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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
第十五章

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15-幕間7.天罰の日、最前線

※2017/6/13 誤字修正しました。


「隊長! あそこの森の近くに誰かいます」

「うん? まだ避難していない者がいたのか?」


 部下の報告に、遠見筒を向ける。

 確かに、森の近くの茂みに、蜥蜴人族と猫人族の娘がいるのが見えた。


 恐らく、山に篭もっていて、避難勧告を聞いていなかったのだろう。


 俺は一つ頷いて周囲を見渡す。

 さすがに、他にはいないようだ。


「しかたない、保護に向かうぞ」

「はい! 二騎ついてこい」


 俺の命令に、副官が指示を伝達する。

 四騎編成で丘を下り、森との境に向かう。


「はあ、栄光ある第七騎士団が迷子の保護ですか……」

「口を慎め。これは王命であるぞ」


 神々からの天罰の通達を受け、俺達国軍第七騎士団は南方の山々に布陣していた。

 国境の住民を避難させ、ここで魔物の連鎖暴走(スタンピード)を食い止める為だ。


『リザ、騎士のヒト来る~?』

『そのようですね』


 遠くで蜥蜴人娘と猫人娘が草葉を摘む手を止めて、こちらを見る。

 何か言っていたが、さすがにこの距離では聞こえない。


 いきなり完全武装の騎士が複数現れて怯えているのだろう。


「付近の村の者だな。王命により、住民達は近くの街へと避難させてある。お前達も避難せねばならんが、お前達を麓に送る為だけに護衛は割けん。輜重隊の馬車が街へ向かうまで陣内で待て」


 驚いて何も言えない娘達に、必要な事を一気に告げる。

 無学な者達に、どれほど伝わるかは分からないが、何も告げずに犯罪者のように連行するわけにもいかない。


「陣内、ですか?」

「あそこの峠だ」


 蜥蜴人娘に砦のある峠を指し示す。


「今からなら着く頃にメシができるぜ」

「にく~?」

「そうだ、今日は肉入りシチューだぞ」

「おう、ぐれいと~?」

「ははは、お前達の分もあるからたっぷり喰って大きくなれよ」

「あい!」


 部下達と猫人の子供が話すのが聞こえてきた。


 肉入りシチューと聞いた子供が、飛び上がって喜ぶのが見えた。

 よほど、肉が嬉しいのだろう。


 山奥の寒村で暮らしていたなら、肉は村の狩人が獲ってきたモノを村長が分配する以外に食べられないはず。あの子の喜びようもよく分かる。


「それで、お前達は何をしに森に篭もっていたのだ?」

「ご主人様にお願いされて、薬草を集めておりました」


 ご主人様?

 この娘達は奴隷なのか?


 だが、奴隷にしては良い服を着ている。

 蜥蜴人を愛玩奴隷にする酔狂な者もいないだろうから、この娘達は解放奴隷の類いに違いない。

 解放奴隷や王国北方では仕える主の事を「ご主人様」と呼ぶ事もあるそうだ。


「薬草はあまり採れなかったようだが、今から森に戻るのは許可できん」

「承知いたしました」


 蜥蜴人娘が渋々といった感じに頷いた。

 薄い鞄を見るに、ほとんど採取できなかったのだろう。





「なんだ? 亜人の女子供を攫ってきたのか?」


 砦の門を潜ったところで、イヤミな声が聞こえてきた。

 白く綺麗な鎧を着た4人連れの男達だ。


 言ったのがうちの騎士団の人間なら、拳骨の一つもお見舞いしてやるところだが、さすがにコイツ相手にはできない。


 なにせ――。


「シガ八剣候補様(・・・)は想像力が逞しくていらっしゃる」


 俺が候補を強調して言ったら、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 欠員を埋めるべく、4人の人間が新たにシガ八剣の候補として選抜されたそうだ。

