17-15.変わりゆく世界で
サトゥーです。近代の産業革命がそうであったように、社会生活の急激な変化は人々に大きな影響を与えます。変化の歪みが社会的弱者を押しつぶさないか注意が必要ですね。
◇
「サトゥー、疲れてない?」
オレにそう声をかけてくれたのは、ボルエナンの森のハイエルフ、愛しのアーゼさんだ。
仲間達が塔の攻略に出かけていて、孤島宮殿に家妖精達以外は誰もいないので、ボルエナンの森にある樹家を訪れていた。
「昨日も遠い国の戦争を止めにいっていたんでしょう?」
「大した事はしていませんよ」
長大な炎の壁で戦場を分断して戦争が継続できないようにしたり、召喚したオリジナル疑似精霊「鷲獅子騎士」達で飛行部隊を牽制したりしていただけだ。
オレが駆けつけるまでに、幾つもの村が焼かれ、結構な数の死者が出ていたのが悔やまれる。
村や畑は魔法で簡単に復活できるけど、人命はそうはいかないからね。
そんな事を考えていたせいで、アーゼさんに心配を掛けてしまったようだ。
「それに、アーゼさんとこうしてお茶をしているだけで元気百倍ですから」
「サトゥー」
アーゼさんが優しく微笑んでくれる。
少し離れた場所に座ったルーアさんが何か言いたげな顔をしているが、特に用事はないみたいなのでスルーしておいた。
アーゼさんと二人の時間を楽しんでいると、ブオンと音がして転移門が開いた。
「たらりま~」
「ただいま、なのです!」
タマとポチを先頭に、塔まで修業に行っていたアリサ達が戻ってきた。
「ご主人様、見て見て~?」
「ポチ達もレベル99になったのです!」
「すごいぞ、皆よく頑張ったね」
先にレベル99になっていたリザやヒカルに続いて、ミーア以外の全員がレベル99に到達したようだ。
「サトゥー」
一人だけレベル97のミーアがオレに抱きついてぐりぐりと額を押し付ける。
エルフのミーアはレベルアップに他の子達の二倍近い経験値を必要とするので、一人だけレベル99になれなかったのを拗ねているようだ。
「ご主人様」
アリサがちょいちょいとオレの袖を引っ張る。
「ポチ達の称号を見て」
「――称号?」
アリサが小声で言う。
何かヤバげな称号でも増えたのかと見てみたが、先にレベル99になっていたリザやヒカルと同様に「人の限界に届きし者」という称号が増えているだけだった。
「次、わたし」
言われるままにアリサの称号を見てみたが、特に新しい称号は増えていない。
「変わりないみたいだけど?」
「だから、問題なのよ」
さらに声を潜めてアリサが言う。
「何が――」
そう問いかけて、アリサの言いたい事がわかった。
アリサには称号がないのだ。
現地人であるリザ達や召喚勇者であるヒカルが、レベル99になった時に手に入れた「人の限界に届きし者」という称号がない。
転生者にはレベル99制限がないのかと思ったが、それはすぐに違うと思い出した。
アリサと同じ転生者である迷宮下層の小鬼姫ユイカも、リザ達と同じ称号を持っている。
理由があるとすれば――。
「オレの眷属だからか?」
オレは人族でありながら、レベル99を超えている。
「ポチも眷属になりたいのです!」
「タマも~」
オレとアリサの会話を聞いていたタマとポチが、瞬間移動さながらの速度で飛びついてきた。
「ポチはもっともっと強くなってご主人様の役に立ちたいのです!」
「タマも!」
二人がぴょこんと飛び上がるように手を上げた。
「ご主人様、限界を超える方法があるのなら、ぜひ私にも」
「マスター、さらなる強化を求めます」
リザとナナの二人も、タマとポチの後ろから眷属化を求めてきた。
「わ、私もアリサや皆と同じ気持ちです」
「うーん、私は戦う力はそんなに欲しくないけど、サトゥーの眷属にならなりたいかな?」
「一緒」
