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デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )  作者: 愛七ひろ
第十四章

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14-6.パリオン神国[改訂版]

※2015/9/30 誤字修正しました。

※2015/9/29 一部修正しました。

 サトゥーです。ピンチというのは忘れた頃にやってきます。余裕で回答したはずのテストで、最後に解答欄が一つだけ余ったのを見つけたときなんかはかなり焦りました。





 朝起きるとアリサがいなかった。

 反対側で寝ていたはずのルルの姿もだ。


「あ! ご主人様、もう起きちゃったの?! せっかくお目覚めのキスをしてあげようと思ったのに!」


 寝室の入り口から、エプロンを着けたアリサが顔を見せた。

 いつも通りの元気な笑顔だ。


「いい匂い~?」

「甘い香りなのです」

「ほっとけーき」


 ベッドの上の年少組がむくりと身体を起こす。


「えへへ~、今日はルルに手伝ってもらってわたしがホットケーキを作ったのよ!」

「ぐっじょぶ~?」

「アリサ凄いのです!」

「ん、尊敬」

「さあ、顔を洗ってらっしゃい。朝御飯にしましょう」


 アリサが芝居がかった口調で皆の起床を促して去っていく。


「ナナ、そろそろ起きなさい」

「マスター、あと5分」


 未だに眠っているナナの肩をゆすって起こす。

 あと5分と言いながら、オレの手を胸元に抱きこんだ。


 さっきまでミーアにくっ付いていたから、ミーアが離れて人肌の温もりが不足したのだろう。


「ぎるてぃ」


 オレの幸せはムッとしたミーアにすぐさま奪われてしまった。

 容赦のないミーアがナナをガクガクとゆすって目覚めさせ、手を引っ張って洗面所へと連れていく。

 リザは朝の修業をしているのか、いつも通り姿が無い。


 オレは浄化の魔法で身だしなみを整え、関係各所に昨日の顛末を報告しておく。

 一応、魔王を倒した時に、王とエチゴヤ商会には遠話で「魔王倒滅」を伝えておいたのだが、詳細について触れていなかったのだ。


 オレは王、宰相、エチゴヤ商会に遠話を繋ぐ。

 音声モードはナナシだ。前回から口調をクロと同じ偉そうな感じに修正したので、間違えないようにしないとね。


「――というわけで、ヨウォーク王国の迷宮にある主の間にいた魔王は自爆して自滅した。迷宮には迷宮核が存在せず、『偽核(フェイク・コア)』と『呪怨核ドゥーム・コア』というのがあった」

『偽核は分かりますが、呪怨核とはどのような物でしょう?』


 質問してきたのは宰相だ。

 オレは下級魔族から没収した書類をメニュー内にウィンドウ表示しながら答える。


「呪怨核は呪詛や怨念を集めて、効率的に魔物を生み出す装置だ」


 オレは魔族の資料に書いてあった情報を伝える。


「迷宮に設置されていたのは前王家の怨念を集めていたらしい。邪推かもしれないが、旧王都が貧困状態におかれていたのも、地上から負の感情を集める為かもしれない」


 なお、偽核の方はデミゴブリンの繁殖に必要なガボの実を生産補助する為にあったらしい。

 迷宮内の罠の再設置は「デミゴブリン・トラッパーが自主的にやっていた」と魔族の資料に書いてあった。


 あの迷宮にいたデミゴブリンやラットは全て迷宮が生み出したのではなく、外から持ち込んで繁殖させていたものらしい。

 魔族の資料には無かったが、最下層のデミオーガも同じように外部から持ち込んだみたいだ。


 恐らくヨウォーク王国の迷宮はこれから徐々に衰退していって、最終的には枯れてしまうだろう。


 一通りの説明が終わったところで、今日の予定を伝えておく。


「――今日はパリオン神国の調査に行こうと思う」

『それでは調査用の資料をご用意しておきます』

「感謝する。後で取りに寄らせてもらおう」


 報告を終了して遠話を切ろうとしたところで、宰相がこんな一言を漏らした。


『それにしても、王都を混乱に陥れ、新たな魔王を生み出した大魔王にしてはお粗末な最期でしたな。さすがに、魔王が幾人も同じ国に潜んでいたはずもありませんし、あの企みは古参の上級魔族どもが計画したのでしょう』


