17-7.禁忌の理由
※2019/03/17 一部加筆しました。
サトゥーです。禁止される事柄には大抵の場合理由があるモノです。問題は禁止されるに至った理由が廃れた後でも、惰性で禁止事項が残る事だと思います。中学校の理不尽な校則みたいにね。
◇
「神託の儀を始める」
ヘラルオン神の宣言が終わると、オレと神々の間に銀色の光が集まって老人を思わせる複雑で脆そうな構造体が現れた。
その構造体の中心には、ヘラルオン神と同じ橙色の光が灯っている。
「偉大なる首座たる我が主人より、儀式の司を命じられたラルロルリルヘアーフである。試練を果たせし人族よ、望みを奏上する事を許す」
目と鼻の先にいるのに、老構造体が伝言係を務めるらしい。
俗というか、偉い人は神様も貴族も変わらないようだ。
「不遜なる愚者よ。この場で魂を砕かれる事を望むか!」
老構造体から熱波を伴う叱責の言葉が飛んできた。
オレのアストラル体を火炎の奔流が飲み込み、その場から吹き飛ばした。痛くはないけど目が回るし身体がピリピリする。
この世界の言葉、特に強い感情を伴う言葉には物理的――じゃなかったアストラル的な衝撃波や炎の奔流みたいな効果を伴うらしい。
神の試練を受けるときの交神と同じように、気を抜くと思考が外に漏れ出てしまうみたいだから、気をつけないとね。
「失礼いたしました」
「我が神罰の直撃を受けて無傷だと?!」
さっきのは神罰だったのか。
この老構造体も神の眷属なのかな?
「ラルロルリルヘアーフ、話が進まないから、その辺にしておきなさい」
テニオン神が老構造体を止めた。
神の言葉は絶対らしく、老構造体は不平を態度に表す事もなく、オレに向き直る。
「――望みを奏上せよ」
老構造体が偉そうに告げる。
彼らのジェスチャーはよく分からないが、たぶん反っくり返ったり、上から見下ろしたりするような感じに違いない。
「私の望みは古代ゲンマ帝国や鼬帝国に天罰が落とされた禁忌の理由を教えていただく事です」
オレはここに来た本題を尋ねる。
ちなみに古代ゲンマ帝国は迷宮下層に住む「骸の王」ムクロが治めていた国の名前だ。
老構造体がオレの言葉を神々向けの装飾過多な言葉に翻訳して神々に伝える。
「人が知るべき事ではない」
ヘラルオン神が一言で切り捨てた。
老構造体が翻訳した言葉は長いので聞き流す。
「禁忌の理由は教えていただけない、と?」
あれだけ面倒な試練をクリアしてここまで来たのに、そんな一言で終わらせられたらたまらない。
「神の決定が不服か!」
サイケデリックな黄色い光を撒き散らしながら吼えるのはザイクーオン神だ。
神々の座る場所から飛び出そうとするのを、彼の眷属らしきニンフ達が必死に宥めている。
「良いではありませんか」
天女の羽衣を思わせる穏やかな緑色のオーラを明滅させながらテニオン神が囁く。
「……テニオン」
「その為に私達の試練を果たしたのですもの、それくらい教えて差し上げれば宜しいのではありませんか?」
不満そうなザイクーオン神の方を向きながらテニオン神が擁護してくれる。
「試練を果たした者の一つの願いは可能な限り応える。それは私達の決めた事。取り決めは守るべき。カリオンもそう言っている」
「言ってない。でも、ウリオンの言葉に同意する」
ウリオン神やカリオン神も擁護派に回ってくれた。
「ほら、やっぱりカリオンもそう言っている」
「違う。ウリオンは時系列をもっと大切にした方がいい」
この二柱の神々は仲が良いようだ。
「――仕方あるまい」
「ヘラルオン?!」
ヘラルオン神が渋々容認の言葉を呟き、その言葉に驚いたザイクーオン神が自分の名を呼ぶのをスルーして、沈黙を守るガルレオン神やパリオン神の方を向く。
「ガルレオンとパリオンも良いな?」
「好きにしろ」
ガルレオン神が吐き捨てるように同意し、パリオン神は無言で小さく頷くような動作をした。
それを確認したヘラルオン神がこちらを向く。
「世界の安寧の為だ」
――それだけ? それが理由って事?
説明下手かっ!!
