16-56.賢者の塔(5)
※2018/7/16 誤字修正しました。
サトゥーです。ゴキブリは一匹見つけたら三〇匹はいるという話がありますが、ゴキブリの嫌な所は噴霧式殺虫剤で全滅させても、卵がふ化して再度繁殖する事ではないでしょうか?
もっとも、異世界にはもっとやっかいな生き物が多々いるようですが……。
◇
『ポチ隊員、タマ隊員、緊急任務だ! 直ちに先ほど食事をしていた食堂に向かい、酔っ払って寝てしまった魔女と弟子の二人を保護せよ!』
『あいあいさ~』
『らじゃなのです!』
オレは空間魔法の「戦術輪話」でタマとポチに、「吸血蚊」を用いた呪詛テロをしようとした連中からの保護を依頼する。
神殿にいる巫女マイヤーの方が安全そうだから、タマとポチをそちらに派遣しようとも思ったのだが、場所的に不法侵入扱いされそうだったので、二人の事を知っている食堂の方に向かってもらった。
まあ、魔王クラスが出てこない限り、二人が危険にさらされる事はないはずだし、心配しなくても大丈夫だろう。
『ご主人様、カリナも一緒に行きたいって言っているのです』
『分かった。連れていってもいいけど無理はさせないようにね』
『はいなのです』
『かしこま~』
タマ達を示す光点が食堂へ移動したのを確認してマップを閉じ、オレとリザはカリオン中央神殿へと駆け込んだ。
さっきまではレーダーに光点が映っていたのに、今は消失してしまっている。
「あ、あなたは試練を受けに来られていた――」
「巫女マイヤーは?」
見覚えのある神官がいたので、挨拶もそこそこに声を掛ける。
「巫女マイヤーなら、さきほど養老院に慰問に行くと言って馬車でお出かけになられましたけど?」
マップ検索――カリオン中央神殿の馬車は四台だけ、その内の一台が神殿の通用門付近で停車している。
それ以外の馬車はかなり離れた場所にあるので無関係だろう。
「行くぞ、リザ」
「はい、ご主人様!」
オレは情報をくれた神官にジェスチャーで礼を告げ、通用門へと向かう。
空間魔法の「遠見」で様子を見ると、御者と馬の首がなくなって血を噴き出していた。
馬車の中を確認すると、内部は荒らされた様子があるものの、巫女マイヤーの死体はなかった。
空間魔法で確認した十秒後、オレ達自身も馬車のところへと到着した。
「ご主人様、私は周囲の警戒をいたします」
「頼む」
椅子が僅かに温かい。
馬車の床には、さきほど巫女マイヤーがコスプレに使っていた三角メガネが落ちていた。
ここから転移系の魔法で連れ去られたとみていいだろう。
だが、隣接マップにも巫女マイヤーの存在はない。
一般的な空間魔法使いはそれほど遠くへ転移できないはずだ。
前にポチをセーリュー市から鼬帝国まで転移させた地味顔転生者は、マップ情報を見る限り、今もサガ帝国にある家で軍師トウヤとの偽装夫婦生活を楽しんでいる。
その時、レーダーに二つの赤い光点が現れた。
「ご主人様、御者と馬が起き上がりました」
馬車の外で警戒していたリザが報告する。
術者がいないのに、アンデッド化したのか?
自然にアンデッドになるには早すぎる。
マップ情報では動死体となっている。
詳細情報も確認したが、特に特筆すべき箇所はない。
「倒して良し」
「承知」
リザが手際よく倒したのを横目に、馬車の中をもう一度精査する。
――何か違和感がある。
瘴気視に切り替えた視界に、通常より遥かに濃い瘴気が映る。
普通は黒い霧や靄のように漂うだけの瘴気が、妙に動いている。渦のような軌道だ。
渦の中心は馬車の中らしい。
何もない。
通常の視界にも、瘴気視の視界にも、何もない。
だが――。
「――怪しい」
オレは何もないはずの場所――瘴気の渦の中心に抜き手を放った。
ズボッと音がしそうな感触が指先に伝わる。
結界や空間魔法による亜空間の壁を破った時の感触だ。
そのまま結界を破る時の要領で――引き裂く。
目の前にできた亀裂の向こうには、漆黒と暗黒が渦巻く怪しい空間が広がっていた。
ときおり、赤黒い光が稲妻のように流れる。
渦の表面に苦悶する人の顔が浮かび上がっては消えていく。
見ているだけで呪われそうだ。
できれば入るのは遠慮したい。
「お供します」
オレの横に現れたリザが、キリリとした顔を宣言した。
うん、やっぱり、行かなきゃダメみたいだ。
「――行こう、リザ」
「承知」
オレは意を決して、リザと共に謎空間へと飛び込んだ。
ホラーは……苦手なんだよ。
◇
「――幽界?」
開いたマップに表示されるマップ名が「幽界」になっていた。
オレの記憶が確かなら、非実体系のゴーストやレイスが昼間に隠れている場所だと、何かの研究資料に書いてあったはずだ。
魔法欄から「全マップ探査」を実行する。
