14-25.雪の王国(6)
※2016/4/22 誤字修正しました。
サトゥーです。大学時代にペット可の下宿で猫を飼っていた事があります。ぼろい下宿だったせいか、目が覚めたときに得意そうな顔の猫と、供物のように並べられたGの死骸を目にすることが何度かありました。困ったものです。
◇
冬将軍が飛び込んできた士官と一緒に軍令部に向かった部屋で、甘芋焼酎の酒杯を傾けながらマップを開いて状況を確認する。
東南にある山岳地帯からコゲォーク王国の軍勢が侵入してきたらしい。
正規の街道のある場所より、かなり南側だ。
――人馬族?
コゲォーク王国は人族の国ではなかったようだ。
生ケンタウロスか……見物に行こうかな?
そんな事を考えながらマップの詳細情報をみていると、最寄りの村を襲いに行ったらしき小部隊の動きがおかしい。
まるで、何かから逃げるように本隊に向かっている。
噴進狼とでも遭遇したのかな?
それにしてはコゲォーク王国軍に死人がいない。
昏倒や凍傷になっているだけだ。
オレは「遠見」と「遠耳」の魔法を発動して、現場を確認する。
『ま、魔族だ! 雪の魔族が襲ってくる』
『逃げろ! 踏まれるぞ!』
吹雪の中、暖かそうな毛皮付きの鎧を身に纏ったケンタウロス達が、必死の形相で雪中を疾走している姿が見えた。
彼らの言葉も東方諸国語らしい。
『うわぁあああああ』
『トミー!』
『アイツはもうダメだ。早く逃げるんだ!』
――おや?
ドスンドスンと飛び跳ねる白い物体には見覚えがある。
食糧輸送に使っていた雪だるまゴーレムだ。
魔核を使っていない使い捨てタイプだったから、最後の村で運搬を終えた後は村を守る設定で放置していたっけ。
三箇所ほどしか放置していないはずなのに、偶然引き当てるとはケンタウロス達も運が悪い。
『我こそはコゲォーク王国第三王子レタロミーなり! 魔族よ! 我が宝槍の錆となれ!』
――おお、凄い。
宝槍の先端についた風石の力だと思うが、空を飛ぶような速度で加速して騎乗突撃を行なった。
ズボッと鈍い音がして、雪だるまゴーレムの腹が突き破られる。
「見たか! コゲォークは最強な――」
勝ちどきの途中で、雪だるまゴーレムの拳骨がレタロミー王子の頭上から降り、彼を雪中深くに埋没させる。
腹にできていた空洞がフィルムの逆回しのように復元し、元気に他のケンタウロス達の追撃を再開した。
映像で見ているとコミカルだが、逃げるケンタウロス達は真剣そのものだ。
魔物以外は非殺傷設定にしてあるので、今のところ誰も死んでいない。
『王子をお救いせよ! 火炎獣前に!』
少し偉そうな指揮官が房のついた短鞭を振ると、軍勢の先陣にいた口から火の息を漏らすアリクイのような魔物が八頭やってきた。
どうやら調教された魔物らしい。
たぶん、この魔物を雪中行軍の補助に使っているのだろう。
『焼き払えぇええええ!』
雪を赤く照らし、炎の帯が雪だるまゴーレムを溶かす。
だが、このまま溶かされてしまうほど雪だるまゴーレムは甘くない。
――MVA。
炭団の口を器用に開いた雪だるまゴーレムが、一声吼えたあと、氷柱混じりの吹雪のブレスを吐く。
――KUGYWEEEEEE。
――KYSHUUUUUUW。
――MVA。
火炎と吹雪が入り乱れ、白い靄で映像が見えなくなっていく。