「この無礼者めっ!!!」
老構造体から紅蓮の炎を伴う叱責の言葉が津波のような勢いで飛んできた。
しまった。あんまりな返答に思わず心の枷が緩んでしまったようだ。
――ぷっ、くすくす。
一連の流れがオモシロかったのか、さっきまで沈黙していたパリオン神が噴き出した後、小さな小さな声で笑っている。神々の感情表現はよく分からないが、小動物のような可愛さがある。
「パリオンが笑ったぞ」
「やはり、パリオンは笑顔が一番だ」
「パリオンの笑顔を見るのは久々。カリオンも一緒に笑うべき」
「笑わない。ちょっと面白かったけど、ウリオンに言われたから笑わない」
周りの神々がパリオン神が笑ったのに驚いている。
「パリオンに免じて、先の無礼は許してやる」
神々が落ち着いた後、ヘラルオン神がそう言ってオレの失言を許してくれた。
「寛大なるヘラルオン神の慈悲に感謝いたします」
でも、ここで終わったら困るので、もう少し食い下がろう。
「禁忌の理由が世界の安寧の為との事ですが、無知蒙昧な私にはその因果がどう繋がるのか分かりません。その間に何があるのかを教えていただけないでしょうか?」
むしろ、そこが分からないと交渉のしようもないし、禁忌の範囲も分からない。
「――愚者め」
「まったくでございます。人族とはなんと愚かなのでしょう。自分で考える事もせず軽々に答えを求める。神々の深き心の内を推し量ろうなどと無礼にも程があります」
老構造体がヘラルオン神の罵倒に追従する。
そのまま人族への悪口大会に移行し始めたので聞き流す。
「帰っていい?」
「ダメだ。ヘラルオンも余計な罵倒で話を誤魔化すのは止めるべき。テニオン、後は任せた」
悪口大会に飽きたカリオン神がふらふらと離れようとするのを、ウリオン神が止める。
「――私? いいかしら、ヘラルオン?」
ウリオン神からの丸投げに戸惑いつつも、テニオン神がヘラルオン神に声を掛ける。
「良かろう。その愚か者に教えてやれ」
ヘラルオン神が鷹揚に許可を出す。
さっきのテニオン神の「いいかしら」は「説明してもいいかしら」だったらしい。
一連の流れを見る限り、ヘラルオン神はテニオン神やパリオン神に甘いようだ。
「いいのか、ヘラルオン?!」
「黙れ、ザイクーオン」
吼えるザイクーオン神に、ガルレオン神が不快そうに言葉を叩き付ける。
文字通り言葉を叩き付けられたザイクーオン神の身体が揺れる。
「お前には聞いてない!」
「聞き分けのない。そんな事だから皆に軽んじられるとなぜ分からん」
神々の場合、言葉にエフェクトが乗るので、口論なのか喧嘩なのか分かりにくい。
「黙ろ? 二柱とも」
マイペースなカリオン神に諭されて、ザイクーオン神とガルレオン神が居心地悪そうに沈黙した。
「人族のサトゥー、あなたの質問に答えましょう」
テニオン神が周囲を見回した後、羽衣風のオーラを別の模様に変えて話し始めた。
あれは居住まいを正したり、咳払いをしたりというジェスチャーなのかもしれない。
◇
「あなた達が『科学』と言う文明が進むと人々の信仰が下がります」
テニオン神が静かな口調で語る。
これは地球の歴史でもあった事なので頷くだけに止める。
「そして、信仰心が下がると世界を守る結界が緩んでしまうのです」
「どのような科学が進むと信仰が下がるのでしょう?」
テニオン神の言葉に気になる単語があったが、それよりも本題中の本題に切り込むチャンスなので、どんな科学技術が禁忌に触れるのか問いかけた。
「大まかに言うと恒常的な個人間の簡易な通信手段と大量輸送、工業化による大量生産大量消費の文明かしら?」
オレの予想通り――いや、ちょっと違う。
テニオン神が挙げた最後の一つに被っている気もするけど、念の為確認してみた。
「活版印刷は制限対象外なのですか?」
「ええ、私達は禁じていません」
テニオン神がはっきりと言う。
なら、どうして活版印刷が世界に広がっていないんだろう?
「質問はもういいかしら?」
「いえ、もう一つだけ」
オレは長寿警察ドラマの主人公みたいに食いついた。
「先ほど確認を忘れていましたが、結界が緩むと『世界の安寧』が脅かされるとの事ですが、何が『世界の安寧』を脅かすのでしょう?」
これがさっき気になった事だ。
テニオン神はオレに即答せず、ヘラルオン神の方を覗う。
ヘラルオン神の背に輝く光が光量と輪の数を増やす。
どうやら、テニオン神に代わって彼が答えてくれるようだ。
「外なるモノどもだ」
アウターゴッズ的な?
