16-9.セーラの覚悟
※2017/8/14 誤字修正しました。
※今回はセーラ視点です。
――信仰と恋心のどちらを取るべきか。
優しいサトゥーさんは、神々による無差別な天罰を許さない。
原因を作ったイタチ帝国でさえも、神のごとき力で創った異界に保護するほどだ。
もし、本当に神々とサトゥーさんが対立したら、私はどうするべきなのだろう……。
◇
「――公都へ、ですか?」
「テニオン神殿の巫女ちょ――リリー殿に少し相談があってね」
孤島宮殿で悶々と思考の迷路に嵌まっていた私を、サトゥーさんが気分転換に公都に行かないかと誘ってくれた。
もちろん、私に否はない。
「今日は飛空艇なのですか?」
――珍しい。
サトゥーさんなら空間魔法やユニークスキルで、一瞬のうちに公都に行けるのに。
「ええ、たまには空の旅も良いものですよ」
「そうですね」
今回の公都行きに、私以外の孤島宮殿の仲間達は参加しない。
二人っきりの旅なんて、不謹慎ながら、少し心が躍ります。
なのに――。
「サトゥー様、これがサトゥー様の飛空艇なのですね」
「悪いわね、サトゥー」
なぜかお邪魔虫が二人もいるではありませんか。
「悪いとお思いなら、飛翔木馬で飛んでいけばいいんです」
気安くサトゥーさんの肩に触る姉様の手を剥がしながら、サトゥーさんを気軽に利用しようとする姉様にちくりとイヤミの篭もった言葉をぶつけてしまう。
サトゥーさんの前で黒い感情を表に出したくないけれど、姉様の前だと上手く感情を制御できない。
きっと、子供の頃の劣等感が今も心の底で蠢いているのだろう。
――あ!
「リリーナさん、淑女が婚約者でもない殿方の腕に抱きつくのははしたないですよ」
まったく、油断も隙もありません。
速やかにサトゥーさんの腕に抱きついたリリーナを剥がす。
「あら? セーラったら子供相手に嫉妬?」
「嫉妬などではありません! 淑女としてのあるべき姿を指導したまでです」
「ふーん、指導ねぇ――」
嬉しそうに絡んでくる姉様を、涼しい顔で受け流す。
「――えい!」
突然、姉様がサトゥーさんの首に抱きついた。
「お姉様! はしたないです!」
信じられません。
まだまだ子供のリリーナならともかく、姉様のような大人の女性がするような事ではありません。
「あら? お祖父様はサトゥーに嫁げって言っていたわよ? もう婚約者みたいなモノよね?」
お祖父様……。
そういう戯れは、姉様の稚気を刺激するだけだから止めてください。
サトゥーさんの迷惑にならないように、公都に到着するまでの間、姉様の相手をするという苦行をこなしました。
ええ、窓から公爵城の尖塔が見えたときは、心の底から安堵したものです。
◇
「サトゥーさん、お久しぶりね」
「ご無沙汰しております、巫女ちょ――いえ、巫女リリー」
公都に着いた翌日、私はサトゥーさんと一緒にテニオン神殿を訪れていた。
神と謁見したいというのが、サトゥーさんの要望だ。
「あなたのお願いなら叶えてあげたいけれど――」
リリー様が言葉を詰まらせる。
「あなた自身が神と会話するなら、『神霊光臨』で私の身体に神を降臨していただくしかないわね」
――神霊光臨。
それは自分の魂の器に、神の一端を降ろす究極の神聖魔法だ。
テニオン神殿の書物にも、過去に神霊光臨を用いて魔王や上級魔族による侵略に抗った巫女や神官の話があった。
でも、その全てが大いなる代償を必要としていたのだ。
命を失うどころか、魂の器さえ砕かれてしまうらしい。
人の小さな器に、神という強大な存在を招くというのは、それだけ無理があるのだろう。
「いえ、その魔法は代償が大きすぎます」
「あなたと世界の為なら、私一人の魂くらい差し出すわよ?」
首を振るサトゥーさんに、リリー様が冗談めかして告げている。
でも、リリー様は本気だ。
サトゥーさんが首を縦に振ったら、本当に実行してしまいそうで怖い。
他に方法はないかと問うサトゥーさんに、リリー様は古代の王が神と対話した方法を提案した。
私達は現巫女長の許可を貰い、テニオン神殿の禁書庫で目的の書物を探す。
「あったわ――なかなか、大変な儀式が必要みたいね」
リリー様が見つけた禁書に目を通しながら呟く。
儀式には希少な品が必要という事だったけど、サトゥーさんはいつものように、平然とした顔でそれらを並べていく。
ポケットから小石を取り出すような仕草で、賢者の石を扱うのは止めてください。
リリー様が唖然とした顔をしているじゃないですか。
「うふふ、やっぱり、あなたは凄いわ」
幼い顔のリリー様が、サトゥーさんに微笑みかける。
気のせいか、恋する乙女のような雰囲気に、内心で心がざわつく。
「儀式には祈願魔法が必要なの。セーラが唱えられるなら任せるわよ?」
「試した事はありませんが、使えると思います」
「自信がないのなら、私が使っても良いのだけれど――」
リリー様が、いたずらっ子のような顔で私に耳打ちする。
「――儀式は裸で密着する必要があるの」
「は、裸?」
破廉恥です!
