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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
最終章

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17-20.魔神

 サトゥーです。特撮に限った話ではありませんが、悪の首領との直接対決の前には、四天王や将軍といった幹部との激戦が繰り広げられるのがお約束だと思うのです。





『これ美味しい』


 ピンク色の髪をした幼女が、イチゴのショートケーキにかぶりついて目を輝かせた。


「いえす~?」

「こっちのモンブランも美味しいのです」


「幼生体、こちらのプリンもお勧めだと告げます」


 タマ、ポチ、ナナの三人が幼女をお菓子でもてなす。

 幼女は神代語を話していたので、術理魔法の「翻訳(トランスレート):神代語」で会話をサポートしている。


 ここは大砂漠の上に新規で作った異界だ。

 孤島宮殿だと幼女の保護者とおぼしき魔神が攻めてきたら困るので、ここに連行してきた。


 お菓子は幼女の口を軽くする為の潤滑油だ。


 この空間にはテーブルの上に並んだスィーツタワーの他にも、周囲にはアリサ監修の「お菓子の家」が幾つも並んでおり、周囲には甘い香りが満ちている。


「ちょこふぉんでゅ、ガ、デキマシタヨ~」

「わ~い、チョコ~?」

「ぐれいとなのです!」


 チョコが適温で循環する魔法道具を持ったメイドロボ――ではなく、ルルを模した調理サポート用リビングドールが部屋に入ってくると、タマとポチの二人が飛び上がって喜んだ。


 ここにいるのは、オレと先述の四名だけだ。

 他のメンバーは安全の為に孤島宮殿で待機している。


『ちょこ? なんだか泥みたいだけど……』

「幼生体、チョコは正義だと告げます」


 引き気味の幼女に、ナナがチョコフォンデュの食べ方をレクチャーする。


『美味しい!』

「おふこ~す~?」


 恐る恐るビスケットに付けたチョコを食べた幼女が目を輝かせ、横に座るタマが当然だとばかりに頷く。


「こっちの果物に付けても美味しいのですよ」


 チョコバナナはサイキョーなのです、とポチが付け加えた。


 ――そろそろいいかな?


 幼女がリラックスしたタイミングで声をかける。


『美味しいかい?』

『うん!』


 口の周りをチョコでベタベタにした幼女が言う。

 こうして見れば見るほど、ルモォーク王国の影城で見つけた幼女の絵や培養槽に浮かんでいた遺体に似ている。

 残念ながら、鑑定やAR表示ではUNKNOWN表示されていて何も分からない。


『おうちではお菓子は出ないのかい?』

『んーん。出るけど、食後や三時のオヤツだけなの』


 今度はアイスに手を付けた幼女が、スプーンをくわえたまま答える。


『オヤツは誰が作ってくれるんだい?』

『マザー!』


 幼女の答えに、ピンク髪の色っぽい美女が脳裏に過ぎった。


「どんなヒト~?」

『ヒトじゃないわ! ルビーみたいな角が生えた魔族なの!』


 脳裏に浮かんでいたイメージが一気に変わる。


 魔族と聞いたタマとポチがびっくりしていたが、話がややこしくなりそうなので、素早く回り込んで口を塞ぎ、言及無用と指信号で二人に伝えた。


『マザーさんは君達のご主人様の奥さんなのかい?』

『違うよー、あるじ様のシモベ。最強最古の魔族だって言ってた!』


 幼女は口が軽い。


 オレは『へー、すごいね』と感心した風を装い、砂糖入りの青紅茶を口直しに差し出す。


『塔で活動していたのはあるじ様の指示なのかい?』

『うん――じゃない! 今のなし! それは秘密なの!』


 オレの質問に頷いてしまってから、幼女が慌てて否定した。


『そっか秘密なら仕方ないね』

『そう、仕方ないの』


 こくこくと頷いた幼女が、誤魔化すように長いスプーンでパフェに取りかかった。


『それで魔神様は塔で何をしようとしているの?』

『知らない。なんか凄い事!』


 曖昧な内容なら秘密にしなくていいのかな?


