16-13.襲撃者の末路
※2017/9/17 誤字修正しました。
※2017/9/11 一部追記しました。
※三人称視点です。
「飛空艇? それにしては生物的な感じだな……」
「邪悪な気配がするわ。サトゥーさんでも正体は分からないかしら?」
テニオン神殿のテラスから見上げたサトゥーと巫女見習いリリーが言葉を交わす。
サトゥーのAR表示では「邪浮艦」と表示されていた。
「邪浮艦という幽霊船の一種のようです」
サトゥーの脳裏に、天罰事件の最中にララキエ沖で戦った幽霊船が過ぎった。
幽霊船には「幽界渡り」という一種の亜空間を移動する特殊技能があるので、それを用いて公都に現れたのだろう。
(儀式前までにオレのマップに引っかからなかった理由はわかったが、誰がなんの目的で公都を攻めたんだろう?)
サトゥーが思考する内にも、邪浮艦と公都軍の戦闘は続いている。
「公都の軍は善戦しているようですね」
リリーが呟いた。
邪浮艦の攻撃は公爵城の防御障壁によって防がれている。
もっとも、公都軍の攻撃もまた、邪浮艦の防御障壁を突破できていないようだ。
「――あっ」
リリーの視線の先、邪浮艦から放たれた高出力の光線で、飛竜騎士が両断される。
それを見たサトゥーが小さく舌打ちした。
「あの光線は危ないですね」
「何をしているの?」
「ちょっと無力化しておこうと思って――」
サトゥーが自分の足下の影に手を突っ込んで、グリグリとかき回す。
ほとんど同じタイミングで、光線を放っていた邪浮艦の砲台が黒い影に包まれる。
「よし、これでいい」
リリーの見上げた先で、邪浮艦の砲台が消失していた。
「すごい……」
リリーと会話をする間にも、サトゥーは「理力の手」や「異界」を駆使して、邪浮艦の被害を受けそうな場所から人々を退避させている。
サトゥーが邪浮艦をさっさと始末しないのは、その邪浮艦を送り込んだ何者かの正体を探ろうとしているからだろう。
「王都は――特に脅威になるモノはいないか」
サトゥーは空間魔法の「遠見」で王都を見渡す。
同時多発テロを警戒したサトゥーだったが、それは疑心暗鬼が過ぎたようだ。
(ニセ聖骸動甲冑の起動実験で事故があったみたいだけど、あれを乗っ取って暴れるのは不可能だし、現場にゴーレム使いのシスティーナ王女とゼナさんがいるみたいだから、カリナ嬢が一緒でもなんとかしてくれるだろう)
サトゥーは念のため、王城の一角でシガ八剣とスパーリングしていたリザに、警戒をするように空間魔法の「遠話」で伝えておく。
続けて、エチゴヤ商会の情報収集班とネズミ帝国のチュー太達にも同様の指示を出す。
目の前で邪浮艦が凄まじい連続爆発に包まれた。
「公爵城からでしたね」
「ええ、リーングランデ様の攻撃魔法ですね」
装甲が剥がれた邪浮艦の艦首に、聖骸動甲冑そっくりな巨大ロボが立っている。
サトゥーが小さく「覇王」と呟いた。
◇
――止めなければ。
小型飛空艇に乗ったリーングランデが、焦った顔で大型飛空艦――邪浮艦を見下ろす。
聖骸動甲冑の胸元の輝きは、今にも破滅的な威力をもって公爵城を蹂躙しようとしている。
かつて、浮島で暮らすララキエの王に、神々が与えた神授兵器――「天罰砲」が今、この地でその猛威を振るおうとしているのだ。
眩い輝きが不安定に明滅する。
――詠唱が間に合わない。
リーングランデの目に、あの明滅は発射直前の予兆にしか見えなかった。
死を予感しつつも、彼女にできるのは対抗魔法を唱えることのみ。
あとは領主代理である彼女の父親が、都市核の力で「天罰砲」の攻撃を防いでくれるのを祈るしかない。
そんな絶望的な状況が不意に移行する。
「――光が消えた?」
小型飛空艇を操縦する飛行服のブラウニーが呟いた。
聖骸動甲冑の胸元の輝きが消えている。
もし、魔力を見る力を持つ者がここにいたなら、聖骸動甲冑の胸元から不自然なほど魔力が失われている事に気付いたに違いない。
まるで、何者かが魔力を強奪したかのようだ。
「…… ■ 神威爆裂!」
リーングランデの上級爆裂魔法が邪浮艦の後部浮遊機関を粉砕する。
急速に高度を下げる邪浮艦から、幾つもの黒い影が飛び降り、最後に艦首に立っていた聖骸動甲冑が槍のようなモノを担ぎ上げる。
