12-29.黒い左腕
※2016/3/5 誤字修正しました。
サトゥーです。“禁忌の力を揮った主人公が、その代償に体の一部を失っていく”
それは少年漫画や熱血系主人公の出てくる小説ならば、よくあるシチュエーションですが、現実で我が身に降りかかると、ちょっとシャレになりません。
◇
オレは光沢のない漆黒に染まった左手を見下ろす。
中二病を患っていた頃なら「鎮まれ! 我が左腕よ!」とか騒いで大歓迎だったのだろうが、今は困惑するばかりだ。
一応、指は問題なく動くが、手の感覚が全くない。
これではナナの魔力補充をしても楽しくないし、綺麗なお姉さん達のお店に行った時に色々と楽しめないじゃないか……。
――切り落としたら、新しい腕が生えてこないかな?
疲れているせいかバカな発想が浮かんでくる。
普段なら絶対に選択しないはずだが、この時のオレには天啓を受けたように、それが名案に感じた。
オレは用済みの神剣をストレージに収納し、聖剣デュランダルを取り出す。
右手に持ったデュランダルで黒い左手をコンコンと叩く。
伝わってくるのは金属のような硬い感触だった。
黒く染まっているのは肘と手首の中間くらいまでだ。
その部分を避けて肌色になっている部分に狙いを付ける。
オレは意を決して、デュランダルを左腕に振り下ろす。
キィンッと軽い音をして、二つに分かれた。
――聖剣デュランダルが、だ。
神授の聖剣が折れるとか、どれだけだ。
オレは疲れた心で無言の突っ込みを入れる。
聖剣の折れた部分から魔力が漏れ、風となって周囲に吹き荒れる。
オレは常時発動している「理力の手」で飛ばされた刃を掴まえ、手元の剣から魔力が漏れないように制御を強める。
オレは回収した折れた刃を鞘に入れ、デュランダルの残った刃も差し込む。
以前に聖句を試した時には、「黄金の猪王」との戦いで付いた小さな傷が修復されていた。
オレはダメ元で聖句を唱えてみる事にした。
「《永遠たれ》 デュランダル」
青い光が鞘から溢れる。
光が収まったあと、鞘から抜いたデュランダルは折れる前の姿に戻っていた。
期待しなかったといえば嘘になるが、まさか折れた刃が繋がるとは思わなかった。
さすがは安定の前座。これからも頼りにさせてもらおう。
さて、もう一度だけ腕の切断を試してみよう。
先ほど斬りつけた所を触ってみたら、肌色なだけで感触は黒い部分と変わらなかったのだ。
オレは黄金鎧の腕パーツをストレージに格納して肘と肩の中間あたり、いわゆる二の腕の辺りを右手で触って柔らかいのを確認してから、デュランダルで斬りつけた。
赤い血が零れ、腕が地面に落下していく。
苦痛耐性のお陰で痛みは無いが、見ていて気分の良いモノではない。
落ちる途中の腕をストレージに回収し、「理力の手」で傷口を押さえる。
腕の付け根からぽたり、ぽたりと数滴の血が地面に垂れる。
――次の瞬間。
ずぅおぉぉと、空気と地面を揺らして緑色の蔓の束が地上から天に向けて伸びた。
初めは植物型の魔物が現れたのかと距離を取ったのだが、先ほどのは高さ10メートルほどまで伸びたサツマイモの蔓と葉だった。
スケールが異常な点を除けば、ごく普通の植物だ。
もしかしたら、オレの血が原因なのだろうか?
ヒマができたら実験してみるのもいいが、今はそんな事をしている時でもない。
オレは念の為、これ以上血が垂れないように、「治癒」で切断面の傷を癒す。
血は止まったが、腕が再生する様子はない。
ここまでは予定通りだ。
マウスを使った実験でも、「治癒」で部位欠損は治らなかった。
上級魔法薬を取り出す前に、右手で巨大サツマイモを引き抜いてストレージに回収した。
この芋が新たな厄介ごとの種になっても困るからね。
オレはストレージから魔力充填済みの上級魔法薬を取り出して、一気に飲み干す。
マウスの実験では、これで腕や足の欠損が再生していた。
だが、しばらく待っても再生が始まらない。
目論見が外れたか……。
疲労で麻痺した心で嘆息する。
先ほど切断した手を繋ぎなおそうとして、思いとどまる。
――なんだ?