マップにはなんの変化もない。
ログには「マップの存在しない空間です」と表示されていた。
影魔法の「影渡り」や「影の牢獄」で作られる空間と同じような場所らしい。
「ご主人様、この場所は身体を蝕むようです。お気をつけ下さい」
身体をうっすらと赤く光らせたリザが忠告してくれた。
彼女は魔力鎧で身体を覆っているようだ。
「リザ、身体が辛いようなら、黄金鎧の生命維持装置を使っていいよ」
「ありがとうございます。ですが、この程度なら問題ありません」
リザがなかなか頼もしい。
「なら、行こう――」
マップはないけど、マップ内の人や魔物の場所は「全マップ探査」で判明している。
オレ達は「呪詛」「昏倒」状態になっている巫女マイヤーのいる場所へと向かった。
◇
「あまり強くありません」
「そうだね」
巫女マイヤーのもとへ向かう途中に、幽霊船やレイスなどと遭遇したが、リザが本気を出すまでもなく鎧袖一触で倒してしまっていた。
「――おっと、リザ、ストップ。また、場所が変わった。もう少しこっち側だ」
「承知しました。幽界とは一筋縄ではいかない場所のようですね」
この空間は位置情報が不安定なのか、別々に移動していると離ればなれの位置に突然移動してしまうので、幽界での移動は、ようやく実用化したリザの強化外装で行なっている。
アリサの杖艦と一緒に開発していた装備だが、黒竜とのスパーリング以外ではなかなか使う機会がなかったので、人目のないここで使わせてみた。
闇晶珠による重力制御で飛ぶ仕組みなのだが、ここでも問題なく使えるようだ。
まあ、空間魔法でショートカットすればいいのだが、特に危なそうな敵もいないし、リザの強化外装のテストがてら飛行している。
「ご主人様、あれをご覧下さい」
しばらく進むと、赤黒い繭もどきが沢山くっついた木があった。
枝や幹が曲がりくねっていて、見ているだけで心が不安定になりそうだ。
「目的地に辿り着いたみたいだね」
「繭のようなモノが沢山ありますが、どれかに巫女マイヤーが閉じ込められているのでしょうか?」
「そうみたいだね」
オレは光魔法で巫女マイヤーの繭もどきを照らし、「理力の手」で手元に引き寄せる。
ブチブチと赤黒い繊維を引き剥がすと、ねじれた木の幹に顔が現れて悲鳴を上げた。
AR表示によると「慟哭樹」というアンデッド系の魔物だと分かる。
まあ、レーダーの赤い光点で魔物なのは分かっていたけどさ。
「倒してもよろしいですか?」
「ああ、構わないけど、先に全部の繭を引き剥がしてからにしよう」
他の繭もどきにも人が囚われているようだからね。
オレは「理力の腕」の魔法を発動して、全ての繭もどきを木から引き剥がし、慟哭樹の後始末をリザに任せる。
繭もどきに囚われている人達は全て「神託」スキル持ちの人達のようだ。
そして、その内半数が「呪詛」状態、残り半数が「吸血鬼」で、その内二人は「上級吸血鬼」だ。
しかも吸血鬼達の職業も、天敵であるはずの聖職者――巫女や神官になっていた。
――もしかして。
いや、もしかしなくても、彼らは巫女や神官が吸血鬼化した人達だろう。
吸血鬼化した人達をオレの所有する閉鎖空間に移動し、残りの人達はここで光魔法系の上級魔法「神威光輝浄化」で呪詛を払う。
不安定そうな幽界が壊れても困るので、浄化範囲はギリギリまで絞ってある。
浄化が済んだ人達はとりあえず、吸血鬼化した人達とは違う異界へと避難させておく。
「ご主人様、慟哭樹の素材は魔核以外も回収いたしますか?」
リザが大きな魔核をオレに差し出しながら尋ねてきた。
「そうだね――ちょっとブービートラップでも仕掛けていこうか」
罠に掛かればよし、掛からなくても回収に来たヤツが何者か知れるだけでも後手に回らなくて済みそうだ。
◇
「――慟哭樹が倒されているだとっ!」
リザと一緒に幽界を出ようとしたところで、背後に浮かぶ慟哭樹の向こう側から、怨嗟の篭もった老人の叫びが聞こえてきた。
……来るのが早い。
せっかく、ブービートラップを設置したのに意味なかった。
ちょっと徒労感に思考停止していると、老人の悲鳴が聞こえてきた。
「うおっ、なんだ――この黒い粘液は?」
ブービートラップが発動したのかと思ったが、どうやら違うらしい。
老人の足下から生えたスライム的な黒い紐状のモノが、禿頭の老人に絡みついている。
「タマからは逃げられない~?」
老人の足下から、見慣れた顔が現れた。
「タマ」
「ご主人様~? リザもハロハロ~?」
タマがぶんぶん手を振る。
どうやら、老人を追いかけてきたらしい。
保護すべき魔女達の傍には、ポチとカリナ嬢が残っているようだ。
やはり、この老人が「吸血蚊」を用いた呪詛テロの首謀者一味なのだろうか?
