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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
最終章

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17-22.杞憂(2)

 サトゥーです。自分が扱いきれない力に手を出して破滅するのは、昔からある物語の悪役達が辿る定番コースです。自分だけが破滅するなら、勝手に手を出して破滅してくれればいいのですが、この手の悪役は往々にして無関係な人達を巻き添えにするので始末に負えません。





『魔神より取り上げた、禁忌の力・・・・を見せつけてくれる!』


 ザイクーオン神が天に向かって腕を上げると、太陽を隠した月から黒い何か・・が降ってきた。


 ――ヤバイ。


 危機感知スキルが激しく警鐘を鳴らす。


 ――ヤバイヤバイヤバイ。


 ここまでの危機感は「魔神の落とし子」と対峙した時以来だ。


 落ちてきた黒いヘドロのような何かを、ザイクーオン神がどこからか取り出した黄金の杯で受け止めた。

 スケール比で考えたら、黒ヘドロの落下速度はありえないほど速い。

 だまし絵のように、三次元の距離を無視したような感じだ。


 黄金杯から勢い余って飛び散った黒ヘドロの雫が大地に触れた。


 ――腐ってる?


 草木は言わずもがな、その下の土さえもがぐずぐずの何かに変わっていく。


 ザイクーオン神がやろうとしている何かを邪魔したいところだが、下手に妨害して黒いヘドロがダイレクトに大地に流れ出たら、この一帯が不毛の大地になる事は間違いない。

 下手をしたら、黒ヘドロの侵蝕が人里まで広がりそうな予感さえする。


 黒ヘドロが黄金杯に受け止め終わった時点で、ストレージに奪い取るのが一番安全なはずだ。


 ――いや。


 ストレージが内側から侵蝕されたら嫌だし、黒ヘドロが黄金杯に落ちきった瞬間にザイクーオン神の腕ごと神剣で消滅させよう。


「ニンフ達よ!」


 ザイクーオン神がニンフ達を呼ぶ。

 だが、ニンフ達も黒ヘドロを畏れて近寄ろうとしない。


「命令だ、ニンフども! 我が下に集え!!」


 激高したザイクーオン神が命じると、ニンフ達は嫌そうにしながらもザイクーオン神の方へと集まっていく。


 ――あと少し。


 月から垂れた黒ヘドロの最後の雫が、黄金杯に落ちきる。


 ――今だ。


 オレは勇者ナナシに変身し、乗っていた次元潜行船から飛び出す。

 そして、称号を「神殺し」にすると同時に、閃駆でザイクーオン神の下へと飛び込み、黄金杯ごと黒ヘドロを消滅させる為、ストレージから神剣を抜き打つ。


 チェック――。


 メイトと言おうとしたオレの視界が暗転した。





 悪意。


 殺意、憤怒、遺恨、怨念、害意、毒心。


 醜悪な負の感情が四方八方からオレを蝕む。

 精神攻撃の一種だと気付いて、精神魔法による精神防御「自閉(アーティスム・シェル)」を発動したが、悪意の波動を防げたのは一瞬で、すぐに元の状態へと戻ってしまう。