破廉恥過ぎます!
未婚の女性が裸で殿方と抱き合うなんて!!
「セーラはサトゥーさんと裸で抱き合うくらい、いつもしているでしょ?」
リリー様が信じられない事を言い出した。
「わ、私とサトゥーさんはそんな!」
「セーラ、あまり声を大きくすると、聞こえてしまうわよ?」
「えっ? あ、あの、その――」
思わず声を荒らげてしまった私を、リリー様が窘める。
「どうするのかしら、セーラ? 恥ずかしいなら私がするけど?」
リリー様が意地悪な顔で私を覗き込む。
脳裏に裸で抱き合うサトゥーさんとリリー様の姿が浮かんだ。
――それは嫌。
とっさに浮かんだ言葉に、私は覚悟を決めた。
私は深呼吸をして、お腹に力を入れる。
「――私がします」
決死の覚悟とは裏腹に蚊の鳴くような声で言う私に、リリー様が満足そうに頷いた。
◇
公爵城に戻るサトゥーさんと入り口で別れ、私はリリー様に導かれて聖域の一角にある作業部屋へとやってきた。
「それじゃ、セーラ。これをお願いね」
手渡されたのは儀式用の白い聖衣と二巻きの翠絹の糸だった。
横には儀式用の刺繍模様の解説書が付いている。
――もしかして、今から聖衣に刺繍するのだろうか?
「あ、あの、あと二日なのですが……」
「大丈夫、セーラならできるわ」
私の問いかけに、リリー様が笑顔で肯定した。
「刺繍、得意でしょ?」
「はい……」
どうやら、逃れる術はないらしい。
「頑張ります」
私は手早くそして丁寧に刺繍をしていく。
もちろん、テニオン神への祈りを込めてだ。
疲労困憊しつつ作業を続け、儀式前日の深夜――。
「いけない、寝ていたみたい」
慌てて身体を起こし、聖衣を汚していないか確認する。
――え?
半分以上残っていたはずの刺繍が、全て終わっている。
どういう事か分からずに周囲を見回すと、作業テーブルの片隅に栄養補給剤と冷めても美味しい夜食があった。
「……サトゥーさん」
心の底がほっこりと温かくなる。
<――愛しき人の子よ>
声ではない声。
<恋する娘よ>
思念とも違う言葉が聖域の天井から降ってくる。
<あなたの想いを語りなさい>
私は突然の神託に身を委ね。
テニオン神の欲するままに思いの丈を語った。
◇
――そして、翌朝。
衣装に刺繍した文様を、リリー様と現巫女長様の神聖魔法によって身体に転写する。
これで準備は完了だ。
「セーラ、頑張りなさい」
「あなたなら、きっとできます」
「はい、リリー様、巫女長様」
儀式の間に、禊ぎを終えた巫女達が並ぶ。
「王の入場――」
古代の王様に扮したサトゥーさんが、聖域の儀式の間へと足を踏み入れた。
今日のサトゥーさんは古典的な衣装も相まって、本当に王様のよう。
いつもより、凜々しく感じる。
「王よ、巫女の前に」
サトゥーさんが現巫女長の言葉に従って、こちらに歩いてくる。
私と目が合ったサトゥーさんが、いつものように柔和な笑顔になる。
これからテニオン神と交信するというのに、緊張する様子もなく相変わらずの自然体だ。
「王よ、世俗の衣を捨てよ」
巫女二人がサトゥーさんの衣装を脱がせる。
一枚だけなので、すぐだ。
サトゥーさんの均整の取れた裸身に、巫女達が頬を染める。
私は視線が下がらないように、サトゥーさんの落ち着いた瞳を見つめた。
「導きの巫女よ、世俗の衣を捨てよ」
巫女達が私の衣を脱がせる。
サトゥーさんに見られていると思うと、全身が真っ赤に染まりそうなくらい恥ずかしい。
私がこんなにも恥ずかしいのに、サトゥーさんはいつも通り涼しい顔だ。
なんとなく――いえ、凄く悔しい。
でも、今はそんな時じゃない。
サトゥーさんの為に儀式を進めなくては――。
「導きの巫女よ、王を導け」
私は両手を広げ、サトゥーさんを両の腕で抱き寄せる。
女性のような柔らかそうな身体なのに、サトゥーさんの身体は少し堅い筋肉に覆われていた。
その感触に乱れそうになる心を、聖域の静謐な光と巫女達の神を言祝ぐ言葉が整えてくれる。
――神よ。
私は聖域の天井を見上げて、テニオン神に呼びかける。
――我らを見守る偉大なる神よ。
私の呼びかけに応え、空から光が降ってくる。
この暖かな光はテニオン神の聖光だ。
私はいつもの神託を受ける時のように、テニオン神の聖光に身を委ねた。
<愛しき人の子よ。巫女を介して我を呼ぶ、王よ。汝の願いを語るがいい――>
※次回更新は8/20(日)の予定です。







