14-33.研究と日常の一幕
※2016/2/15 誤字修正しました。
※2016/8/10 一部修正しました。
サトゥーです。日常が平和とは限りませんが、たまには仕事を忘れて趣味に没頭するのも大切だと思うのです。その結果修羅場に陥るのは受け入れるべきでしょうが……。
◇
「ふむ、思ったよりも再現に苦労しなかったな……」
ふわふわと浮かぶ試作版の「飛空核」を眺めて呟く。
「流石は私のサトゥーですわね」
「いいえ、ティナ様。私達のサトゥーですよ」
オレの背後で、見物に来ていた王女とセーラが妙な牽制をしあっている。
にっこりと微笑み合う姿に、竜虎の幻影が見えるようだ。
強いて言うなら、オレはアーゼさんのモノだと嬉しい。
「――ところで、サトゥー。この魔法装置は空力機関とは別物なのですか?」
「ええ、全く異なる理論から成ります――」
王女の良い質問に、研究の成果を伝える。
魔力を風属性に変換し浮力を発生する空力機関とはアプローチが異なるのだ。
この飛空核は高純度の闇石を主素材にして作られ、闇石の持つ「吸収」効果を重力に作用させ、核となる場所に働く重力を吸い取ってしまうファンタジーな力を発揮する。
物理の先生に聞かれたら、重力について長々と講義されてしまうような非科学的な仕組みだ。
なお、反重力のように重力の方向を反転させるのではないらしい。
魔法の相殺や暗室作り以外に使い道のなかった闇石が脚光を浴びそうだ。
「きゃぁああ」
「ティナ様!」
好奇心に負けた王女が「飛空核」に近付きすぎて効果圏内に入ってしまったらしい。
無重力でふわふわと浮かんでいた王女を助けようと飛び出したセーラが、王女にぶつかってくるくると多軸回転を始めてしまった。
そのうち効果範囲外に出るとは思うが、年頃の娘さん達のスカートが捲れて下着が見えたままにするのもまずいだろう。
オレは「すぐに助けます」と呼びかけてから、「理力の手」で二人を優しく捕まえて安全圏の地上へと降ろす。
「――見ました?」
王女が頬を赤く染めて、上目遣いに尋ねてきた。
「回転が速かったので大丈夫でしたよ」
むろん、嘘だ。
王女はサイドに雪の結晶のような刺繍のある白いショーツ、セーラは元神官とは思えない際どいカットの紐パンだった。実に良――もとい。実に、けしからん。
前者は普通の絹、後者は公都産の翡翠絹を使ったモノだ。
以前はドロワーズに胸帯というシガ王国の標準装備だった王女やセーラだったが、孤島宮殿でアリサ達と暮らすうちに影響を受けて、現代風の下着に替えたらしい。
エチゴヤ商会製のものだと思うので、商会のラインナップにガーターベルトを追加するように指示しておこう。
「責任――取ってくださいね」
「そんなに心配しなくても見えていませんでしたよ」
軽い口調と裏腹に真っ赤になったセーラが冗談か本気か判断しづらい発言をする。
オレはそれを軽口で誤魔化し、二人の手を取って研究区画から外に出た。
「ご主人様~?」
「ご主人様、なのです!」
オレを見つけたタマとポチが飛びついてきた。
二人とも、黄金鎧装備なので碧領か迷宮へ遊びに行くのだろう。
「お出かけかい?」
「いっつ、ぴくにっく~?」
「ルルにお弁当を作ってもらったのです」
オレが問い掛けると、二人が妖精鞄から取り出したお弁当を見せてくれる。
「にっくにくにく~肉バーガ~?」
「今日はステーキでハンバーグを挟んだ肉バーガーなのです!」
包みを開けようとする二人を抑え、斥候眼鏡で敵の強さを確認するように言い聞かせてから、碧領へのゲートに送り出した。
この「斥候眼鏡」は装備者のレベルを基準に、大ざっぱに「弱い」「やや弱い」「同じくらい」「強い」「絶対に勝てない」の5段階で敵の強さを表示する自作魔法道具だ。
情報が少ないのはポチやタマ用のチューニングをしたからである。
アリサは数値で表示しろと主張していたが、分かり易い方が良いと思う。
次にリビングに行くと、アリサとミーアが分厚い本を広げていた。
オレ達に気付いたアリサが、くりんと振り向く。
