16-58.幕間:事件の裏側で
※2018/8/5 誤字修正しました。
「クククッ、これで更に野望が捗るぞ」
ほくそ笑む勇者フウの前で、黒い結晶柱が不気味な輝きを放っている。
その黒い結晶柱が飾られた祭壇の向こう、闇の中に白い人骨のような骨格が天井から吊り下げられていた。
もっとも、その巨大さから考えて人骨ではない。
頭部の左右に牛のような角まである事から、一般に知られる巨人でもないようだ。
牛頭族というのも、サイズ的にありえない。
「フウはん、それ何?」
「――ぅげっ」
後ろから声を掛けられた勇者フウが、文字通り飛び上がって驚いた。
挙動不審に左右をキョロキョロ見回しながら、声を掛けた小男から目を逸らす。
「こ、こぇ、これは、その……」
勇者フウは一瞬だけ巨大骨格に視線をやって慌てて言い訳を考えたが、小男の視線が結晶柱の方を見ているのに気付いて口を噤んだ。
「なあなあ、それ何?」
小男は柔和な笑顔だが、目が笑ってない。
「こ、こぇ、これは……瘴邪晶」
「ふーん」
小男が黒い結晶柱の周りを歩きながら、顔を寄せてジロジロ見る。
「ほんで、何するモンなん?」
目を逸らす勇者フウ。
「ざ、ザコあ……雑魚アンデッドを量産する」
「ほー? 『数は力だよ、アニキ』って感じやね」
某ロボットアニメの三男を彷彿とさせるセリフを引用する小男に、一瞬だけ勇者フウの目が輝いたが、顔を上げた視線に映る小男の酷薄な笑みに表情を凍らせた。
「具体的に、どの程度量産できるん?」
「ま、魔力が、ある限り幾らでも、だ」
「瘴気はこの黒水晶が供給してくれるから?」
「水晶じゃない! 瘴邪晶――」
反射的に激昂した勇者フウだったが、真顔の小男を見て訂正する言葉を途中で呑み込んだ。
「教えてえな。量産できるんはスケルトンやゾンビだけ?」
「そ、そう――」
「嘘はあかんで?」
小男の言葉に、勇者フウはごまかしの言葉を口にする途中で唇を噛んだ。
「その瘴邪晶は死霊魔法の『操骸』あたりを刻んであるんやろ? 死体を対象にしたヤツならなんでもいけるんちゃう?」
勇者フウは答えない。
「なあ、答えてえな。なんでもいけるんちゃう?」
「そ、そうだ。首無し騎士や『骸骨騎士』、そ、それだけじゃない。死にたてで魂を確保できるなら、実体を持たないゴーストや怨霊騎士だって、いける」
「もしかして、あれも動かす気?」
小男は闇の中に浮かぶ巨大な骨格を見ながら言う。
「……」
小男は黙る勇者フウを見て笑い出した。
「ええわあ、さすがは勇者フウや。今までこない真っ黒な勇者様は見た事なかったわ。壊れっぷりやと初代勇者と変わらへんで」
まるで初代勇者と面識があるような言葉を呟きながら、瘴邪晶の艶やかな表面を撫でる。
「ところで、フウはん。これはどの程度で量産できるん?」
「り、量産? そ、そそ、それは魔力だけじゃなく、しぉ、瘴気も沢山いるから――」
「――無理。なんて言葉はいらへんで」
「で、でも、瘴気が無いと……」
小男がアイテムボックスから呪怨瓶や邪念壷を次々に取り出して床に並べる。
「いかす上司やろ? フウはんが前にくれた蚊で集めてん。シガ王国の聖杯があったら、邪念結晶かて作れんねんけど――」
書物で読んだ「邪念結晶」を思い出した勇者フウが、期待に満ちた顔を向ける。
それがあれば、下級アンデッドの兵隊を量産するどころか、背後に浮かぶ白骨を本来の姿に戻す事さえ可能になる。
「期待してるとこ悪いけど、あそこはあかんねん」
小男はおどけたように「堪忍してや」とパタパタと手を振る。
「……」
「大きめの邪念結晶があったら、すぐにでも主さんの封印を解けるんやけど、あそこはイレギュラーの本拠地やさかい、近寄ったら即座にバッドエンド直行やからね」
「イ、イレギュラー?」
「せや」
小男は勇者フウの問いに答える事なく、別の話題に移行した。
「それで、これだけ潤沢に瘴気があったら、瘴邪晶でどの程度兵隊を作れそう?」
「ザ、ザコで良かったら、一日に一万体。ふすっ、普通の騎士と戦えるヤツなら、一日に三百体くらいは余裕っ」
「ふーん。一個で腕のええ死霊魔術士10人分か……なかなかええね」
勇者フウの答えに、小男が満足そうに頷いた。
「ところで、瘴邪晶はもっと作れるん?」
