16-14.襲撃者の末路(2)
サトゥーです。大山鳴動して鼠一匹ということわざもありますが、大山鳴動して大噴火よりはよっぽどいいと思うのです。平和な方が物見遊山も楽しいですしね。
◇
「アリサ!」
タマと一緒にユニット配置で移動したオレは、タマに先導されて目的の場所へと飛び込んだ。
「ご主人様……ごめん、なさい……」
「しっかりしろ」
弱々しく呟くアリサの小さな手を取り、その額に自分の額を当てる。
――熱い。
「すごい熱だ」
AR表示によると、インフルエンザではなく普通の感冒――風邪のようだ。
「まったく、熱を出すまで滝行するなんて……」
「ごめんにゃしゃーい」
病室におかゆを運んできたルルが、アリサに小言を言う。
なるほど、アリサが風邪を引いた理由が分かった。
「わー、サツマイモ入りのおかゆだ」
サツマイモというかセーリュー伯爵領名産の甘芋だね。
「ご主人様、食べさせて」
熱が辛いのか、アリサが甘えてくる。
まあ、風邪の時くらい優しくしてやるか。
「あーん、美味しい。ご主人様の愛の味がするわ」
ゴホゴホと咳をしながらも、アリサの戯れ言は止まることがない。
むしろ、風邪の熱に浮かされているんじゃないかと心配になる。
ふと視線を向けると、アリサの枕元に年少組が並んでいた。
「あーん」
「あーん、なのです」
「タマも~?」
そういえば、就学前に風邪を引いたときに、妹も同じような感じで母に自分も「あーん」をしてほしいとねだっていたっけ。
「アリサに食べさせてから、後で――」
言葉の途中で気づいた。
オレは部屋を見回す。
――やっぱりか。
「アリサ、病気に効く魔法薬は飲まなかったのか?」
風邪という元の世界で見慣れた病気のせいで忘れていた。
こっちの世界の魔法薬や魔法なら、あっという間に治せる。
「え? えーっと、エリクサーしかなかったから、こんな風邪で使うのは勿体ないかな、って」
オレの問いにアリサがゴホゴホと咳をしながら答える。
なんとなく、咳のタイミングがおかしい。
「なら、ミーアの水魔法は?」
「拒否された」
ミーアに視線を向けると、ミーアが顔の前でバッテンを作って首を横に振った。
「ほら、あれよ! ミーアが帰ってきたのはだいぶ後だったし、水飲んでおかゆ食べて寝てたら治るから――」
「そもそも、この部屋にいるブラウニーだって、風邪を治す魔法くらい使えるだろ?」
「うぐぅ」
言い訳をしていたアリサがオレの言葉に口ごもる。
そもそも何のために、風邪のまま寝ていたんだろう?
「そ、そりは……」
「早く吐いて楽になるのです」
ポチが自白を迫るベテラン刑事のマネをしながらアリサを促す。
「ご、ご主人様と看病プレイをしたかったのよぉおおおお」
「ぷれい?」
「アリサ……」
魂の叫びを上げるアリサの横で、よく分かっていないミーアが首を傾げ、よく分かっているルルが妹の名前を呟きながら顔を赤らめた。
「却下だ」
オレが看病プレイを却下すると、アリサが「健康すぎるご主人様との看病プレイをする絶好のチャンスだったのにぃ」とぶつぶつ呟いていた。
うん、アリサは少し反省するべきだ。
「ポチ隊員」
「あい!」
「病床のアリサ隊員に、孤児院用の常備薬を投与せよ」
「はいなのです。これでいいのです?」
「ああ、それでいい」
妖精鞄から取り出した薬を確認してきたので首肯してやる。
「――座薬!」
ポチが取り出した品を見てアリサが悲鳴を上げた。
「それはちょっと、やだなーって」
「大丈夫なのです。痛くないのです」
「いや、痛いとか痛くないとかじゃなくって」
