16-53.賢者の塔(2)
※2018/6/25 誤字修正しました。
※2018/8/4 一部修正しました。
サトゥーです。データや物に限らず、整理整頓し必要な時にいつでも取り出せるようにするのは、一つの才能だと思うのです。必要な時に限って、どこに収納したか分からなくなるんですよね。
◇
「――こんなにあるんですか?」
目の前に積み上がった古びた書物や紙束の山を見上げて、思わず呟きが漏れる。
オレ達は賢者カリューに学園長室の奥にある部屋に案内されていた。
カリオン神の試練で、「100年単位で解けなかったという未解決の議題」を解く為に来たのだが、この山を見たら少し腰が引けてしまう。
まあ、あの中の一つを解けばいいはずだから、そんなに気負わなくていいんだけどさ。
「議題自体は30もない。ほとんどは過去の学者達が残した考察や討論時の覚え書きなどじゃな」
長く伸びた豊かな白髭をしごきながら、賢者カリューが補足してくれる。
「ここにあるのは原本じゃが、写本は塔内にある大図書館にもあるし、議題そのものは誰でも読めるように、一階にある朱塩像の土台にも刻まれている」
なるほど、エントランスホールにある像はそんな役割もあったのか。
賢者カリューによると、同じ役割を持つ朱塩像はカリオン中央神殿の礼拝堂や都市内の水場に設置されているそうだ。
朱塩像は土魔法による強化を施してあるので野外でも大丈夫らしい。
「なら、どの議題を選ぶかは一階の石像を巡った方がいいのかしら?」
「ん、効率的」
「うむうむ。その通りじゃ、お嬢ちゃん達」
アリサとミーアの会話に、賢者カリューが好々爺の笑みで答える。
「サトゥー君にはこの書庫の鍵を渡しておこう。この書庫には廊下からも入れる。好きなときに資料を読んで構わんが、資料の持ち出しは禁止じゃ。貴重なものゆえ、資料の汚損には気をつけるのじゃぞ」
「はい、細心の注意を払います」
賢者カリューは鍵と一緒に、身分証的な腕輪をオレ達四人に貸してくれた。
これがあれば、下の階にある大図書館にフリーパスで入れるそうだ。
「これが『賢者の塔』の『英知の環』……」
腕輪を手にしたシスティーナ王女が、感慨深げに腕輪を見つめる。
どうやら、それなりに凄い品のようだ。
◇
「先に大図書館に行きますか? それとも朱塩像を確認に行きますか?」
巫女マイヤーはまだ案内を継続してくれるらしい。
視線を仲間達に向けると、三人とも「大図書館に行きたい」と顔に書いてあった。
「では、先に図書館に案内してください」
オレ達は賢者カリューの部屋の二層下にある大図書館へと向かう。
巨大な塔の三階層分の領域に書棚があり、その内の一階層が一般に開放されていない書庫となっているらしい。いわゆる禁書庫ではなく、未整理のメモ書きや継承者のいない学者の蔵書が未整理のまま突っ込まれてあるそうだ。マップ情報によると、地下深くに禁書庫がある。
「いっぱい」
「ご主人様の書庫よりも多いわね」
「王立学院の図書館と禁書庫を足したくらいかしら?」
仲間達が書棚の数々を見回しながら感想を口にした。
大図書館という言葉が大げさじゃないほどの蔵書量だ。
大国であるシガ王国よりも、小国である都市国家カリスォークの蔵書量が多いのに違和感を覚えたが、蔵書の著者情報をマップ検索して、その理由が分かった。
大多数が、この国出身の学者達が書いた本やこの国に滞在中の学者達が書いて寄贈した本のようだ。
「アリサちゃん、空間レンズ・アイ!」
口で「ビカーッ」と言いながら、空間魔法で視力を強化したアリサが書棚の背表紙を見回す。
「むぅ、ズルイ」
「ミーア様、遠見筒です。こんな事もあろうかと持ってきておりました」
「ティナ、偉い」
妖精鞄から遠見筒を二本取り出したシスティーナ王女が、一本をミーアに手渡す。
「魔法大全の初版本発見!」
「セルマラーヤ土魔法事典の別冊がありますわ!」