 その言葉が棘のようにオレの心に残る。


 確かに一国に二人の魔王がいる事は考えにくいが、条件に合致する転生者を探してきて、目的に沿う称号をつけた後で無理やりユニークスキルを連発させて魔王化させれば――。


 不可能ではない。


 ――でも、さすがに、それは疑心暗鬼すぎる。


 陰謀論の信者になりかけた心を笑い飛ばし、再び朝ごはんに呼びにきたアリサと二人でダイニングへと向かった。


「どう? どう? お味は?」


 アリサが心配そうな顔で覗き込んでくる。


 裏が黒こげで、表はナイフを通すと半液状の生地が見える。

 こっそり加熱魔法で仕上げる事もできるが、ここはアリサの頑張りを評価して、笑顔のまま生焼けのホットケーキを口に運んだ。


「うん、美味いよ」

「えへへ~、ま~ね。これがアリサちゃんの実力ジツリキよ」


 アリサが恥ずかしそうに身を捩じらせて喜ぶ。

 初めて料理を作る娘を持った父親の気分だね。


「びみびみ~」

「ポチはハチミツシロップがけスペシャルなのです」

「おいし」


 なお、他の子達の分はルルが焼いたらしい――。





「ね、ねぇ、サトゥー。今日もするの?」

「嫌なら止めておきますか?」

「い、嫌、じゃありません」


 言葉だけ聞くと誤解されそうだが、迷宮行きに抵抗がある王女との朝の会話だ。


「あの魔物は繁殖力が良くてレベル上げに最適なんですが、お嫌であれば別の魔物にいたしますか?」

「……別の魔物でもいいのですか?」

「ええ」


 王女の疑問に首肯する。


「海産物~?」

「サカナより肉なのです! ポチはキョーリューの肉が採れる密林区画がいいのです!」

「恐竜は良いですね。種類が豊富なので牛肉や鳥肉の両方の味が楽しめます」


 獣娘達の基準が少々おかしい。


「あら? タマとポチは今日の味見祭りに参加しないの?」

「あい~」

「ポチは狩りに行くのです。絶対にルルのオムライスに飽きたわけじゃないのですよ?」


 なるほど、タマとポチは少量の鳥肉しかないオムライスに飽きたようだ。

 料理大会の本戦は米料理、肉料理、スープの三品だったはずなので、今日の試作はスープの予定なのだろう。


 ルルとアリサ、ミーアは料理大会の試作。

 他の子達は迷宮のパワーレベリングに参加するらしい。


 オレはルルのリクエストした食材の買い付けをエチゴヤ商会に伝えて、迷宮組を送っていく。

 前に全滅させたはずなのに、半月ほどで密林区画が復活していた。


「あー! トリケラがいるのです! 兜焼きが凄く美味しいのです」

「首長いる~ツツミヤキ~?」

「ラプトルや始祖鳥もいますね。今日は狩りのしがいがあります」


 獣娘達が涎を垂らしそうな良い笑顔でシダ林の向こうを眺める。

 オレは「ほどほどにね」と告げ、皆に長時間継続タイプの支援魔法を掛けてから、迷宮を後にした。


 そろそろゼナさんの風魔法スキルが十分上がったはずだし、今日の夕飯後にでも「飛行フライ」の載った魔法書をプレゼントしよう。





 さて、パリオン神国への訪問だが、普通に大砂漠越えの空路で行くと時間がかかるので、ちょっとだけショートカットさせてもらう事にした。


 まず、クロの姿になって、虚空の静止衛星軌道にある中継衛星小屋・・にユニット配置で移動する。

 続いて「宇宙服アストロスーツ」と「耐熱防御壁バリア・オブ・レジストファイア」の魔法を併用した後に、そのまま大気圏へと降下ダイブした。


 錯覚かもしれないが、落下速度が遅い気がしたので閃駆で初期加速を付ける。


 少々熱い気もするが、服も焼けていないし大丈夫だろう。

 元の世界ではスカイダイビングはした事がなかったが、なかなか癖になりそうな楽しさだ。


 タマやゼナさん辺りなら、誘ったら一緒にスカイダイビングしてくれそうだ。


 パリオン神国の上空一万フィートほどに達した辺りで、地上に目視のユニット配置で移動する。

 ユニット配置後に慣性がリセットされる特徴を利用してみた。


 オレは「冷風コールド・ウィンド」の魔法で降下時に帯びた熱を吹き払う。

 時差のせいかこの辺りはまだ夜明け直前なので、遠くに見える聖都パリオンは朝霧の向こうに霞んで見える。


 さて、現地人がやってくる前に、情報収集といこう。

 久々の「全マップ探査」でパリオン神国の情報をゲットする。


 最大の懸案事項である「パリオン神国のザーザリス法皇が魔王」だという噂はガセ情報だった。

 法皇は「万能治癒ヒール・オール」というユニークスキルを持ち、称号に「神の代理人」と「聖者」の二つを持つ。

 ユニークスキルを持つという事は、彼もアリサのような紫髪の転生者なのかもしれない。

 少し彼に興味が湧いたが、聖都の大聖堂にお邪魔するのは後回しで良いだろう。


 念の為、他のユニークスキル持ちや魔族なんかも調べてみたが、存在しないようだ。

 この国には迷宮は無いし、法王直轄領にはマップの空白地帯も無い。せいぜい聖都にある大聖堂地下の都市核ルームくらいだが、流石に国の中心部に魔王が潜んでいる事はないだろう。


