14-41.飛竜の王国(8) 偽使徒
※2016/4/7 誤字修正しました。
サトゥーです。疲れていると妙に怒りっぽくなる気がします。温かいお風呂にゆったり浸かって、たっぷり睡眠を取れば改善されると分かっていても、そんな贅沢な時間はなかなか取れないのです。
◇
セーラの魔法で鎮まった広場を、白い法衣の神官がこちらに歩いてくる。例の偽使徒だ。
目深に被ったフードは鼻の辺りまでを隠しており、その容貌を窺えない。フードの陰から零れる長い髪は薄青い色をしている。
――転生者じゃないのか?
偽使徒は怪我をした者達に悲しそうな視線を向けるものの、回復魔法を掛けてやるような様子はない。
オレ達の10メートルほど手前で足を止める。
間合いの外のつもりだと思うが、瞬動を持つマッチョ戦士や王子からしたら既に間合い内だ。
「――軍人が一般人を傷つけるのか」
偽使徒の少し低いハスキーな声は、怒りに震えている。
「邪気消去」や「平静空間」の魔法効果を受けていてなおも怒れるとは、よほどカルシウムが足りていないとみた。
「あん? なんだてめぇ?」
「気を付けろ、何か策があるやもしれん」
偽使徒の呟きを耳にしたマッチョ戦士が訝しげに眉をひそめ、竜牙槍を構えた王子が注意を呼びかける。
先ほどのセーラの魔法で、王子も冷静さを取り戻してくれたらしい。
参謀風の知的キャラポジションに戻ってくれて良かった。
「シビリアンコントロールされない軍など、ただの暴力機関にすぎん」
偽使徒が偉そうな口調で、どこかで聞きかじったような言葉を紡ぐ。
文民統制されていても暴力機関には違いないと思う。
それに、文民統制なんて概念はこっちの世界にはないんじゃないかな?
なんとなく、説得以前に会話が成立しなさそうな嫌な予感がする。
「ただの暴力集団など、ヤクザと同じ――」
フードの中で双眸が紫色に輝く。
「おい、嫌な予感がする」
「真か? お前の勘は無下にできん」
マッチョ戦士の呟きに王子が苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「我が『無限塩製』で塩となれ!」
――おいおい。
どこかで聞いたような能力名に脱力してしまい、少し出遅れた。
紫色の燐光を纏った偽使徒の足下から、白い霧が吹き出して周囲を白く染めていく。
白い津波が途中にあった草や灌木、岩を呑み込んでいき、背後に白いオブジェ――おそらく塩に変じたモノを残していった。
どうやら、有機物も無機物も関係なく塩に変える能力らしい。
AR表示されるヤツのMPが減っているから、魔力を消費するタイプの能力のようだ。
「こりゃ、やべぇな」
「退くぞ――ペンドラゴン卿も、早く!」
マッチョ戦士と王子が素早い戦略判断で踵を返す。
塩に変わるスピードが加速度的に速くなっていくが、彼らの身体能力ならばなんとかなるだろう。
「――ていっ」
ストレージから取り出した小玉椰子を偽使徒の顔面に投げつけた。勿論、手加減は万全だ。
ボグッと音を立てて偽使徒の顔面にめり込み、ヤツの意識を刈り取った。
ヤツを倒しても塩の波は止まらない。
「…… ■■■ 神威光障壁」
セーラの上級光魔法が発動し、煌めく光の障壁が生まれる。
障壁に触れた塩が薄紫色と青色の火花を散らす。
彼女の姉であるリーングランデ嬢が使っていたのと同じ「詠唱短縮」スキルをモノにしたらしく、予想より魔法の完成が早かった。
レベル43しかない彼女が「神聖魔法:テニオン教」と「光魔法」の二つを上級まで覚えられたのにはアリサも驚いていた。
「祝福の宝珠」を重ねて使うとスキルレベルを底上げできるか、という実験は成功だったみたいだ。
◇
偽使徒から「魔力強奪」でMPを根こそぎ奪う。
さらに、魔力が回復しないように棘蔦足のロープで縛っておいた。
「子爵様、お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
そこに関所の兵士達が駆けてきた。
マッチョ戦士と王子は関所の門の所で引き留められているようだ。
「サトゥーさん、怪我をした人達の治療をしたいのですがよろしいですか?」
オレは先にマップで工作員の現在位置を確認する。
取り残された怪我人以外は、少し離れた場所で三つほどのグループに分かれており、工作員達はそれぞれのグループに二人ずついるようだ。
「ええ、構いません」
セーラの訴えを承諾し、隊長にセーラの護衛をお願いする。
偽使徒の監視も兵士達に頼んでおいた。
オレは小用だと言い訳して、一人草むらに足を踏み入れる。
偽使徒を尋問する前にするべき事があるのだ。
「――タマ」
「よんだ~?」
ぴょこん、と足下の影から顔を出したのは、ピンク頭巾の忍者タマだ。
ユニット配置でここにタマを呼ぼう、と独り言を呟いただけなのだが、自力で現れるとは……。
どうやら、タマの忍術は影魔法の「影渡り」と同じ事ができるらしい。
オレは草の間にしゃがみ込み、タマの前に「幻影」の魔法でマップを表示してやる。
「ここが、現在位置、これが向こうで、この赤い点が容疑者だ」
「あいあいさ~」
まだ説明の途中だったのだが、タマが影の中に埋没し、流民達の方から悲鳴が届いた。
「子爵様! 向こうで何かあったみたいです」
「大丈夫です、私の手の者を派遣しただけですから」
草むらの向こうから呼びかける兵士に、問題無いと返事をしておく。