「むぅ、迷う」
仲間達が稀覯本を見つけて興奮状態だ。
他の人達の迷惑にならないように、本棚に突撃しようとするアリサを引き留め、一緒に本棚へと向かう。
手が届かないアリサの代わりに手を伸ばす。
「――そこのあなた!」
きつい声で制止されたので、そちらを振り返る。
視力矯正のメガネを掛けた性格のキツそうな美女が肩を怒らせて立っていた。
「ここは学士や導師の資格を持つ者しか入場を許可されない朱床の書棚よ! すぐに初等部の子供を連れて出ていきなさい!」
「ちょ、ちょっと! 失礼――」
オレの代わりに抗議しようとしたアリサの口を塞ぎ、オレは本棚に伸ばした手と反対側の手首を女性の前にかざす。
「何か、文句でも――え? 『英知の環』? どうして、こんな成人前の子供が?」
「先ほど賢者カリュー殿から頂きました」
「う、嘘」
「司書ベッセ、嘘ではありません」
「み、巫女マイヤー様!」
システィーナ王女と一緒に後から来た巫女マイヤーが司書に話しかける。
彼女達は顔見知りらしい。
「ペンドラゴン伯爵閣下はカリオン神の試練を受けられたのです」
「そ、そんな――」
絶句した司書さんは巫女マイヤーの説明を信じがたい様子だったが、すぐに態度を改めてオレ達に謝罪してくれた。
巫女マイヤーが同行してくれていて助かった。
この腕輪だけだと説得に時間が掛かったかもしれないからね。
「必要な本がありましたら、私や受付の司書にご用命ください。先ほどの失礼のお詫びに死力を尽くして資料を揃えてみせます」
まあ、ちょっとしたトラブルのお陰で、協力的な司書さんと顔つなぎもできたので文句はない。
「ねぇねぇ、ここの本は何冊まで借りていいの?」
「申し訳ありませんが、貸し出しはいたしておりません。閲覧室でご覧いただくか、大図書館所属の写本師達を雇って書き写してください」
「あちらの鎖付きの本も写本可能なのですか?」
システィーナ王女が指し示す方には、書棚と本が盗難防止の鎖で繋がれている本が並んでいた。
本棚の手前には鉄格子まである。
「あちらの本は写本が禁じられているのです。記憶した内容を書き起こすのは構いませんが、書棚で書き写すのは禁じております」
司書によると禁書の類いではないらしいが、無思慮に用いると危険な技術が書かれているため、情報拡散に制限を掛けているそうだ。
「オレはエントランスホールの台座を確認にいくけど、アリサ達はこのまま図書館にいるかい?」
「うーん、後でいいわ」
「図書館逃げない」
少し悩んでそう言ったアリサに、ミーアがこくりと頷いて同意する。
「……そうですね。逃げません、わね」
禁書庫の主だったシスティーナ王女は図書館に未練があるようだったが、無理やり自分を納得させてオレ達と一緒に台座を確認に同行した。
◇
「『瘴気とは何か?』『魔素とは何か?』『精霊とは何か?』『魂とは何か?』――このあたりは『賢者の塔』の設立時代からあるみたいだね」
「興味はあるけど、これを解くのは一朝一夕じゃ無理よね」
「ん、難題」
エルフ達の書物にも載っていなかったし、こういった根源的な追究は研究者に任せよう。
「こちらはいかがかしら?」
「何か良いのあった?」
「見る」
手招きするシスティーナ王女のもとへ、アリサとミーアが駆けていく。
「『迷宮はなんの為に存在するのか?』か」
現役のダンジョンマスターとしては、比較的身近な謎だ。
シガ王国の書物でも無数の論説があったが、決定打はない。
候補の一つとしてメモしておこう。
もしかしたら、迷宮核に聞いたら答えが返ってくるかもしれないしね。
「こっちのは迷宮を魔物に置き換えたのとか、魔族に置き換えたのとかね」
類似系のは思いつき易いからね。
一般に秘匿されているからか、都市核についてはなかった。
そんな感じで、仲間達と一緒に台座に刻まれた未解決問題を読んでいく。