 もっとも、先日王都を賑わしたペンドラゴン子爵様達が帰還したら、すぐにでもシガ八剣の空席は埋まるだろうと、もっぱらの噂だ。


 それ故に、コイツらも危険な最前線に出てきて手柄を立てようと躍起になっているわけだ。


 今のところ、狼の群れやワイバーンくらいとしか戦っていないので、焦りが出始めているのだろう。


「偵察に行ってきたのだろう? 何か魔物には遭遇したのか?」

「いえ、何者かが先に来て掃討した(・・・・・・・・)かのように、森周辺には魔物がおりませんでした」

「ふん、使えん奴らだ」


 ムカつくセリフを残して、シガ八剣候補達は砦の中に戻っていった。


「それにしても――」


 この辺りには年に一度くらい魔物の掃討に来ているが、これほど魔物がいない状況は初めてだ。


「――どうした?」


 蜥蜴人娘と猫人娘が視線を逸らして、気まずそうにしていた。


「いえ、なんでもありません」

「ういうい~。乱獲なんて知らない~?」

「タマ」


 蜥蜴人娘に叱られた猫人娘が、唇の上に拳を走らせるような不思議な動きをしてみせた。

 おそらく、この辺りに伝わるまじないなのだろう。


 すぐに猫人娘の腹の音がクルクルと鳴り、俺達は笑顔になって中庭の野外食堂へと向かった。





「さあ、第七騎士団名物のごった煮シチューだぞ」

「わ~い?」

「ありがとうございます」


 陣に戻ると予想通り食事の配給がはじまっていた。

 砦内の食堂だと狭いので、俺達騎士団は中庭に設えられたテーブルで食事を取る。


「げっ、今日の肉はワイバーンか……」


 期待していたらしき亜人娘達には悪いが、今日のシチューは昨今希にみるハズレだ。

 砦のコズン料理長は腕の良い料理人だが、ワイバーンのクソ硬い肉まではどうしようもなかったらしい。


「うみゃ~」

「美味です」


 そんな声が近くで聞こえた。

 こちらに気を使っての事かと思ったが、二人の表情を見て、それが本心からの感想だと気づかされた。


 どうやら、こんな硬くて筋張った肉がご馳走に思えるほど、酷い食生活をしていたようだ。


「おいおいマジかよ」

「こんな硬くて臭い肉が美味いって?」

「かたうま~?」

「とても丁寧な下拵えがしてあります。調理をされた方は皆さんの事がとても大切なのですね」


 無学な解放奴隷とは思えない口調で、蜥蜴人娘が言う。


「ほう、第三偵察隊が連れてきた娘は良い事を言うじゃねぇか」

「げげっ、コズンのオッサン」


 コズン料理長が現れた。

 調理を終えて、暇つぶしに中庭をぶらぶらしていたようだ。


「誰がオッサンだ。小僧が」

「でもよー、いくら下拵えがしてあったって、こうも獣臭いと不味くて」

「こちらのハーブと一緒に食べてみて下さい。臭みが薄まりますよ」

「はあ? 葉っぱと一緒に喰ったって――げ、マジだ」

「ホントかよ――って、おおっ」


 俺も蜥蜴人娘から貰ったハーブを試してみる。


 ――確かに。


 美食家の家で育った身としては、美味いとは口が裂けても言えないが、確かに臭みが薄まっている。

 これならば食べられない事もない。


「でも、まあ、ワイバーンはワイバーンだな」


 部下の一人が余計な事を口走る。

 たとえ事実でも、ここで言うべきではないだろう。


「なら、もうちょっと美味い動物か魔物を狩ってきやがれ」

「猪でもいれば狩ってくるさ」


 そんなコズン料理長と部下の会話に反応する者がいた。

 蜥蜴人娘と猫人娘だ。


「猪いない~?」

「そうですね、少し遠いですが蛇竜ナーガが飛んでいるのを見掛けました。あれは美味です」

「蛇竜? 蛇みたいなモンなら煮込みかシチューで喰えそうだ」

「煮込みより開いて蒲焼きにするのが美味です。内臓に毒があるのでご注意ください」

「ほう、詳しいな。この辺じゃ、よく喰うのか?」

「そ、それほど食べないと思います」


 おい、待て。

 ちょっと、待て。


 蛇竜ナーガを見た、だと?