「安心するのです。ポチは座薬のプロなのです」
「乙女のハートがブロークンするんだってば!」
悪役顔のポチに迫られて、アリサがベッドの上をずりずりと下がる。
「せ、せめて、ご主人様に入れてほし――」
「アリサ、わがままはダメなのです」
「うお、転移できない? ご主人様、転移を封じるのは――」
アリサの悲鳴を背後に聞きながら、ミーアと一緒に部屋を出る。
あとのフォローはルルに任せよう。
◇
「サトゥーさん!」
「サトゥー、お帰りなさい」
孤島宮殿のリビングに戻ると、ゼナさんやシスティーナ王女が出迎えてくれた。
システィーナ王女には異母兄のシャロリック第三王子が死亡した件を伝えないといけないけど、それは後でいいだろう。
彼女は第三王子に無関心な感じだったからね。
「聖骸動甲冑の格納庫で事故があったそうですが、お怪我はありませんでしたか?」
「は、はい。私達は誰も怪我をしていません。ただ、その――」
微妙に言いよどんだゼナさんが、部屋の隅に視線を送る。
そこには顔を背けて小さくなったカリナ嬢がいた。
また、何かしでかしたのだろう。
「何があったか教えていただけますか?」
「ええ、分かりました」
オレの問いに、システィーナ王女が何があったか語ってくれた。
「あれは格納庫を見学していた時の事です――」
何者かが聖骸動甲冑のパイロットスーツである動甲冑を強奪し、聖骸動甲冑「将軍」を奪おうと画策したらしい。
まんまと聖骸動甲冑に乗り込んだ強奪者は、起動済みの聖骸動甲冑の腕を振り回して足場や支持柱を砕いて、格納庫内をパニックに陥れたそうだ。
倒壊してきた足場に潰されそうな研究者達をカリナ嬢が獅子奮迅の活躍で助けたとの事だが、そう言ったのがゼナさんで、システィーナ王女は苦笑い気味だったので、話半分に聞いておこう。
助けたのは事実だと思うけど、きっと何かやらかしたに違いない。
「『瓦礫や鉄骨で作られたような奇妙な人型』ですか?」
残骸が降り注ぎ土煙で覆われた中から、ガラクタが寄り集まったゴーレムが現れて研究者達を撲殺したらしい。
「おかしいですね。フェイクにも、オリジナルと同様に従僕ゴーレム生成機能を組み込んでありますが、殺人を禁忌とする優先プログラムを入れてあるんですが……」
従僕ゴーレムは戦争に便利な機能だったので、ロボット三原則を組み込んであるのだ。
「はい、ミト様は下級魔族によって作られた眷属だろうとおっしゃっていました」
こっちの襲撃事件も魔族が背後に潜んでいたらしい。
公都と根っこは同じだったのだろう。
「そういえば、ミトは?」
「まだ何かあるかもしれないとおっしゃって、リザと一緒に王都に残っておられます」
なら、後で様子を見に行こう。
「続けてよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
ガラクタ・ゴーレムはシスティーナ王女のゴーレムが対応し、ゼナさんが聖骸動甲冑の強奪者に対応するべく行動を開始したそうだ。
ゼナさんの下級魔法は通じず、上級魔法を詠唱しているところで、カリナ嬢が鉄骨をはねのけて戦線に復帰したらしい。
「カリナ様に驚いて転倒ですか?」
強奪者は鈍くさいヤツだったらしい。
まあ、持ち逃げしようとしても、国王に渡した「本物の起動キー」を使わない限り、飛行モードや高機動モードに入れないし、兵器類も発射できないから、すぐにシガ八剣やヒカルに捕まっていただろうけどさ。
「それでその強奪者は捕まったんですか?」