「あっつぅううううううう」
「さ、寒っ。凍えるぅうう」
どうやら熱い蒸気と冷たい吹雪で、周りのケンタウロス達は散々な目に遭っているらしい。
これで、少しは戦争が嫌いになってくれたらいいんだけどね。
コゲォーク王国の軍勢が雪だるまゴーレムに追われて戦争どころではない、などと知らないキウォーク王国首脳部の人達は、眠れない夜を過ごすことになりそうだ。
オレは眠る前に、こっそりと地下の鼬人と凍死寸前の麻痺毒盛りメイドを救出して、適当な厩舎に放置しておいた。
ここなら凍死する事もないし、勝手に逃げるだろう。
なお、地下の鼬人が冤罪なのは拷問吏と牢番の会話で確認してある。
部屋に戻ったオレは、ベッドの香水の匂いと体温に少し困りながら眠りについた。
◇
「湖面が凍っていて上を歩けるのですね」
「ええ、でも細雪熊に乗っていないと、滑って転んでしまいますのよ」
コゲォーク王国の軍勢が這々の体で故国へ逃げ帰った翌朝。
オレは重武装の淡雪姫と一緒に痩せた白熊のような乗用動物に乗って、湖の中央にある紫水晶の塔まで来ていた。
近くには氷でできた民家ほどのサイズの小さなドームが幾つも作られており、鼬人族の技師達が氷石生成の魔法装置を操作している。
紫水晶の塔に魔族が封印されていると知らなければ、観光名所になりそうな場所だ。
ここには淡雪姫の直属の部下である白百合隊という15人ほどの女性騎士が随行している。
レベルは平均8しかないので、お飾りの部隊なのだろう。
「隣国が攻めてきたとお聞きしましたが、案内していただいてよろしかったのですか?」
「ええ、構いませんわ。コゲォーク王国軍は未知の魔物に敗北して、自国へ撤退したそうですの。今頃、ガヌヌ将軍が魔物の調査をしに向かっているはずですわ」
オレの質問に淡雪姫が軽い口調で答える。
雪だるまゴーレムは昨日の戦闘で魔力切れになって崩れてしまったはずなので、赤毛将軍の捜索は徒労に終わりそうだ。
なお、冬将軍が設置した伝令塔によって、コゲォーク王国の軍勢が撤退した情報は今朝には王城に届いていたらしい。
コゲォーク王国方面にしかない設備らしいが、情報伝達速度の高さはなかなかのものだ。
――MUWOOOOWN。
氷の下から魔物の叫び声が伝わってくる。
凍った湖面の下で、うぞうぞと蠢く食人藻が気持ち悪い。
氷が分厚くて出てこないと判っていても、生理的な嫌悪感がある。
「あれが、そうですわ」
淡雪姫の指差す先には怪しげな祭壇があり、封印系の魔法陣が刻まれている。
この祭壇は紫水晶の塔の周囲6ヶ所に設置されていた。
今日は下見だ。封印を外して魔族を退治するのは、二週間後。
迷宮都市にいる事になっているミスリルの探索者チーム「ペンドラゴン」を飛空艇で運んできてからになる。
「ところで殿下」
「何かしら?」
「護衛の皆さんが持っている物々しい氷杖や、後ろのソリに載せられた大砲はなんなのでしょう?」
「うふふ――」
オレの質問に淡雪姫が笑って誤魔化す。
「――なんだと思います? もし判ったら、私を自由にする権利を差し上げますわ」
先に祭壇の上に足を進めた淡雪姫がフェミニンな笑顔でこちらを振り返る。
肩に担いだ巨大な戦鎚が非常に不似合いだ。
まさかと思うけど、この場で封印を破壊する気は無いよね?
