13-28.宝珠
※2015/6/17 誤字修正しました。
※久々の三人称です。
少年は天に掲げた宝珠を手元に引き戻す。
「そうか……自分で記憶を消すことを望んだんだった」
陽の光に反射した宝珠を見た瞬間、閉ざされていた記憶が少年の脳裏に走馬灯のように再生された。
――元の世界で生きた記憶。
――小国の儀式の間に召喚された時の記憶。
――紫色の髪の少女の人ならざる者のような超絶的な美貌。
――そして召喚という名の拉致から救出した者の事。
「思い出した……」
宝珠を持つ手と反対側の手を血が出そうなほど握り締める。
「こっちの人間として生きて、それでもなお、記憶を封印する前と同じ事を考えるか知りたかった……か」
少年は記憶を封じる事を選んだ自分の迂遠さにため息を一つ。
そして、今度こそ宝珠を使う事を選択する。
「こういう珠で力を得るなら、こうあるべきだろう」
少年は魔力を流すだけで使える珠をあえて嚥下する。
こくりと少年の喉が動き、胃の腑に落ちる前に祝福の力が少年に宿る。
「■■■ 微風」
生活魔法のやわらかい風が少年の髪を揺らす。
「くっくっくっ、これが魔法だ――」
今の少年にはありとあらゆる魔法を使う事ができる。
事典でもめくるように、全ての魔法の知識が閲覧できるのだから。
「――俺こそが魔を司る王だ」
少年の口が三日月を倒したような弧を描く。
そして、その笑みに応えたかのように天変地異が起こった。
――炎が世界を包み込む。
地平線の彼方、大地から吹き上がるように炎が空へと伸び上がった。
それも、360度どちらに視線を向けても炎の壁が目に入る。
「世界も終焉の時を歓迎しているようだ――」
両手を空に向け、少年が哄笑する。
その笑いが終わるのを待っていたかのように、世界を囲むような炎の壁は唐突に消えた。
未知なる炎の壁に何の疑問も抱かずに、少年は独り言を呟く。
「王が一人だと、格好がつかないな……そうだ、従者を召喚しよう」
ただその意を向けるだけで、大地に紫色の光を発する魔法陣が生まれる。
魔法陣外縁の二重の円環が中空まで浮かび上がったあと、上下に分離して光の管を作り出す。
管の中の光が黒いシミを生み、やがてそれは異形の人影を生み出した。
少年が立つ共同霊園の石碑が人影に押しのけられ、次々と倒れていく。
『殿下、上級魔族「黒の三」御前にまかり越しまして、我輩至福』
現れた黒い上級魔族に少年が眉を顰める。
「俺は王だ。陛下と呼べ」
『御意、陛下。我輩承諾』
上級魔族を従えて、笑みを深めた少年が猛烈な立ち眩みを覚えた。
「……ぐっ、な、んだ?」
『人の身体は脆弱故、召喚の反動に耐えられぬと我輩愚考』
少年の身体を襲ったのは上級魔族の告げた禁呪に分類される上級魔族召喚を行使した事による反動と、魔力の急激な欠乏によるモノだった。
「弱いなら、強く、そう強く改造すればいい」
まるで少年がそう呟くのを待っていたかのように、無詠唱で行使された魔法の力が少年の身体をメキメキと音を立てて変形させていく。
――骨が伸び、筋肉が増え、大人の男の姿へ。
「ぐががががっ」
少年の口から悲鳴が零れる。
ニメートル近い巨躯となり、身体の成長が止まる。
だが、変化は止まらない。
――額から紫色の細い角が一本生え、髪が腰まで伸びていく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒く短い呼吸を繰り返す少年の髪は銀色の輝きを帯び、前髪の一房が暗紫色に染まる。