「はい、わたしのゴーレムが動甲冑を引っ張り出して、ゼナが動甲冑で逃げだそうとした男を捕縛いたしました」
強奪者の正体は前に第一王子の小姓を首になった、元第三王子の使用人の男だったそうだ。
まあ、あの男は捨て駒の実行犯で、それを陽動にして、王都で何かを起こそうとしていたんだと思う。
ヒカルも同じ結論に達したからこそ、リザと一緒に王都に残っているのだろう。
「それは、お手柄ですね」
オレが二人を誉めると、部屋の隅でカリナ嬢の雰囲気がさらに暗くなった。
どうやら、一人だけ活躍できなかったのが残念なようだ。
オレはカリナ嬢のもとに歩み寄る。
「カリナ様」
「……サトゥー」
オレが声を掛けると、少し反応した後に、顔を自分の胸の谷間に隠した。
――さすが魔乳。
「研究員達を助けたそうですね」
「それだけですわ……」
能天気なカリナ嬢が珍しく自己嫌悪中らしい。
「それだけじゃありませんよ、人命だけでは不満ですか?」
オレの言葉に、ハッとした顔でカリナ嬢が顔を上げた。
なんとなく、ポチみたいな反応だ。
「それに、聖骸動甲冑を壊さずに回収できたのは、カリナ様の活躍があったからですよ」
相手がアレだったのもあるが、結果的に彼女の行動が解決を早めたのは事実だ。
「サトゥー」
目をうるうるさせたカリナ嬢が、こちらを見上げる。
なんだか恋する乙女みたいな感じで、反応に困る。
「任務完了~?」
「座薬完了なのです」
入り口から、タマとポチが戻ってきた。
アリサへのお仕置き――投薬が完了したらしい。
よし、カリナ嬢のケアは仲良しのポチに頼もう。
オレはポチを手招きして彼女に後を任せる。
両手を広げたカリナ嬢が呆気にとられた顔で固まっていたが、それには気付かなかったふりをして、そそくさとその場を去った。
◇
「ヒカル」
「イチロー兄ぃ」
オレは王城の尖塔の上に腰掛けるアンニュイなヒカルの傍に転移した。
マップで検索した限り、魔族や転生者を始めとした要注意人物や見知らぬ高レベル存在もいないようだ。
賢者鼠のチュー太達からも、異常を検知したという報告はない。
リザは別の尖塔の天辺に片足で立ち、武術の達人みたいに静かに型の練習をしている。
「公都で覇王を見つけた」
「覇王が?」
ヒカルがガバッと立ち上がり、深刻な顔を向ける。
「あれは将軍とは違うわ。距離を取れば魔王とだって戦える非常識な鎧なの。早めに対処しないと――」
ヒカルがオレに聞かせるでなく言い募る。
防御障壁を粉砕して、心臓部からの魔力経路を撃ち抜き、魔力を奪ったら大人しくなった。
たぶん、接近戦で戦ったのが良かったのだろう。
「大丈夫だよ、ヒカル」
「うん、イチロー兄ぃの事は信じてる。でも、覇王の『天罰砲』は――」
「もう無力化を済ませて回収してあるから」
「――え?」
ヒカルが真剣な表情のまま固まり、すぐにほっと息を吐いた。
「良かった。さすがはイチロー兄ぃだね」
「ユイカに連絡して、都合の良い日に将軍と同じく埋葬しようと思う」
「うん、それでお願い」
オレはもうしばらくここにいると言うヒカルを置いて公都へと戻った。
テニオン神との会話内容を皆に伝えるのは、アリサの風邪が治ってからでいいだろう。
◇
「サトゥーさん、終わったの?」
「ええ、恙なく」
テニオン神殿の玄関まで戻ると、元巫女長で現巫女見習いのリリーが待ってくれていた。
――おや?
レーダーに公爵城方面から近づいてくる青い光点がある。
オークのガ・ホウは下水道経由で拠点に戻っただろうから、リーングランデ嬢のモノだろう。
白い光点も一緒だから、公都の様子を確認しに行くのかな?
