16-60.賢者の塔(8)
※2018/8/21 誤字修正しました。
※2018/8/20 一部修正しました。
サトゥーです。実験前の考察や実験は楽しいのですが、その結果を集計してレポートを書くのはなかなか好きになれませんでした。プログラムは楽しいけど、ドキュメントを書くのは嫌いというプログラマーに近いかもしれませんね。
◇
「にゅ? いない~?」
転移先にアリサやヒカルの姿はなかった。
オレは素早くマーカー一覧に目を走らせる。
――異界か。
「いくよ、タマ」
「あい~」
オレはタマを小脇に抱えると、アリサのリクエストで作った異界へとユニット配置で移動した。
「美味しそ~?」
お菓子の家が並ぶファンタジーな異界で、アリサとヒカルがボロボロの外套を纏った小柄な誰かと戦っていた。
ヒカルやアリサが無詠唱で放つ術理魔法や火魔法を、小男が危なげなく捌いている。
むしろ、小男の身軽さに、ヒカルとアリサが翻弄されている感じだ。
――あれ? ナナがいない。
マップを確認したら、かなり離れた場所で三体の魔族を相手に戦っているようだ。
空間魔法で確認したところ、魔族が天使のような可愛い外見をしていたので、攻勢に出られないような感じだった。
「タマ、ナナの助けを頼む」
「あいあいさ~」
タマがナナの加勢をしに影の中に消えた。
空間魔法の短距離転移でヒカルと一緒に距離を取ったアリサの上級火魔法が、小男の周辺を一気に焼き払った。
焼かれたチョコレートやマシュマロの香りが、猛烈な爆風に乗って流れてくる。
赤く燃える溶けたお菓子の家をめがけて、ヒカルが電柱サイズの「神威巨槍」を追加で叩き込んだ。
巨槍は地面を抉って轟音とお菓子の欠片を周囲にまき散らしたが、小男に命中しなかったようで、斜めに刺さっている巨槍を小男がすさまじい速度で駆け上がる姿が見えた。
小男の傍らに、情報がAR表示されていく。
巨槍を駆け上がる途中で、小男が何も無いところでしゃがんだり身をよじったりしていたが、あれはきっと、アリサが無詠唱で放った不可視の空間魔法による攻撃を避けていたのだろう。
――レベル99。
ヒカルが放つ一五本の「無槍乱舞」を、腕の一振りで打ち払って消した小男が、空中の足場を蹴ってアリサとヒカルに迫る。
先ほどヒカルの魔法を打ち払う時に、見えた小男の地肌は緑がかった肌色をしていた。
――称号が無数にある。
アリサが短距離転移でヒカルを連れて、小男から距離を取ろうと転移する。
あの外套は高レベルの認識阻害機能が付与されているが、AR表示の前で隠しきる事はできない。
――「魔王」。
無数にある小男の称号の中で、それがまず目に入った。
他にも「魔王」「ゴブリンの魔王」「小鬼王」「鬼人王」「韋駄天」「卑怯者」「嘘言王」「盗神の使徒」といったものが並んでいる。
レベルが少し低いが、称号からして大昔にサガ帝国の初代勇者が倒した「ゴブリンの魔王」に違いない。
ジャンプ中の小男が黒い靄となって消え、短距離転移を終えたアリサの後ろに現れる。
小男の腕が暗紫色の光に包まれ、手刀の形に揃えた指の先には刃のように長い爪が伸びていた。
気配に気付いたヒカルが、とっさに振り向いて、無数の光の盾で小男の爪を受け止める。
あれはヒカルに装備させていた後期型フォートレスの防壁だ。
爪と接触した盾が、一瞬だけ火花を上げて爪を受け止めてみせたが、次の瞬間、バターのように引き裂かれた。
驚愕に染まるヒカルとアリサの顔に爪が迫り――。
「きゃああああああ」
「うげぇえええええ」
――悲鳴を上げる二人の姿が、小男の前から消えた。
「ちっ」
小男がこちらを振り返る。
――スキルは不明。
称号には無かったが、こいつも転生者のようだ。
「え? ご主人様?」
「イチロー兄ぃ!」
オレの腕の中で、アリサとヒカルが驚きの声を上げた。
「イレギュラーが来よったか……大駒を一枚か二枚取っときたかったけど、そろそろ頃合いやな――」
小男がそう言って、影に潜って逃げようとする。
――させないよ?
