17-14.変わりゆく世界(3)
「シガ王国から食糧支援だと?」
新しくサガ帝国の皇位を継承した女帝モリーエヌスが、宰相からの報告に眉を顰めた。
「はい、保存食1000万食相当が送られてきました」
「打診ではなく、いきなり送りつけてきたのか?」
驚く女帝の問いに、宰相は「御意」と答えた。
「見返りは? シガ王国は何を求めておるのだ」
「それは――」
言い淀む宰相に、女帝は「よい、手紙に書かれてある通りに言うてみよ」と促した。
「『シガ王国は義によりて、貴国の国民に食糧を供与するものなり。なお、食糧支援の対価は国民に餓死者を出さない事を求むる』とのことです」
「聞こえの良い言葉よな。偽善に満ちた枕詞など、どうでもよい。さっさと、その後に書かれた本題を読め。大方、血吸い迷宮で出た血玉か血珠を寄越せとでも書いてあるのじゃろう」
女帝が不機嫌そうな顔で手に持った扇をパチンと閉じて先を促した。
「そ、それが……」
「なんじゃ? それほど言いにくい要求が書かれてあるのか? 恥知らずにも歴代勇者の残した聖遺物を寄越せとでも書かれてあったか?」
女帝が扇を振って先を促す。
「いいえ、それだけでございます。対価と思われるのは先ほど申し上げた『国民に餓死者を出さない事』だけのようでございます」
「馬鹿な。国を預かる国王が見返りもなく支援をするじゃと? そのような事があるはずがない」
女帝は宰相から手紙をひったくると、隅から隅まで目を通す。
「……ありえん」
手紙のどこを読んでも、要求らしきモノは宰相が指摘した一点を除いて書かれていない。
貸しを作っておいて、後から取り立てるという常套手段さえ、手紙の中で明確に否定してあった。
「シガ王国には初代国王、勇者王ヤマトが霊廟より蘇ったのだという報告もあります」
「勇者王が口添えして、慈悲を与えたと?」
それは無いと女帝は心の中で断言する。
表の歴史書には書かれていないが、サガ帝国が勇者王ヤマトに恨まれるに足る行いをした事を女帝は知っていた。
戦いに不向きなユニークスキルを持って召喚された勇者ヤマトは、聖剣を取り上げられた上で最前線への物資運搬を押し付けられたあげく、魔王率いるオーク帝国の虜囚になったのだから。
「食糧支援を拒否いたしますか?」
宰相が問う。
かつてのサガ帝国であれば、後付けの要求などいくらでも突っぱねる事ができたが、魔王災害による傷跡が深い今の状況ではそれも難しい。
「ふむ、それもやむなしか――」
「お、お待ちください、陛下!」
女帝の言葉を農業大臣が必死の形相で止めた。
「今のままでは半年以内に食糧不足が顕在化し、所得の低い層に餓死者が出ます。そうなれば暴動が――」
「食糧備蓄を放出すればよかろう?」
「何を申される! 度重なる災害に、放出したばかりではないか!」
軍務大臣の物言いに、農業大臣が声を荒らげた。
「しかし、ここでシガ王国に借りをつくれば、後々の外交が――」
「それをなんとかするのが外務大臣の役目であろうが!」
「ここはメリーエスト殿下の結納金代わりに頂くというのは?」
「そのような事を言い出せばサガ帝国の名は地に落ちますぞ」
「しかし典礼長官殿、土地の割譲よりは――」
「殿下を質草のように言われるのは我慢ならん! 貴様らは皇族をなんと心得るか!」
口々に自分達の都合だけを言う大臣達を、女帝が困った目で眺める。
魔王災害で国の中枢を失った為、ここにいるのは女帝自身も含め地方から集められた者達だ。地方行政で頭角を現した有能な者達が集められているのだが、如何せん国政を成す為に必要な経験が圧倒的に不足していた。
長々とした会議の末、女帝の鶴の一声で食糧支援を受け入れる事になった。
いたずらにシガ王国を疑い食糧支援を突っぱねたあげく、餓死者や暴動を起こしてサガ帝国の国力が下がっては本末転倒だからだ。
同じようなやりとりは、シガ王国から食糧支援を受けた多くの国々で繰り返される事となる。
なお、その後、シガ王国からなんらかの要求がなされた国はない。
◇
「陛下! ジザロス伯の軍勢にロブソン渓谷の関門を落とされました」
マキワ王国の謁見の間に飛び込んできた伝令の報告に、国王を始めとした重鎮が色めき立つ。
「なんだと! こんなに早く落とされただと? 関門守護役のポポン将軍は何をしておったのだ!」