 続いてレベル50超えの強者を調べる。

 ザーザリス法皇のレベル51を除けば、異端審問局長官と異端審問局筆頭執行官の二人がレベル50なくらいだ。

 異端審問局の執行官達のスキルが、レベルの割りに多い上に有用なものが揃っているのが気になる。

 もしかしたら、パリオン神国独自の教育方法でもあるのかもしれない。


 また、魔王信奉者の「自由の光」に所属している者も調べてみたが、この領地全体で100人未満と、思ったよりも勢力がないようだ。


 前にシガ王国での破壊工作を指揮していた枢機卿と、長官を含めた異端審問局全体が「自由の光」のメンバーらしい。

 さすがに構成員が100人未満という事はないはずだから、パリオン神国の他の教区に拠点があるのかもしれない。なお、パリオン神国では領地と呼ばずに教区と呼ぶらしい。


 宰相の資料では先ほどの枢機卿が管理する教区が怪しいとの事なので、取りこぼしが無いように、そこを最後にして全ての教区を回ってみようと考えている。


 最後に「神の軍勢」とやらの検索を行なったが、一人もヒットしなかった。

 恐らく攻め込んできた三ヶ国への逆侵攻をかける為に遠征中なのだろう。





 聖都まで見物に寄ってみたいが、他の教区の調査をするのが先だ。

 再訪問用に聖都から近い位置にある未開拓地に「隠れ家建造クリエート・セーフハウス」の魔法で転移拠点を作っておく。


 目視のユニット配置で拠点から離れ、そこからは閃駆で飛行して教区を順番に巡る。

 教区ごとに「全マップ探査」をしていて気が付いたのだが、ここの住民は「過労」や「栄養失調」「病気」の者が妙に多い。

 教区の神官達や聖都の民の大多数が健康なのと対照的だ。


 気になって畑を見てみたが、やたらと土が痩せていた。

 クローバーを植えてある畑や根菜が植えてある畑が分かれているところを見ると、四輪農法をしているようなのだが、小麦も大麦もスカスカな感じだった。


 試しに移動中に見つけた放棄された農村で、上級土魔法の「農地耕作カルティベーション」を使ってみる。

 前に天竜が荒らした土地を整えるのに、王都の宮廷魔法使い達が同期魔法で使っていたヤツだ。


 魔法の効果が現れると、赤茶けたパサパサの畑がみるみると腐葉土のような黒々とした土に変わっていく。

 どうやら、魔素マナ不足というわけでもないようだし、この国は土魔法使いが不足しているみたいだ。


 そして5つ目、最後の教区を探索した時に、ようやく「自由の光」の拠点らしき街を見つけた。住民の大多数が構成員らしい。

 そして、この教区にはレベル50超えの強者が7人ほどいる。

 教区長と神殿騎士団長、そしてこの街の5人の司祭達で、全員「自由の光」の構成員達だ。


 ここにも魔王はいないようだが、念の為、街の都市核の間を調べておくとしよう。


 オレは郊外に転移拠点を作ってから、目視のユニット配置で街の上空に出現する。

 もちろん、光学迷彩スキルで身を隠してだ。


「灰色の街だな……」


 街の建物に使われている漆喰が灰色なのと、住人達の衣装が染色もしていない生成りのシンプルな服ばかりなので、そんな印象を抱いてしまった。