「ご主人様、さっきアーゼたんから通信が入ってたわよ。なんか、ベリウナン氏族のハイエルフから抗議が来たんだってさ」
「ああ、あれか――」
ルモォーク王国の影城で手に入れた建材の分析を、研究好きのブライナン氏族だけに頼んだのを聞きつけたのだろう。
ベリウナン氏族はブライナン氏族をライバル視しているので、連絡先の判っているアーゼさんに文句を言ったに違いない。
両者の能力には違いがないのだが、試料が少なかったので片方を選ぶ必要があったのだ。
そのため、距離的に近く功を焦る傾向のないブライナン氏族の方を優先してみた。
「用件は分かったから、アーゼさんに連絡した後で直接ベリウナンの森まで行ってくるよ」
「他の大陸までご苦労な事ね……通信でいいんじゃない?」
たぶん、直接行く用事ができるだろうからね。
◇
「これが、その試料か?」
アーゼさんに遠話で詫びを入れたあと、オレは一人でベリウナン氏族までやってきていた。
話す相手はベリウナン氏族のハイエルフであるサリサイーゼさんだ。
白衣が似合う知的美女だが、顔立ちはアーゼさんと全く同じなので違和感が半端ない。
ハイエルフは彼女達の創造神が最初に作った7種の原型からしか派生しないそうなので、同じ容姿の者が多いらしい。
このベリウナン氏族には5人のハイエルフがいるが、2人が同じ顔なのでよく名前を呼び間違えそうになる。
それはさておき――。
「ええ、私が分析系の魔法で解析した限りでは、術理魔法の『盾』や『立方体』を構成する疑似物質の亜種――」
「おっと、検証前に余計な情報を入れるのは止めてほしい」
オレの分析魔法はヒカルからのヒントと「全マップ探査」を基に作った特定アイテムの構成素材を、竜脈の情報回線から吸い上げるというモノだ。
手に入る情報が細かすぎる上に、魔法の実行中はメニューを開く事もできないほど処理能力を必要とするので、あまり多用したくない。
かみ砕いて言うと、過負荷で頭が痛くなるうえに疲れるのだ。
試料を受け取ったサリサイーゼさんが、鼻歌を歌いながら解析装置を起動していく。
知的美女の楽しそうに動くヒップラインを眺めていると、室外から二人のハイエルフが姿を現した。
「サトゥー! こんな所にいたのか!」
「まったく、何度呼んでも来ないから待ちわびたぞ!」
双子のように同じ顔をしたハイエルフ達に連行されて、ベリウナンの世界樹の天辺にある展望台へと向かう。
なお、実験に夢中なサリサイーゼさんがオレを気にする様子はなかった。
「さあ、君のアイデアを基にした虚空専用の擬似精霊『のーちらす・すりー・ふるばーにあん』を見に行くぞ!」
「虚空の彼方に消えてしまった『のーちらす・つー』と違って、今度のは機動性抜群なのだ」
二人に連れられていった展望台で、擬似精霊を見物する。
前に見た無印の「ノーチラス」と違って、目の前に現れた「ノーチラス・スリー」はオウム貝という名前からかけ離れた形をしていた。
どちらかというと細長い「牛の角貝」の方が近い形をしていると思う。
「すごい機動力ですね」
確かに二人が自慢していたように、素晴らしい加速性能と軌道修正能力を持っている。
「そうだろう、そうだろう」
「これでブライナン氏族の『ぶるぐとむあい』に勝てる!」
気を良くした二人が、子供のように胸を反らして得意そうにする。
ブライナン氏族の「ブルグトム・アイ」というのは目玉型の疑似精霊で、機動力よりもレーザーによる遠距離射撃性能を重視したヤツだ。
前にオレがクラゲ退治した時の集束レーザーに影響を受けて作ったと言っていた。
さっき「ノーチラス・スリー」の擬似精霊召喚魔法は耳コピしたので、前に聞いた「ブルグトム・アイ」の呪文と合わせて、高機動高火力の擬似精霊召喚魔法を作ってみるのもいいかもね。
「――よし、対戦だ!」
オレの称賛に気を良くしたハイエルフがさっそく「無限遠話」の魔法で、ブライナン氏族のハイエルフに勝負を挑んでしまった。
オレが新型擬似精霊対決の審判を務めることになってしまったのは必然なのか?