「ポポン将軍はジザロス伯に下り、守備兵三千と共に王都へと進軍しております」
関門から王都までは遮るものもない草原。
その報告は王都が戦場になる事を意味していた。
「もう終わりだ」
「何を弱気な事を言っておる! ジザロス伯爵軍は総勢八千、それに対して王都守備兵は六千、数こそ劣勢だが防御に徹すれば城壁を盾に守る事は可能だ。あとは三領主からの援軍を以って謀反人共を撃滅すればよい」
「貴殿こそ何を言っておるのだ」
気炎を上げる老大臣に、別の大臣が水を差す。
普通なら老大臣の言葉は正しい。
もっとも――。
「相手は轟震杖を持つ、北のジザロス伯だぞ。轟震杖の一振りで城壁に橋頭堡が築かれ、伯の操る巨大ゴーレムは易々と城壁を乗り越えて城へと達するぞ!」
それに対抗できるのは、他の三領主のみ。
「どうしろというのだ? 水を司る波濤杖を持つミザラス伯爵は探索者達の起こした暴動で動けん。風を司る颶風杖を持つムザリス伯爵はお得意の日和見だ」
「我らにはダザレス侯爵がいるではないか!」
「小娘に何ができる」
希望を見つけた人々の明るい顔が、その一言で凍り付く。
「王国の守護者、竜さえ退けると言われたドォト・ダザレス閣下は遠国で行方知れず。王国へと戻った紅蓮杖はウーティスなる胡乱な輩に持ち去られた」
何より、復興中のダザレス侯爵領に、援軍を出せるほどの兵士はいない。
「ではどうするというのだ?!」
「陛下のお力に縋るしかあるまい……」
期待に満ちた目で見られた国王の顔には苦い色が浮かんでいた。
強大無比な都市核の力も莫大な魔力があっての事。鼬帝国との戦争で荒れた農地を回復する為に、その力は大きく減じていた。
抜本的な対抗策のないままに数日が過ぎ、ジザロス伯爵の軍勢が王都からほど近い丘に陣を敷いた。
陣の中央にはジザロス伯爵の操る巨大ゴーレムが鎮座している。
あのゴーレムが動き出した時、マキワ王国は滅び、ジザレス王国が誕生する事だろう。
「もはやこれまでか……」
「まだ、終わりではありません」
絶望に沈む謁見の間に、凜とした女性の声が響く。
「ダ、ダザレス侯爵」
「どうしてダザレス侯爵がここに?」
「これは異な事を。外敵を討ち滅ぼすのはダザレス侯爵家の役目」
シェルミナ・ダザレス侯爵が大臣達に言い放つ。
「紅蓮杖も持たぬ小娘が――」
大臣の言葉は轟音と閃光で途切れた。
バルコニーの向こうに見えるのは、轟々と燃えさかる炎の壁。
それは王都とジザロス軍を分断するように存在していた。
「まさか、紅蓮杖か?」
「あれほどの力を秘めていたとは……」
シェルミナ嬢が得意げに空の一点を指さす。
「ウーティス様です」
そこには幻獣グリフォンに乗る騎士の姿があった。
騎士――ウーティスが掲げる赤く煌めく杖は王国の至宝、火の紅蓮杖に違いない。
国王を始めとする重鎮達は勘違いしていたが、火を司る紅蓮杖といえど、あれほどの炎を生む事はできない。あれはウーティス――を名乗るサトゥーが魔法で作り出した炎の壁だ。
「ウーティス様は人と人が相争うのを止めにいらしたのです」
自分はその伝令役だとシェルミナ嬢が国王に告げる。
再び閃光と轟音が王城を揺らす。
動き出したゴーレムを一撃で打ち砕き、ジザロス軍の剣や槍を焼き溶かしたのだ。
歴代最強の誉れが高かった先代のドォト・ダザレス侯爵と轡を並べた事がある将軍も、これほどの炎は見た事がないと後に語ったという。
「ジザロス軍が引き上げていくぞ!」
心を折られた軍勢は元来た方向へと壊走していく。
「追撃だ! 今こそ王国騎士団の力を示す時だ!」
「行ってはなりません」
騎士団長の前にシェルミナ嬢が立ち塞がる。
「どけ! 奴らが関門に引き篭もってからでは遅い! 今のうちに敵兵力を削らねばならんのだ」
「そして、今度はあなた方がウーティス様の炎に焼かれるのですか?」
シェルミナ嬢の冷たい言葉に騎士団長が頬を引きつらせた。
「あやつは味方ではないのか?」
「ウーティス様は調停者です。人間同士の戦争を止める事をお望みです」
「調停者だと? ウーティスとやらは神にでもなったつもりか!」
傲慢にもほどがあると騎士団長が吐き捨てた。
サトゥーが聞いたら顔を歪めて嫌がりそうな言葉だが、騎士団長の言葉はサトゥー自身が気付いていない事を指摘していた。