「≪砕け≫ 破城戦鎚!」
にこやかに告げた聖句が王女の戦鎚――破城戦鎚を赤く輝かせる。
ぶん、と冷たい空気を裂いて、王女の破城戦鎚が封印の魔法陣に突き刺さる。
縮地や無詠唱の「理力の手」を使えば彼女の暴走を余裕で阻止できたが、さすがにそれらを使うのは憚られた。
それらを使うくらいなら、中級魔族と接戦を演じた方が問題が少ない。
オレは「遠話」の魔法で、飛空艇にいる仲間達に緊急発進の指令とガーゴイル隊をこちらに向けて先行させるように指示する。
この距離なら、数分で到着するだろう。
――びき。
「さあ、サトゥー様。一緒に戦いましょう」
淡雪姫が良い笑顔で片手をこちらに伸ばす。
なんていうか、黒竜並のバトルジャンキーさんみたいだ。
――びきびきびき。
紫水晶の塔にヒビが入っていく。
近くのドームで作業していた鼬人族の技師達が、氷の湖面を転がりながら逃げ出した。
白百合隊のお嬢さん達は既に塔から距離を取って、氷杖を構えて布陣済みらしい。
大砲のソリはセッティングに手間取っているようで、技師の女の子が慌てふためきながら操作を行なっている。頑張れ、と心の中でエールを送っておこう。
白い靄を漏らしながら、紫水晶の塔が砕けていく。
その中から姿を現したのはタコの下半身と朽ち木のような上半身を持つ中級魔族。頭部に当たる場所には鳥の巣のような構造物がある。
下半身の触手は半ばまでが氷の下にあるようだ。
――TWAKWUUUUUUUOW。
中級魔族が一声吼えると、足下の氷にひびが入り、割れた氷の間から触手が現れる。
なんとなく、芋掘りの根を引っ張り出したときのような印象を受ける現れ方だ。
一見自由になったようにも思えたが、外周部の触手しか氷から出ていない。
タコのようだと前述したが、触手の半ばから先は枝分かれしており、うねうねと気持ち悪く蠢動している。
魔族が自由を得る前に、一番近くにいた淡雪姫が突っ込んだ。
「どぉっせぇええええええええいっ!」
淑女らしくないかけ声で、中級魔族の胴体に破城戦鎚を叩き込む。
身体強化スキルと筋力増加スキルの重ね技のお陰で、淡雪姫の振る鎚の速度は大したものだ。
――DWAGWWWUUUUOWN。
魔物の咆吼が詠唱だったらしく、淡雪姫の破城戦鎚は魔族の前に現れた灰色の障壁に防がれている。
飛び散った灰色の粉はバッドステータスをもたらすようで、それを浴びた彼女の鎧がボロボロと劣化を始めた。
淡雪姫を狙った横薙ぎの触手攻撃は、コートの陰から取り出した妖精剣で切り捨てる。
灰色の血のようなものを流しながら、触手がうねうねと独立してオレに襲いかかってきたが、軽く踏みつぶして追撃したら動きを止めた。
「サトゥー様、感謝ですわ」
魔族の頭部にある鳥の巣の上に、灰色の靄のようなものが生じ始めた。
「氷杖隊! 頭部に向けて斉射!」
「「「はいっ!」」」
副隊長の指示で、白百合隊のお嬢さん達が氷杖を使う。
白い雹のようなシャワーが、魔族頭上の灰色の靄を凍らせて消し飛ばしていく。
この行為は魔族にとって不快だったらしく、氷の下に没した触手が千切れるのも厭わずに、氷の地面を裂いて戒めから脱した。
――DWAGWWWUUUUOWN。
魔族の範囲魔法が発動しそうだったので、淡雪姫を襲っていた触手を本体に向けて蹴飛ばし、詠唱を中断させる。
その間にも、魔族の細い触手が白百合隊に伸び、彼女達を軽々と拘束した。
悲鳴を上げ、四肢を広げられ、鎧の胸元を裂かれる様はエロゲーのようだが、ゲームと違い現実の彼女達に襲いかかるのは陵辱ではなく殺戮のようだ。
あらわになった白い肌の下にある心臓を目掛けて、魔族の細い触手が襲いかかる。
「させません!」
淡雪姫が部下達を救おうと、破城戦鎚で魔族の触手の根元を狙うが、重い武器を振り回して行うのは隙が大きすぎる。
彼女の後ろから襲いかかった触手が、彼女の足を掬い上げる。
悲鳴を上げて、淡雪姫が逆さ吊りに持ち上げられた。
スプラッタなのはイヤなので、「理力の腕」で魔族の尖った触手を掴んで止める。
眼前に迫る触手の先端に、白百合隊のお嬢さん達が顔色を蒼白にして、冷たい汗を流す。
白百合隊のお嬢さん達には申し訳ないが、救助はすぐに来るので我慢してほしい。
「…… ■■■ 真空断裂!」
空から響く涼やかな声が、見えない刃で触手をズタズタに切り裂いた。
触手を裂いた余波が氷原をも抉り、氷と雪と白い靄が周囲を覆う。
