16-80.神鍵
※今回は最後の方だけサトゥー視点になります。
「ユウキ、魔力はどう?」
「まだまだぜんぜんだ」
サガ帝国の帝城跡地に二人の勇者が大の字になって寝そべっていた。
勇者セイギが空を見上げながら発した問いを、勇者ユウキが寝転んだまま億劫そうに答える。
「動けそう?」
「まだ、当分嫌だ。今までこんなに魔力を使い切った事がないから、喋るのも億劫だよ」
億劫だと言いつつも、勇者ユウキの愚痴は流暢だ。
「金ピカは?」
「被災者救助」
「あいつらタフだな」
金ピカこと黄金騎士団や勇者ナナシは、サガ帝国の二人の勇者達と一緒にラミアの魔王「ラミ子さん」を倒した後、市街地にある崩落した避難シェルターの救助をする為に移動していた。
「帝城跡をスルーしていったって事は――」
「ここは俺達に任せるって事だと思うよ」
「やっぱ、そうか~」
勇者ユウキが嫌そうに周囲の瓦礫を見回す。
「探せるか、ユウキ?」
「魔力が回復したらな」
そう答えてから、会話相手の得意技を思い出した。
「――っていうか、お前は?」
「俺のは悪人だけ」
「使えねー」
勇者セイギのユニークスキル「邪悪探索」は、瓦礫に埋もれた被災者達を探す事には使えないようだ。
「あれ?」
勇者セイギが寝そべる石畳の上の砂利がぴくぴくと震えている事に気付いた。
身体を起こして周囲を見回すと、近くにあった水たまりにも微かな波紋ができている。
「どうした?」
「なんか、揺れてねぇ?」
「気のせいだろ」
目を閉じて集中した後、勇者ユウキがそう断じる。
「おわっ、揺れた!」
「だから言っただろ!」
揺れたと言っても震度1か2程度だったが、二人が会話している間にも足下から断続的に揺れが伝わってくる。
「なんかヤバくね?」
「まだ地下に魔王や魔族がいるのかな?」
「ありそー」
勇者セイギが他人事のように言う。
「ありそー、じゃなくてお前のユニークスキルで調べろよ」
「おっと、そうだった! ――邪悪探索」
勇者セイギの身体を青い光が流れる。
目を閉じて集中していた勇者セイギが、カッと目を開いて叫んだ。
「いた! 地下一キロくらい」
「深いな! マグマの中にでも潜んでるのかよ」
勇者セイギの報告に、勇者ユウキがツッコミを入れる。
「数は一つ。なんかヤバイ。すっごい邪気と狂気を感じる。脅威度もハンパない」
「マジか……」
そんな会話の最中、ひときわ大きな震動が足下から届いた。
寝転がったままだった二人が飛び起きる。
「とりあえず、一度退避して金ピカや紫髪を呼ぼう」
「賛成!」
二人の勇者はなけなしの魔力を注いだ飛翔靴で、瓦礫の山から飛び立った。
◇
「サガ帝国の御霊よ――」
サガ帝国の皇帝は虹色の宝珠が変じた鍵を杖のように持ち、都市核へと呼びかける。
過剰に供給される膨大すぎる魔力ゆえか、鍵の形は定まらず、紫電を上げながら絶えず変化を続けていた。
紫電に焼かれ、傷口から血を流しながらも、皇帝は儀式を止めようとはしない。
「神の御使いより与えられし理に従いテ、この地に神威の力を招く扉を顕現せしメン」
高圧線に触れて感電したかのように震えながら、皇帝が言葉を紡ぐ。
鼻や口から血が流れ、指先の毛細血管が破れて血を噴き出す。
そんな彼の前に、七色の光が集まって扉を形作った。
宝石がちりばめられた虹色の扉に、七つの鍵穴が現れる。
「神の御使いより与えられし権限にオイテ、扉を開く鍵よ、この地ニ在レ」