『りぃいいいいいいんぐらんでぇえええ』
外部スピーカーから雄叫びを上げ、聖骸動甲冑が墜落しつつある邪浮艦から、リーングランデの乗る小型飛空艇へと跳躍する。
「ちょいやー!」
聖骸動甲冑に組み付かれる寸前に、小型飛空艇が戦闘機のような機動で旋回する。
この世界のゆったりした動きの飛空艇からは考えられないような凄まじい運動性能だ。
「お、おちるー!」
もっとも、その動きは同乗する者の安全は考慮外だったらしい。
リーングランデは振り落とされない為に、全力で飛空艇の手すりにしがみつくはめになったようだ。
◇
「ま、魔族だ!」
「ゴーレム部隊を前に出せ!」
「総員、牽制しつつ後退!」
邪浮艦から飛び降りた短角魔族達が、公都軍の対空部隊に躍りかかる。
ゴーレム部隊が短角魔族達に組み付くが、動きの素早い魔族達に翻弄され、あっという間に撤退する部隊に追いすがられる。
邪浮艦の砲撃で燃える街路樹が彼らの退路を断っていた。
「ここはオレが足止めする」
「下級魔族といえど我らでは歯が立たん。無駄死には控えろ!」
「ですが、このままでは――」
レベル二〇になった若手の俊英が英雄精神溢れる発言をしたが、経験豊富な部隊長がそれを禁じる。
若手の言葉の途中で、部隊長が巨猿のような短角魔族に引き倒された。
「隊長!」
――GROROROLWN。
ミスリル合金の剣を抜いた若手が、救助に向かうも、短角魔族が伸ばした腕にあえなく撥ね飛ばされる。
「――■■■ 爆炎竜」
燃える街路樹を砕いて現れた炎の竜が、短角魔族に命中し周囲に爆炎をまき散らす。
引き倒されていた部隊長も燃えていたが、致命傷にはほど遠い。
「封印したはずの陛下の遺産を暴いた馬鹿者を追ってみれば、転生魔族どもか……おまけに、ヤマトの遺産まで」
砕けた街路樹の向こうから、顔を隠した黒装束の錬金術師が姿を現した。
――GROROROLWN。
「ふん、やはり単発では死なぬか――」
黒装束の錬金術師が腰の剣を抜く。
「貴様には過ぎた品だが……」
――GROROROLWN。
呟く錬金術師に向かって、瀕死の短角魔族が突撃を敢行する。
「滅びろ墓盗人め」
一陣の青い光が煌めき、短角魔族だった存在が黒い靄となって消える。
「聖剣?」
「勇者様? 勇者ナナシ様だ!」
撤退するつもりだった部隊が、逃げることも忘れて騒ぎ出す。
「勇者か……皮肉なモノだ」
錬金術師が苦笑しつつ、接近する短角魔族の群れを見る。
「――去れ。■■■■■■■……」
範囲攻撃魔法の詠唱を始めた錬金術師を残し、兵士達が撤退していく。
◇
『りぃいいいいいいんぐらんでぇえええ』
聖骸動甲冑が手にした二股の槍を、リーングランデの乗る小型飛空艇に突き出した。
槍の先端から放たれた光の散弾が小型飛空艇の近くで小爆発を起こす。
「魔法が撃てないわ! 少しでいいから船体を安定させて!」
「ムリですっ!」
小型飛空艇が小爆発の間隙をアクロバティックな機動ですり抜ける。
「距離を取ったら魔法が届かない――ならっ」
「リ、リーングランデ様?」
リーングランデが小型飛空艇から飛び出した。
しばし自由落下した彼女だったが、一定の高度で落下速度が緩む。
「ハヤトから貰っておいてよかったわ」
飛翔靴で空を駆け、聖骸動甲冑へと迫る。
『りぃいいいいいいんぐらんでぇえええ』
「まったく、それしか言えないの?」
攻撃モーションに入った聖骸動甲冑の頭部に、詠唱の速い「破裂」を叩き付けて牽制し、さらに距離を詰める。
◇
『クックック……争え、憎しみと恐怖をまき散らし、陛下の再臨に必要な瘴気を産むがいい』
漆黒の闇の中、中空に浮かぶ鏡の前で、異国の言葉でぶつぶつと呟く紫装束の男がいた。
鏡の中には聖骸動甲冑と戦うリーングランデの姿が映っている。
男の周囲には白い靄が纏わり付き、ときおり苦悶する人の顔のようなものが白い靄の表面に浮かぶ。
『思ったよりも普通の目的だな』
漆黒の闇の中に、男以外の声が響いた。
『――何者だ。偉大なるオーク帝国の言葉を使う者よ、その姿を見せよ』
誰何する男の前に現れたのは、紫色のウィッグと白い仮面を被った華奢な少年だった。
『その仮面、貴様は!』
『はじめまして、黒幕さん――』
仮面の勇者が舞台俳優のようなしぐさで大仰な礼をする。