やがて忍者タマの活躍が終わったらしく、五人の工作員達が簀巻きになって影の中から飛び出てきた。
影空間で運ばれたせいか、全員昏倒している。
「悪者確保~?」
「ありがとう、タマ。夕飯のリクエストはあるかい?」
「イエス、はんばーぐ~?」
「了解。今日はハンバーグのフルコースだ」
オレがそう告げると、タマは嬉しそうに「喜びの舞」シークレットバージョンを踊ったあと、影の中に消えた。
「そ、そいつは?」
「今回の元凶ですよ」
工作員の一人を引きずって戻り、残りの工作員運搬は兵士達に任せる。
どうやって連れてきたか隊長に聞かれたが、「秘密です」と答えて煙に巻いておいた。
きっと、シガ王国諜報員が潜んでいるとでも解釈してくれただろう。
◇
「――私は負けたのか?」
偽使徒が目を覚ましたようだ。
「これは魔力を吸う類いのロープだな?」
偽使徒の質問に首肯する。
兵士達は工作員奪還に集まってきた流民の男達の対応に行かせてあるので、偽使徒の前にいるのはオレとセーラだけだ。
怪我を治し終わった流民達は母集団の方に戻らせてある。
「なぜ、私や王子達を殺そうとしたんだい?」
「お、王子?」
オレは偽使徒の前にしゃがみ込み、理由を問い正してみた。
王族を手に掛けようとした事を知った偽使徒が、目に見えて狼狽する。
予想以上に小市民らしい。
「み、民衆を害する軍など滅べばいい」
どうやら、聞かなかった事にして、話を進める気のようだ。
「先にスィルガ王国の国民を誘拐し、人質にして害したのは彼らの方です。王子達は自国民を助け、犯罪者を処罰したにすぎません」
「だ、だが――こ、殺す必要はなかったはずだ」
セーラの正論に、偽使徒が苦しい反論をする。
ディベートなどの経験が乏しい感じだ。
どうやら、なんらかの思惑があったわけではなく、軍人に一般人が殺されたから深く考えもせずに飛び出してきたという事らしい。
ユニークスキル持ちとはいえ、そんなに短絡的な考え方で、よく今まで生きてこられたものだ。
「あのトカゲ達は明らかにニンゲン達よりも強かった」
「だから、自国民を害した賊を殺さずに捕まえろ、と?」
「そ、そうだ!」
――うん? 微妙に人種差別発言が飛び出したぞ。
セーラが偽使徒の言葉を聞く姿勢をみせたせいか、冷え冷えとしたセーラの口調に気がつかずに同意する。
セーラは弱者には優しいが、公爵家の直系だけあって秩序を乱す者には厳しい。
「それになんの意味が?」
「い、意味?」
困惑した様子の偽使徒にセーラが言葉を続ける。
「もし、彼らを生かして捕らえた場合どうなるかご存知ですか?」
セーラが言葉を切るが、偽使徒は黙して語らない。
「盗賊であろうと投降した者は犯罪奴隷として労働に従事させられるものの、死刑になる事はまれです」
「そ、そうだ!」
話の途中で反射的に口を開いた偽使徒を、セーラが冷たい視線で黙らせた。
完全にセーラのペースになっている。
「それはあくまで、盗賊が害したのが平民の場合です」
「いったい何を? ……あっ」
どうやら、偽使徒もセーラの言いたい事が分かったようだ。
「王族に剣を向けた者は死罪程度では済まされません。反逆罪で一族郎党が全て極刑に処されます。この場合なら、彼らの所属していた流民全てが対象になるでしょう」
セーラの言っている事は少し大げさだが、王の裁量一つで全員処刑コースもあり得る。
どちらかというと、その後の投石の方が問題視されそうだが、その辺は工作員達とその母体である「共食い蛇」という謎集団に全てを被せてしまおう。
「ひ、人に――」
呟いた偽使徒の身体を紫色の波紋が走る。
おっと、こんな所で暴走は止めてくれよ。
魔王化してもなんとかなるが、こんなに沢山の目撃者がいる場所では勘弁してほしい。
「――人に上下など無い!」
棘蔦足のロープを塩に変えて切った偽使徒が、そう叫びながら立ち上がった。
塩に変わった物体がドサドサと偽使徒の足下に落ちる。
舞い上がった塩の結晶が、陽光を反射してキラキラと煌めく。
スレンダー過ぎる上半身を長い紫色の髪が隠し、つるんとした下半身は舞い上がった塩の煙幕が覆い隠す。
オレは格納鞄から取り出した量産品のマントを偽使徒に投げ付けた。
「――服を着ろ、露出狂」
一部マニアには絶賛されるであろう美少女の裸体だが、オレの好みの範囲から逸脱しているので見ていても嬉しくない。
もう5年くらい経ってからなら、喜んで鑑賞しよう。
『なっ、誰が露出狂だ――うえぇっ』
ようやく自身の状況に気がついた偽使徒が、自分の身体を押さえてペタンと地面に座り込んだ。
真っ赤になりながらオレの投げ渡したマントで身を隠す。
よほど焦っていたのか、言葉が日本語になっていた。
ロープを切るときに制御を失敗して、自分の服やカツラまで塩に変えてしまったようだ。
転生者の偽使徒、謎集団の工作員、人族至上主義の流民達を順番に眺める。
はてさて、落としどころはどうするのがベターかな。
後始末を済ませて、はやく物見遊山に移りたいものだ。
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4/9(土)12時 発売当日、 「14-43.戦乱の王国(1)都前の激戦」
4/10(日)はいつも通りに更新予定です。
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