皇帝は満身創痍になりながらも、血走った目で詠唱を続ける。
傷口からは青い光が漏れ、赤い血を通して紫色に輝く。
七色の光がそれぞれ、一つずつの鍵に変じていく。
この場に鼬帝国の帝都に現れた神々の光を見た者がいたなら、鍵へと変じた光がそれぞれの神の放っていた色と同じだと気付いただろう。
「我、七つの神鍵ヲ用イテ、神の御使いより与えられし使命をハタサン」
満身創痍の皇帝が腕を振ると、宙に浮かんでいた七つの神鍵が扉に空いた鍵穴へと嵌まる。
「神聖ナル、さが帝国ヲ蝕ム、魔王ヲ、ココニ滅ボSAAANNNNNN」
哄笑を上げる皇帝の傷口や皮膚の下から、青く輝く結晶が浮かび上がる。
その姿は鼬帝国でイタチ大魔王と戦い、ユニークスキルを使いすぎて暴走した勇者メイコに似ていた。
「回レ、MWUAレ、回リテ、開ケ、HYWIRWAケ、開キテ、神威ノ、CHIKARAヨ――」
既に人語を失いつつある皇帝の言葉に従って、扉に刺さった七つの鍵がゆっくりと回る。
カチャリ。
一つ目の青い鍵が開く。
カチャリ。カチャリ。
二つ目、三つ目の黄色い鍵と橙色の鍵が開く。
カチャリ。カチャリ。カチャリ。
次々と鍵が開き、最後の鍵が――。
◇
「――どうしました、アリサ?」
リザが心配そうな声でアリサに呼びかける。
先ほどまでは空間魔法で見つけた要救助者の場所を、仲間達に伝えて元気良く指揮を執っていたアリサが、急に動きを止めて沈黙したからだ。
「ご主人様に何かあったの?」
ルルが問う。
「う、うん。ご主人様との眷属通信が圏外になった」
アリサの言葉を聞いた仲間達が一斉にアリサを見る。
いや、タマだけは、のんびりした顔で「なんくるないさ~」と言って、浮遊砲台の上ででろんとしていた。
「救援に行くべきと主張します」
「場所は? アリサ! 場所は分かりますか?」
無表情に言うナナの言葉に反応したリザが、必死の形相でアリサに詰め寄る。
「落ち着く」
「そうです! リザさん、落ち着いてください!」
ミーアがポソリと呟き、アリサの肩を掴んで揺さぶるリザをルルが慌てて止める。
「皆、落ち着いて。サトゥーなら大丈夫よ」
あわあわと右往左往するポチの頭に手を置いたヒカルが、精一杯の作り笑顔で皆に声を掛ける。
「アリサちゃん、最後に通信があった場所は分かる?」
「う、うん。サガ帝国の旧都にある勇者神殿――あっ」
答える途中でアリサの表情が変わった。
「ご主人様! 大丈夫? 怪我してない? ねぇ、手助けがいるなら――」
会話の途中でアリサが、仲間達に「ご主人様から。大丈夫だったみたい」と報告する。
報告する時に、無意識に受話器の口を押さえる動きをしていたのは、転生前の癖だろう。
アリサは脱力する仲間達に詫びるジェスチャーをしながら、サトゥーとの眷属通信に戻る。
「――うん、分かった。こっちは大丈夫だから。今度こそ、ゴブ王を倒してね!」
通話を終えたアリサが、仲間達にサトゥーの現状を伝える。
「ご主人様がついに『ゴブリンの魔王』の本拠地を見つけたってさ」
アリサの報告に皆が喜ぶ。
「その本拠を見つけるために監視衛星に転移したせいで、わたしから一時的に見えなくなってたみたい」
距離を超越する眷属通信だが、ユニット配置による長距離移動時に、一時的な通信障害が発生していたようだ。
「衛星軌道から魔王の動向を見守ってたの?」
呆れたようにヒカルが呟く。