その後、ジザロス伯爵は領地へと軍を引き、自領に引き篭もる事になる。
なお、関門へと戻ったポポン将軍と取り巻き達は、反乱を拒否し関門の牢獄に閉じ込められていた穏健派の武官達に逆襲され、一夜のうちに実権を失った。
公式記録にはないのだが、穏健派の脱獄とポポン将軍一派の捕縛の陰には、ピンク色をした謎の存在が暗躍していたのだと多くの兵士達が酒場で語っていた。
だが、謎の存在が何者かを兵士達が知る事はない。
なぜなら、猫忍者の正体はいつだって謎なのだから。にんにん。
◇
「閣下! ヨウォーク王国の軍勢がバルスの街に進軍して参りました!」
「なんだと? あんな何もない街にだと? 誤報ではないのか?」
「いえ、間違いありません。街の守護から陛下に急報が届けられたとの事です」
「ヨウォーク王国は何を考えている? 魔物の領域を越えてまで、あんな街に進軍するなど……愚かにも程がある」
将軍が外套を身に纏い、国王に謁見するために駐屯地から王城へと向かう。
彼は知らなかったが、バルスの街にある「塔」からは「火石」が多くドロップする。
雪が多い彼の国では暖房の為に活用されていた火石だが、多くの国では軍用に火杖や魔導爆弾などの原料に用いられる軍事物資なのだ。
この国のように、軍事利用できる火石、雷石、氷石がドロップする塔は、なぜか国境付近に偏って存在し、多くの場合は紛争の種になった。
それは国家間に限らず――。
「反乱だと? 暴動ではなかったのか?」
「雷石の倉庫が暴徒に奪われ、同所に保管されていた雷杖を手にした暴徒達が、守護の城を襲っているとの事です」
シガ王国の北西にあるビスタール公爵領でも、同様の事件が起きていた。
「反乱軍の勢力は極めて強く、守護は救援を要請しております」
「不甲斐ない――だが、放置する訳にもいかん。近くの都市から増援を出せ」
「閣下、恐れながら通常の救援では間に合わないかも知れません」
説明を促された執政官が、反乱軍の首魁は「塔」で名を上げたレベル40超えの探索者達だと告げた。守護の軍勢にはそれに対抗できる者がおらず、守護の張った物理結界を破られた時点で街が落ちると続ける。
「辺境に出すなど惜しいが……」
出し惜しみをして、新しい収入源を失うのも業腹だとビスタール公爵は決断した。
「守護の城に精鋭を送る。ゴウエンを呼べ」
ビスタール公爵は自身の持つ精鋭中の精鋭を鎮圧に向ける事にした。
彼が呼び出したゴウエン・ロイタール男爵は、反乱を起こした嫡男トーリエルの武術師範をしていた男だが、武者修行の旅でサガ帝国の血吸い迷宮に篭もっていたため、反乱に巻き込まれる難を逃れ、修行を終えた今はビスタール公爵から一軍を任されていた。
やがて、巨大な斧を肩に担いだ大男が公爵の執務室に顔を出した。
「ゴウエンよ、反乱を鎮めて参れ。シガ八剣にも匹敵するという力をワシに示せ」
「御意」
ビスタール公爵の命令を受け、大男は自信ありげに騎士の礼を取る。
自領内のみで使える都市核の力を使った転移で、辺境の街へと送られたゴウエンとその部下達は、守護の城に雪崩れ込んでいた反乱者達を水際で押しとどめた。
「貴様が反乱の首魁か!」
「そうとも、俺様の名はヤゴウ! 雷石塔の筆頭探索者――いや、雷王ヤゴウ様だ!」
「無法者の分際で王を名乗るかよ」
ヤゴウの名乗りをゴウエンが鼻で笑う。
「うるせぇ! 公爵の犬は一騎打ちを挑んだ相手に、名乗りの一つも満足に上げられねぇのか!」
雷石を鎧のあちこちに付けたヤゴウが、紫電を撒き散らしながら魔剣を構える。
「よかろう。その勝負を受けてやろう。俺はビスタール公爵家臣、ゴウエン・ロイタールだ」
巨大な魔斧を肩に担いだゴウエンが身体に魔力を巡らせる。
魔刃を帯びた魔斧が、巨大な刃から暗赤色の光を溢れさせた。
「いくぜ、最速の剣――雷刃覇閃」
「魔斬鋼烈刃」
弧を描いた魔斧の赤い軌跡が、雷を帯びた突きより速くヤゴウを打ち据える。
ヤゴウの身を守る魔法の守りも、彼が塔で得たミスリル合金の鎧も、たった一撃の斧の一閃が打ち砕き、そのままヤゴウの身体を肉も骨も関係なく真っ二つに斬り裂いてみせた。
脳天から真っ二つにされたヤゴウの死体が、血を撒き散らしながら左右に倒れる。
その圧倒的な光景は、反乱を起こした者達の心を折って多くの投降者を出し、ビスタール公爵領の反乱を速やかに終わらせた。