「で、できる……けど。こ、これだけじゃ、瘴気が足りない。……こぉ、この倍はないと、瘴邪晶は作れ、ない」
「さよか。まあ、補充の当てはええのがあるんねん。吸血蚊の実験が上手い事いったから、次は世界中で一気にやるで」
「ま、まさか……む、無差別に?」
「せや。異世界同時多発テロや! 世界を恐怖と絶望と殺戮で染めるんや」
道化のように踊り始めた小男に、勇者フウは怯えたように距離を取る。
「そ、そんな事したら……世界が滅ぶんじゃ……」
「滅ばへん滅ばへん。その為の勇者や。その為のサガ帝国やで」
「――え?」
「滅ぼしてもうたら、その後は当分遊ばれへんねんで? 今回はほどほどに楽しんで、瘴気を呪怨瓶や邪念壷にたっぷり集めたら終わりや」
小男は「滅亡の一歩手前で止めるんがプロの仕事やねん」と嘯く。
「それに今回は主さんの封印を解く為に、世界を穢すのと瘴気集めるんが主目的やさかいな」
「ぬ、主さん?」
「せや、主さんの封印が解けたら、祭りの始まりや。主さんを筆頭に地獄の軍団で神界に乗り込んで大暴れやで。ああ……楽しみやな。主さんさえおったら、何度でも黄泉返って神や使徒どもと殺し合えるわ」
小男の言葉が、冗談でも妄言でもない事に気付いた勇者フウが、青い顔でガタガタと震える。
彼の目は必死に、この場から逃げ出す道を探していた。
「そないに心配せんでもええで。わいらの前に立ち塞がらん限り、わざわざ殺しに行ったりせえへんから。ロリ女神関係者にはなるべく手え出せへん契約やねん」
到底安心できない顔で言う小男に、勇者フウは愛想笑いで媚びながら必死に頷く。
小男はそれを満足そうに見てから、「ああ、ロリ女神本人はマストな」と言いながら、怯える勇者フウを眺めて凶悪な笑みを浮かべる。
「おっと、長居しすぎやね。それじゃ、フウはん、瘴気で満タンになった呪怨瓶や邪念壷から順番に運ばせるから、瘴邪晶の量産を頼んだで」
勇者フウの答えを聞かずに、小男は後ろ手に手を振って去っていった。
◇
「トウヤ様、今日もお仕事お疲れ様でした」
「うむ」
錬金術店兼住宅の店舗部分から戻った禿頭の少年を、地味な顔をした娘が出迎える。
甲斐甲斐しく少年の店舗用白衣を受け取る姿は、新妻を思わせる。
「夕飯を先にされますか? お風呂にされますか? そ、それとも……わ、わた、私にしますか!」
地味顔娘が「きゃー」と嬉しそうな声を上げてパタパタと挙動不審な動きをする。
少年は地味顔娘をしばらく見つめた後、素早く近くの窓を見上げた。
「――誰だ」
『テガミ、モテ、キタ』
窓枠に止まっていた人面鴉が、器用に足の通信筒から取り出した手紙を室内に落として、その場で灰色の煙になって消えてしまう。
「消えた――召喚鳥でしょうか?」
「恐らくそうだろう」
手紙を拾い上げ、さっと目を通し終えると、火晶珠が付いた指輪で触れて一瞬で焼き捨てる。
「……首領からですか?」
「ああ、そうだ」
正確には彼らの首領が方々に作った下部組織の一つからだったが、少年はそれを詳しく伝える事無く首肯するに留めた。
「順調のようだ」
「――順調? 何か秘密裏に計画が進んでいるのでしょうか?」
自分達はイレギュラーによる災害を防ぐ為に、野に下り雌伏の時を過ごしているのではなかったか――そう言いたげな顔で、地味顔娘が少年を見る。
「その通りだ。我らの出番はまだまだ先だが、最終段階の直前にはイレギュラー縁の地に魔族や傭兵達を送り込んで陽動を始める事になっている」
少年の言葉に、地味顔娘がふんふんと頷く。
「その時期を見定める為に、我らも近いうちに物見遊山を装ってシガ王国に向かうとしよう」
「物見遊山――そ、それって、新婚旅行という事でしょうか! いえ、新婚旅行ですよね! ね、トウヤ様!」
「……ただの物見遊山よりはイレギュラーの目も欺ける、か?」
地味顔娘のテンションに、少年は持て余し気味に答える。
「そうです! 欺けますとも! それじゃ、私は計画立案の為に図書館に行って、シガ王国関係の本を漁ってきます!」
飛び出していく地味顔娘を、少年は疲れた目で見送る。
遠くの方から、「ひゃっほー! トウヤ様とハネムーンだぁああああああ!」という歓喜の叫びが聞こえてくるのを耳にした少年は、やれやれと言いたげな顔で、私室へと踵を返した。
◇