両氏族には試料の分析で力を借りているし、これくらいはいくらでもやってやろう。
◇
「――それで勝負はどちらが勝ったの?」
「引き分けです」
審判を終えたオレはボルエナンの森にある樹上の家へと戻り、お茶をしながらアーゼさん達に事の顛末を話していた。
高機動のノーチラス・スリーは全てのレーザーを避けきったが、パルス・レーザーの弾幕を突破するには至らず、両者魔力欠乏となり引き分けで終わった。
次の目標は性能を落とさずに燃費を良くする方法を模索する事らしい。
気の長いエルフ達にしては、あの2氏族のハイエルフ達は生き急いでいる気がする。
そんな事を考えていると、右腕にふわりとした温かさを感じた。
視線を落とすと、アーゼさんがオレの右肩にもたれ掛かっている。
「えへへ~」
嬉しそうなアーゼさんの頭に、オレの頭を軽く乗せてやる。
対面のソファーに座るルーアさんが、砂糖を吐きそうな顔でこちらを恨めしそうに見ていたが、いつもの事なので軽くスルーしておく。
アーゼニウム分を補給できたところで、ここに来た本題に移ろう。
「アーゼさん、浮遊城というモノをご存知ありませんか?」
「この前、サトゥーが影みたいな使徒と戦ったって言っていた場所のこと?」
「ええ、あれに限らず、他にもあったのか、などを――」
顎の下に人差し指を当てたアーゼさんが、天井を見上げながら記憶を探る。
「う~ん、分かんない」
てへへ、とばつが悪そうに笑いながら、世界樹にいる私の記憶に尋ねるのが良いと思うと呟いた。
やはり昔話は亜神モードのアーゼさんに聞くのが一番みたいだ。
オレはアーゼさんと一緒に世界樹へと向かった。
「――浮遊城ですか? 三万年ほど前に神々が信仰心を集めるために、当時の宗教国家に与えたのが始まりですね」
世界樹に預けた記憶と繋がったアーゼさんがオレの質問に答えてくれる。
「神々は地上に幾度も洪水や噴火といった天変地異を起こし、地上の国々を壊滅寸前に追い込む事で浮遊城の人達から濃い信仰心を集めていたのです」
自作自演というにはエグ過ぎる。
「地上で僅かに生き残った人達は、浮遊城の人達から奴隷同然の扱いを受け搾取の限りを尽くされていたそうです」
当時、世界の調査を行なっていたハイエルフ達があまりの地獄絵図に耐えきれず、世界樹で眠りにつく事になったらしい。
「その時期に現れた最初の魔王『狗頭の古王』が多くの浮遊城を海や地上に叩き落としたと聞き及んでいます」
ああ、狗頭が宗教関係者を極端に憎悪していた理由はコレか。
「『狗頭の古王』の魔手から逃れた浮遊城は幾つかあったのですが、『狗頭の古王』が復活するたびに執拗に落として回ったので、2000年前に今のサガ帝国の首都近くに落ちたのが最後の記録ですね」
「ルモォーク王国に落ちた浮遊城の情報は何かありますか?」
オレが問うと、アーゼさんが目を閉じて情報を検索する。
周囲に浮かぶアーゼさんの記憶が走馬燈のように映像を浮かべた。
「他のハイエルフ達の記憶にも問い合わせましたが、記録にありません」
――記録にない?
「恐らく、墜落したのではなく、自主的に地上に降りたのでしょう」
「漆黒の浮遊城というのは魔神が創ったものの特徴ですが、最盛期の9割が魔神の創ったものだと言われているので、特定は難しいかもしれません」
「そんなに、ですか?」
「ええ、直接は知りませんが、神々から神力や権能と引き替えに浮遊城を作る事を請け負っていたと言われています」
ふむ、魔神は職人兼商売人のような立場だったわけか。
今の鼬人族のようなポジションだったのだろう。
結果的に人類は激減し、彼の配下である狗頭によって滅亡寸前までいった、と。
「最後に、もう一つだけいいでしょうか?」
オレはアーゼさんに、魔神が浮遊城に住んでいた事があるのか尋ねてみた。
答えは――否。
少なくともハイエルフ達の知る限りでは、「神々が浮遊城で暮らしていた記録はない」との事だった。
◇
「ロリコンに目覚めたの?!」
アリサが空中に浮かべた映像を見て嬉しそうに叫ぶ。
とんだ風評被害だ。
「違うよ。アリサを助けに向かう途中に見つけた遺体の写真さ」
アリサを助け出す前に行ったガラス筒の並ぶ部屋にあった、謎浮遊物がピンク髪の幼女の遺体だったのだ。
アーゼさんの話だと2000年以上も前の遺体なのに、経年劣化や損傷した様子がまったくない。
遺体の浸かっていた保存液のサンプルが複製できないか研究しようと思っている。
「案外、仮死状態だったりして」
「さすがに無いだろう――」
そう答えつつも、死にたてほやほやに見える遺体の写真を見ると、否定しきれない。