ルル、ヒカル、ミーアまで消極的ながら眷属になりたいようだ。
「皆、待って。わたしにレベル限界がないのは眷属化が原因だって決まったわけじゃないわ」
アリサがオレの前に立って皆を諫める。
「わたしが皆と違うのは他にもあるでしょ」
アリサの言葉に、タマとポチ以外の面々が理解の色を浮かべた。
「にゅ~?」
「何が違うのです?」
首を傾げるタマとポチに、アリサが小さく笑みを浮かべる。
「わたしが前に一度、魔王になったからかも」
アリサがもう一つの可能性を挙げた。
オレ以外でレベル99を突破していたのは、「黄金の猪王」「狗頭の古王」「ゴブリンの魔王」――いずれも魔王達だった。
「違う~?」
「そうなのです。魔王は魔王でもアリサは良い魔王なのです」
「シズカと一緒~?」
「そうなのです! ポチはそのことが言いたかったのですよ」
言いたくない事を言わせてしまった事に気付いたタマとポチがおろおろと取り乱したが、アリサが「気にしなくていいわ」と言って二人の頭を撫でた。
「アリサ、まだそれが原因と決まったわけではありません」
リザがタマとポチの頭をコツンコツンと叩いた後、アリサにそう声を掛ける。
「ご主人様、私を眷属にしていただけますか?」
レベル制限を突破できるか試したいという事だろう。
――とはいえ、実はオレの眷属になる条件は確定していない。
アリサは魔王化した後に「神酒」を飲ませた事で眷属になったが、「神酒」を飲ませた賢者ネズミのチュー太や神鳥のヒスイは、種族が変わったものの眷属になっていない。また、パリオン神の勇者メイコは血を吐いて倒れた。
アリサ以外のもう一人の眷属である鼬帝国のリートディルト嬢は、身体の大部分を失った彼女を癒やすために、ブラッドエリクサーを大量に与えた結果だった。
適量のブラッドエリクサーで眷属になった者はいない。
いずれの場合も、瀕死の状態を癒やす事が条件のようだが、ヒスイやメイコのように眷属にならない者もいるので確定とは言えない。
そういえばヒスイが神鳥になった直後に――。
>ユニット名「翡翠」が所属を求めています。許可しますか(YES/NO)
――なんてログにでていたっけ。
あの時に「YES」を選択したら、ヒスイも眷属になっていたのだろうか?
「私ではご主人様の眷属に相応しくないのでしょうか……」
「そんな事無いよ」
長考していたせいで、リザを不安にさせたようだ。
「では!」
「待って、眷属化の条件が解っていないし、レベル制限解除の条件が眷属化かどうか解らないからさ」
さすがにリザを実験台になんてできない。
実験をするとしても、錬金術で作った小動物タイプのホムンクルスを使う事になるだろう。
◇
「天雷」
ミーアが命じると、巨大な疑似精霊ベヒモスが、目が眩むほどの雷撃を放つ。
――DZRAAAAAAB。
雷撃の雨を受けた尖兵魔竜が、悲鳴を上げながら暗紫色の靄となって消えていく。
ミーアの使役する疑似精霊は彼女のレベルアップに伴って強くなるらしく、レベル80級の尖兵魔竜がただの雑魚キャラ扱いになっている。
「ミーア、おめでとう。レベル98になったわ」
「ありがと」
アリサが褒めるとミーアが嬉しそうに微笑む。
アリサのレベルは99のままだ。
ミーアがレベル97から98に上がるには人族とは比べ物にならないほどの経験値が必要なのだが、それくらいでは足りないのだろう。
「おっ、宝箱だ! ご主人様、開けてみて」
アリサが見つけた宝箱を、少し離れた場所から術理魔法で解錠する。
危機感知スキルや罠発見スキルが反応していないので大丈夫だとは思うが念の為だ。
「金貨や銀貨が多いわね」
金貨や銀貨に交ざって、魔法道具らしき宝飾品が入っているのはいつも通りだったが、幾つかいつもと違う品がちらほら交ざっていた。
「牙」
「鱗もあるわよ」