何かが意識の端に引っかかっている。
何故だか、斥候を追って影にダイブした時の事がフラッシュバックした。
――そうだ。
気合で影の空間に干渉して破壊できたのは何故だ。
たしか、桜餅魔族が「原始魔法」がどうとか言っていた……。
この手の魔法はフィクションだと「気合」と「イメージ」と「魔力」でなんとかなる場合が多い。
更に素材があれば充分だろう。
オレは秘蔵の上級回復薬が入った大樽をストレージから取り出して、腕の切断面を浸す。
昔、アニメで見た白骨から人体が再生するシーンを脳裏に思い浮かべながら、裂帛の気合を叫ぶ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
果たして、本当に「原始魔法」なんていう物があったのか、それとも「自己治癒」スキルが潜在能力を発揮したのかは判らない。
だが、そんな事よりも――。
ざばっと樽から引き抜いた腕の先が、ちゃんと再生していた事の方が何倍も重要だ。
再生する時に傷口が開いたのか、一樽分の上級薬にオレの血が混ざってダメになってしまったが、薬なんてまた作ればいい。
上級薬の材料になる血珠は真祖バンから大量に貰ってある。
さて、王都に戻るか……。
オレは「遠話」の魔法でアリサに連絡を付ける。
『アリサ、こっちは片付いた。屋敷で合流しよう』
『も、もう終わったの? 王都の外から大きな音が聞こえてきたけど、大丈夫? 怪我はない?』
『ああ、大丈夫だ』
そう告げて通話を解除する。
帰還転移の魔法を起動する前に、王都に残存する魔物を「誘導矢」や「短気絶」で殲滅する。
地下や屋内に少し残っているが、そちらは周囲に誰もいなかったり、拮抗する戦力がいたりして緊急性が低いので後回しで良いだろう。
「天ちゃ~ん」
遠くから箒に乗ってふわふわと飛んでくるミトの声を「聞き耳」スキルが拾ってきた。
ミトの傍にはホムンクルスのテンチャンもいる。
ミトの正体がオレの予想通りなら、オレが鈴木一郎である事を告げて色々と話したい。
だが、今は他に優先するべき事がある。
ミトにマーカーを付けておけば、後で幾らでも会いに行けるだろう。
オレは気絶した天竜を放置して、王都の屋敷へと「帰還転移」した。
◇
「ご主人様~?」
ペンドラゴン邸に戻ったオレを最初に出迎えたのはタマだ。
頭に飛びついてきたタマを「理力の手」で捕まえて肩に乗せる。
「ただいま、タマ」
「怪我無い~?」
「ああ、もちろんさ」
心配そうなタマに嘘を吐く。
いや、今の状態なら事実だ。
「サトゥー」
ミーアがゴツンと抱きついてきた。
お互い武装が邪魔で、感動の再会も様にならない。
二人に続いて他の子達も無事を喜んでくれた。
「皆、お疲れ様。夜が明けたら、もう一働きしてもらうから、3時間ほど仮眠をとっておいて」
黄金鎧の兜だけを脱いで、皆にそう告げる。
兜と一緒に変装マスクも除去済みだ。
「畏まりました」
「あい!」
「はいなのです」
オレの指示に皆が口々に答え、それにあわせて腹の虫が合唱をする。
長丁場の戦いだったから、お腹が減ったようだ。
皆の背後に、夜食用に作り置きしてある軽食と果実水を載せたワゴンを出す。
「それじゃ、寝る前に何か軽いものでも作りましょうか」
「いや、もう用意してあるから、お腹が減った子はそれを食べてから仮眠しなさい。もう、起床後はいつもの装備で行動してもらうから黄金鎧は脱いでいいよ」
ルルを止めて、皆の後ろに出したワゴンを指差す。
「わ~い」
「ろーすとびーふさんど、なのです!」
「骨付きカラアゲの存在を告知します」
「実に美味しそうですね」
「パフェ」
「アリサ、ポテトもあるわよ」
「……いつの間に」
