烈な罰を与える。君達も鼬帝国が神々の禁忌に触れて滅んだ事は聞き及んでいる事と思う。神は何が禁忌かも人々には伝えず、ひとたび禁忌に触れれば弁解の余地無く滅ぼす。それが神のやり方だ』
魔神が糾弾する背後では、滅ぼされた都市の映像が流れている。
人々の生活の跡や焦げて砕けた人形がアップになった。テレビや映画でよく見るあざとい演出だけど、メディア慣れしていないこの世界の人達には効果絶大だと思う。
「そ、そんな事はありません! テニオン様は人々に愛を説いておられます!」
テニオン神の巫女だったセーラが魔神に向かって叫ぶ。
恐らくは、世界の各地で神官達が同様の叫びを上げている事だろう。
「遺体がありませんね」
映像の中に遺体がない事をティナ様が指摘した。
「当然~?」
「ご主人様がいるから当たり前なのです!」
「ん、順当」
うん、わたしもそう思う。
『この馬鹿者がっ! むやみに下民どもを殺すな!』
ザイクーオン神が眷属を叱責する声が聞こえた。
『えー、どーしてー?』
『どーして、殺しちゃダメなのー?』
『命は大事だから殺しちゃダメなのー?』
『悪い事だからダメなのー?』
『知れた事を! 下民の命が大事なわけがあるものか!』
眷属の問いにザイクーオン神が断言した。
『無意味に殺しては、無知蒙昧な下民どもから収穫する神力が減るではないか!!』
『大事なのは神力だけー?』
『地上の人達は大事じゃないのー?』
『あたりまえだ! 下民どもなど、神力を我らに貢ぐだけの道具にすぎん!』
『どうぐなんだねー』
『愛してはいないんだねー』
ザイクーオン神と眷属の会話が空から響く。
「なんだかわざとらしい流れね」
「ええ、ザイクーオン神が誘導されているように聞こえます」
わたしの言葉にセーラが頷く。
「それにしても、どうして神々は魔神のパフォーマンスを許すのかしら?」
ミトの言葉にハッとした。
そういえばそうだ。
こんな信仰心が下がりそうな放送を許すなんておかしい。
「何か他の事で忙しいのかしら?」
「卑劣な魔神が神々の目から隠しているに決まっています!」
セーラがトゲトゲした声で言う。
たぶん、根拠のない発言だとは思うけど、神々の邪魔が入らないように魔神が妨害しているのは十分にありえる。
『今、君達が聞いたのが神々の本音だ。神々にとって、君達は単なる神力源でしかない』
スクリーンからの声が消え、魔神が人々に告げる。
『君達の中には「魔神の言う事など信じられない」「魔神が作り出した偽りの映像だ」と言う者もいるだろう。だが、歴史を振り返ってほしい。魔物や魔族が現れる前、世界は平和だっただろうか?』
魔神が人々に語りかける。
『――その答えは否だ。世界には貧困と戦乱が満ちていた。全ては神が人々の祈りを集めるためだ。人々は塗炭の苦しみの中で絶望し、人々の負の想念が瘴気となって世界に満ちた』
どこまで本当か分からないけど、前半部分はご主人様の書庫で見た古代ララキエ時代の書物にあった気がする。
『濃度を増した瘴気は人々を侵し、異形の存在へと変じる者も現れた。――それが魔族だ。私は彼らを隔離し、同じような被害が出ないように、瘴気を集める方法を考えた。そうして研究の末に作り上げた生き物が魔物だ。魔物は瘴気を集め体内で濃縮し、魔核と呼ばれる器官で魔力に変換し消費する』
どこかの虫でいっぱいな腐った森の仕組みに発想を得たのかしら?
でも、前に賢者の塔で聞いた話とはちょっと違うわね。
眉に唾を付けて聞くのがいい感じみたい。
『人々は異形の魔族や魔物を恐れ、その恐怖から逃れるために神に祈った。それは戦争や貧困と変わらぬ信仰心を神々に届けたのだ。自分が労せずとも手に入る祈りに、神々は満足し私に命じた。「定期的に人々に恐怖を与え信仰心を維持せよ」と。それが「魔王の季節」であり魔王という存在だ』
魔王にされる側としては「ふざけるな!」って言いたい。
『人々よ、偽りの神を捨てよ。君達は神などに頼らずとも、賢き王と共にあるだけで生きていける。君達は神の人形ではない。今こそ全き「自由」を取り戻すのだ』
魔神の扇動が終わると、背後のスクリーンが再び映し出され、ザイクーオン神達の声が再生された。
『ぐおおおおおおおおおおおお』
『『『都市を滅ぼせ!』』』
『『『ニンゲンを滅ぼせ!!』』』
『『『全てを滅ぼせ!!!』』』
なんか、やっばい雰囲気ね。
『むやみに人を殺さないんじゃなかったのか?』
ご主人様の声だ。
『この強大な力があれば、神力源が多少減ろうと問題ない。人など放置すれば勝手に増えるものだ』
よくみたら、ザイクオーン神の体表に入れ墨みたいなのが増えてる。
『……そうか。そうだ。人など増える。なぜ遠慮していたのだ。ニンフほどではなくとも国単位で滅ぼせば、我は命を糧にもっと強くなる。我が強くなれば外敵を滅ぼせる。まやかしで誤魔化す必要などない。我こそが神々の首座に相応しい。強くならねば。……強く、もっと強く、その為には世界に――≪滅び≫を』
スクリーンの中のザイクーオン神が真っ黒なオーラに包まれた。
なんか、悪堕ちした感じ?
「――おわっ」
スクリーンが真っ白になった。
すぐに映像は復活し、痛いほどの閃光と魂を揺さぶるほどの震動が、大地を、空を、遍く蹂躙していく。大地は大きく抉れ、吹き上げられた土砂が黒く分厚い雲を作った。
暗雲が渦巻き、吹きすさぶ風が大地に残った瓦礫を吹き飛ばす。
――何アレ?
わたしの神話崩壊を何倍、いや百倍以上に拡大したかのような馬鹿げた威力だ。
「これが、神……」
「私達は神々の実力を測り損ねていたようですね」
リザさん達の言葉に頷く。
天罰の時は神力を節約する為に、安物のアバターを使っていたのかもしれない。
紫塔で回収した神力があったら、あんなに凄い攻撃ができるんだ。
『無慈悲な神々は君達を滅ぼす事にしたようだ。私は君達を破滅から救うため、持つ力の全てをかけて悪神達に抗うつもりだ。もし、君達が滅びを望まないなら七柱の神々に祈るな。共に戦う事を選ぶなら、塔に向かえ。我が加護を君達に与えよう』
スクリーンの映像が切り換わり、ザイクーオン神が都市に向けて放った強大な攻撃を、魔神が紫色の盾で防ぐシーンが流れる。
100パーセントやらせというか合成映像だろうけど、異世界の人達には本物に見えるに違いない。
「アリサ、ご主人様は大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫だと思う」
少なくとも眷属通信は途切れていない。
――あっ。
「ご主人様との通信が復活している!」
眷属通信を邪魔していた膜みたいなのがなくなっている。
今なら私の声がご主人様に届きそうだ。
『ご主人様、大変よ! 空に魔神が!』
私はご主人様に向かって叫ぶ。
さっきまでの映像を見る限り、ご主人様には魔神の映像が届いていなかったはず。
『わかった! すぐ行く!』
その言葉と同時に、ご主人様が目の前に現れた。
魔神の本当の狙いが何かは知らないけど、これで勝ったわね。
※次回更新は7/28(日)の予定です。
来週は書籍版の原稿がちょっとヤバめなのでお休みします。