尖兵魔竜の紫色をした牙や鱗が入っていた。
前にリザ達が尖兵魔竜を倒した時にも手に入れてきていたが、この鱗から作った竜鱗粉だと、青液ではなく紫色をした魔液ができた。
その紫液からは聖なる武具は作れず、紫色のオーラを出す謎アイテムができた。
牙の方も「全てを貫く」という特性はなく、魔力を流してやる事で触れたモノを「全て腐食させる」という凶悪な特性を帯びていた。
工具としての用途も考えたが、時間経過で腐食が広がるので使い勝手が悪い。
「牙の陰に巾着があった。何か入ってるわ」
アリサが危険がないか視線で問いかけてきたので、AR表示を確認してから頷いてやる。
巾着の中からは二種類の飴が出てきた。
「飴?」
「毒はないみたいだよ」
AR表示によると、コーラ飴とコーヒー飴らしい。
呪いを警戒して瘴気視なんかでも確認したが、今までのドロップ品と変わらない濃度だ。
ミーアのレベル上げのために精霊光を常時解放している状態なので、すぐに瘴気が払えるだろう。
そろそろ夕飯の時間なので、二人を連れて孤島宮殿に戻る。
「お帰りなさい、サトゥーさん」
「マスター・サトゥー」
リビング前のオープンテラスで果実水を飲んでいたセーラとコア・ツーが出迎えてくれた。
今日は白銀メンバーの休息日なので、今日のセーラは戦闘服姿ではなく孤島宮殿の気候に合った白いサマードレスを着ている。
ここにいないメンバーだが、ゼナさんは海岸で新しく覚えた魔法の練習、システィーナ王女は王城の禁書庫に遊びに行っているそうだ。
カリナ嬢はポチと一緒に迷宮に食材狩りに、リザは黒竜ヘイロンと魔物領域の間引き巡業に、ヒカルとナナは孤児院の慰問に、ルルは古代の料理を復活させたいと言ってララキエ王朝の生き残り姉妹のいる島へと出かけている。タマは今日もどこかでニンジャしているはずだ。
「マスター・サトゥー、本体コアが最近は獲物が少ないとぼやいていると報告します」
コア・ツーが夢幻迷宮の迷宮核からの苦情とも愚痴ともとれる言葉を伝えてきた。
「食材を出すようにしてもかい?」
「デジマ島周辺は豊かな漁場なので、食材は効果が低いと本体コアが」
セリビーラの迷宮とは違った対策が必要らしい。
「分かった。後で考えてみるよ。アリサ、悪いけど」
「おっけー! アイデア出しならアリサちゃんにお任せよ」
アリサが内容を伝える前に承諾してくれた。
ちゃんと何を頼みたかったか分かってくれているので話が早い。
「サトゥーさん、アリサちゃん、ミーアちゃん、おかえりなさい」
海岸方向の通路からゼナさんが戻ってきた。
夏の日差しの下で練習していたからか、滴る汗がキラキラとしている。
「むぅ」
「アリサちゃん、神速のガード!」
汗で服が透けたゼナさんの前に、アリサが可視光線不透過タイプの隔絶壁を無詠唱で出した。
心配しなくても、白い服の下の肌色やカラフルな下着は見ないようにしていたから大丈夫なのに。
「下着」
「きゃ、すみません。すぐに着替えてきます」
ゼナさんが瞬動で屋内へと消える。
「きゃああ」
カシャンという音とともに、緊迫感のない悲鳴が聞こえた。
振り向くと、セーラが水の入ったグラスを落としている姿があった。
どんな落とし方をしたのか、薄いサマードレスの胸元から下がびっしょりと濡れて、身体のラインが浮き上がって見える。
「ぎるてぃ」
「やらせるくぁあああああ」
アリサが「真空乾燥:衣類」の魔法で、セーラの服を乾かした。
服を着ている状態で使うのはそれなりに危険なので、後でアリサに注意しておこう。
「あら? 乾いてしまいました」
いたずらに失敗したセーラを、ミーアとアリサの鉄壁コンビが叱る。
偶然なら眼福で済むけど、子供達がいる前でアピール合戦になっても困るし、ここは二人に任せて、オレは他の子達を迎えに行った。