その光景を密かに見ていたとある猫忍者はこう語ったという。
「出番なし~?」
たまには彼女の出番がない場所もあるようだ。
◇
「ポチの姐さん、クエストボードはこっちです」
「張り紙がいっぱいなのです」
ポチはぺんどらの少年に案内されて、探索者ギルドの一角にあるクエストボードを確認しにきていた。
これはエチゴヤ商会の働きかけで作られたもので、商会からの依頼が掲示されている。
今日はウササ達獣人を中心とした一期生達は、迷宮都市近くの塔で修行中なので、ポチの案内をしているのは人族を中心とした二期生の子達だ。
「この張り紙の中から、自分の力量に合った依頼を受けるんです。この印が多いほど難しい依頼で、印の数が一番レベルの低い仲間より少なくて、印の数を五倍したのが仲間達のレベルを全部足した数より少なかったら受けても大丈夫なんです」
計算ができない者向けに、掲示板の横に早見表が貼られていた。
ポチはふんふんと少年の話に耳を傾けつつ、掲示板の依頼書を見回す。
「こんなに一杯あったら、どれを選べばいいか迷うのです」
「ポチの姐さんならどのクエストを選んでも大丈夫ですよ」
依頼のほとんどは食用の魔物の狩猟で、回収された魔物の死骸は迷宮都市内にある解体工場で瘴気抜きを始めとした加工が行われる。
「オススメはどれなのです?」
「この迷宮野牛はどうですか?」
「迷宮ビーフなのです! ポチは一杯狩ってルルにビーフジャーキーを作ってもらうのですよ!」
「いいですね。沢山作ったら、今度分けてください」
「もちろんなのです。美味しい物は皆で食べると、もっと美味しいのですよ」
依頼の受注を終えたポチは、ぺんどらの少年達と一緒に迷宮へと向かう。
「げーと・おーぷん、なのです!」
迷宮の中に設置された双方向型の転移門――ポータルドアを潜って迷宮野牛がいる草原区画へと向かう。
このポータルドアはエチゴヤの会頭である勇者の従者クロが設置したと噂されているモノで、食肉が取れる幾つかの区画へのショートカットとして用いられている。
クエストボードとポータルドアの二つのお陰で、半月前に比べて迷宮で活動する探索者が一定水準まで戻っていた。
「牛さんが一杯なのです」
野牛の群れを見つけたポチの瞳がキラリと光る。
「運が悪いですね。『区画の主』がこっちの広間に来てます」
ぺんどらの少年が群れの向こうに見えた、他の野牛たちとは比べものにならないほど巨大な牛を見て眉を曇らせた。
「そんな事無いのです。すっごくラッキーなのです」
ポチが「キラーン」と口で言いながら、妖精鞄から愛用の魔剣を取り出す。
大物狩り用の刃が伸びる魔剣だ。
「ポチは大きいのを先に狩ってくるのですよ」
ポチがそう言って消えた直後に、遠くで巨大な牛が暴れ出す。
すぐに牛の首が落ち、その巨体が地に伏した。
「姐さん、半端ねー」
「さすがは魔王殺しの一員だよね」
常軌を逸したポチの実力に、ぺんどら達が乾いた笑いを浮かべる。
「さて、俺達は俺達のペースで迷宮野牛を狩るぞ」
「「「応!」」」
探索者学校で一番に教えられた「命を大事に」という言葉は、卒業した今でも彼らの行動指針として根付いていた。
こうして「ぺんどら」達やドゾンを始めとした古参探索者が活躍する事で、迷宮の間引きを兼ねたシガ王国の食糧事情が少しずつ好転していく。
世界各地で問題が噴出していたが、それらはサトゥー達の活躍によって、破綻の寸前で支えられ、徐々に改善の兆しを見せていた。
◇
『なかなか予定通りにはいかないね』
玉座に腰掛けた青年が、空中に映し出された幾つもの映像を見ながら呟く。
『『『……邪魔者、消す?』』』
幾つもの幼い声が青年に問いかける。
『いや、それじゃ面白くない。ちょっと早いけど、ステージを次に進めようか』
『『『……分かった。準備する』』』
ピンク色の髪をした幼女達が、同色の瞳を光らせて漆黒の床を駆けていく。
『さて、次も切り抜けられるかな?』
グラスに入った紫色の液体を揺らしながら、青年は映像に映る少年に囁いた。
※次回更新は5/12(日)の予定です。
※2019/5/6 紅蓮杖以外のマキワ王国の杖について
15章の幕間で返還エピソードを書くつもりが忘れていました。後日、その辺りに追加します。