釈然としない顔のアリサ以外は、サンドイッチやカラアゲの攻略に取り掛かった。
いつもは行儀の良いルルも、余程空腹だったのか、両手に料理を持って忙しそうに口に運んでいる。
「軽く食べたら寝るんだよ。夜明けになったら強制的に起こすから、早めに仮眠を取るように」
オレの言葉にモガモガと返事をする皆に食事を続けるように促して、静かに部屋を出る。
「――空間魔法使いは必要ない?」
だが、廊下の先には転移してきたアリサが立っていた。
「それで、ご主人様は一人でどこに行くのかしら?」
「戦いに行くわけじゃないよ。瓦礫の下に閉じ込められている人達を助けてくるだけさ」
「それなら、皆で行った方が――」
アリサが全て口にする前に、オレは首を横に振る。
「無理はダメだよ。上級魔族相手に連戦をして、皆の疲労は限界を超えている。一度仮眠を取って神経を休めないと過労で倒れるよ」
「それはご主人様だって一緒じゃない」
精神的に疲れているのは事実だが、だからと言って要救助者を放置するのは寝覚めが悪い。
「大丈夫、朝になったら皆と交代で仮眠を取らせてもらうさ」
アリサの頭を撫でながらそう諭して、オレはエチゴヤの工場経由で王都の空へと戻った。
変装用の顔は再装備したが、黄金の兜は被らずにミトが付けていたような夜会用の目元だけを隠すマスクを装備する。
◇
救助を開始する前に、関係各所に報告を済ませておこう。
オレは王城の国王に「遠話」の魔法で連絡を取り、上級魔族や後から現れた三本線――上級魔族の用意した魔導兵器という事にした――の討滅の報告をする。
ついでに、魔物の残りの位置と数を伝え、シガ八剣や聖騎士の派遣を依頼しておく。
念の為、国王に「広報の間」を使って国民に事態の終息を告知する時に、赤縄模様の魔物の肉を食べないように注意してくれと頼んでおいた。大丈夫だとは思うが変な副作用があっても困る。
次に「遠話」の魔法でエチゴヤ商会の支配人に連絡を取り、戦闘の終了を伝え、今後の王都復興の為に必要な準備や根回しを指示する。
戦々恐々としながら徹夜していたはずなのに、支配人は気合の入った声で「畏まりました」と二つ返事で行動に移ってくれた。
実に頼もしいが、ワーカーホリックには気を付けてほしい。
続けて、エチゴヤ商会の工場地下に避難していた工場長のポリナにも、被災者達の支援に必要な準備を始めさせる。
あまり時間の余裕もないので、ティファリーザやネルを始めとしたエチゴヤ商会の他の面々には一言ずつ労いの言葉を掛けるだけにしておいた。
◇
要救助者と思われる人々は約8670名。
かなり多いが、人口20万を超える大陸有数の都市の被害としては妥当かもしれない。
その多くは王都の外に逃げ出した者の中に含まれる怪我人達だ。神官達もいるようだが、治療が間に合っていないらしい。
このうち1000名弱は倒壊した建物の下敷きになったり、火災を起こした家屋に取り残されたりしている。
分布としては主に低所得者層区画の人達が多い。富裕層区画や貴族区画にも二桁以上いるが全体的に少数なので、低所得者層区画から救助に向かう。
倒壊した家屋の上で幼い兄妹が、必死に瓦礫を退けているのが見えた。
「誰か! 助けてよ! 母ちゃん達がこの下にいるの!」
「誰も来ねぇよ。助けを呼ぶヒマがあったら瓦礫を一個でも退けるのを手伝え」
「お兄ぃ」
マップで確認したところ、この家屋の下に彼らの母親らしき人と他数名が残留している。
――オレの救助のやり方は実にシンプルだ。
オレは家屋の上に降下しながら、マップで範囲指定をして瓦礫や建材をストレージに収納していく。
瓦礫は瞬く間にストレージに収納され、あっという間に家屋の隙間に取り残されていた人達が露になる。