蛇竜ナーガか~、どうせなら伝説の『翼ある蛇ククルカーン』辺りを喰ってみたいな」

「おいし~?」

「美味なのですか?」

「昔話じゃ、竜達があまりの美味しさに取り合いをして、大陸を一つ沈めたほど美味いらしいぜ」

「おう、じーざーす~?」

「それは期待できますね」


 馬鹿野郎、翼ある蛇ククルカーンなんかが本当に出たら、俺達は一瞬で全滅だ。


 いや、そうじゃない。

 今突っ込むべきはそこじゃない。


「おい、二人とも。その蛇竜ナーガを見たのはいつだ」

「今朝~?」

「山頂から見ましたが、三つほど海側の山です」

「よく見えたな」

「遠見筒を持っていますから」


 それなら、分からなくもない。

 俺は娘達に礼を告げ、情報を団長に報告に向かった。

 砦の司令との間で、どんなやり取りがあったのかは知らないが、しばらくして鳥人の飛行偵察隊が南の空に出発していた。





「南の森から噴進狼が出たぞ!」


 物見台の兵士が大声で叫んだ。


「ついに出たか、魔物め!」

「門を下ろせ! 出撃するぞ!」

「お待ち下さい。砦で迎え撃てとの司令が――」

「やかましい。騎士が砦の中でなんの役に立つ」


 兵士達が砦の防御を固める最中、空気の読めないシガ八剣候補達が門を開けろと騒いでいる。

 どうやら、砦の司令は厄介払いをする気らしく、シガ八剣候補と随伴の聖騎士達を出陣させていた。


「人間性が腐っていても、剣の腕は確かだ」


 シガ八剣候補の剣から(ほとばし)る魔刃の激しい光(・・・・)がここからでも見えた。

 馬よりも速く駆け回る噴進狼を、巧みに捌いて斬り捨てている。


(あび)ないよ~?」

「ええ、空から魔物が来ているのに、開けた場所で戦うのは危険です」

「――空?」

「あっち~?」


 微かに何かが羽ばたく姿が見える。

 あれは偵察に出した鳥人だ。


「雲の間です」


 蜥蜴人娘が指差す方を見上げると、雲を背景に黒く細い紐が揺れているように見えた。


 同じモノを物見台の見張りも見つけたのだろう。

 激しく警鐘が叩かれ、砦の魔力炉が唸りをあげる。


 やがて、砦を囲むように透明の魔力障壁が生まれた。


『あいあいさ~』

『はい、分かりました。こちらでも確認しています』


 警鐘と怒声の合間に、猫人娘と蜥蜴人娘らしき声が微かに聞こえた。

 そういえば、この子達を避難させるのを忘れていた。


「ここは危なくなる。今のうちに地下壕に避難しておけ」

「あい~?」

「御武運を――」


 猫人娘と蜥蜴人娘が去るのを見届け、俺達は蛇竜迎撃の準備を進める。





「魔力砲、一番三番発射」

「魔力砲、一番発射!」

「魔力砲、三番発射!」


 二条の魔力砲弾が、砦に最接近していた蛇竜を撃ち貫く。

 鑑定持ちの話ではレベル10台の弱い魔物らしいが、竜のように火を吐くので油断すると魔力障壁の向こう側から蒸し焼きにされてしまう。


「切りがない」


 既に30匹は倒したはずだが、まだまだ飛び回っている。

 少し前に山向こうから新しく現れる奴らが、ピタリと止まった(・・・・・・・・)お陰でなんとかなっているが、そろそろヤバそうだ。


「総員通達! 魔力炉の限界が近い。無駄弾を使うな! 固定大型弩(ヘビー・バリスタ)や弓も併用しろ!」


 魔力炉に繋がる煙突から、やばそうな色の煙が上がっている。

 限界は近そうだ。


「げっ、シガ八剣候補サマが戻ってくるぜ」


 応援に戻ってきてくれたのかと思ったら、後ろから100匹近い噴進狼や跳ね熊に猛追され、その遥か後方には、岩射筒や砲撃蛙なんかのヤバ目の奴らまで拾ってきていた。


「勘弁してくれよ」

「まったくだ」


 途中で追いつかれて戦死してくれたら後腐れなくていいんだが、ああいう奴らに限って命根性汚く生き延びるものだ。


「開門! 開門!!」


 面の皮厚く叫ぶシガ八剣候補の声に、誰一人門を開けようとはしなかった。


 門の開閉には時間が掛かる。

 彼一人(・・・)を助ける為に、砦全体を全滅の危機に晒すわけにはいかない。


 彼にも、先に逝った彼の部下である聖騎士達のように、立派に魔物達と戦ってもらおう。


「耳塞いでて~?」


 耳元にはっきりと、猫人の子供の声が聞こえた。

 怖くなって避難壕から飛び出してきたのかと周囲を見回したが、兵士以外は誰もいない。


「いくよ~?」


 嫌な予感がして、両手で耳を塞いだ。

 次の瞬間、リンチに遭ったかのように身体が四方八方から殴られたような衝撃に晒された。


 耳を塞ぎ損ねた兵士達が地面をのたうっている。


 まずい、俺達だけでも魔物達の迎撃をしなければ!

 俺は魔力砲の射手席に滑り込み敵を探す。


「どういう事だ?」


 一匹もいない?