 しかも、なぜかユニット配置が起動しない。


 視界に映るのは、濃密な漆黒の霧だけだ。


 ……まずい。


 このままだと、いつまでも正気を保てるとは思えない。

 なんだか、身体の感覚もなくなってきた。


 ――を。


 唯一、感覚が失われていなかった右手から、僅かな振動が伝わってくる。


 ――《滅び》を。


 それは右手に持ったままだった神剣からだ。


「そうか、神剣なら――」


 オレは一縷の望みをかけて、聖句を口にした。


「――《滅び》を」


 その瞬間、世界が一変した。


 オレを蝕んでいた悪意が滅んでいく。

 周囲を満たしていた黒い霧の空間が消え、神剣の作り出した闇が周囲に満たされる。


 浮遊感がして地面へと落下しているのに気付いた。

 どうやら、神剣の《滅び》を実行した為に、オレの魔力が枯渇して天駆が維持できなくなったらしい。


 周囲にザイクーオン神の気配がないので、神剣をストレージに収納する。


「現在地は――」


 マップを確認したところ、ユニット配置で移動しようとした無人のセーフポイントの一つだと分かった。

 どうやら、ユニット配置はちゃんと発動していたようだ。


『ご主人様! すっごい悲鳴が聞こえたけど大丈夫? 今から皆で援軍に行っていい?』


 アリサから眷属通信が届いた。


『いや、来なくても大丈夫だ』

『良かった~。何度呼んでも反応ないから焦ったわ』


 どうやら、心配させてしまったようだ。


『ちょっとザイクーオン神の罠に嵌まっていたらしい』

『やっぱり、わたし達も行くわ』


 心配性のアリサがそんな事を言い出したが、さすがに神やその眷属が暴れる戦場に連れてくるのは危険すぎる。


『大丈夫だよ。同じ罠に二度も嵌まる趣味はないからさ』


 ちょっと取り乱してしまったけど、落ち着いて考えれば幾つか対処手段を思いつけた。

 マップの時計を見る限り、精神攻撃を受けてから一分も経っていない。


『でも――』


 アリサが反論の言葉を途切れさせた。

 オレの言葉に納得してくれたのかな?


『それじゃ、リベンジしてくる』


 そう眷属通信越しに宣言し、オレはユニット配置でザイクーオン神のいた場所へと転移した。





『ぎゃはははははは』

『さいきょーさいきょーさいきょー』

『むてき、むてき、むてきぃいいいいいい』


 輪郭だけが暗黄色をした漆黒のヒトガタが、ハイテンションに叫びながらザイクーオン神の周囲をぐるぐると旋回している。

 ザイクーオン神が黄金杯に集めた黒ヘドロで何かしたようだ。


『敵だー!』

『敵は殲滅ぅうううううう!』

『滅ぼせぇええええええええええ!』


 乗り物を失ったニンフ達だったが、黒ヘドロによる強化で笹舟搭乗時なみの高速移動ができるようだ。

 しかも、短距離転移もしてくる。


『不意打ちの一撃だー!』


 オレの死角に現れたニンフを空間魔法の「超隔絶壁ハイパー・デラシネーター」で防ぎ、正面から加速してきたニンフの突撃を術理魔法の「積層巨盾ジャイアント・シールド」で押しとどめる。