不思議な事に「迷宮を作ったのは誰か?」とか「スキルを作ったのは誰か?」「レベルはなんの為にあるのか?」といった問題はなかった。
たぶん、神が実在する世界だと、「神様が作った」「神様の恩寵」くらいで終わってしまうのだろう。
カリオン神と交神した感じだと、神託で質問しても答えは返ってこなさそうだしね。
「『復活する魔王と復活しない魔王の違いは?』か……ご主人様、分かる?」
「さあ?」
オレが知る範囲だと復活した魔王は「黄金の猪王」と「狗頭の古王」の二体だけだ。
共通点としてはどちらも勇者を倒して、ヒカルの言う「真の魔王」になった事だろうけど、それが条件ならサガ帝国の資料を確認すればすぐ分かるだろうし、多分違うだろう。
猪王の方は魔王信奉者や上級魔族が復活を支援していたけれど、狗頭はセリビーラの迷宮で勝手に復活した感じだから、復活の儀式をする者が必須とも断言しにくい。
「ご主人様、これ……」
アリサが隣の台座を指さして絶句した。
そこには「魔王がこの世界に顕現する条件は何か?」と書かれてある。
すぐにでも答えを出せるが、これは絶対に解いてはいけない未解決問題だ。
本当の事を広めたら、魔女狩り並みの悲劇が転生者達を襲う事になる。
うん、この問題は見なかった事にしよう。
「サトゥー」
ミーアが呼ぶので行ってみる。
「興味」
彼女が指さす台座には「無詠唱を実現するには?」と書かれてあった。
オレの後から来たシスティーナ王女も、「これを解決しましょう!」と力説するくらい興味があるようだったが、詠唱短縮がスキルでしか実現しないように、無詠唱もオレやアリサのユニークスキルでしか無理なんじゃないかと思う。
「そうでもないんじゃない? ほら、頑張れば魔法だってスキルなしで使えるじゃん。魔法の演算部分をスキルの代わりに自前で代行できるなら、詠唱部分だって同じようにできないかしら?」
アリサがそう力説する。
「そうだね。面白そうだから、研究してみるかい?」
「やる」
「ミーア様、私も一緒に研究してもよろしいですか?」
「ん、歓迎」
オレが水を向けると、ミーアとシスティーナ王女がやる気を出した。
「必要な資料があったら言って、代わりに写本してあげるよ」
「感謝」
そんな会話をしつつ、残りの台座を確認していく。
「あら? もう終わり? 20個くらいしかなかったんじゃない?」
「残り9個は壁際にまとめてあるんです」
巫女マイヤーに案内されてエントランスホール入り口付近のわかりにくい場所にまとめられた台座のところに向かう。
なんだか上に乗っている像がまがまがしい。
「こちらは議題というよりは研究テーマという感じなんです」
「『原始魔法から現代魔術への変遷と相違』『レベルやスキルは創世時には存在しなかったのか?』『現代魔術と魔神の関連について』『生物から不死生物への変遷と不可逆性の否定について』……こちらも色々と興味深いですね」
この「原始魔法から現代魔術への変遷と相違」は引っかかっている箇所次第では、比較的簡単に解決できそうだ。
他にも、幾つか気になるワードがある。
二つ目と三つ目も気になるが、四つ目のアンデッドから生物への変化が可能かという議題が気になる。
もし可能なら、トキスォーク王国で吸血鬼になった子達を元に戻す事ができるかもしれない。
魔物化した後に、通常の生物に戻れたドリス王女の愛鳥である翡翠みたいな事例もあるし、不可能ではないと思う。
とりあえず、試練としては「原始魔法から現代魔術への変遷と相違」「迷宮はなんの為に存在するのか?」「生物から不死生物への変遷と不可逆性の否定について」の三つの中から簡単に解決できそうなのをチェックしてみるところから始めよう。
「ご主人様、これ見て」
最後の台座を見ていたアリサがオレを呼ぶ。
迷宮関係のテーマのようだ。
「『迷宮の主はいかにして魔法の品々や魔物を生産しているのか?』か……」
