16-57.賢者の塔(6)
※2018/7/30 誤字修正しました。
※2018/8/5 一部修正しました。
サトゥーです。田舎の祖父さん家では燻煙式の殺虫剤で家の中の害虫を駆除したものですが、都会の賃貸マンションではへたに使うと火事と間違えられたり、そもそも使用が禁止されていたりして使えない場合が多い気がします。一網打尽にできるから効果は高いんですけどね。
◇
「よかった、カリスォーク市が最初だったみたいだ」
オレは安堵の吐息と共に、独り言を呟いた。
幽界に捕らえられていた巫女や神官の地元から優先的に、ユニット配置や空間魔法の転移で巡回してきたのだが、「吸血蚊:変異種」によるテロが実行された国はなかった。
代わりに、巫女達を拉致していた白ずくめの老人の所属する「黄金の心臓」の構成員や彼らが隠し持っていた壺や活性前の吸血蚊達の卵は幾つか確保できた。
壺や吸血蚊の写真を添付した資料を準備したが、それを各国の首脳部に配るのは躊躇している。
なぜなら、吸血蚊を確保した各国が排除に動くだけでなく、確保した吸血蚊を隠匿して他国との戦争時に後方攪乱などに使うのではないかと思いついてしまったからだ。
『あー、細菌兵器や毒ガス兵器を押収した組織が使うとか、昔の冷戦モノじゃ定番だったわね~』
『でも、イチロー兄。伝えなかったら伝えなかったで、その国の人達が大変な事になっちゃうんじゃないかな?』
『まー、そうよね。吸血蚊の詳細は伏せて、壺自体を呪詛の根源って事にしたら? 「魔王が世界を呪う術具なのだー!」とか言って、神官達の儀式魔法で浄化しないと国中の人達が呪われてしまうって感じでさ』
空間魔法の「戦術輪話」でアリサとヒカルに相談したところ、そんな答えが返ってきた。
アリサの案を採用し、各国の壺を排除した上で、壺を排除した事やテロを企む者が残っているかもしれない旨をしたためた手紙をシガ王国の勇者ナナシとして提出する事にした。
『それにしても、イチロー兄のユニークスキルってチートだよね』
ヒカルが冗談めかして、そんな風に言っていたのだが、通話を切る時に「あの時にそんな力が私にもあったら……」なんて独り言が微かに聞こえた。
勇者時代か王様時代か分からないけど、ヒカルも色々と苦労したようだ。
その内、美味い酒と肴を用意して、一晩くらい昔話に付き合うとしよう。
◇
「おいおい、マジか……」
吸血蚊テロを企んでいたのは、巫女達を拉致した「黄金の心臓」だけじゃなかったようだ。
オレは最初の領域を精査した後に、大陸中の既知マップを順番にユニット配置や空間魔法で転移して回り、吸血蚊や「黄金の心臓」の構成員でマップ検索しながら、吸血蚊テロの計画を潰していったのだが、その最中に「真理の針」や「水銀の瞳」、「互助会」といった秘密結社が次々と見つかった。
いずれも、テロ・ネットワーク的なモノではなく、多くは完全に独立した組織のようだった。
だが、それらの組織には共通点が一つあった。
組織に吸血蚊を持ち込んだ人物は、「同志ドン」「ナニャア構成員」「『影渡り』のセヤ」「シュリョー師」と名前こそ違ったが、他国訛りがある小男で、顔を知る者は誰もいないとの事だった。
そいつらが同一人物かは分からないが、テロ組織の陰に黒幕がいるのは間違いなさそうだ。
そして、それだけの規模で悪事を企める者と言えば――。
「まあ、あいつらだよな……」
サガ帝国の背後に潜んでいた黒幕首領や軍師トウヤ達を脳裏に思い浮かべた。
トウヤ達の居場所は分かっているし、マーカーも付けてあるから見失う心配はないが、首領については未だに尻尾を掴む事ができないでいる。
どの組織も黒幕の小男とは定期的に接触していたようで、その接触が一番近いのは二日後の「黄金の心臓」との会合だった。
押さえた計画書によると、テロの実行予定日は三日後の「新月を迎える前日」で統一されていたので、カリスォーク市だけが事故によって先に事件が発生しただけのようだ。
どちらにせよ、「黄金の心臓」の結社本部があるカリスォーク市に到着した黒幕小男が、テロの痕跡がない事に警戒して逃げるかもしれないので、今のうちに空間の揺らぎを検知する結界をカリスォーク市に張っておこう。
