15-30.天罰(4)、根拠
※2016/11/28 誤字修正しました。
サトゥーです。「自分の事を一番知らないのは自分だ」と言う人もいれば「自分の事を一番分かっているのは自分だ」という人もいます。
でも、一番多いのは、両方を場合によって使い分ける人じゃないでしょうか?
◇
「どうした? まさか本当の正体が見破られるとは思わなかったようだな」
オレを指差したままの軍師トウヤが、してやったりとばかりのドヤ顔でこちらを見る。
「オレは神じゃない――そう言っても信じないだろ?」
「当然だ!」
軍師トウヤは自信満々だ。
「オレが神だと思った根拠を聞かせてもらってもいいか?」
そう問うと、軍師トウヤがニヤリと笑みを見せて語り始める。
「キサマには謎が多い」
軍師トウヤが舞台俳優のように、蕩々と語り出す。
でも、少しナルシストの入った妙なポーズは遠慮してほしかった。
なんとなく、彼は狗頭と趣味が合いそうな感じだ。
「キサマが最初に石板に記されたのはセーリュー市で黒い上級魔族と戦った時の事だ」
確かに書いてあった。
もちろん、石板には「銀仮面の勇者」と書かれていたけどね。
「レベル一桁の者が上級魔族に勝てるはずがない」
うん、あの時は交流欄の公開情報を変更するのを忘れていたんだよね。
「キサマはなんらかの隠蔽系の秘宝を所持しているに違いない。我らはそう考え、その正体を探るべく調査の手を伸ばした」
そう言ったあと、オレの反応を確かめるように、軍師トウヤがオレの瞳を見つめる。
「だが、腕利きの者達にも、キサマがセーリュー市に現れる前の痕跡は見つけられなかった。そう、まるで『星降り』と共に降って湧いたとしか思えないほどの完璧さだった」
いやいや、たぶん、その日に転移してきたんだと思うから、降って湧いたようなものだと思う。
「我らは慎重を期し、決してキサマに接触をせずに行方を追った。そして、報告が上がるたびに、我らは報告者の正気を疑わねばならなかったほどだ」
額に指を当てた軍師トウヤがゆっくりと首を横に振る。
なんとなくムカつく仕草だ。
「古参の上級魔族を次々と屠り、あまつさえ歴代でも有数の強さを誇る黄金の猪王や大怪魚トヴケゼェーラさえも軽々と倒す」
トヴケゼェーラを倒したのは勇者ナナシの姿だったし、過去記録の中にオレとナナシが同一人物だという情報はなかった。
「それどころか邪神と呼ばれた最強の『狗頭の古王』殿や魔神様の落とし子さえも倒してみせた」
――ん? なんだろう?
今、何か違和感を覚えた。
その違和感が何かは言葉にする前に消えてしまったが、代わりに別の疑問が浮かんだ。
「かつて竜神や魔神以外で、狗頭に勝った者はいなかったんじゃないのか?」
オレがそう指摘すると、軍師トウヤが少し嫌そうな顔をした。
彼もその事にはうすうす気がついていたようだ。
「ふん、おおかた『狗頭の古王』殿は復活直後で弱体化していたのだろう」
石板には狗頭がボコボコにされる様を面白おかしく記載されていたが、肝心のオレがどうやって狗頭を倒したかは描写されておらず、不思議な事に、狗頭戦に介入した謎幼女については全く書かれていなかった。
「そして、弱体化されているとはいえ、狗頭殿を倒せるほどの強さを持ちながら、不可解な事に功績全てを隠し、只人として旅を続ける。公にすれば、いかなる栄誉栄華も思いのままだというのに、キサマは物見遊山と慈善事業を繰り返すのみ」
主目的は異世界観光だから。
「キサマの謎の行動に我らは頭を悩ませた。だが、それもとある事象を確認して、全て解けた」
なんだか、軍師トウヤの推理を聞いていると、すごく親近感を覚える。
なんて言うか、推理の迷走具合に既視感があるよ。
「それで? その事象ってなんだい?」
確実に外れと判っているが、一笑に付すのも悲しいからちゃんと先を促す。
決して、同病相憐れむというわけではない。断じて、違う。
「キサマは無詠唱であり得ぬ距離を、あり得ぬ物量で転移を行う。だが、それはいい。そういうユニークスキルを隠しているだけと考えられぬ事もない」
ユニット配置の事かな?
空間魔法でも相当遠くへ飛べるから、どっちの事だろう?