『マスター、今宵は下部組織「黄金の心臓」を訪問する予定となっております。そろそろ出立のご準備をされてください』
隠れ家で、瘴邪晶を用いた場合の計画を修正していた小男が、抑揚の少ない秘書用ホムンクルスの報告を聞いて顔を上げた。
「もうそんな時期か……『黄金の心臓』ってどこやったっけ?」
『カリスォーク市、通称「賢者の塔」とよばれる学研都市に本拠地があります。「吸血蚊」計画の最終確認の為と伺っております』
「せやったね」
小男が腰を叩きながら椅子から立ち上がる。
「地味子ちゃんの転移があったら楽やけど、あの子らの所はイレギュラーが張ってるからなあ」
ストレッチで身体のこりをほぐしつつ、誰に聞かせるわけでもなく愚痴をこぼす。
「面倒やけど、自前で行かんとあかんわ」
『マスター、意見具申を許可下さい』
普段は影に徹している秘書用ホムンクルスの言葉に、小男が珍しそうな顔を向けた。
「なに? 言うてみ」
『カリスォーク市にはカリオン神の中央神殿があります。神の試練を消化中の「イレギュラー」が訪問する可能性が高い為、今回の訪問を見送られる事を推奨いたします』
「そら、ちょっと鬼門やね」
小男はそう答え、顎に手を当てて思案する。
「悪いけど、ラボに行って潜入工作用のホムンクルスを何体かシリンダーから出してきて」
「承知いたしました」
秘書用ホムンクルスが退出したのを見届け、小男が「無限収納」から紫色の召喚玉を取り出す。
魔力を流した召喚玉を地面に投げ落とすと、召喚玉の周りに紫色の魔法陣が現れて中から群青色の魔族が姿を現した。
軍服姿に、刃槍を持った姿の巨大な魔族だ。
「群青の、悪いけどちょっと頼まれてえな」
「召喚主の言葉に従うデアリマス」
小男に頭を垂れた魔族が素直に首肯したのを確認し、言葉を続ける。
「ちょっと、パリオン神国まで行って、中央神殿潰してきて。建物を更地にするのはマストとして、今代の教皇を含む上層部も綺麗に掃除してな」
勇者フウの前で「ロリ女神関係者にはなるべく手え出せへん契約」だと言っていたわりに、小男の言葉からはパリオン中央神殿や神官達を滅ぼす事にはなんの躊躇も感じられなかった。
「容易い事デアリマス」
「ついでに、中央神殿の証になってる神器も回収してほしいねん」
「神器デアリマスか……」
余裕の態度だった群青色の魔族が、初めて難色を示した。
魔族にとって、七柱の神々の神器は忌まわしいモノなのだろう。
「マスター、ホムンクルス五体を連れてまいりました」
「ええ、タイミングや。ちゃんと矯正薬も使こてあるな。これならすぐに派遣できるわ」
秘書用ホムンクルスが連れてきた潜入工作用のホムンクルス五体を鑑定した小男が満足そうに頷き、開いたままにしてあった「無限収納」から、「魔法の鞄」を三つ取り出してホムンクルス達に持たせる。
「神器の回収はこいつらにやらせるから、パリオン神国まで運んだって。回収は別のにやらせるから、破壊工作が終わったら帰ってええで」
三体のホムンクルス達を結界で包んだ群青色の魔族が、自前の異空間を通って消えるのを見送り、小男は出かける準備を始めた。
「マスター、上級魔族を陽動にお使いになってイレギュラーを誘い出し、その隙に会合を行われるのですね」
「せや。イレギュラーが気付くか分からんから、もう2~3個くらい目くらましを用意するけどな」
小男はそう言いながら、予定時刻まで隠密行動に使えるスキルを幾つか試す。
「やっぱこれは疲れるわ。勘のええ狗頭や猪王でも見破られた事無いけど、長持ちせえへんし、やっぱ、もうちょい楽なのにしとこかな……」
「マスター、イレギュラーに発見される愚を犯さない為にも、万全を期するべきだと進言いたします」
「せやな」
生真面目な秘書用ホムンクルスの言葉に、小男が厭そうに同意した。
「とりあえず、認識阻害系アーティファクトも併用しとけば万全やろ」
「無限収納」から取り出した装備を身に着け、幾つかの小細工を弄した上で、小男が隠れ家からカリスォーク市へと出発した。
件のイレギュラーが罠を張って待ち構えているとも知らずに……。
※次回更新は 8/12(日) の予定です。
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