 先ほどの質問で、わざと「主様」を「魔神様」と言い換えたのだが、幼女はそこに疑問を挟む事なく答えた。

 予想通り、幼女達は魔神の命令で塔内で活動していたようだ。


「にゅ!」


 タマの耳がピンッと立つ。


 それと同時に異界に声が響いた。


『知りたいなら答えてやろう』





 異界の壁に紫色のヒビが走り、闇のように濃い暗紫色の人影が現れた。


あるじ様!』


 ピンク髪の幼女が嬉しそうに言う。


「タマ」

「あい」


 タマがポチとナナを連れて影に潜る。

 これで避難完了だ。


『この世界でお会いするのは初めてですね、魔神様』


 文字通り、影絵のような姿をした魔神に神代語で話しかける。

 二次元のような立体感のない彼の姿は、オレの変装マスクのようなモノなのかもしれない。


 当然ながら鑑定結果もAR表示もUNKNOWNだ。


『咎人とは思えぬ、気楽さだな』

『咎人?』

『ふん、神の眷属を拉致したのだ。相応の罰は覚悟の上であろう?』

『拉致などと、誤解ですよ』


 ……なんだろう?


 オレは魔神と会話しながら、理由の分からない違和感を覚えていた。

 神界での彼とは全く違う口調なので、それが気になるのだろうか?


『塔で探索者に魔物をけしかける者達がいるという通報を受けて捕縛に行ったのですが、捕まえた相手が運営側の方だと分かったので、お詫びの印に叶う限りの美食を饗しておりました』


 オレは詐術スキルや交渉スキルの助けを借りつつ、用意しておいた言い訳を魔神に告げる。


『ふん、つまらぬ言い訳だ』


 影に沈んでいて魔神の表情は分からないが、鼻で笑われたような雰囲気だ。


 魔神が片手を上げると、彼の背後にある紫色の亀裂が広がり、中から無数の幼女達が飛び出してきた。

 どの子も最初の幼女とそっくりの容姿をしている。


『あー! 一人でお菓子食べてる!』

『いいなー。あたしにも頂戴!』

『美味し~』


 幼女達は全員が巨大な鎌や大剣で武装していたが、お菓子を見るなり武器を投げ捨てて、テーブルのお菓子に殺到した。


『ちょ、それ、あたしのなのに!』

『いいじゃん』

『そーそー、独り占めはダメなの』

『あー! この小さな家、全部お菓子だ!』

『えー、すごーい!』

『ビスケットの屋根に。ゼリーの窓だ!』

『美味し~』


 にぎにぎしくお菓子を食べる様子を見ると、普通の子供にしか見えない。


『――それで?』


 幼女達の様子を眺めていた魔神が、オレの方に視線を向けて顎をしゃくった。


『聞きたい事があるのではないのか?』


 どうやら、質問タイムは有効らしい。


 さて、どれから質問するべきか――。





『あなたは塔で何をしようとしているのですか?』


 せっかくなので端的に聞いてみた。


『世界のアップデートだ』


 答えてもらえたのは嬉しいが、今一つどういう意味でのアップデートか分からない。


『どのような?』

『言葉の通りだ』


 どうにもはぐらかされる。


 やはり、もう少し詳しく聞きたい事を尋ねないとダメか……。


『探索者達に格上の魔物を嗾けさせるのも、アップデートの一環ですか?』


 オレは一心不乱にお菓子を食べる幼女達を見ながら言う。


『その通りだ。「試練の塔」は適度な緊張感が必要だ。思考停止した愚者が、惰性で経験値を貪る場所ではない』


 それが目的にしてはちょっと過激だ。


『過激だと思うか?』


 オレの表層意識を読んだかのように、尋ねてきたので首肯する。


『あの娘達が別階層から連れてきた魔物は「紫紺の鎖」で縛られ、行動範囲を制限されている。全てを投げ捨てて全力で逃げれば、十分逃げられる。常に周囲を警戒し、いつでも全てを捨てて逃げ出せる状態を保てばいい』