「ずいぶん急いでいるわね」
「――ええ」
馬上槍突撃でもするかのような勢いで現れた騎馬騎士の一団がテニオン神殿の入り口で止まる。
竿立ちになって止まる馬はなかなか迫力があるね。
「そこの巫女! 神殿長とセーラ様を呼べ!」
騎士の一人が巫女見習いリリーに居丈高に命じる。
「はーい」
巫女見習いリリーは素直に二人を呼びに神殿内へと駆けていく。
騎馬の後ろから、具合の悪そうなリーングランデ嬢が騎士の介助で降ろされる。
「リーングランデ様?」
「サ、サトゥー」
なぜかリーングランデ嬢が瀕死になっている。
さっきまで聖骸動甲冑「覇王」と元気に追いかけっこをしていたのに、どうしたのだろう?
「大丈夫ですか?」
「もう時間がないの。セーラの所に連れていって」
「分かりました」
不服そうな騎士からリーングランデ嬢を受け取り、セーラの休憩する部屋へと向かう。
AR表示によると「状態:衰弱(重度)」となっており、体力ゲージが尽きそうなほど減っている。
「何があったのですか?」
「ちょっと使っちゃいけない手を使っちゃったのよ」
リーングランデ嬢の視線が一瞬だけ、左手の薬指に向かうのが見えた。
AR表示によると「呪われた指輪」の一種らしい。
体力を魔力へと変換し、魔力が満タンになっても関係なく変換を続ける迷宮産のアーティファクトのようだ。
詳細表示によると、使用中は回復魔法や体力回復薬が効かないらしい。
「リーングランデ様、この先の部屋でセーラ様が眠っておられます」
既に体力が尽きかけているのか、リーングランデ嬢からはかすれた呼吸音しか聞こえない。
騎士達がついてこようとしたので、未婚のセーラの寝間着姿を晒すわけにはいかないと言って控えさせた。
オレはパタンと扉を閉める。
部屋の中には眠ったままのセーラしかいないので、さっそく行動に移る。
「――脆っ」
リーングランデ嬢の呪われた指輪に触れると、錆びていたかのようにボロボロと崩れてしまった。
解呪の手間が省けたから文句はない。
指輪が砕けて体力の減少が止まったが、衰弱が酷い。
「リーングランデ様、飲んでください」
彼女の口元にエリクサーの小瓶を押しつけたが、気を失っていて飲んでくれない。
オレはエリクサーを口に含んで、リーングランデ嬢に口移しで飲ませる。
単なる治療行為だし、「ぎるてぃ」宣言する鉄壁ペアも見ていないからいいだろう。
AR表示されるリーングランデ嬢の体力ゲージも問題なく元に戻った。
「……サトゥーさん?」
ベッドの方から寝ぼけたセーラの声が聞こえた。
「――姉様!」
ベッドから起き上がろうとしたセーラが貧血で転びそうになったのを、「理力の手」で受け止める。
口移しで薬を飲ませたシーンは見られていなかったようなので、セーラに公都の襲撃事件を伝え、その時にリーングランデ嬢が危機打開の為に呪われた品を使い、それが原因で瀕死になっていた事を語った。
「姉様はいつもそう。結果だけを見て一直線に進むんだから……」
セーラが気を失ったままのリーングランデ嬢の髪を手ぐしで整える。
呆れつつも、本気で嫌ってはいないようだ。
「セーラさんのお陰でテニオン神との話し合いは無事に済みました。詳しくは孤島宮殿に戻ってから他の子達と一緒にお伝えします」
「はい、お役に立てて良かったです」
リーングランデ嬢が気を失っている間に、伝えるべき事をセーラに語る。
「明日の朝、公都を発ちます。今日はテニオン神殿で養生してください」
「はい」
今晩は暇そうだし、ガ・ホウのところで酒盛りでもしよう。
「――サトゥーさん」
立ち上がるオレに、セーラがちょいちょいと手招きする。
セーラにしては珍しい仕草だ。
「わたしが怪我をした時も、口移しでお願いしますね」
驚いてセーラの顔を見ると、いたずらに成功した子供のような顔でオレを見返してきた。
目が笑っていないので、とっても怖いです。
※次回更新は 9/24(日) の予定です。
次から大陸西方への旅が始まるのです。
ちょっと体調不良気味なので、誤字修正は明日に回すかも。