「だが、キサマが対価を支払った様子がない。魔力も命も魂も何一つだ!」
魔力の消費量なんて判らないだろうから、無補給で転移できる限界を超えているって事かな?
「そのような事は神の欠片を与えられ、権能の片鱗を与えられただけの者にはできぬ。そんな不条理が自在に実行できるのは理の外の存在。つまり神だけだ」
なるほど、ユニット配置はそこまで非常識な能力だったのか。
そういえば限界を見極めようと思ってどこまで飛び続けられるかの実験で、シャレにならないくらい際限なく行けたし、重力の底からも難なく脱出できたっけ。
「それに根拠は他にもある」
「なんだい?」
せっかくだから、全部聞いてしまおう。
「――30年だ」
はい?
また、何か聞き逃したのかな?
「まだとぼけるのか? キサマが竜神に敗れて死んでから、まだ30年しか経っていないと言っているのだ!」
苛立ちも露わに軍師トウヤが叫ぶ。
キバがそろそろ本気でヤバいレベルだから、落ち着いてほしい。
彼はザイクーオン神が死んでから30年しか経っていないのに復活した事を言っているようだ。
「確かにヘンだね。理由が分かるなら教えてほしい」
「ふん、あくまで自分がザイクーオン神だと認めぬのだな」
だって、違うし。
「偽勇者としての活躍だけでなく、慈善事業には隠された真の意味があったのだ」
軍師トウヤが「ずびっ」と効果音を背後に背負いそうなポーズで、オレに向かって指差す。
思わず「なんだってー!」と合いの手を入れたい衝動にかられたが、それは自重した。
そんな茶々を入れたら、彼が激昂して魔王になってしまいそうな気がしたからだ。
「勇者の称号なら、ちゃんと持っているぞ?」
ちょっと間違いを指摘して、クールダウンしてもらおう。
「そう、真の意味が!」
軍師トウヤはオレの言葉を完全にスルーして、自分の言葉を続ける。
しかたない、余計な指摘をせずに最後まで聞いてみよう。
「どんな?」
「釈迦に説法だが、聞かせてやろう」
とりあえず、先を促す。
「まず、死せる神が復活する期間は神格によって決まる」
イタチ皇帝はオレの一挙手一投足を見逃すまいと、深く静かに睨め付けている。
軍師トウヤと違い、彼の方は必ずしもオレがザイクーオン神だと確信しているわけではなさそうだ。
「だが、それを短くする方法もまた存在するのだ」
この前に聞いた神託からすると、祈りかな?
「それを短くするには、人々の強く純粋な祈願や敬虔な信仰心が最も有効だ。畏怖や畏敬の念でも早まるが、効率が悪い」
そこまで詳しい事は石板には載っていなかった。
軍師トウヤには石板以外にも情報源があるみたいだ。
「ここまで言えば、今更とぼけるのがいかに無意味か分かったであろう!」
禿頭だった軍師トウヤの頭部にうっすらと、紫色の髪が伸び始める。
どうやら、あの頭は剃っていたようだ。
「つまり、ザイクーオン神復活の為に、人々から祈願や信仰心をサトゥーとナナシの二つの顔を使い分けて集めていた――そう言いたいのか?」
「そうだ!」
ふぁさっ、と軍師トウヤの髪が伸び、腰までのストレートのロングヘアとなった。
「キサマこそ、ザイクーオン神の現し身。分け御霊だ!」
ここまで堂々と宣言されると、本当に自分の正体がザイクーオン神なのではないかとさえ思えてくる。
もちろん、見当外れな迷推理だけどさ。
彼の言い分が事実なら、ザイクーオン神の本体ですらない分け御霊が、狗頭や落とし子に勝った事になる。
これ以上は有益な情報もなさそうだし、世迷い言に付き合うのはこのくらいにして、暇乞いでもしようかな?
◇
「それにキサマには覚えがないか?」
暇乞いのタイミングを窺っていると、軍師トウヤが少し雰囲気を変えてしゃべり出した。
こちらが彼の推理を信じていないのを感じ取ったのかもしれない。
なんとなく、説得口調になっている。
「記憶の整合性がとれない事は無いのか? 記憶が途絶えていた事は?」
――むっ。
これは否定しきれない。
オレが最後に眠った所から若返った姿で「竜の谷」に立っていた記憶も断絶といえば、断絶かな?