 余裕のある階層で戦利品を溜め込んで戦う探索者は、それを惜しむ限り逃げられずに殺されるというわけか……。


(りゅー)には逃げられたよね』

『あいつら噛むもん』

『あのキバは反則』


 幼女の内、何人かがブツブツと呟くのを聞き耳スキルが拾ってきた。

 魔神の言う「紫紺の鎖」とやらも完璧ではないようだ。


『では、塔の中で神官達の神聖魔法が不安定なのは?』

『バグだ』


 ――バグ?


『神とて完全無欠ではない。神界で神々を見た後ならわかるだろう? 信仰心で塔の難易度調整をするシステムに不具合があるのだ。それゆえ、神聖魔法が不安定になる。近いうちに修正するゆえ、許せ』


 魔神が悪びれた様子もなく言う。


 影に没して表情が読めないので、彼の態度からそれが事実なのか、単なる言い訳なのか見分けがつかない。

 ここは彼の不興を買う事も覚悟して、もう少し突っ込んで聞いてみよう。


『塔のシステムを利用して、神へ流れるはずの信仰心を掠め取っているわけではないのですね』


 オレの言葉を聞いた魔神が深い笑みを刻む。

 暗紫色の影に、赤紫色をした三日月のような笑みが浮かんだのだ。


『――面白い事を言う』


 この異界の気温が急速に低下したと錯覚するような冷たい声だ。


『それは私を盗神と蔑む神々にならったとでもいう事か?』


 そういえば神々の誰かがそんな事を言っていたっけ。


『いえ、そのような意図はありません』

『では、どのような意図だ』

『塔を探索していた神官達から聴取した情報から、何者かが塔の中で信仰心を掠め取っているのではないかと推測したからです』


 魔神から感じる威圧感が増した。

 さすがに二度も「信仰心を掠め取る」と重ねたのはマズかったかもしれない。


 魔神が手を振ると、彼の前に石板が浮かび上がった。

 こちらからは見えないが、石板には何らかの情報が表示されているらしく、魔神がタブレットを操作するような手付きで石板を叩く。


 何かを調べているようだ。


『ザイクーオンめ……』


 魔神が呟く。


 また、何か余計な事をしたのか、あの神様。


『バグ報告を感謝する』


 魔神はそう言った後、幼女達に『帰るぞ』と声をかけた。


『えー、まだ食べてるのに』

『主様も食べよ?』

『美味しいよ?』


 幼女達が抗議の声を上げる。


 なんとなく魔神から困った感じの雰囲気が伝わってきた。


『宜しければお土産に全てお持ちください』

『そうか』


 魔神が手を振ると、彼の影が伸びて暗紫色の網になり、お菓子の家やテーブルの上のお菓子をまるごと呑み込んだ。


『もてなしと、先の報告で、今回は貴様の罪に目を瞑ろう』


 魔神はそう言うと、幼女達と共に異界の亀裂の向こうへと歩を進める。


 次に幼女達に手を出したら容赦しないという事かな?


劣化品(イレギュラー)よ。一つだけ忠告してやる』


 ――劣化品?