◇
「ぐぁあああ」
二股の槍に強打されたリーングランデが、闘技場のグラウンドに叩き付けられる。
グラウンドに一条の溝を刻むほどの勢いで叩き付けられながら、リーングランデはまだ戦う意志を保っていた。
身体を起こそうとするリーングランデの左右の地面を貫いた二股の槍が、リーングランデを地面に押しつけ束縛する。
「■■ 破裂」
リーングランデが口から血の雫を垂らしながらも唱えた呪文は、わずかに小さな破裂を起こしただけで消え失せた。
『どうした、魔力切れか?』
先ほどまでの狂ったような叫びが嘘のように、理性的な声が聖骸動甲冑の外部スピーカーから響く。
聖骸動甲冑の喉元にあるハッチが僅かに開き、そこから年老いたシャロリック第三王子の顔が覗いた。
「その顔……」
リーングランデがシャロリック第三王子の顔を見て驚きの声を漏らす。
「一度だけ、機会をやろう」
勝ち誇ったシャロリック第三王子が、リーングランデを見下しながら告げる。
「私に屈服し、次代の王を産め」
「お断りよ」
シャロリック第三王子の言葉を、リーングランデが間髪を容れずに拒絶した。
「……なんだとっ。なんと愚かなのだ、リーングランデ!」
シャロリック第三王子の顔が引きつり歪む。
「この大乱の世でありとあらゆる国々は一度滅ぶ。その乱世で下々の者どもを束ね、大陸全てを呑み込む大国を築けるのは私しかいない。その妻になる事になんの不満があるというのだ!」
血走った目で捲し立てるシャロリック第三王子の言葉に、リーングランデは応えない。
彼女はただひたすらに一矢報いるための魔力回復に努めていた。
「いいや、不満などあるはずがない。勇者にもてあそばれた上に捨てられた嫁き遅れのキサマを、妾ではなく正夫人にしてやろうというのだ。不満などあるはずがない!」
リーングランデの瞳に怒りが過ぎる。
ストイック過ぎるほどにストイックな勇者ハヤトを愚弄する言葉を許せるほど、彼女は寛大ではなかった。
リーングランデが不自由な身体をよじり、ポーチから一つの指輪を取り出す。
かつて勇者ハヤトと共に血吸い迷宮で手に入れた、生命力を魔力に変換する呪われた指輪だ。
一度使うと、生命力を使い果たすまで魔力を生み出し続ける致命的な欠点があるために、これまで使われる事がなかった。
「そうか! 遠慮しているのだな! 遠慮など無用だ! 偉大なる世界の王たる私が許す。リーングランデよ、我が妃となれ!」
愛情――否、執着という熱病を患ったシャロリック第三王子が叫ぶ。
「お断りよ!」
呪われた指輪を填めたリーングランデが叫ぶ。
「な、そんな――ありえない――なぜだ」
シャロリック第三王子の顔が驚愕に歪んでいく。
「あんたが嫌いだからに決まってるじゃない! 生まれ変わって出直してきなさい! ■■ 破裂」
聖骸動甲冑のコクピットの隙間に、リーングランデの爆裂魔法が炸裂した。
「ぐぁああああああ」
肉の焼ける臭いと白い煙が隙間から漏れ、聖骸動甲冑のコクピットが閉じていく。
「死ねぇええええええ」
二股の槍に魔力が篭もり、リーングランデの眼前に光弾の予兆が生じた。
抜け出そうと藻掻くが、彼女が抜け出すには長い時間が掛かりそうだ。
「――■■■ 爆炎竜」
槍を持つ聖骸動甲冑の脇に命中した炎の竜が爆炎をまき散らす。
聖骸動甲冑の手が槍から離れた事で、リーングランデを焼こうとしていた光が消える。
「まったく……邪浮艦を持ち出した愚か者の正体が分かるかと聞いておれば、単なる痴話喧嘩とは時間の無駄もいいところだ」
陽炎とともに黒衣の錬金術師が闘技場のグラウンドに現れた。
「その言い方には少し同意しかねるけど、助けてくれた事は感謝するわ」
「感謝など不要」
青い光が煌めき、二股の槍の片方が輪切りにされる。
「相変わらず非常識なほどの切れ味だ」
「聖剣?」
「そうだ。我が友から譲られた、あらゆる邪を断つ刃だ」
聖骸動甲冑の腕の魔砲と胸元の「天罰砲」が魔力を帯びる。
リーングランデと黒衣の錬金術師が遮蔽物を求めて駆け出す。
「あれの相手はできる?」
「できるわけなかろう」
リーングランデの問いに黒衣の錬金術師が簡潔に答えた。
聖骸動甲冑の三つの兵器が赤と白の光を充填させる。