「ゴブ王は用心深いから、感知不能な距離まで移動したんだってさ。ゴブ王も衛星軌道まで魔力消費ゼロで移動されるとは思わなかったんじゃないかしら」
「それでは、ご主人様はこれから敵の首魁と戦われるのですね?」
「うん、そう言ってた」
リザの確認にアリサが首肯する。
「だから、しばらくは眷属通信に反応できないかもって」
アリサはそう補足しながらも、サトゥーを必死で呼べば、彼はゴブ王との戦いを放棄して自分たちを助けに駆けつけてくれる事を確信していた。
「私達もご主人様のお手伝いに行くべきではないでしょうか?」
「手伝いはいらないって言ってた」
リザの主張にアリサが首を横に振る。
「ですが、『ゴブリンの魔王』といえば、『狗頭の魔王』や『黄金の猪王』と並び称される歴代でも頂点に座す強大な大魔王です」
「だいじょび~」
「通常戦闘でマスターが敗北する可能性は皆無だと告げます」
「ん、無敵」
リザの心配を、タマ、ナナ、ミーアの三人が否定する。
ルル達も心配そうではあったが、サトゥーが敗北するとは思っていないようだ。
黄金兜の中でタマの耳がピクリと動く。
「にゅ?」
「ゆーしゃの子達なのです」
ポチの言葉に皆が振り向く。
「おーい!」
勇者セイギ達が飛翔靴で飛んでくる。
「どうしたのかしら?」
アリサが呟く視線の先、勇者達の背後に光のドームが発生した。
ドームの上に七本の鍵型の光が現れる。
「なんかヤバそうね」
アリサが呟くと、ヒカル達も同意するように頷いた。
「ご主人様を呼んだ方が……」
「それはダメ」
ルルの言葉をアリサが即座に否定した。
「さっきから、ご主人様から伝わってくる思考が戦闘一色になってるの。たぶん、ゴブ王との戦闘が佳境なのよ」
その言葉に仲間達が不安そうな顔になる。
「ご主人様は大丈夫だって。必死な感じだけど、追い詰められてる感じはしないもの」
アリサがフォローする。
「じゃ、こっちは私達で対処しましょう。これでも現役の頃は術理魔法で右に出る者はいなかったのよ」
「ん、手伝う」
皆の不安を払拭するようにヒカルが杖を振ってポーズを付けると、ミーアもその横に並んで同じようなポーズを取る。
「とりま、安全な距離から調査しましょう!」
◇
「ずいぶん不格好だけど、神封じを解くための神鍵か……月の魔神を解放しようなんて、クロウがするはずもないし、やっぱりゴロウあたりのやんちゃかな?」
帝城跡に現れた光のドームの近くに立っていた一人の青年が呟く。
濃紫色のローブを身に纏い、ドームから吹く風に黒い髪を揺らしている。
その青年から少し離れた場所に、黄金の鎧に包まれた戦士――アリサ達が転移してきた。
「――黒髪?」
「ご主人様?」
「違う」
アリサが断言する。
「そこにいるのは誰?!」
誰何するアリサの言葉に、青年が振り返る。
ドームが発する目映い輝きの為、逆光となり青年の顔はアリサ達からは判然としない。
「俺は『幼女の守護者』――言いにくければ『守護者』でも『お兄ちゃん』でも好きに呼んでくれ」
「――はあ?」
煙に巻くような青年の言葉に、アリサが柳眉を逆立てる。
「アリサちゃん、鑑定できる?」
「うんにゃ、ダメみたい」
神授の鑑定能力を持つ転生者や勇者の鑑定で見破れない者は滅多にいない。
「行っちゃう~?」
「あ! 待ちなさい!」
呼び止めるアリサに構わず、青年はドームの方へと足を向ける。
「あれはあなたの仕業ですか?」
瞬動で回り込んだリザが、青年の冷たい視線を受けて身体を硬直させる。