 超隔絶壁にヒビが入り、透明な積層巨盾が黒く濁る。


 オレがユニット配置を発動すると同時に、超隔絶壁が砕け、積層巨盾がボロボロに崩れて消える。


 転移を完了した瞬間、危機感知スキルが背後に迫るニンフの存在を教えてくれたが、オレが反応するより僅かに早く、背中に衝撃が届いた。


『隙ありぃいいいいいいい!』


 オレの身体が凄まじい速度で吹き飛び、地面を抉りながら転がっていく。

 どうやら、転移先を予想されていたようだ。


『うっしゃあああああああ!』


 オレに体当たりしたニンフが、身体を覆う黒ヘドロを波打たせながら勝利の雄叫びを上げる。

 背中に攻撃を喰らう瞬間に魔力鎧を張ったので、黒ヘドロの侵蝕を受けていたり、ダメージを受けたりはしていない。少し痛いだけだ。


『さいきょー、さいきょー、さいきょっきょー』

『むてき、むてき、むてきぃいいいいいい』


 他のニンフ達もハイテンションに叫びながら、オレの方に火炎や雷撃などの魔法攻撃を撃ち込んできた。

 分身を閃駆で飛び出させると同時に、オレの本体はユニット配置で直上へと移動する。


 分身に向かって、ニンフ達が体当たり攻撃や黒ヘドロを変形させた鞭で攻撃するのが見えた。

 地面をバウンドする分身に、ニンフ達が流星のように巨大な爆炎を投げ下ろす。


 ――なかなか容赦ないな。


 爆発に紛れて、分身を黒焦げ死体風のダミー人形と交換した。

 生体反応や魔力を帯びさせた高性能なヤツだ。


『撃破ああああああああ!』

『よわい、よわい、よわよわだあああああああ!』


 ニンフ達が勝ち誇る。


『禁忌として封じただけはある。我が権能の一つと引き換えにするだけの価値はあったようだ』


 ザイクーオン神が何か言っているがスルーでいいだろう。


 オレは魔素迷彩で姿を隠しつつ対抗手段を考える。


 ニンフ達を変えた黒ヘドロは、「魔神の落とし子」の欠片と同質の存在に違いない。

 魔物の魔核に潜り込んで「裏返らせ」たり、天竜の身体に侵蝕しようとしていたアレだ。

 オレの瘴気視で見た感じ、瘴気そのものではなく、瘴気に近い「何か(・・)」という事しか分からなかった。


 断言はできないが、いくつかの探査系の魔法で得た情報から、神気の類いと瘴気を混ぜたようなモノだと思われる。

 あれに侵蝕されたモノを戻す方法はオレにはない。

 原始魔法で黒腕を加工した時に試したが、黒腕の指を生身に戻す事はできなかったのだ。


 最上級の浄化魔法なら、もしかしたらニンフを元の状態に近づかせる事ができるかもしれない。


 倒してもいい気がするのだが、ザイクーオン神やニンフ達を殺してしまうと、神々全体を敵に回してしまう可能性が高いんだよね。

 そうなったら、昇神に関する情報収集が難しくなって、アーゼさんとの結婚が遠のいてしまう。


 それにザイクーオン神を殺すと、せっかく神聖魔法が使えるようになった見習い神官のケイを始めとしたザイクーオン神の信徒達が、不憫過ぎる。


『ちゅぎ!』

『『『下等なニンゲンを滅ぼすにゃ!』』』


 ニンフ達が耳を疑う発言をした。


 オレは準備していた光魔法系の上級魔法「神威光輝ディバイン・ブリリアント・浄化ピュリフィケーション」で呪詛を払う。


『にょわああああああああ』

『ぬおおおおおおおおおお』

『ぬける。ちからが、ぬけるるるぅうううう』


 ちょっと効いた感じだったが、すぐに防御障壁が現れてニンフを守った。


『あびない』

『ちょー、あびない』

『たおせ、たおせぇええええええ』


 ニンフ達が先ほどと同じパターンで攻撃してきた。

 オレは分身や(デコイ)で攪乱しながら、「神威光輝浄化」でニンフを浄化する。


 攻撃のタイミングで防御障壁が開いた時なら効果があるのだが、すぐに障壁が閉じて大した影響を与える事ができない。


 オレが神剣で斬るか素手で防御障壁を砕いて、至近距離からニンフに「神威光輝浄化」を叩き付ける事で一時的に行動不能にできた。

 だが、この方法だと、どうしてもオレの動きが止まるので、相手からの攻撃がオレにヒットしてしまう欠点がある。


 受けるダメージは自己回復スキルで賄える程度なのだが、痛い事は痛いんだよね。


『固いだけでヘボいじょ』

『むてき、むてき、むてきぃいいいいい』

『破壊、もっと破壊をぉおおおおおおおおおお』