 住人達の表情が暗いのも、そんな印象を助長する。


 たまにカラフルなのは神官達の飾り帯や、彼らが連れ歩く婦人達の装飾や衣装くらいだ。


 少し街中の様子をみようと、高度を下げる。


「●●●、●●」


>「西方諸国語」スキルを得た。


 せっかくスキルを得たのだが、ここは術理魔法の「翻訳トランスレート」で良いだろう。

 オレは魔法欄から「翻訳トランスレート」を選ぶ。


「――また小麦の値段が上がったってさ」

「またか?! 三日前に上がったばかりだろう?」

「まったく嫌になるね。そろそろ去年の3倍の値段になるんじゃない?」


 荷車の上で壷と袋のような物をごそごそしていた人達は、麦売り商人と客だったらしい。

 戦時中なら主食の高騰も、仕方がない話なのだろう。


 なんとなく麦の袋を見てみたところ、「麦、低品質。重量の二割が不純物」のように表示された。

 相場スキルによる値段表示も、物価の高いシガ王国の王都とくらべて4倍近い値段だ。


「今回は混ぜ物も少ないみたいだし、壷一杯分買っていくわ」

「へい、まいど!」


 どうやら、この国の小麦は混ぜ物が入っているのは普通らしい。

 異世界に来て最初の国が、ここじゃなくて良かった。


 何気なく見ていると麻雀の点棒のような物と小麦を交換している。

 あれが、この国の貨幣らしい。


「戦争に勝ったら、もう少し暮らし向きも良くなるのかねぇ」

「ははっ、それで良くなるのは司祭様や神官様だけさ」

「あたしは戦争に行ったうちの旦那が無事ならそれでいいさ」

「へー、お姉さんの旦那は『神の軍勢』の一員だったのか? それじゃもっと負けないといけないな」

「ちょっと、それならうちの宿六と兄貴も出征中なんだから、こっちも負けてよ」

「へへ、かなわねぇなあ」


 麦売りの男の言葉に他の主婦も抗議の声を上げる。


 なんだ……「神の軍勢」っていうのはタダの民兵の事だったのか。

 やばい連中じゃなさそうで何よりだ。


「ありがとよ。今頃、北の魔亀要塞と一緒に布巻きの連中の国を攻めているはずさ」

「そりゃ凄い。あの要塞を動かすのってえらく金がかかるんじゃなかったっけ?」

「だから、聖堂への喜捨ばかりで、次の冬を越せるか不安なくらいさ」


 新しいキーワードが出たので、「魔亀要塞」とやらを検索してみる。


 聖都の東に一機残っている。

 さっき「北の」って言っていたな、と思って調べてみたら、見つけた一機と組み合わせて、聖都の四方を守るような位置に三箇所のくぼみが残っていた。


 巨大な亀型魔獣の背中に多数の魔力砲を備えた砦が載っかっているようだ。

 亀型魔獣は調教テイムというか、魔法装置によって制御されているらしい。恐らく、その制御装置の起動に金がかかるのだろう。

 レベル50ほどの魔獣なので、うちの子達の獲物に丁度良いのだが、他国の軍備を勝手に壊すのはさすがにまずい。


 でも、こんな「魔亀要塞」と民兵集団で6倍の兵力を押し返せるものなのだろうか?