『余分な神力を溜めた神々は得てしていらぬ事をする。奴らの動向に注意しろ』

『ご助言痛み入ります』


 魔神の忠告に頭を下げて感謝する。

 オレが頭を上げた時、魔神の姿も異界の亀裂も残っていなかった。





 用済みの異界を閉じたオレは、魔神の尾行を警戒して碧領にある別荘へとやってきていた。

 目の前に、アリサの空間魔法によるゲートが開いた。


「ご主人様、無事?」


 仲間達を連れたアリサがゲートを越えてきた。


「ああ、もちろんだ」


 オレは仲間達に、魔神との対話を伝える。


「ふーん、『世界のアップデート』か……意味深ね」

「ああ」


 結局、どういう事か聞く前に帰られてしまった。


「神力を掠め取っていたのは魔神じゃなくてザイクーオン神だったって事?」

「魔神の演技じゃなければね」


 オレにザイクーオンを排除させる為のお芝居という可能性も捨てきれない。


「そっちは保留でいいんじゃない? それより、階層に合わない魔物の出現は『塔の仕様』って事で、魔神の助言込みで各地の管理団体に周知しておきましょう」


 人命優先なヒカルらしい。


「そうだね。国王とエチゴヤ商会への連絡は任せていい?」

「ええ、任せて」


 ヒカルがそう言ってアリサが開いたままにしていたゲートに入る。

 ゲートの向こうは王都邸らしい。


「神力を掠め取っている神様がいるのはほぼ確定かしら?」

「たぶんね」


 魔神が言う通りザイクーオンなのか、魔神本人なのかは確証が持てない。


「ご主人様、やはり魔神は強そうでしたか?」


 リザの質問にどう答えるか迷う。


「少なくとも、オレが実力を推し量れない感じだったかな?」

「そうなの? 『魔神の落とし子』がアレだったから、もっと凄いのを予想してたんだけど――」

「――それだ!」


 魔神と会った時に気付いた違和感が分かった。


 かつて王都上空に召喚された黒い三本線――「魔神の落とし子」に感じた魂が凍るような恐怖を、

今日会った魔神本人からは感じなかったのだ。


「ど、どうしたの?」


 突然声を上げたオレに驚くアリサ達に、オレの違和感について話す。


「じゃ、さっきの魔神は本体じゃなかったとか?」

「その可能性はあるね。天竜や黒竜が使う竜血ホムンクルスのアバターみたいなモノかもしれない」


 オレはメニューのマップを開いてマーカー一覧を確認する。


 ――げっ。


 魔神に付けたはずのマーカーが消えている。

 幼女達の方も同様だ。


 やはり、魔神は油断ならない相手のようだ。


「それにしても、わざわざ忠告をしてくれるなんて、魔神の意図が分かりませんね」

「きっと何か良からぬ事を考えているのです」


 王女の発言に、セーラがテニオンの巫女らしい答えを返す。


「マスター、魔神は悪者ですか、それとも正義ですか、と問います」

「今のところは断言できないよ」


 困った事に。


「悪者は悪者らしくしてほしいのです」

「ういうい~?」


 ポチとタマがオレが内心で思っている事を代弁してくれた。


「人々を害するなら、全力で粉砕すればいいのですわ」

「それはちょっと乱暴ですよ」

「ん、同意」


 カリナ嬢の過激な発言は、ゼナさんとミーアに否定された。


「ご主人様、ポチ達を連れて少し修業をしてきても宜しいでしょうか?」

「ああ、もちろん」


 さっきまで沈黙していたリザがそう切り出した。

 リザが武者修行をするのはいつもの事だけど、なんとなく今までとは違う気がする。さっきまでの話で何か思うところがあったようだ。


 リザ達をユニット配置で送る。


「さて、いったん王都邸に戻ろうか――」


 魔神やピンク髪の幼女達の気配もないし、一度帰還するのが順当だろう。


「――サトゥー」


 ミーアがオレを呼んだ。

 風もないのに周囲の木々がザワザワと揺れる。


『――トゥ――ケテ――』


 木々のざわめきが人の声に聞こえる。


 オレは耳を澄ませる。


『サトゥー、タスケテ。アーゼ、タイヘン』


 ――アーゼさん?!


 碧領の木々がアーゼさんの危機を繰り返す。


「アリサ、後を頼む」


 オレはその一言だけを告げるのももどかしく、ユニット配置でボルエナンの森へと移動した。


 アーゼさん、今行きます!



※次回更新は6/23(日)の予定です。




※ストックが尽きた(>_<)

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