確かに研究テーマとしては魅力的だ。
協力的な「迷宮の主」がいないと実験も検証もできないから、一〇〇年以上解けていないのも分かる。
これなら比較的簡単に解けそうだ。
もっとも、解いたら解いたで、情報の出所や信憑性を問われそうで面倒だけどさ。
◇
「ご主人様、お疲れ様でした」
「おかり~」
「おかえりなさいなのです」
食堂巡りをしている仲間達と合流する。
巫女マイヤーとは「賢者の塔」の入り口で別れた。
ポチは煮込み料理を口いっぱいにほおばっていたので、必死に飲み込もうと悪戦苦闘している。
「マスター、賢者豆とカリスォーク豚の煮込みが美味しいと告げます」
「マスのシャーベットも美味しいですわ!」
ナナが挨拶もそこそこに煮込みの入った器を差し出す。
それに釣られたのか、カリナ嬢も魚の身を凍らせた刺身のようなモノが乗った皿を突き出してくる。
「魚のシャーベットぉ? ――ああ、ルイベみたいなやつね」
アリサが厭そうに言った後、何か地球の料理を思い出して納得していた。
生で凍らせたモノを半解凍で食べるみたいだけど、低温で寄生虫も死ぬだろうし、新鮮な野菜が取れない冬場のビタミン補給に良さそうな料理だ。
「おかえりなさい、サトゥーさん」
「こちらにお掛けください。今、温かい飲み物を頂いてきますね」
セーラの挨拶に答えつつ、ゼナさんが勧めてくれた椅子に腰掛ける。
ゼナさんが貰ってきてくれた生姜湯のような飲み物で暖を取りながら、食堂を見回す。
食堂の中央には大きなストーブがあり、その上に載せられた鍋から白い湯気が上がっている。
「ご主人様、このルイベっぽいの美味しいわよ」
「ポチは煮込み料理も食べてほしいのです」
アリサとポチが料理を勧めてくる。
味の薄そうなルイベから食べてみよう。
見た目通り、口に入れた時はシャーベットみたいな食感だけど、口の中の体温で溶けて濃厚な刺身のような脂が口の中に広がる。
ちょっと固めのサーモンみたいな食感で、美味だ。わりと好みかもしれない。
「美味しいね」
「でしょ~?」
アリサがちょっと得意げだ。
その横で、わくわく顔で待っているポチの視線に負けて、煮込み料理に手を伸ばした。
「こっちも美味しいね」
「はいなのです!」
ちょっと煮込みすぎだけど、圧力鍋で煮たスペアリブみたいな食感で美味しい。
一緒に煮てある豆は小さめの大豆みたいで、肉の味によく合う。
「ミーアちゃん、キノコの包み焼きがあるみたいだけど食べる?」
「食べる」
ゼナさんがミーアに料理を勧めている。
システィーナ王女もルルやセーラが薦める平民の料理を、お淑やかに口に運ぶ。
食堂の一角を陣取って和やかに食事をしていると、通りの方から喧噪が聞こえてきた。
「だから! 魔神様こそが現代魔術の祖なんすよ! 魔術の神様だから魔神様なんっすよ!」
「またか、この頭のイカレた魔王信奉者め!」
どなりあう男女がこの食堂へと入ってくる。
男性の方もなかなかの美形だが、女性の方は下っ端口調が勿体ないほどの美少女だ。
ルルは別格として、うちの子達の中に入っても見劣りしないくらいの儚げな美貌をしている。
「違うって言ってるっしょ! あたしは魔神様の信者であって、魔族や魔王なんか信奉してないっす! そもそも魔族が魔神の眷族なんて、どこにも信頼のおける文献がないじゃないっすか!」
「ふんっ、神代ララキエ文明後に興った古代文明の遺跡に遺されたラルケリア石碑やトロ・クロウの黄金塔に遺された碑文を忘れたか!」
なかなか面白そうな話題だ。
女性の方が魔王信奉者じゃないのはAR表示が保証してくれているので、オレは二人に接触する為に席を立った。
「こんにちは、よろしかったらお話を聞かせていただけませんか?」
※次の更新は 7/1(日) の予定です。
※2018/8/4 web版では魔王達の称号を確認していないので、セリフを少し修正しました。