 サガ帝国の勇者もパリオン神から力を授けられて強くなるみたいだし、もしかしたら「神の軍勢」もパリオン神の加護を得て通常の6倍以上の力を得たのかもね。





 そんな事を考えながら、都市の中央にあるパリオン神殿に侵入した。

 燃費の悪い魔素迷彩は実行していないが、それ以外の隠蔽スキルは全て使用している。


 都市核へと続く扉の前に、レベル40強の男女の神殿騎士達が立番をしていた。

 いくらなんでも、このクラスの騎士を門番にするのはやり過ぎな気がする。


 扉の向こうはマップが違うので、このままだと転移は使えない。

 相手は「自由の光テロリスト」の連中だし、騎士達を倒して入ってもいい気がするが、その前に他の方法が無いか考えよう。


 詠唱スキルを覚えてから、急激に使える魔法が増えたので、魔法欄に見覚えの無い魔法も少なくない。

 そして一覧の中から最適な魔法を見つけた。

 中級の術理魔法にある「透視(スルーアイ)」だ。


 鋳造魔剣の作製の初期段階で重宝したのだが、最近ではまったく出番の無かったヤツだ。


 魔法欄から「透視(スルーアイ)」を選択すると、魔法金属製の扉の向こうが透けて見える。

 視線が女騎士の胸元に彷徨う前に、オレは「ユニット配置」で目視転移した。魔法による視界でも大丈夫らしい。


 扉の中で「全マップ探査」を実行する。

 やはりこの空間は「都市核の間」で合っているようだ。


 大抵は誰もいない空間なのだが、ここには目的の人物がいた。


 ――魔王だ。


 まさか、二日連続で魔王を見つけるとは思わなかった。


 今回の魔王は「譲渡トランスファー」と「眷属化ファミリーア」という二つのユニークスキルを持つ。称号は「魔王」「献身者」「災厄の聖女」の3つだ。

 性別は女性で元の種族は「長耳族」。年齢も24歳と若い。

 また、通常のスキルは一つも持たず、ギフトらしき「自己確認(セルフ・ステータス)」「技能隠蔽(ハイド・スキル)」の二つだけがある。さらにレベルも50しかない。


 今まで会った中で最弱の魔王と言えるだろう。


 使役系の魔王だとしたら、倒すにせよ説得するにせよ眷族のいない今がチャンスだ。

 彼女の状態が「病気:欝」となっているのが非常に気になるが、「病気治癒キュア・デシーズ」や「精神高揚スピリット・イグザルティション」あたりの魔法で治せばいい。


 そんな事を考えながら、オレは勇者ナナシの姿に変わって彼女の部屋に足を踏み入れた。


 もちろん、無策で飛び込みはしない。

 ちょっとした“保険”は掛けてある。


「こんばんは、魔王」

「聖剣? なら、あなたは勇者ね? 私を殺しに来てくれた・・・のね」


 暗い笑顔を浮かべた美女が立ち上がると、彼女の長い紫髪がサラサラと流れる。

 絹の神官服の下は下着を付けていないのか、体のラインが浮き彫りで少々目の毒だ。


 彼女は正常な自我を維持しているようだ。

 自殺願望がありそうなのが困りものだが、平和裏に交渉できそうな気がする。


「でも、ごめんなさい。私は命令に従って貴方を殺さないといけないの」


 ――命令?