「うぉのれ! 我らの計画を邪魔しにきたサガ帝国の連中か? それとも我らの計画を掠め取りにきた破滅主義の魔王信奉者共か?」
――あれ?
サガ帝国の暗部関係者だと思ったけど、違うらしい。
AR表示によると、「黄金の心臓」という聞き覚えのない集団に所属する人物だった。
思ったよりも、この世界には怪しげな秘密結社が沢山あるようだ。
「かくなる上は――開け!」
老人の言葉と同時に、彼の傍に黒い穴が開く。アイテムボックスだ。
そこに手を突っ込んだ老人が、中から紫色の玉を取り出す。
――危機感知。
オレは閃駆で老人の傍らに移動し、その玉を奪い取った。
より一層、危機感知が伝えてくる感覚が強くなったので、ストレージへと収納する。
「召喚玉よ! 我が命を糧に滅びの象徴たる魔族をこの地に! 我が魂を代価に我が敵を滅ぼせ!」
玉を叩き付けようとした老人が、自分の手から「紫色の玉」がなくなっている事に気付いて、慌てた様子で周囲を見回す。
「返せ! 同志ドン殿が異国の研究機関から、『吸血蚊』の卵と共に奪ってきた我らが至宝!」
――盗品じゃないか。
壺男を尋問した時に使った精神魔法の「嘘判定」をもう一度使ってから、老人を尋問してみる。
「どこの研究機関から奪った?」
「……知らん」
――真。
「ドンという人物はどこにいる?」
「知らん」
――真。
現在位置は不明、と。
「なら、ドンという人物に会うにはどうすればいい?」
「知らん」
――偽。
会う方法は知っているらしい。
「『神託の巫女』の拉致現行犯および殺人未遂で神殿に突き出されたいか?」
威圧を少し篭めて尋ねる。
気絶しそうだが、答える様子がない。
「拷問する~?」
タマが刷毛を片手に、手をワキワキさせる。
「ふん、拷問程度で自白するようでは、永遠の命を求める『黄金の心臓』の幹部などやっておれるか!」
――ほほう?
「永遠の命というと、エルフのような?」
「人が妖精族になどなれるか! 我らが目指すのは『不死の魔導王』や『不死の王』のような不死者への進化だ!」
進化なのか?
まあ、いいや――。
「タマ頼む」
「あいあいさ~」
老人の不気味な笑い声と悲鳴を聞き続けるのも嫌なので、拷問はタマに任せて巫女マイヤー達のケアに向かう事にした。
◇
「――あなたは?」
「シガ王国の勇者ナナシ」
衰弱気味の巫女マイヤー達に栄養ドリンクを与えながら、攫われた状況を尋ねてみた。
いずれも、神殿を出た所でアンデッド達に襲撃されて攫われたとの事だ。
さっきタマが捕まえた老人が死霊魔法を持っていたので、彼の仕業で間違いないだろう。
攫われて以降は、あの繭もどきの中に囚われていたそうで、巫女マイヤー以外も囚えられていた場所が幽界だという事さえ知らなかった。
本来なら聖印を持つ巫女や神官がアンデッドに害されるはずがないのに、と不本意そうな感じだった。
巫女マイヤーとヘラルオン神殿の巫女以外は、近隣の国々から攫われてきたそうだ。
いずれも、既知のマップだったので、ユニット配置と空間魔法の合わせ技でそれぞれの国へと返送する。
一応、マーカーを付けてグループ分けしておこう。
続いて吸血鬼化していた元巫女や元神官も、巫女マイヤー同様に神殿を出た所でアンデッド達に襲撃されて攫われたと言っていた。
また、吸血鬼化した事を知ると自殺しようとする者が後を絶たなかったので、拘束しておいた。
賢者の塔にあった「生物から不死生物への変遷と不可逆性の否定について」という研究がある事を教え、元に戻す方法があるかもしれないと告げると過半数は自殺を諦めてくれたようだ。
自殺者が出る前に可能性が本当にあるのかだけでも調べてみよう。
可能性がある事さえ分かったら、あとは彼ら自身に戻り方を研究してもらうのもアリかもね。
――そうだ。
戻る前に、吸血蚊や蚊と一緒に捕まえた呪詛状態の鼠を確認する。
吸血蚊は全て死に絶えており、鼠は種族が吸血鼠に変わっていた。
どうやら、吸血蚊による呪詛が進行すると吸血鬼になるのは間違いないらしい。
――ちょっと、まずいね。
早めに駆除しよう。
※次回更新は 7/29(日) の予定です。
(7/22(日)は更新がないのでご注意ください)