オレの脳裏に正気度のチェックが必要なホラー系神話が過ぎる。
「外なるモノ……」
「まつろわぬモノ、異なる世界からの侵略者、世界を侵蝕する怪物」
オレの呟きにカリオン神が幾つも言い換えながら教えてくれる。
異世界からの侵略者って感じかな?
「分からんか?」
「人族などに分かろうはずもない」
オレが黙考していたせいか、ヘラルオン神と尻馬に乗ったガルレオン神に罵倒されてしまった。
「世界樹に寄生していた怪生物とは違うのでしょうか?」
クラゲは普通だったけど、それを捕食するイカや小惑星並みの黒ダコは結構な脅威だと思うんだよね。
それで尋ねたのだが――おや?
神々の構造体の表面を動いていたフラクタル模様が変遷を止めている。
――あれ? 当たり?
「……あれは末端の末端、その影だ。『外なるモノ』が竜だとしたら、寄生クラゲは精々トカゲ程度にすぎん」
ガルレオン神が例え話付きで、オレの問いが正しかったと教えてくれた。
「私が『外なるモノ』を滅ぼした暁には、禁忌項目から科学を削除していただけますか?」
そのくらいでいいならお安い御用だ。
「この愚者めが!」
「思い上がるな人族!」
ヘラルオン神とザイクーオン神がオレを罵倒する。
「奴らは強大だ。貴様らが暮らす大地に匹敵する巨大さと恐るべき速さを持つ。貴様ら人族のいかなる武器も魔法も通じぬ」
うん、イカは攻撃を避けるだろうし、タコは傷つけてもすぐに再生するし魔法も吸収しちゃうからね。
「それは分かっておりますが――」
「分かっていない。愚か」
意外な事にカリオン神に罵倒されてしまった。
「カリオンの言う通り。魔神も同じ事を言って、挑みに行ってボロボロになって帰ってきた。あの時は軽く世界の危機だった。馬鹿のマネをするべきではない」
ウリオン神がカリオン神の罵倒の意味を教えてくれた。
意外な事に、オレの上位互換っぽい魔神でも敵わなかったらしい。
黒ダコがいるもっと奥には、あれ以上の強敵がたくさん潜んでいるようだ。
「何より、あれは攻撃すればするほど強くなる。昨日通じた攻撃が次の日には奴らの能力に変わる。何匹滅しようと永遠に尽きぬ」
自己進化能力に優れているらしい。
倒すなら一網打尽にしないと、際限なく強くなる厄介なタイプみたいだ。
だからかな?
世界の魔力循環に必要な世界樹がクラゲ達に寄生されても、神々が奇跡の力を振るわなかったのは、神々の力を学習されないようにする為なのかもしれない。
オレが二回目に倒したクラゲは変化なかったみたいだけど?
ノータイムで学習が反映される訳でもないだろうし、今後戦う時の為に怪生物を一網打尽にできるような強力な兵器や術式を開発しないとね。
「人族のサトゥー。その目は諦めていませんね?」
テニオン神にはバレバレのようだ。
「あなたに昔話を一つしてあげましょう」
◇
世界に生き物が満ちたのは一億年前。
人々は今の世界とは比べ物にならないほど豊かな世界で生きていました。
(オレはテニオン神の言葉に耳を傾ける)
今の人族の歴史を辿った事があるかしら?
三万年より前の歴史を見た事がある?
(ほとんどの歴史はララキエ王朝が興った三万年くらいまでしか遡れなかった)
見た事がないのは当たり前。
それ以前の世界は一度滅んだから。
(滅んだ?)