小男の潜ろうとしていた影が、水滴を蒸発させたような音を立てて消えた。
「内側から外へ逃げられへん結界か?」
ぶつくさ言う小男に声を掛ける。
「直接会うのは、はじめまして、かな?」
「――直接? せやね」
小男がオレに首肯しつつ、「宝物庫」スキルらしき黒い板を開く。
「単刀直入に聞くけど、お前の目的はなんだ?」
「そないな質問に答えると思うんか?」
小男はそう言いながら、黒い板から紫色の懐中時計と奇妙な杖を取り出した。
杖はともかく、懐中時計からは嫌な感じがする。
空間魔法の「物品引き寄せ」で取り上げようとしてみたが、懐中時計自体に対策がしてあるようで、干渉できなかった。
「たらりま~」
足元からナナを連れてタマが戻ってきた。
「マスター、タマが酷いと告げます」
どうやら、ナナが愛でていた天使型魔族を、容赦なく排除してしまったのが不服のようだ。
後で聞くと約束して、今は魔王に集中するように説得する。
「眷族よ、あれ」
奇妙な杖の一振りと共に、青緑色の肌をした無数のゴブリン達が空中に現れる。
AR表示によると「デミゴブリン・エアウォーカー」という種類の亜種ゴブリンだと分かった。
デミゴブリン達は天駆のように空中を駆けてオレ達に迫る。
一体一体がレベル50近くあり、狗頭の魔王が使っていた眷族と遜色ない感じだ。
ナナが黄金色の大盾を持ってオレの前に出るが、残念ながら出番はない。
オレがパチンッと指を鳴らすと、全てのデミゴブリンの足元から影が伸びて拘束し、全て影の中に呑み込まれる。
「えげつないな~、影魔法まで使いよるんか」
「いや、忍術だ」
正直、これを忍術と言っていいかは疑問だが。
オレの横でタマ先生が「むふ~」と満足そうにしているので、忍術で良いと思う。
アリサとヒカルがオレの袖をクイクイと引く。
どうやら、準備が終わったようだ。
「神話封滅」
「神話崩壊」
ヒカルとアリサの禁呪が同時に放たれた。
それを補佐すべく、オレとタマの忍術による影が魔王を空中に固定する。
影は一瞬で打ち消されたが、ヒカルの禁呪「神話封滅」による虹色に煌めく無数の光の帯が魔王に巻き付き、魔王の身体を拘束しつつ侵食する。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお」
悲鳴を上げる魔王を、アリサの「神話崩壊」が異界ごと消し飛ばした。
◇
「杖艦がなかったとはいえ、対神魔法は大人げなかったかしらね」
杖艦なしで使う為の腕輪が、さっきの魔法行使の負荷に負けて砕け散っている。
やはり、個人装備で対神魔法系の禁呪を行使するのは無理があったようだ。
早めに量産型の小型杖艦を揃えた方が良いかもしれない。
「あはは、相手は『擬体』だったし、試射相手には丁度良かったんじゃないかな?」
――擬体?
昔、王都で戦った「緑の上級魔族」が使っていた「擬体創造」という能力で作られる身代わりの事だ。
「あれは擬体だったのか?」
オレは魔王の肌が緑色だった事を思い起こしながら、ヒカル達に尋ねた。
タマは異界が消えた周辺を調査に行ってもらっているので、ここにはいない。
「うん、『緑の上級魔族』に教えたのは自分だって言ってたよ」
「他の子達と合流した方がいいんじゃない? リザさんは大丈夫だと思うけど、他の子達が単独の時に出会ったら、ちょっち危ないと思うわ」
「それもそうだな」
オレはユニット配置でタマを引き寄せ、仲間達のいる都市国家カリスォークへと戻る。
念のため、既存マップで「擬体」を検索してみたが、一件もヒットしなかった。
擬体である事は「種族」情報を見ないと分からないので、気付かなかった。称号に「ゴブリンの魔王」とあったので、種族や年齢なんかの重要ではない情報はスルーしていたんだよね。
最初から「擬体」である事が分かっていたら、擬体を破壊する前に本体と繋がるラインを手繰って、本体の場所を突き止められたのに残念だ。
まあ、相手の正体や手の内は分かったし、ヤバそうな懐中時計も擬体と一緒に排除できただけでも良しとしよう。
デミゴブリンの群れに隠れて、途中までしか情報が見えなかったけど、あの懐中時計は「盗神――」なんとかという神器の一つのようだったしね。
今回の一件で、後期型フォートレスを貫く技が「ゴブリンの魔王」にある事も分かったし、もっと防御力の高い汎用型キャッスルや短距離転移を使える緊急脱出用の装備も開発した方がよさそうだ。
天罰事件の時に遭遇した浮遊島ララキエにあった「天護光蓋」という都市を守る神器を解析したら、もっと凄いモノが作れそうだ。
ああ、浮遊島ララキエの調査時に見つけた「天罰砲」という武器も解析して、ルルの加速砲をアップデートするのもいいかもね。
そんな事を考えながら、仲間達と合流を果たし、「ゴブリンの魔王」や「擬体」の情報を関係各位に共有してから、試練の続きに戻った。
もちろん、魔王が新しい擬体や本体で襲ってくる可能性があったので、空間感知系の結界をカリスォーク市や知人のいる都市に張って警戒中だ。
さすがに、十数ヶ所も維持するのは大変なので、さっさと襲ってきて網に掛かってほしい。
◇
「――失敗か」
「しかたありません。それが神の摂理なのですから」
オレの呟きを聞いたセーラが、励ますようにオレの手の上に自分の手を重ねてそう言った。