 悲しそうに自嘲しながら、オレの方にゆっくりと腕を伸ばす。

 まるで伸ばしきる前に先に殺せと言わんばかりだ。


「滅びを……」


 彼女が身に付けた腕輪が光ると、勇者ナナシと立っていた地面が黒い塵に変わる。

 腕輪が光る時に彼女の玉座の後ろの都市核が輝いていたので、都市核による儀式魔法の一種だろう。


 幻影を使っていて良かった。


 オレは魔素迷彩を解いて、欝魔王に当て身を打ち込んで昏倒させる。

 気を失った一瞬の間に、彼女の手から腕輪を取り上げた。


 続いて都市核をなんとかできないかと歩み寄る。

 都市核の支配を奪えないか触ってみたが、「既に占有ユーザーがいます」と表示されて拒否されてしまった。


 ――後ろに光点。


「我に従え!」


 振り返った先には紫色の燐光を放つ・・・・・・・・黒ずくめが立っていた。


 ――紫の燐光、だと?


 ユニークスキルの予兆かもしれない。

 ここは「ユニット配置」で一旦引いてから、改めて相対すべきか?


 刹那の間に思考が巡る。


「■」


 黒ずくめの口から漏れた詠唱に、オレは退避というオプションを捨てた。

 ユニークスキルが使える転生者や転移者ならば、詠唱は不要なはず。


「■」


 ならば、あの紫色の燐光は単なるこけおどしの可能性が高い。


 それに――。


「■」


 ――詠唱なら、中断させてしまえば良い。


 オレは黒ずくめの手前に縮地で接近し、詠唱を中断させるべく鳩尾に蹴りを叩き込む。

 黒ずくめがタマ以上の速度で回避しようとしたが、易々と避けさせてやるほどオレは優しくない。


「■」


 蹴りながらの縮地によるスライドで、黒ずくめにジャストミートさせる。



 発動句コマンド・ワードの途中で、黒ずくめは砲弾の速さで壁にめり込んだ。

 最後の縮地が悪かったのか、予想以上の勢いで黒ずくめが壁に貼り付けになっている。


 腕や足が在らぬほうに曲がっている気がするが、きっと気のせいだろう。

 きっと関節が沢山ある種族に違いない。


 だが、それは油断だった。


アス


 男の口から、発動句コマンド・ワードの残りが漏れるのを「聞き耳」スキルが拾ってきた。


 ――ギアス、だと?

 アリサやルルを縛った、あのスキルか?


 加速した思考の中で、驚きつつも対抗策を選び出す。

 オレは魔法欄をスクロールさせて、精神魔法カテゴリーから「精神防壁スピリッツ・ガード」の魔法をピックアップする。


>強制の効果に抵抗できませんでした。は支配されます。

>「強制」スキルを得た。

>「強制耐性」スキルを得た。


 対抗魔法を発動しようと選択する直前に、視界の隅にそんなログが流れる。

 それと時を同じくして、AR表示の上に赤い蜘蛛の巣のような模様が浮かび上がり、意識が混濁してくる。


「跪け、我が下僕よ」


 黒ずくめ――もとい、漆黒の衣を着た――違う、偉大なる我が主・・・だ。


「イエス、マイ・マスター」


 主の命令に従って、オレは地面に膝をついた。


 主の横に、様々な情報がAR表示されていく。

 視界の隅に映る赤い蜘蛛の巣が気になるが、情報を読むのに邪魔になるほどではない。


 称号は「闇賢者」「支配者」「万色の魔術師」「魔王の主」「人の限界に届きし者」「領主」の六つ。「強制」「苦痛耐性」「詠唱中断耐性」スキルを初めとした百を超えるスキルを持つレベル99の魔法戦士。


 ユニークスキル「反射カウンター」と「一球入魂ソウル・ショット」を持つ無敵の存在だ。


 オレは偉大なる主の前で、次なる命令を待ち焦がれた。


※次回更新は 10/4(日) の予定です。


※2015/9/29 黒ずくめ登場以降の流れを修正しました。結末は一緒なので読み直さなくても大丈夫です。

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