異なる世界から現れた「外なるモノ」達、それを見つけて喜んで挑んでいった困った子達がいたの。竜神や竜達よ。
(ああ、その光景が目に浮かぶ)
竜神は「外なるモノ」の首魁を滅ぼして戻ってきた。
戦いで負った魂の傷を癒やす為、「竜の谷」で深い深い眠りについたの。
でも、「外なるモノ」は滅んでいなかった。
新しい首魁が現れ、竜達の力を取り込んだ「外なるモノ」達は、更に強大になって攻めてきた。
私達神々の守りを軽々と貫き、「外なるモノ」は地上を蹂躙していった。
不利を悟ったヘラルオンの指示で、カリオンやパリオンが世界樹を神界に避難させていなかったら、私達はこの世界を諦めて別の世界へと去っていたでしょう。
目覚めた竜神は地上を穢す「外なるモノ」をことごとく駆逐してくれた。
でも、それが終わった時、地上に残る生命は竜達と一部の幻獣だけだったの。
(なるほど、竜神は「外なるモノ」と同じか、それ以上の破壊活動をしてしまったわけだ)
私達は大地を結界という神力の繭で包み、「外なるモノ」から見えないようにしたの。二度とあんな悲劇が訪れないように。
今でも、「外なるモノ」は豊穣な大地を求め、広く薄くのばした指で贄を探している。
私達の力が弱まり、結界が緩むとその隙間から彼らの指が滑り込んでくるの。
(テニオン神が「指」と表現しているのは、世界樹に寄生したクラゲ達の事だろう)
これが世界の真実。
世界の安寧の為に、厳しい罰を科してでも禁忌を守らせている理由よ。
◇
「人族、真っ直ぐ帰りなさい」
「人族、余計な事をしないように」
テニオン神に昔話を話してもらった後、オレはウリオン神やテニオン神の眷属ニンフ達に担がれて神舟へと投げ込まれ、そのままここに強制連行されてしまった。
神々の前を去る時に、人が昇神する事は可能か尋ねてみたのだが、それが悪かったのかもしれない。
カリオンやウリオン神を含む神々に罵倒され、テニオン神すらオレの思い上がりを窘める感じだった。
パリオン神だけは何も言わなかったが、残念な子を見るような視線がちょっと痛かったよ。
そのせいで紫塚の事や「魔神の封印」の現状について尋ねる事ができなかった。
まだチャンスはあるだろうし、今度は優先順位を間違えないようにしよう。
「人族のサトゥー!」
神界の淵でハイエルフのシルムフーゼさんが出迎えてくれた。
なんだか、慌てている感じだ。
「大変だ、人族のサトゥー! 君が戻るべき身体が無くなっている!」
シルムフーゼさんがオレにぶつかりそうなくらい急接近する。
「案内人である私の落ち度です。下界嫌いのニンフ達が『狭間の世界』に案内しろと言ってきた時に警戒するべきでした」
――なるほど。
どの神の計略かは分からないけど、オレの身体を人質に取ろうとした神がいたらしい。
謎幼女の助言は、こういう事態を予想しての事だったようだ。
「魂だけで下界に戻る事はできません。だから――」
シルムフーゼさんが沈痛な顔でオレを見つめる。
「だから、代わりに私の身体を差し上げます」
――はい?
「性別や種族が変わるのは不便だと思いますが、いつまでも若いままですし、魔力量も豊富です」
「あの、シルムフーゼさん――」
「分かっています。元の身体の代わりにならないのは重々承知しています。ですが、それでも私にできるのはこれくらいしかないのです」
身体を入れ替えできるというのはすごいけど、そんな必要はない。
男性の身体だったら、アーゼさんと結婚できるから大歓迎だけど、ここで言うとややこしそうなので自重した。
「大丈夫ですよ」
「そうですか、私の身体で我慢してくれるのですね!」
シルムフーゼさんが盛大に誤解を招きそうな事を言う。
「違います。身体を頂く必要はありません」
「しかし、それでは――」
「ですから、私の身体は無くなっていないんですよ」
オレ達は光の滝を下り、身体を保管した場所へと向かう。
帰り道に色々実験がしたかったのだが、こんな状況でやったらすごく怒られそうだ。
オレは空になったベッドにアストラル体の手を触れて、ストレージから身体を取り出した。
「身体が現れました!」
シルムフーゼさんが手を叩いて喜ぶ。
万が一に備えて隠していたと告げると、シルムフーゼさんは少し不快そうな顔になったが、そのお陰で肉体へのイタズラが避けられた訳なのですぐに機嫌を直してくれた。
オレ達は肉体へと戻り、元来た道を戻っていく。
『ご主人様!』
アリサから眷属通信が届いた。
なんだか、すごく切羽詰まった声だ。
『大変なの! 紫塚が――』
やはり何か厄介事の種になったようだ。
神界から戻ってきたタイミングで良かったよ。
※次回更新は3/24(日)の予定です。
※2019/03/17 「紫塚の事や魔神の封印」についての記述を追加しました。