一度、公都の巫女長さんに復活できないか試してもらおう。
ルモォーク王家の墓に入れるのは、その後でも良いよね。
「ところでさ、ご主人様が――」
言い淀んだアリサが唇を噛みしめる。
「――タイムトラベラーって事はないよね? 大昔にルモォークでピンク髪の幼女を量産して現代にやってきたとか?」
「無い無い」
アリサの戯れ言を軽い口調で否定する。
彼女が本当に聞きたかったのは「影城で見つけたオレに似た絵」の事だろう。
アリサはオレの正体が魔神でないかと聞きたかったに違いない。
「――違うよ。単なる他人のそら似さ」
「そ、そうよね」
縋り付くようなアリサの頭を優しく撫で、安心させるために抱き寄せてやる。
アリサの心配ももっともだが、アーゼさんの記録の話からして、パラレルワールドのオレもしくはその親族を召喚した王様が、王族の遺伝子を操作させてピンク髪の遺伝子操作児を作らせたと考えた方がありそうだ。
普通に考えて、人間ならともかく、魔神がそんな事をする理由がないもんね。
◇
――にゃにゃんにゃーにゃにゃん。
抱きしめるアリサの肩から力が抜けた頃、壁の緊急通信装置がアラームを鳴らした。
――にゃにゃんにゃーにゃにゃん。
これは――。
「――タマに何かあったのかしら?」
オレを見上げるアリサを離し、「遠話」を発動させる。
二人の現在位置は碧領の都市から少し離れた山岳地帯だ。
「タマ! 何があった」
『瀕死でピンチ~?』
その言葉を聞いたオレはユニット配置で碧領の都市へ移動し、そこから二人のもとへとゲートを開いた。
手元にユニット配置で引き寄せなかったのは、マップで表示された二人の体力が安全圏にあったからだ。
「ご主人様~?」
「ご、ごめんなさいなのです。ポ、ポチが殺しちゃったのです」
尻尾を足の間に隠したポチが耳をぺたんとさせて、オレを見上げる。
ポチの近くにはズタボロになって、死んだふりをする体長30メートルほどの白い下級竜の姿があった。
下級竜は茶色や群青色が多いから、この下級竜は白子なのだろう。
「狩っちゃだめな子だって、確認しなかったポチのせいなのです」
「だいじょび~、ギリギリで止めた~」
タマが落ち込んだポチの頭を撫でて慰める。
二人に与えた「斥候眼鏡」で竜を見ると「狩猟禁止」と表示されるのだ。
ポチはよく確認せずに戦闘に突入したのだろう。
「ご主人様から貰った上級のエリクサーも使ったけど起きないのです」
ポチ用の薬じゃ、下級竜の巨体を癒やすには量が足りないだろう。
「すぐに癒やしてあげるよ」
オレは魔法欄から上級水魔法「快癒」を使用する。
禁呪の「治癒竜泉」を使うまでもないだろう。
なぜか、水系の最上級魔法には竜の名を冠する呪文が多い。水竜なんて見たことが無いのに不思議な話だ。
癒やしの水流が下級竜の汚れた鱗や地肌が剥き出しの傷痕を癒やしていく。
千切れかけていた腕や翼も元通りに癒えていくが、折れた角や牙、切断された尻尾は再生しない。
そういった欠損部位は、魔力を過剰供給したエリクサーでさくさくと再生させていく。
「目を覚ましたのです!」
大声を上げたポチを見て、竜が腹を上にした降参のポーズを取る。
よっぽどポチとの戦いが怖かったのだろう。
「ポチはもう攻撃したりしないから、起きてほしいのです」
――LYURYURYUUU?
「全力で戦えてポチは満足なのです」
――LYURYURYUUU。
不思議と会話が成立しているようだ。
下級竜は言葉を持たないから、そんな気がするだけだが。
――LYURYU。
ポチの前に下級竜が首を差し出して、頭の上を指差す。
「乗せてくれるのです?」
「タマも乗りたい~?」
――LYULYU。
目の動きで肯定を示した下級竜がポチやタマを乗せて空を舞う。
下級竜の称号が「ポチの騎竜」になっていた。
もしかして、ポチは「竜騎士」の称号でも得たのかと思って見てみたら予想外の称号がついていた。
――勇者の称号は死線の先にこそあるのだよ。
そう言ったのは「不死の王」ゼンだ。
ポチは単独で下級竜を打ち倒し、勇者の称号を得た。
リザには話すとして、ポチがもう少し成長するまでは称号の事はヒミツにしておいた方がいいかもね。
その辺はリザやアリサを交えて家族会議で決めよう。
とりあえず、孤島宮殿の山頂に下級竜の巣でも作るとしようか。
エチゴヤ商会の庭に居座る幼竜には気付かれないようにしないとね。
※次回更新は 2/21(日) の予定です。
※活動報告にバレンタインSS(2016)が投稿してあります。よろしかったらご覧下さい。
※「重力波を初観測」されたそうですね。実に素晴らしい。