少年が指を一つ鳴らすと、空中に衣服とマントが現れて少年の身体を包む。
自らの身体の変化に呆気にとられた少年に、声を掛ける者があった。
『見事なお姿ザマス。これで『鬼人王』陛下もお喜びになるザマス』
「キサマか――」
声の方を少年が振り返る。
そこにいたのは体長三〇メートルほどの緑竜に擬態した緑の上級魔族とその配下の下級魔族の姿だった。
『いつぞやのように刃をお向けになられるのは勘弁願いたいザマス。今日は殿下への祝いの品を持ち寄ったザマス』
ズダンッと大地を揺らして置かれたのは、魔力回復の力を持つ魔晶柱の塊。
古参の上級魔族といえど、気軽に手に入る品ではない。
「それは?」
『魔晶柱と呼ばれる魔力回復用の品ザマス』
「なるほど、よこせ」
少年が「理力の腕」の魔法を使って魔晶柱を傍らに運ぶ。
手を触れた瞬間、枯渇寸前だった少年の魔力が瞬く間に回復を終えた。
「これは素晴らしい」
『殿下に気に入ってもらえて恐悦至極ザマス』
「俺の事は陛下と呼べ」
『承知したザマス――』
少年に対して敬語を使いつつも、緑魔族の忠誠は少年にはないのだろう。
ふいに緑魔族が竜の首をもたげ、空の一角をにらみつける。
『――ややこしいヤツに気付かれたようザマス。露払いは任せるザマス』
そう告げると緑魔族は地を蹴って空へと舞い上がった。
彼が連れていた下級魔族の姿は、出現したときと同様に影も形もなくなっていた。
恐らくは送迎用の眷属なのだろう。
◇
『陛下のご下命を、我輩期待』
「そうだな。まずは拉致誘拐犯の処罰から行おう――」
少年は自分を召喚した国の一員であるメネア王女連行を上級魔族に命じる。
黙したまま不服を訴える上級魔族を無視し、少年は一人熱に浮かされるように言葉を紡ぐ。
「どんな罰がいい? ありきたりな罰じゃダメだ。あの綺麗な王女が恐怖と悔恨に涙するのが良い……そうだ。良い案がある……」
自分の名案にほくそ笑む少年。
やがて、上級魔族が意識の無い一人の少女を抱えて帰還した。
「起きろ」
無詠唱で使われた精神魔法が少女――メネア王女を覚醒させる。
「こ、ここは? ……魔族っ!」
メネア王女はとっさに身構え、緊急召喚の魔法道具を地に投げ付ける。
白い霧に包まれた靄のような犬が、グルルと少年と上級魔族に向かって唸りを上げる。
「無駄な事だ」
少年がパチンと指を鳴らすと、白靄犬はギャンッと悲鳴を残し空に熔ける。
「……そ、そんな……無詠唱なんて」
メネア王女が震えた声を出す。
彼女は知っていたのだろう。
――無詠唱が使える相手、それは。
「……魔王」
メネア王女が怯えて後ずさる。
「どうした? いつもは自分から寄ってくるではないか?」
少年がパチンと指を鳴らすと、メネア王女を地面から生えた蔦が拘束して持ち上げる。
「安心しろ、罪人の国の王女よ。貴様はすぐには殺さぬ」
少年が腕を振るとうっそうとした木々が左右に分かれ、その向こうに王城と桜の巨木が顔を覗かせた。
「まずは、貴様らが召喚した俺が他国の首都を滅ぼすところを見せてやろう。貴様の知人が、そして無辜の民が虐殺される様を見て泣き叫ぶがいい」
少年の狂相で睨まれてメネア王女が失神しそうなほど震える。
否、失神する度に少年の魔法で、強制的に覚醒させられているようだ。
「それが終わったら貴様の首をルモォークに連れていき、あの美しい王妹を攫ってやろう」
狂気の中に僅かな憧憬をにじませて少年が嗤う。
「……ユリコ様は、もう……」