「シメ、シメ、シメ~?」


 かすかに聞こえてくる暢気な声を追いかけて、そちらに視線を向ける。

 黄金色の玉が、地面で蠢く魔物の間を飛び跳ねて、次々と止めを刺していた。


 俺は知っている。

 あれは王都を上級魔族が襲った時に、現れた黄金騎士だ。


 勇者ナナシの従者、黄金騎士団が救援に来てくれた!


「今のうちに、扉の前で伸びているバカを城内に引き入れろ!!」


 砦司令の指示で通用門が開き、シガ八剣候補を砦の中に収容したようだ。


『急ぎなさい。大物が来ます』

『あい~? 分身の術~?』


 黄金色の玉――小さな黄金の騎士が幾人にも分かれて、一斉に魔物達の止めを刺す。

 少し背の高い黄金騎士は白い槍を片手に、南の山頂を睨んでいた。


 でかい。

 ここからでも肉眼で見えるほど、でかい。


 蛇竜にしてはデカすぎる。

 しかも首が二本ある。


『喜びなさい、ピンク。あれは『翼ある蛇ククルカーン』のようです』

『えくせれんと~』


 ピンクのマントを纏った小さな黄金騎士が、扇子のようなモノを両手に持って小躍りしている。

 まさか、たった二人であの伝説の魔物と戦う気なのか?


『私達だけでも勝てなくはなさそうですが、ヘタに傷付けて肉を傷めてはいけません』

『あい!』

『心苦しいですが、ご主人様をお呼びしましょう』


 途切れ途切れにそんな声が聞こえてきた。

 次の瞬間、二人の黄金騎士の隣に扉が現れ、紫色の髪をした白衣の少年が現れた。


 あれは――。


「「「勇者ナナシ!」」」


 砦からの歓声に、勇者ナナシは小さく手を振って、二人の従者と共に強大な敵へと向かっていく。


 その姿に恐れや怯えはみじんも見えない。

 まさに勇者だ。


「勇者様っ」

「負けるなっ」


 砦の兵士や騎士達が祈るように、勇者ナナシの後ろ姿を見つめる。


 俺達は歴史の証人となるのだ。

 勇者ナナシと黄金騎士団が、伝説の魔物「翼ある蛇ククルカーン」を下すであろう激闘を、ただ一瞬の隙間さえなく見つめよう。


 無力な俺達にできる事なんて、それくらいだ。


 翼ある蛇ククルカーンが勇者ナナシを睥睨し、二つの首に炎を溢れさせる。


 ――え?


 翼ある蛇ククルカーンの首が消えた。

 力なく落下する翼ある蛇ククルカーンの本体も消える。


 何があったんだ?


「しゅ~りょ~、みっしょんこんぷり~と~?」

「戦闘は終了しました。蛇竜と噴進狼の死骸の半分は頂いていきます」


 いつの間にか砦の外壁に移動していた黄金騎士の二人が、俺達に向かって告げる。


「残り半分はご自由に。肉が傷むといけないので、血抜きは早めに行なってください」


 いや、ちょっと待ってくれ。

 肉が傷むとか、そういう日常的なシーンじゃなかっただろ?


 激闘は?


 歴史の証人は?


 混乱する俺の肩を誰かが叩いた。


 コズン料理長だ。


「命拾いしたな」

「あ、ああ」


 そうか、そうだな。


 見上げると黄金騎士の姿はそこになく、勇者ナナシの姿も戦場から消えていた。


「――しまった」


 命の恩人に礼の一つも言っていない。


「肉と魔核の回収にいこうぜ。さっきの戦いで砦の備蓄魔核はかなり減ったはずだからな」

「……そうだな」


 俺はコズン料理長と一緒に、解体道具を片手に砦の外へと出た。

 累々たる魔物の死骸が転がっている。


「勇者ってのはすげぇんだな」

「ああ、ここまで違うと、嫉妬も起こらないよ」


 次に会ったら感謝の言葉を言おう。

 だから、せめて今日は生き残った幸運を喜び、美味い肉でも喰って生を実感しよう。


 地下の避難壕に避難したはずの蜥蜴人娘や猫人娘がいなくなっているのに気付いたのは、夕飯を呼びにいった時だった。


 どこに行ったのかは分からないが、きっと大丈夫。


 そんな気がする。


 今度見掛けたら、懐の許す限り美味しい肉をご馳走しよう。



※次回更新は未定です(今月中にもう一回くらいは更新したいのです)。

※7月から毎週更新に復活し16章をスタートする予定です。

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コズン料理長!! 「塩が足りない」タムラ料理長じゃなかったw
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