「悪行禁止~?」
「悪いことはダメなのですよ」
「ここは通さないと告げます」
青年の眼光はリザ以外には通じないのか、タマ、ポチ、ナナの三人が武器を構えて青年の前に立ち塞がる。
「悪い事なんてしないさ。魔神の封印を解こうとするお馬鹿さんを止めに来たのさ」
そう言った次の瞬間、青年が獣娘達の向こうに瞬間移動した。
「≪消えろ≫」
青年が呟くと、今にも発動しようとしていた光のドームが忽然と消える。
「≪来い≫」
そう呟いて、青年が腕を一振りすると、彼の眼前に血塗れのサガ帝国皇帝が出現した。
「ナ、ナンダ? 魔王ヲ倒ス秘術ガ」
「≪黙れ≫」
その一言で皇帝が喋れなくなる。
「ゴロウに洗脳されたのかな? まあ、始末しても次がいるだろう」
青年は皇帝を一瞥した後、興味なさそうに指をパチンッと鳴らす。
次の瞬間、皇帝は悲鳴を上げる事もできずに一瞬で黒焦げになり、灰色の粒子となって散る。
「また、会おう。今代の勇者達」
青年は後ろ手に、軽く手を上げてそう告げた後、振り返る事なくその場から消えた。
「なんだったの、今の……」
アリサが愕然とした顔で呟く。
そんなアリサにサトゥーから眷属通信が入り、ゴブ王討伐を告げられた。
◇◇◇ サトゥー ◇◇◇
「鑑定できない黒髪の男か……」
超常の力を振るう正体不明の男の話を聞いたオレは、ユニット配置でサガ帝国の帝都へとやってきた。
新たな魔王かあるいは神に準ずる存在かは分からないけど、「魔神の封印」を解こうとしたサガ皇帝を止めてくれたみたいだし、秩序を維持するタイプの勢力と考えていいだろう。
……というか、「魔神の復活」なんて冗談でも勘弁してほしいね。
「そういえば、旧都のパリオン神殿は無事だったの?」
帝都のパリオン神殿は瓦礫の山になったらしい。
どうして今さらパリオン神殿を気にするんだろう――そう考える途中で、サガ帝国にやってきたそもそもの目的が「パリオン神の試練」を受ける為だった事を思い出した。
「あっちの神殿も瓦礫の山だよ。困ったな……」
魔法で神殿を建て直せばすぐだけど、交神の儀式を行う聖域はそこまで簡単に修復できないと思う。
「にゅ~?」
タマが不意に空を見上げた。
釣られて見上げた視界に、清浄な淡い青色の光が降ってくるのが見えた。
――ありがとう。
小さな声が微かに聞こえた気がした。
>称号「解放者」を得た。
>称号「パリオンの証」を得た。
>称号「パリオンの認めし者」を得た。
>称号「パリオンの聖者」を得た。
>称号「パリオンの使徒」を得た。
いつの間にかログにそんな称号が増えていた。
まだオファーを貰う前だったけど、ゴブ王の陰謀を阻止した事か、ゴブ王に囚われていたパリオン神の「欠片」を解放した事かのいずれかの功績で、パリオン神の試練がクリア扱いになったようだ。
面倒なお使いクエストが一つ省略できてラッキーだったね。
「ご主人様、今のは?」
「ああ、パリオン神から騒動を解決したお礼を言われたよ」
今思えば、オレに警告をしてくれていたのも、さっきの声だった気がする。
てっきり謎幼女の声かゴブ王の罠かと思っていたよ。
さて、証も揃え終わったし、そもそもの目的だった神々との面談がようやく叶いそうだ。
でもまあ、神々の世界へ旅立つ前に、少し長めの休暇が欲しいね。
※次回から最終章がスタート予定です。
一月末までお休みを頂いて、2/3(日)くらいから更新再開の予定です。