メネア王女のその呟きは少年に届かない。
「まずは、あの憎い桜から始めよう」
その横顔にメネア王女は異形に変わる前の面影を幻視する。
「……あ、あなたはっ!」
少女の言葉を一顧だにせず、少年は最初の「微風」以来の詠唱を始める。
莫大な魔力が少年に集まり、彼の詠唱で一つの形を成していく。
王城の上空の空が割れ、巨大な隕石の先端が顔を覗かせた。
「ふははははは、我が流星を見るがいい! これこそが、力だっ――」
両手を広げて哄笑する少年がメネア王女を振り返る。
「――何をしている?」
少年の視線の先では一人の小太りの少年が、メネア王女の拘束を解こうと四苦八苦していた。
パチンと少年が指を鳴らすと、メネア王女を拘束している蔦が小太りの少年を弾き飛ばす。
「うわぁああ」
「ソウヤ殿!」
二転三転と土埃りを上げながら少年が墓地を転がる。
少年は小太りのソウヤ少年を見知っていたが、今の彼にとっては塵芥に等しいほど軽い存在らしく、一瞥するだけで興味を失った。
少年が指を鳴らすと、一抱えもある火球が生まれる。
「道化は退場しろ」
火球が少年の上に炸裂し、炎が人影を押し包む。
炎が消えた場所には少年が期待した黒焦げの遺体はなかった。
「ふん、骨も残さず蒸発したか……」
訝しげに思いながらも、さしたる興味が無かったのか、少年の関心は彼が生み出した隕石に向かう。
天空の巨大隕石は轟音を上げつつ出現しているが、まだ全体の五割程度しか現れていない。
ふと少年が視線を巡らすと、上級魔族は墓地の一角を睨みつけていた。
「――さすがは上級魔族、隙を突かせてはくれぬか」
木立の陰から現れたのは一人の剣士。
「陛下、雑魚の始末はお任せを。我輩勤勉」
「雑魚か……久しい呼び名だ。シガ八剣が第二位、『雑草』のヘイム、いざ参るっ!」
瞬動の踏み込みを、同じく黒い残像を残して加速する上級魔族が迎撃した。
大剣の一撃を上級魔族の爪が受け流し、反撃の爪をヘイムの蹴りが逸らす。
重鈍なはずの大剣をヘイムは細剣のように自在に扱って、上級魔族の爪を尻尾を蹴りを捌ききった。
「ふしゅるるぅ、やるなニンゲン! 我輩歓喜」
「禁断の加速薬を使ってなければ、最初の一撃で死んでいたな……」
上級魔族が荒い鼻息を漏らし、両手の爪を地面について突撃姿勢を取る。
それを迎え撃とうと、ヘイムが大剣をチャキリと上段に構えた。
「ヘイム様! あの隕石の行使者はそちらの銀髪の魔王の方です!」
メネア王女がヘイムに向かって叫ぶが、上級魔族の守りは堅く、ヘイムは少年に近寄ることもできないようだ。
ついに落下を始めた巨大隕石を目で追いながら少年が独白する。
「さあ、終わりの始まりだ――」
◇
「ああっ! 桜の大樹が――」
メネア王女の悲鳴が墓地に響く。
そして、まさに隕石が桜の大樹に触れようとした瞬間、そこで空間が切れているかのように隕石が消えていく。
「ば、ばかなっ!」
少年の驚きの声に応える者はいない。
隕石が完全に消えきるのと、地揺れが王都を襲うのが同時だった。
メネア王女の悲鳴が墓地に響く。
「すけだち~?」
「ギによりて助太刀の助なのです!」
黄金の輝きに包まれた小さな剣士達が場に乱入する。
「好敵手! 我輩歓迎」
犬人の剣士――ポチが青い輝きを引きながら、上級魔族に突撃を掛ける。
赤い輝きを帯びた上級魔族の爪と小聖剣が激突し、赤と青の火花を撒き散らす。
その横を駆け抜けようとした猫人の剣士――タマを、魔族の尻尾が迎撃する。
尻尾に呆気なく腹を薙ぎ払われ、小さな人影が墓地を転がっていく。