見えないのを良い事に、ストレージから取り出した礫で、魔族の触手の根元をブチブチと吹き飛ばしておく。
先ほどの風魔法では触手の表面を切り裂いただけで、切断には至っていなかったのだ。
エメラルド色に輝く長杖を手に、空を飛んできたのはゼナさんだ。
「と、止まらないぃいいいいいいい」
そのまま氷に激突しそうになっていたゼナさんを、余っていた「理力の腕」で受け止めてあげる。
妙に速いと思ったら、飛空艇のカタパルトを使って加速を得たようだ。
ポチやタマのマネは危ないから、ほどほどにね。
「あ、ありがとうございます、サトゥーさん」
「お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
ほのぼのとしたやり取りの背後では、バランスを崩して転倒した魔族がジタバタと起き上がろうと氷の上を滑っている。
白百合隊のお嬢さん達は飛来したガーゴイル達が救出したようだ。
淡雪姫は下半身を触手に絡みつかれてもがいている。
本体から離れても、異様に活動的な触手だ。
「あ、姫殿下が!」
「お願いできますか?」
「はい! 行ってきます」
淡雪姫を見つけたゼナさんが、小剣を抜いて助けに向かった。
ゼナさんの救助に合わせて「理力の腕」でサポートしよう。
「発射ぁあああ!」
砕けた氷原の間に沈みながら、ソリの上にあった大砲が白い氷柱混じりの吹雪を放つ。
だが、不安定な足場の上で攻撃が命中するはずもなく明後日の方向へと空しく消えていく。
射手のお嬢さん達は沈むソリからなんとか逃れたようだ。
よく見ると、鼬人族達が作業していた氷石製造の魔法装置も、砕けたドームと一緒に湖へと没していくところだった。
オレはその内の一つにこっそりと「理力の手」を伸ばして回収しておく。
コピー品が完成したら、湖の底に返しておこう。
「サトゥーさん、姫殿下をお救いしてきました」
「じょ、助力、感謝ですわ」
ゼナさんに肩を借りた淡雪姫は満身創痍だ。
白い金属製の鎧がボロボロになっているが、配下のお嬢さん達のように肌が露出していないので、まだマシな方だろう。
聞こえてくるエンジン音に視線を上げると、飛空艇が湖上を接近するのが見えた。
船首キャノピーの向こうには王女とセーラ、それにヒカルの姿がある。
孤島宮殿に戻ったときに魔族の話をしたから、ヒカルのやつも心配して来てくれたようだ。
閉じていた飛空艇のカタパルト発射口が開く。
――まさか。
「カリナキィイイイイイイイイイイイック!」
ゼナさんのマネをしたカリナ嬢が、飛空艇のカタパルトから飛んできた。
飛行能力も無いくせに無茶をする。
ラカの白い光を帯びたカリナ嬢が、魔族の本体に弾丸のように突き刺さる。
魔族の灰色の防御壁とラカの守りとが干渉し合って火花をまき散らす。
ゴキンゴキンと重い音を上げて、灰色の防御壁が割れていく。
――DWAGWWWUUUUOWN。
魔族の悲鳴とも詠唱とも取れる咆吼が周囲に響く。
灰色の血しぶきがカリナ嬢のズボンの裾を侵食するのが見えた。
「ラカ! 防御を広げろ!」
『うむ、これはマズイ』
オレの呼びかけに、カリナ嬢の「知性ある魔法道具」のラカが光の防御範囲を広げる。
白百合隊のお嬢さん達と違って、カリナ嬢は足首が露出する程度で済んだようだ。
カリナ嬢の蛮勇のお陰で、魔族の体力は尽きる寸前だ。
彼女が攻撃する前に、礫攻撃で魔族の体力を9割以上削っていたのは内緒にしておこう。
魔族が断末魔のような悲鳴をあげて、残った触手を振り回して氷原をのたうち回る。
カリナ嬢は足のダメージが大きくて動けないようなので、「理力の手」で操り人形のように動かして、こちらに避難させた。
『システィーナ様、砲撃を』
『はい! 承知致しました』
飛空艇に二挺だけある魔力砲が赤い熱線で魔族を焼き払う。
この魔力砲はセーリュー市の抗竜塔や大型飛空艇に搭載されているのと同型だ。
通常の小型飛空艇では魔力が不足して使えないのだが、オレの船は賢者の石を用いた高性能魔力炉があるのでなんとか撃てる。
オレの魔法欄から小火弾を撃った方が威力が高いのはヒミツだ。
かくして、キウォーク王国に封印されていた中級魔族は黒い塵となって滅びた。
※長くなりすぎたので2話に分けました。
残りの事後処理等を明日の定期更新でアップします(明日は短めの予定)。