「そうだね……」
確かに術式は発動したのに、目の前にある虫の死骸は変化がなかった。
シミュレーション用の実験領域だと成功したんだけど、実際に蘇生魔法を使おうとすると、術が発動する直前にキャンセルしたように、不思議な感触と共に魔力が拡散してしまって、上手くいかなかったのだ。
セーラが言うように、「神の摂理」が働いたのかもしれない。
「ぎるてぃ」
頬を膨らませたミーアがセーラの手の下から、オレの手を引き抜いて自分の胸元に抱き寄せた。
そっちの方がアウトな気がするが、セーラも子供の可愛い嫉妬に目くじらを立てる気はなさそうなので、ミーアの好きにさせる。
「蘇生魔法は失敗か~、残念だね」
「テニオン神の神器みたいな、蘇生アイテムを探すしかなさそうだね」
オレ達の後ろで、ヒカルとアリサがそんな会話を交わしていた。
神の祝福が得られないオレやアリサと同様に、パリオン神の加護を持つヒカルはテニオン神殿の「蘇生の秘宝」を使用する条件――テニオン神の祝福を得ている事――をクリアできないので、アリサと同様に蘇生手段がない。
「悲観する事はありません」
「そうですよ、サトゥーさん! こちらの成果だけでも凄い事です!」
システィーナ王女とゼナさんが、蘇生魔法の前に披露した魔法の結果を見て慰めてくれる。
「確かに凄いわよね」
「凄いって言うか、非常識よね」
「まあ、チートなご主人様ならこのくらいしそうだったけどさ」
アリサとヒカルが酷い。
システィーナ王女とゼナさんの前にあるケージには、一匹の鼠が元気にエサを食べている姿があった。
あの鼠は吸血鼠だった個体だ。
蘇生魔法は失敗したが、アンデッドから生物への変換には成功した。
もちろん、あらゆるアンデッドを生物に戻せるわけではない。
下級や無印の吸血鼠は先ほど見たように問題なく生物――普通の鼠に戻す事ができた。上級吸血鬼は被験者がいなかったので、可能かどうか実証できていない。
だが、一方で、ゴーストなどの非実体系は浄化されたように消えてしまい、スケルトンやゾンビなども灰になって消えてしまった。
グールなどのアンデッドは生物カテゴリーに変化した途端、ほとんどの個体が死亡してしまったのだ。
一件だけ、グールが獣のような姿で生存したが、それも一晩経たないうちに老衰のような状態になって息絶えてしまった。
「でもさ、二日でここまでするなんて、どうやったの? 本当にチート?」
「そんなわけないだろ。知り合いに霊や幽体関係のエキスパートがいたから、色々と資料を見せてもらったんだよ」
アリサは軽く言っているが、アンデッドを生物に戻す魔法の開発はけっこう大変だったのだ。
ダメ元で半幽霊という珍しい種族のレイアーネに相談してみたところ、彼女が神話時代に暮らしていた浮遊島ララキエでの話を聞かせてくれた。
ララキエの人達は元々は人族で、「浄昇霊廟」という施設で後天的に「半幽霊」に変移し、最終的には肉体や霊体を捨てて「ララキエの幸福人」と呼ばれる精神体へと昇華するそうだ。
資料がないかと尋ねたところ、浮遊島ララキエの中央制御室の中央制御核――マザー・コンピューターのようなAIを紹介してもらい、霊体や幽体、さらには霊子というオカルトな存在などについて詳しく学ぶ事ができた。
そういった新しい知識のお陰もあって、死霊魔法と光魔法の複合である「不死生物還元」を作る事ができた。
下手な禁呪の数倍近い容量の呪文になってしまったので、個人で行使できるのはオレくらいだと思う。
その内、複数の術者で使えるように儀式魔法として分解しようと思っているが、面倒なので誰か外部の人にアウトソーシングしたいと思っている。
「それで、ご主人様。この結果を報告するの? 宗教的に火あぶりにされそうな感じなんだけど?」
アリサが不吉な事を言う。
「そうなんですか?」
「不死生物は通常の生物と異なる邪悪な魔物という事になっていますから……」
オレが尋ねると、セーラが言いにくそうに教えてくれた。
議題は「生物から不死生物への変遷と不可逆性の否定について」だったから、前半の部分は問題なく書けるし、後半については――。
「なら、ゴーストやゾンビの失敗例とグールなんかの半成功例を挙げて、不死生物から生物への可逆性を肯定しつつ、『死は覆せない』事を明記して、吸血鬼なんかの他のアンデッドは元に戻せるかもしれないって可能性を残してレポートしてみるよ」
――といった感じでまとめてみる事にした。
オレはレポートに着手する前に、異界に隔離していた神官達や真祖バンの所に預けていた子達を、「不死生物還元」の魔法で元のヒトへと戻した。
もちろん、サトゥーの姿ではなく、「謎の神官コーボー」としてだ。
一部の神官が自殺しないように、神器を模したオリハルコン製のアイテムによる奇跡という事にしてある。
神様の奇跡で元に戻るのならば、自殺は神への背信になるからね。
涙を流しながら神の栄光を称える姿に、少し後ろめたさを感じたが、これも人助けだと割り切って彼らを元の国々へと返した。
さて、人助けも終わったし、「賢者の塔」に提出するレポートを書き上げよう。
※次回更新は、8/26(日) の予定です。
※2018/8/20 ナナを追加しました。