若返った理由も不明なら、何者が転移させたのかも不明だ。
「何者かに思考が操作されていると感じた事はないか?」
――むむむっ
……無くはない。
あると断言もできないけど、ヒカルが失踪した時の事をよく思い出せない。
なぜ、あの時に失踪が問題ないと思ったのか、そして再会までの間、ヒカルの事を殆ど心配どころか思い出しさえしなかったのが不思議でならない。
「しようと考えていた事を、いつの間にか忘れていた事はないか?」
ヒカルと再会後に、その事に疑問を持ったにも拘わらず、いつの間にかそれを追及するのを忘れていた。
「思い当たる事があったようだな」
ドヤ顔の軍師トウヤの顔がムカつく。
だが、そんなはずないと否定をすればするほど、その思考自体が外部からの働きかけではないかという疑いが湧き起こる。
そんなオレの心の揺れを、さらに軍師が追い打ちを掛ける。
「認めろ! ザイクーオン神の分け御霊よ」
――ありえない。
だけど、先ほどのように理知的に否定できないほどに、オレの心は揺れていた。
自分の記憶や思考が操作されていると考えるのは、かつてないほどの不安とストレスをオレの心にもたらす。
もしかして。
もしかしたら。
本当に――そうなのかな?
『そんな訳がないでしょ?』
聞き覚えのある声が耳元で聞こえた。
その響きは明らかに呆れ声であったものの、オレの悩みを一瞬で吹き飛ばすような力のある言葉だった。
『落ち着きなさい。私の勇者』
「君は――」
淡雪のように儚い感触と共に、小さな手がオレの首元に抱きついてくる。
それは絵の中にいたあの幼女だった。
◇
――絵の幼女。
オーユゴック公爵城の絵の中に現れ、狗頭の魔王に思考誘導されかけた時に現れた謎の存在。
狗頭の魔王に「パリオン神」と呼ばれ、「魔神の落とし子」と同じく「正体不明」とAR表示される者。
「君は、誰なんだ?」
『私? 私はあなたのヒメ。あなたは私の勇者。私達は永劫を共に歩む比翼の鳥――』
ルルのように聞き心地の良い涼やかな声に、意識を奪われそうになる。
オレの質問を煙に巻いた事を追及する事さえ忘れて、言葉の余韻に浸りたくなってしまう。
「誰と話している?」
「――え?」
軍師トウヤが訝しげに周囲を見回す。
どうやら、彼女の存在は他の者には見えていないようだ。
狗頭の魔王は見えていたようだから、任意に姿を見せる相手を選べるらしい。
「キミはオレの記憶を操作――」
言葉の途中で、彼女はオレの口を幼い指で押さえる。
『私はあなたが願うことしかしない。あなたの望みのままに私はあるの。もし、思い出せないなら、今のあなたに必要のない事。あなたが本当に必要とした時に自ずから解放されるわ』
普通なら信じられないような言葉なのに、オレはなぜか疑う余地のない真実に感じられた。
『納得した?』
「――ああ」
幼女の言葉に頷き返す。
笑顔の幼女の身体が薄くなる。
そうだ、彼女なら知っているかも――。
「君にはザイクーオン神の復活が早まった理由が分かるかい?」
オレは焦燥感に駆られながら、そんな質問をしていた。
『理由? 人々の文明を進めたくない子達が団結したのかしら? 天罰は世界樹に乗ってやってきた七柱全ての神が揃わないと下せないから』
――あれ? また違和感が。
『見なさい私の勇者』
幼女の指し示す大地に、黄色い光が広がっていく。
あれは魔王と使徒が戦っていたあたりだ。
『戦い好きのお馬鹿さんが現れたわよ』
黄色い光が巨大なヒトガタになっていく。
高さ100メートルはあるだろうか?