「あれは上級魔族とさえ渡り合えるヤマトの対魔兵器だ。フルー帝国の狂った魔法技師達が造った最強最悪の兵器――只人には決して倒せぬ」
錬金術師が他人事のように語る。
背後の白と赤の光は既に臨界に近い。
二人が目指す遮蔽物は遠く、そしてそこに辿り着いてなお、その遮蔽物に背後の超常兵器を止められるとは思えなかった。
背中を焼くような熱波の高まりに、リーングランデは死を確信する。
「――ゆえに、あとは任せた」
「おっけー」
軽い言葉とともに、背後の光と熱波が消える。
振り返ったリーングランデの瞳に映るのは、魔力を失い地に伏す聖骸動甲冑と、その前に浮かぶ紫髪の勇者ナナシの姿だった。
「やあ、ガ・ホウも手伝ってくれてたの?」
「封印したはずの陛下の遺産を暴いた墓荒らしを見つけたのでな」
聖骸動甲冑のハッチが開き、一つの暗紫色の人影が飛び出してきた。
勇者ナナシは振り返ることもせずに、人影を闘技場の地面に叩き付けた。
「見つけたぞぉおおおおおお! 我が聖剣を奪いしニセ勇者め!」
「操縦してたのって第三王子だったのか」
魂切るように叫ぶ第三王子を、勇者ナナシが見下ろす。
「それで、いつから魔族に?」
勇者ナナシの視線は、第三王子の頭部に伸びた長角に据えられていた。
「世界を統べる王は、人族を超えた肉体が必要なのだ!」
「身体が崩れてるけど、それはいいの?」
第三王子の身体の末端が、黒い靄を纏わり付かせて崩れていく。
崩れ落ちた欠片が、黒い靄となって消える。
「ば、ばかな……」
身体を動かす端から崩れていく。
「ばかな、ばかな、わたしは、せかいの……おうに……」
魔力を帯びたリーングランデの魔剣が、崩れゆく第三王子を完全に滅ぼす。
それは彼女の慈悲だったのかもしれない。
「それで、先ほどの道化の背後にいた黒幕は捕らえたのか?」
「うーん、実行犯の黒幕は捕らえたんだけどさ」
勇者ナナシが魔封蔦で拘束した紫装束の男を影から引っ張り上げて地面に転がす。
「まさか――」
ガ・ホウが紫装束の男の顔を隠すフードを剥がした。
現れたのは半ばまで腐った死者の顔。
その額にはねじれた紫色の角が生えていた。
『――ゾ・ギル』
『ガ・ホウか?』
フードの下から現れた知人の顔に、ガ・ホウが顔を歪める。
アンデッドとして蘇り、捻魔角によって上級魔族へと生まれ変わった元同僚の姿に、悲しみとも哀れみともとれる顔を向けた。
『陛下から一軍を任された貴公がなにゆえ陛下の墓所を荒らした』
『陛下の再臨の為以外にあるものか』
『愚かな……陛下が魔王としての復活など望むものか』
最後の決戦の前に死んだ者と、決戦を生き抜いた者の認識の差だろう。
『再びオークの帝国をこの地に――それが陛下の願い!』
『誰が教えてくれたんだい?』
力強く叫ぶ紫装束のゾ・ギルに、するりと勇者ナナシが問いかける。
『陛下に並び立つ魔王陛下、小鬼――』
言葉の途中で、ゾ・ギルの頭が弾け飛んだ。
特定の言葉を言おうとしたら発動する遅延魔法が掛けられていたのだろう。
アンデッドとして蘇らせたうえに、上級魔族になった存在を一撃で滅ぼす魔法の痕跡を、勇者ナナシが手繰る。
「ゾ・ギル……」
黒い靄となって消えていく旧友の遺体に、ガ・ホウが黙祷を捧げる。
「結局、公都を襲撃したのは魔族だったのですか?」
「うん、そうだね。結局手繰りきれなかったけど、相手は魔王の一柱みたいだ」
リーングランデの問いに、勇者ナナシが答える。
しかし、ゾ・ギルが最期に言い残した「小鬼」、その言葉がゴブリンの魔王「小鬼王」ではないかという推測を、勇者ナナシは最後まで口にしなかった。
(今回の一件で、相手がまだ悪巧みを諦めていないって事と神出鬼没のタネの一つが分かった)
勇者ナナシ――サトゥーは心の中で、対策を模索する。
「ニンニン~?」
足下の影から、ピンクマントの黄金忍者が顔を出した。
「お迎え~?」
サトゥーは黄金忍者と手をつなぎ、ユニット配置で帰還した。
どうやら、向こうで何か発生したようだ。
※次回更新は 9/17(日) の予定です。
※ガ・ホウを思い出せない方は、書籍7巻もしくはweb「幕間:オークの錬金術士」を参照してください。
※2017/9/11 チュー太とリザの文章を分離しました。