 オレを何度も地面や山肌に激突させたせいか、ニンフが調子に乗り始めているようだ。


『ちゅぎは都市だぁあああああ』


 一体のニンフが遠目に見えた都市の上空に転移した。


 ――やばい。


『ほろびろぉおおおおおおおおお』


 風船のように膨らんだニンフが破裂し、黒ヘドロの暴風雨となって都市を襲う。


 一瞬で都市が瓦礫の山になり、庭先の洗濯物や店先の商品が粉々に打ち砕かれていく。


『ぜんめっぅううううううううう』


 ニンフが勝ち誇る。


 ――危なかった。


 もう少しで犠牲者を出すところだった。


 なんとか集団転移での救出が間に合ったけど、天罰事件の時に鼬帝国の人々を救出した経験がなかったら、間に合わなかったかもしれない。


 心臓がドキドキしている。


『この馬鹿者がっ! むやみに下民どもを殺すな!』


 ザイクーオン神がニンフを叱責する声が聞こえた。


『えー、どーしてー?』

『どーして、殺しちゃダメなのー?』

『命は大事だから殺しちゃダメなのー?』

『悪い事だからダメなのー?』


 ニンフ達がザイクーオン神に尋ねる。


 ――なんだろう?


 何か違和感がある。


『しれた事を! 下民の命が大事なわけがあるものか!』


 ザイクーオン神が吼える。


『無意味に殺しては、無知蒙昧な下民どもから収穫する神力が減るではないか!!』

『大事なのは神力だけー?』

『地上の人達は大事じゃないのー?』


 まるでザイクーオン神の言動を誘導するかのようにニンフ達が問う。


『あたりまえだ! 下民どもなど、神力を我らに貢ぐだけの道具にすぎん!』

『どうぐなんだねー』

『愛してはいないんだねー』


『貴様ら、何を言っている?』


 さすがに神様も誘導されているのに気付いたようだ。


『『『作戦終了』』』


 ――作戦?


 ザイクーオン神の言動を誘導してたニンフ達がポフンッと消える。


 それと同時に、空中で静止していた他のニンフ達がもがき苦しみだした。


『ぷわぁあああ』

『ちょわあああああ』

『うおりゃあああああああああ』


 ニンフ達の黒ヘドロが変形し、魔族のような姿へと変貌していく。


『な、なんだ?』


 ザイクーオン神が事の推移についていけず、戸惑いの声を出す。


『『『第二段階』』』

『『『強化完了』』』

『『『最強無敵』』』


 ニンフ達の目が赤黒く光る。


『『『都市を滅ぼせ!』』』

『『『ニンゲンを滅ぼせ!!』』』

『『『全てを滅ぼせ!!!』』』


 ニンフ達がシュプレヒコールを上げる。


『この愚か者どもがっ! 我が神力源の人間どもを殺すなと言ったのを忘れたのか!』


 ザイクーオン神が激高する。


『うるさい』

『偉そう』

『邪魔』


 ニンフ達がザイクーオン神に暴言を吐く。


『――なんだと?!』


 予想外のニンフ達の発言に、ザイクーオン神の動きが止まる。


『『『おしおき』』』


 ザイクーオン神に殺到したニンフ達の拳や蹴りが、次々とザイクーオン神の身体を打ちのめす。


『おらおらおら』

『き、貴様ら――』


『うりゃりゃりゃ』

『こ、こんな事をして――』


『どるるるるる』

『ど、どうなるか――』


 ニンフ達の連撃を喰らったザイクーオン神が地中深くに埋まる。


『『『びくとりぃいいいいい』』』


 勝利の雄叫びを上げるニンフ達が、黄色い光になぎ払われる。


『貴様ら、神たる我に逆らうかっ!!』


 ザイクーオン神が地中から這い上がる。


 あれだけの攻撃を受けても、黄金杯は手放していなかったらしい。


 黄金杯を持つ反対の手に、神力で作り出したらしき黄色い光の輪を作り出した。

 ぎゅりぎゅりと回転しだした歪な輪は、当たったらなかなか痛そうだ。


『神に逆らう愚か者どもよ――断罪の輪に引き裂かれよ』


 ザイクーオン神がニンフ達を睨み付ける。


 その時――。


 彼が持つ黄金杯に残っていた黒ヘドロが生き物のように蠢くのが見えた。


「ザイクーオン! 杯を捨てろ!」

『何っ?』


 オレの助言も虚しく、黒ヘドロが投網のように広がって、ザイクーオン神を包み込んだ。



※次回更新は7/7(日)の予定です。


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