全員集合したら、今日もボルエナンの森で晩御飯にしよう。
◇
「アメ、ウメー」
「パチパチ、シテル」
「コーヒー、アメ、サイコー」
新しい飴はボルエナンの森の羽妖精達に大人気だ。
「モット、クレー」
「ごめん、それだけしかないんだ」
30粒ほどあった飴はあっという間になくなった。
「マスター、エチゴヤ商会で貰った飴が大量にあると告げます」
ナナが妖精鞄から幾つもの袋を取り出すと、羽妖精が怒濤の勢いでナナの周囲に集まってくる。
「エルテリーナさんとティファリーザさんがくれたの。最近の塔でよくドロップするようになったんだって」
一緒にいたヒカルは羽妖精の群れを避け、飴の出所を教えてくれた。
ティファリーザが書いてくれた統計資料によると、ここ数日の間に出始めた新しいドロップ品で、ボスの宝箱から袋入りで出るほかにも、低階層の尖兵小鬼などの人型の魔物からも、ごく希にドロップするらしい。
王都の塔だけでなく、他の都市の塔でも同様との事だ。
「サトゥーさん、危ない薬は入ってないんですよね?」
「ええ、私が調べた限りでは」
飴に群がる羽妖精を見て心配そうなアーゼさんの代わりに、巫女ルーアさんが質問してきた。
ナナが貰ってきた方の飴は瘴気が抜けきっていなかったが、ここにはオレやアーゼさんがいるので、すぐに精霊光に払われて消滅するはずだ。
「確かに、この勢いはちょっと怖いわね」
「禁止しますか?」
アリサの呟きに、リザも頷く。
「にゅ~、飴うま~?」
「コーラー飴がぷちぴちして楽しいのですよ?」
タマとポチは飴擁護派らしい。
「飴抜きと肉抜きはどっちが嫌?」
「肉!」
「もちろん、肉抜きに決まっているのです」
タマとポチがアリサの質問に即答する。
ポチとタマが「例え話でもそんな怖い話をしたらダメなのですよ」と言ってアリサに「めっ!」と言って叱ってた。
◇◇◇その頃、塔では◇◇◇
「おおっと、飴ゲットだ」
強面の男が尖兵大鬼の消えゆく影に現れた飴玉を嬉しそうに拾い上げて口に放り込んだ。
「おい! ドロップ品を勝手に食うな!」
「いいじゃねぇか、飴くらい。後ろで待ってる神官と違って、前衛をしていると腹が減るんだよ」
「なんだと? 我ら神官を愚弄するのか!」
反省する様子のない強面の態度に、神官のこめかみに青筋が浮かぶ。
「まあまあ、神官様も飴でも食べて落ち着きなよ」
斥候の女性がグラマラスな肢体を神官の腕に押し付けつつ、戦利品入れの中から取り出した飴を手ずから神官の口に押し込んだ。
甘味好きだったのか、色香に負けたのか、神官の怒気が和らぐ。
「少し大人げなかったようだ。貴公も腹が減ったからといって拾い食いはやめよ。毒の飴があってもいかんからな」
「はいよ。これからは気を付けるさ」
さっきとは打って変わって温和な顔になった強面がそう答えて攻略を再開した。
『みんな飴が大好き』
探索者達がいなくなった場所に、ピンク色の髪をした幼女が塔の壁を通り抜けて姿を現す。
『だって、飴は美味しいもの』
『くすくす、そうね。飴は美味しいね』
二人三人と、ピンク髪の幼女達が顔を覗かせる。
『うふふ、飴は美味しいのよ』
『甘~い、甘い飴は危ないの』
『食べ過ぎはダメよ』
『虫歯になるからね』
『うふふ、虫歯よりもっと怖い事になるかも』
『楽しみね』
『楽しみだわ』
幼女達は顔を見合わせてひとしきり笑い合うと、用は済んだとばかりに、出てきた塔の壁へと姿を消していった。
『うふふふふ』
最後に残った幼女が誰もいない廊下でくるくると踊る。
『勇者は間に合うかしら?』
くるくる回る幼女の姿が床へと消えていく。
『くふふふふ』
誰もいなくなった廊下に、幼女の笑い声だけがいつまでも反響していた。
まるで、葬送の鐘のように――。
※次回更新は5/19(日)の予定です。