こそこそと暗躍する黒幕の尻尾を、今度こそ掴んでやる。
◇
「ただいま、遅れて悪いね」
ヒカルを迎えに孤島宮殿に行けたのは、その日の夕方遅くだった。
昼には迎えに行くという約束だっただけに、ちょっと後ろめたい。
「お疲れ様、イチロー兄。世界同時多発テロ事件を、察知から解決までその日の内に片付けるなんて、イチロー兄以外には誰にもできないからね?」
誇っていいよ、とヒカルが言う。
憧れの相手を見るような目にちょっと照れつつ、ヒカルを連れてカリスォーク市へと移動する。
「おかり~」
「サトゥー」
食堂の扉を開くと同時に、タマとミーアがぽふんぽふんと抱きついてきた。
二人を纏わり付かせたまま中に入ると、食べ物を喉に詰めてリザに水を飲ませてもらっているポチの姿が目に入る。
きっと二人と一緒に飛び出す為に、慌てて口の中の物を呑み込もうとして、喉に詰まったのだろう。
ちょっと遅くなったので先に食事を始めておくように言ってあったんだよね。
「おー、若様! 駆けつけ三杯っす!」
空いていたルルの横に座ったのに、下っ端口調の美少女――「氷原の魔女」さんが後ろから抱きついてきて、無理やりオレの手に握らせた杯に、どばどばと酒を注いでいく。
昼間も酔い潰れて眠ったくせに、また赤ら顔になるほど飲んでいるらしい。
まあ、いいか。
オレも空腹だったので素直に酒宴に混ざる。
べたべたしてくる魔女さんはミーアとアリサの鉄壁ペアが割り込んで引き剥がしてくれた。
「いやー、ホント助かったっすよ。若様がタマ先生達を派遣してくれたんすよね?」
――先生?
「すごかったっすよー。白ずくめの男達やそいつらの使役するワイトやスケルトン・ナイトをサクサク倒してたっすからね」
魔女さんに褒められてタマとポチがくねくねと恥ずかしがっている。
カリナ嬢は「褒めて!」と顔に描かれそうな表情でオレを見てきたので、タマやポチと一緒に褒めておいた。暴走しそうで怖いが、ラカがきっとなんとかしてくれるだろう。きっと。
なお、魔女さん達は白ずくめの正体である「黄金の心臓」という秘密結社は知っていたが、白ずくめの老人に見覚えはないと言っていた。
狙われる覚えについて尋ねてみたところ、「ツケを溜めすぎた酒場か、あたしに振られた男達くらいっすね」という答えが返ってきた。冗談で誤魔化したのか、本当に身に覚えがないのか判断に迷う回答だった。
「まったく、源泉の魔女ともあろうものがなさけない」
「何言ってるっすか。源泉から離れたらタダの美少女っすよ、あたし」
「何が美少女か! 戦えないなら、戦えないで、みだりに命を危険にさらさずとも良かろう? 源泉への帰還ならいつでもできたであろうに!」
「樹氷の森の魔女」の弟子であるラケル君が酔っ払って「氷原の魔女」さんに絡みだした。
「でも、帰れるのはあたしだけっすよ? ラケルを置き去りにして、一人でなんて帰れないっすよ」
魔女さんの言葉にラケル君が赤い顔をもっと赤くする。
外野では恋愛脳なアリサやセーラが「ラブ? ラブな話?」「きっとそうです!」と盛り上がっている。ゼナさんもいける口なのか、自然な感じで二人に混ざっていた。
「魔女――」
「だって、一人にしたら弱いラケルはプチッと潰されちゃうっすよ。プチッと」
「――なっ」
「そしたら、樹氷ちゃんになんて言われるか。ねちこい樹氷ちゃんなら、一〇年くらいはイヤミを言い続けるっすよ」
やれやれと大げさなジェスチャーで首を横に振る魔女さんの横で、ラケル君が顔色を赤や青にめまぐるしく変えながら百面相するのを、アリサ達が気の毒そうな顔で見守っていた。
まあ、なんだ。頑張れ。
◇
「おはようございます、ご主人様」
目が醒めると、オレを見下ろすルルの上半身があった。
頭の後ろから感じられる柔らかい感触からして、ルルに膝枕してもらっているようだ。
「ああ、おはよう」
疲れていたのか、珍しく酒宴の途中で眠ってしまったらしい。ベッドへはゼナさんとリザが運んでくれたそうだ。
柔らかな膝枕には未練があるが、今日もすることが沢山あるので、頑張って起きる。
魔女さんに「魔神の封印場所」について尋ね忘れていた事を思い出したが、別段急ぐ情報じゃないので問題ない。