オレの視界にAR表示されるヒトガタの情報は幼女と同じ――「正体不明」だった。
使徒も同じ表示だが、明らかに違う。
これだけ離れていても、心臓が締め付けられるほどに危機感知が警告を発している。
「あれはまさか――」
『そうよ。そこのお馬鹿さん達にも教えてあげるといいわ』
黄色いヒトガタを見ていた幼女がこちらを振り返る。
『ザイクーオンなら、あそこにいるって』
「あれが、ザイクーオン神?」
「な、なんだと!」
軍師トウヤが、オレの呟きを聞き咎める。
「君はオレに何をさせたいんだ?」
『――何も』
幼女が優しく微笑む。
歳不相応な慈母のような表情だ。
『好きになさい、私の勇者。あなたはいつでもあなたの欲する事をなさい』
そう言って、幼女は空中に溶けるように消えてしまった。
最後に残した言葉は、まるで悪魔か暗黒神の誘い文句みたいだったが、オレへの深い愛情が感じられた。
たぶんだけど、彼女がオレを「竜の谷」に召喚したんじゃないかと思う。
◇
「言え! 誰がここにいた! いや、何がここにいたのだ!」
軍師トウヤがオレの肩を掴んで、強引に振り向かせる。
せっかく、余韻に浸っていたのに酷いヤツだ。
「正体不明の幼女だ」
「幼女? ――パリオン神か!」
だから、正体不明だって。
「トウヤ。そやつがザイクーオン神の分体かどうかなど、もはや些細な事」
皇帝が視線だけで、黄色いヒトガタ――ザイクーオン神を指し示す。
「我が神に与えられた欠片が疼く。あれは間違いなく神――」
気のせいか、イタチ皇帝が一回り膨らんでいる気がする。
「――我らの敵だ」
イタチ皇帝の視界の先で、ザイクーオン神を構成する黄色い光が脈動する。
<<<神罰>>>
畏怖を伴う重い念が脳に直接届く。
帝都の外にいたカガク特車隊が塩化して、白い津波に呑まれて消えていった。
「帝都が白く染まっている?」
「あれは神罰だ」
帝都が端から順に塩に変わっていく。
スラム街の何カ所かで紫色の柱が増えた。
どうやら、転生者の何人かが魔王に変わったようだ。
先ほど帝都の住民を異界に拉致したときに、帝都にいた「ぶれいんず」や転生者は全て運び去ったはずなのに、いったいどこに隠れていたのやら……。
「魔王は塩に変わらないみたいだね」
「当然だ。あれは『定命の者』にしか効かぬ。魔神の眷属であり、『不死身の存在』である魔王にはなんの影響もない」
イタチ皇帝がオレを見る。
「勇者ナナシ、神の力は我が予想よりも強大のようだ。地下に潜るだけでは神罰を防ぎ切れぬ可能性が高い。我が民に情けを掛けてくれるなら、運び出してやってくれ」
「帝城の人達はそのままだが、民衆は既に助けたよ」
「そうか……感謝する、勇者ナナシ」
オレがそう言うと、皇帝の顔に安堵が浮かぶ。
「あんた達はどうする?」
それを見てしまったせいか、オレは皇帝と軍師トウヤにそんな事を聞いてしまった。
「民衆が無事なら良い。だが、地下の石室は守りたい。神の手から守ってくれ」
「分かった。厳重に結界で封鎖しておこう」
殉教者のような澄んだ瞳で言われたからじゃない。
オレにも有用な施設だから守るのだ。
「我らは神を倒す」
紫色の燐光に包まれた皇帝が、軽々と玉座から立ち上がる。
「今代の大魔王として、神に挑み屠ってくれよう」
皇帝が両手を地面に突き、紫色のケモノへと変じていく。
「もし、神を滅ぼした後に、我が理性を失ったケモノであれば、貴公の超常の力で倒してほしい」
皇帝の決意は固いらしい。
「分かった」
「感謝する。勇者ナナシ」
ケモノとなった皇帝が巨大化して、謁見の間の高い天井すら突き破る。
「我らは神を倒す」
「そうか」
頑張れ、とも、止めろ、とも言えず、オレは皇帝を見送る。
「あんたは行かないのか?」
「私の出番は最後だ。帝城という最後の大花火を上げるのが、この身の役目ゆえ」
オレの問いに、途中から時代がかった言葉で、軍師トウヤが答える。
たぶん、神に反旗を翻したけじめを付けたいのだろう。
「爆発はロマンだ。それに神を巻き込めるなど、これ以上ないロマンだと思わぬか?」
そういえばこういうヤツだったっけ。
「そうだな」
「ああ、そうだとも」
彼方で魔王達と戦う黄色いヒトガタを見ながら、軍師トウヤが噛み殺すように嗤う。
その昏い横顔に、狂気を感じ背筋が寒くなった。
最後まで見届ける必要はないだろう。
全てが終わる頃に、また訪れればいい。
城に残っていた官僚や女官達も、脱出用の垂直離着陸機で帝都を去ったようだ。
宮殿騎士団や軍人達は未だに使徒と戦い続けている。
「――さらばだ」
オレらしくない別れの言葉を呟き、オレは石室の封印をしに向かう。
すべての役目を終えたオレは、白く死に往く帝都を去った。
※次回更新は 12/4(日) の予定です。
「イタチ大魔王VSザイクーオン神」は少し後になります。
しばらくはサトゥーや仲間達のお話になる予定です。
※カドカワBOOKS公式サイトに9巻の書影が公開されています。
http://kadokawabooks.jp/product/108/