――だが、そこに転がるのはピンクのマントに包まれた丸太。
「うつせみ~?」
いつの間にすり抜けたのか、猫忍者タマがメネア王女を解放し、墓地の端へと連れ去る。
そこには炎に巻かれて命を落としたはずのソウヤ少年の姿もあった。
彼の生存は猫忍者タマの密かな活躍によるものだ。
「小賢しい、キサマらは何者だっ!」
少年の誰何を待っていたように、幾つもの黄金の鎧をまとった娘達が墓地に降り立つ。
「決まっているじゃない! 正義のミカタよ!」
紫色の髪を靡かせ、黄金のドレスアーマーの少女――アリサが陽気に笑う。
「さあっ! いざ尋常に勝負よ――あれ? なんでアンタがここにいるの?」
成長した少年の顔から、以前の面影を見取ったアリサが動揺を露にした。
「ど、どうして、アンタが……答えなさい!」
少年はバサリとマントを捌き、気障な顔でアリサを睨み付ける。
「下郎がっ、魔を司る者にして、全能なる王たるこの俺に向かって不遜だぞ!」
精一杯の威厳を篭めてアリサを叱責する。
だが、アリサはそれに怯むことなく、問いを重ねる。
「答えなさい、勇者だったはずのあなたが、何故?!」
「記憶を封印していたときの俺の事など知らぬ」
少年が指を鳴らすと、幾本もの理槍が生まれアリサに襲い掛かる。
「むだむだむだ、と宣言します」
黄金の鎧に包まれた美女――ナナが、アリサの前に鉄壁の防御壁を築く。
防御壁に触れた理槍が虚しく弾けて消えていった。
「この俺の覇道を阻むか、雑魚共!」
そこにズドンッと落ちてきたのは緑色の鱗に包まれた異形の姿。
「おまたせーっ、真打登場だね! 勇者ナナシ・セカンド、ここに推参!」
青く輝く十三本の聖剣に守護された女性が緑竜の上でキメポーズを取る。
「あら~? だいぶ面変わりしちゃったわね」
少年の顔を見てミトが顔を傾げる。
「ちょ、ちょっとミト、遅かったじゃない」
「ごめんね。この緑の上級魔族がしぶとくてさ」
ミトが肩を竦めると、緑竜の姿をした上級魔族が霞のように消えていく。
擬体の維持ができなくなったのだろう。
「さあ、戦いましょう」
「ちょっと待ってよ。あいつは――」
「分かってる。でも私は勇者で彼は魔王なの。それだけで戦う理由は十分よ」
なおも止めようとするアリサをミトが押し留める。
「さあ、いくわよ――」
無限収納から取り出した聖杖をクルリと回し、少年の方を睨み付ける。
「――魔王シン!」
こうして、魔王と勇者の戦いの幕が開いた――。
ようやく「殿下」の正体が判明しました。
元王女のアリサが「殿下」ではないかという予想がでなかったのはアリサの人徳なのでしょうか……。
●登場人物
【殿下】
名前だけは幾度も登場しているが正体不明だった。
【シン】
アリサが王立学院で出会った白髪の美少年。現地産の勇者らしい。
彼がなぜ魔王になったかは現時点では不明。
【緑魔族】
黄金の猪王に仕えていた古参の上級魔族。語尾がザマス口調。擬体という分身を作り出せる。
【メネア】
大陸東方部の小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
かつて祖国で日本人を召喚する儀式が行われていた。
【ユリコ】
メネアの伯母。ルモォーク王の妹。紫色の髪の美女。転生者。
『世界を繋ぐ力』で異世界から日本人を召喚した。上級魔族に殺されたらしい。
【ソウヤ】
アリサが王立学院で出会った黒髪のぽっちゃり少年。前シガ国王の庶子。