この地を離れる前までに話を聞きにいけばいいだろう。
酒宴の時に聞いた話だと、今日は大口の出資者と面談するんだと言っていたから、今から話を聞きにいっても追い返されかねないし、何より迷惑だろうしね。
「お待たせ」
「食堂はこちらです」
身嗜みを整えてから、ルルと一緒に食堂へ向かう。
吸血蚊問題は黒幕小男が来る二日後まで余裕があるので、今日は本来の予定通り研究テーマを進めよう。
食堂で食事を取りながら、アリサ達から昨日の進捗を聞く。
「――ってなわけで、あんまり研究が進まなかったわ」
なんでも、殴り書きされた研究資料の解読に苦労していたらしい。
アリサから受け取った資料をストレージに入れてOCR機能を使うと普通にテキストデータにできたので、メモ帳にコピペした上でメニュー用プラグイン魔法の「印刷」でストレージ内の白紙に印刷してみた。
うん、普通に読める。
それをアリサに手渡す。
「――パソコンかっ!」
喜んでもらえるかと思ったのに、酷い言われようだ。
「き、昨日の苦労がぁああああ」
「アリサ、今日からは楽になると思えばいいではありませんか」
「そうですよ、アリサちゃん。ほら、ここ。昨日意味が通らなかった場所がちゃんと通じるようになっています」
「ん、快読」
叫ぶアリサをシスティーナ王女とゼナさんが宥める。
アリサとゼナさん達は違うテーマを研究していたはずだが、昨日は一緒に資料を解読していたらしい。
「今日はセーラさんと一緒に『生物から不死生物への変遷と不可逆性の否定について』を研究する予定だけど、何か解読してほしい資料があったらいつでも言ってください」
意思疎通用に空間魔法の「戦術輪話」を常時接続しておく事にした。
昨日みたいな事件がそうそうあるとは思えないけど、ちょっとした相談なんかをSNSみたいに手軽にできたら研究が捗るかも知れないと思って試す事にしたのだ。
「どこから参りましょうか?」
「ミーア様、どこがよろしいですか?」
「ん、図書館」
ミーア、システィーナ王女、ゼナさんの三人は「無詠唱を実現するには?」の研究で図書館に向かうらしい。
「私達はどうするの?」
ヒカルがアリサに問う。
二人は「原始魔法から現代魔術への変遷と相違」の研究だ。
「ご主人様が印刷してくれた資料にざっと目を通したけど、イマイチ意味がわかんないトコがあるから、書いた学者さんにヒアリングしてくるわ。ご主人様、この学者の居場所分かる?」
「分かるよ」
ささっと紙に宿から学者の家までの地図を描いてやる。
アリサの場合、空間魔法の「遠見」で俯瞰位置から都市の地形を確認できるので、迷う事もないだろう。
「マスター、任務を希望します」
「私達ならどんな困難な任務だってこなせますわ! ねえ、ポチ、タマ?」
「おふこ~すぅ~」
「当然なのです! ポチ達が揃えば不可能はないのですよ!」
気炎を上げるカリナ嬢達をリザが少し困った顔で見守っている。
リザ達には物見遊山のていでカリスォーク市内のパトロールを頼む事にした。
黒幕小男が来るのが二日後とはいえ、必ず空間魔法で来るとは限らないし、それ以外でも市内で異変が起こったら彼女達に報せてもらおうと思ったのだ。
「では、参りましょうか、サトゥーさん」
ニコニコ顔のセーラに手を引かれて立ち上がる。
焦った顔のアリサが「二人っきりだからって、押し倒すのとかは無しよ? 無しだからね」と必死にセーラに訴えていた。
セーラが「分かっています」と澄まし顔で言っても、心配そうな顔のままだったので『戦術輪話で繋がっているから何かあったら分かるだろ?』と説得しておく。
オレは「賢者の塔」の最上階にある資料室で、全てをストレージに収納、内容をメモ帳にコピーしていく。
写本だと書き写す時に誤字が混ざる恐れがあるので、原本から活字を起こす事にしたのだ。
研究テーマに関した書類を印刷し、セーラに資料の精査を頼む。
「ちょっと資料が多いですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
ちょっと引くぐらいの紙束の山なのに、セーラは言葉の最後に音符が付きそうな上機嫌で了解してくれた。
「二人っきりの共同作業ですね」
弾む声でアリサみたいな事を言うセーラには悪いが、オレは別の資料を求めてカリオン中央神殿へ向かう予定なのだ。
その事を告げられたセーラの「え? どうして?」と言いたげな顔が胸に痛かったが、マップ検索した感じだと、中央神殿にはここにない資料があるので、絶対に行く必要があるんだよね。
セーラと一緒に行ってもいいのだが、テニオン神の元巫女であるセーラには居心地が悪いだろうし、オレは一人で向かう事にした。
「閣下、ようこそカリオン神殿へ」
中央神殿で出迎えてくれたのは巫女マイヤーだ。
昨日拉致されて瀕死だったのに、もう出仕しているらしい。
中央神殿はなかなかブラックな労働環境のようだ。
「試練の課題で中央神殿の資料を見せていただきたいのですが?」
「よろしいですとも。閣下には学士以上の方に公開している図書館だけではなく、大司教以上の高位神官にのみ入室可能な聖堂図書館もご案内できますが、どちらをご希望ですか?」
「まず、図書館を。そちらに無ければ聖堂図書館もお願いします」
部外者が高位神官用の図書館に入っていいのか心配だったのだが、巫女マイヤーによると、カリオン神の試練を受けられる方は聖堂図書館の入室を許可される慣例だから大丈夫との事だった。
中央神殿の図書館にある資料は「賢者の塔」にあった資料と重複するモノも多かったが、思った以上にアンデッド関係や魔族関係についての独自資料がある。
特に、他の神殿なら「アンデッドとは不浄なものである」程度の認識で終わりそうなアンデッドも、高濃度瘴気と負の感情によって肉体――あるいは死体を変質させるモノではないかと、突っ込んだ考察がしてあった。
禁書指定されてあった資料の中には、小動物をアンデッド化させる実証実験を行なった結果があったが、その成功率から考えると、先ほどの考察は正しいとも間違っているとも言いがたい結果になっていた。
それらの資料をまとめて、セーラと共に考察する。
「魔物とは何が違うんでしょうね……」
魔物も高濃度瘴気と魔力によって動植物が変質した存在だ。
「魔核でしょうか?」
「それはアンデッドも同じですよ」
アンデッドにも魔核はある。
非実体系の魔物にさえ、魔核はあるのだ。
迷宮に死体を放置した時にできる「呪い持ち」や「核無し」と呼ばれるアンデッドもどきもいるが、あれはアンデッドそのものではなく、魔法的な現象に近い存在だと思う。
「――あっ」
セーラが何かを思いついたようだ。
「もしかしたら、同じではないでしょうか?」
「同じ、ですか?」
「はい、変化元が生物か死者かが違うだけで――」
変化の過程も変化に必要な要素も同じ、という訳か……。
「でも、それだと……」
吸血鬼化――アンデッド化した者を、「魔物と化した翡翠」と同じ過程で復元した場合、アンデッドは死体に戻ってしまう、という事になる。
「ええ、誰も救えません」
同じ結論に至ったのか、セーラが悔しそうに唇を噛んだ。
『横からごめん。ご主人様、ちょっといい?』
『いいぞ』
オレとセーラの会話を戦術輪話越しに聞いていたアリサが話に入ってきた。
『ダメって結論する流れみたいだけどさ、本当にダメか検証してみればいいんじゃない? 公都のテニオン神殿にある「蘇生の秘宝」みたいに死者を生き返らせるアイテムだってあるんだしさ』
『アイテムではありません! 神器です』
セーラには譲れない事なのか、キッとした顔で割り込んだ。
『ごめんごめん。そんな神器だってあるんだしさ、アンデッドから生者に戻す事だってできるかもしれないじゃない』
『ああ、確かにそうだな』
実験する前から諦めるなんてオレらしくない。
『ありがとう、アリサ。試してみるよ』
『えへへ~、それでこそわたしのご主人様ね!』
アリサの助言に礼を言う。
『ついでに蘇生魔法も完成させちゃってもいいのよ?』
最後はおちゃらけて終わるところがアリサらしい。
さて、不可能を可能にする実験を始めようかな?
※次回更新は 8/5(日) の予定です。
※2018/8/5 計画と訪問の日付けが逆になっていたのを修正しました。
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