急に足場がなくなった兄妹が悲鳴を上げて落ちてきたが、「理力の手」で掴んで路肩に移動した。
怪我をしてる人が多かったので「治癒」で纏めて治癒し、安全な路肩へと「理力の手」で運んだ。
母親と感動の再会をする兄妹も、手がボロボロになっていたのでついでに治してやった。
感謝の言葉に軽く手を上げて応え、すぐさま次の要救助者の所に向う。
毎分16名強の速度で救出を行い、移動中に見つけた魔物の屍骸をストレージに回収していく。
遺体を放置するのは忍びないが、今回は生者を優先させてもらう。
途中で国王からの放送が行われ、恐慌状態だった王都の人々が目に見えて落ち着いていった。さすがは大国の王様だけある。
オレは予定より早く救助活動を完了させた。自重を放棄したお陰で、1時間と掛かっていない。
やはり、普段は地味だがユニークスキルの効果は絶大だ。
ついでに王都の外に出て、空中に浮かんだまま怪我をしている人達に「軽治癒」「治癒」を掛けて癒していく。
地上の人達から歓声や感謝の言葉が聞こえるのは想定内なのだが、中には膝をついてオレに祈りを捧げる人達までいた。
――そういうのは神様相手にしてあげてほしい。
◇
夜明けまであと2時間。
今度は王都の道路を塞ぐ瓦礫をストレージに収納して除去していく。
さすがに全部は面倒なので、幹線道路と公園などの人々が避難している場所への経路を優先して掃除する。
道路が陥没している場所が何箇所かあったので、そこの対処は王都の宰相に連絡して、優先的に土魔法使いを派遣するように伝える。
これで災害救助や被災者支援の衛兵隊や騎士団の輜重隊が動けるだろう。
最後に遺体の回収を行い、その弔いを周辺の住民に任せた。
オレはメニューのメモ帳に書いた備忘録で抜けがないか確認する。
よし、問題ない。王都で勇者ナナシがするべき事は終了だ。
そして夜明けまでの間に、近隣の都市と街から202名の生活魔法使いと11名の神官を集めてきた。
事前に王城に寄って国王から委任状を発行してもらっていたので、地元の太守や守護ともめる事無く人材を募集できた。
もちろん、こんな時刻に短時間で集められたのは、転移魔法による輸送と募集時に一人当たり金貨10枚の高額報酬で釣ったお陰だろう。
このうち、何割かはエチゴヤにスカウトするつもりなので、工場長のポリナや生活魔法使いのネルに良さそうな人をチェックするように命じてある。
彼らはエチゴヤの工場にある増築中の寮に滞在し、今回の件で家を失った人達の衛生面を支えてもらう為に集めた。
お腹が減って疲れている上に泥だらけだと、どん底まで気持ちが落ち込むからね。
食糧の方はオレがやるまでもなく、国王が国庫の備蓄を放出し、宰相や将軍達が輜重隊や下級官僚や下働き達を動員してくれる事になっている。
これで後は倒壊した家屋の再建と犠牲者達の葬儀だけだ。
王国の威信を諸外国に示すためにも、今夜の舞踏会はちゃんと開催されるだろう。
うちの子達の晴れ舞台なんだから、後顧の憂い無く楽しめるようにしたいもんね。
……それにしても、疲れた。
夜明けの太陽を背に、オレは皆の眠るペンドラゴン邸へと帰還した。
【宣伝】
「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」書籍版3巻が只今発売中です!
※次回更新は 11/30(日) の予定です。
●人物紹介
【ナナシ】 サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【デュランダル】 サトゥーの聖剣。一時アリサに預けていたが狗頭の魔王戦の前にサトゥーに返却された。
【斥候】 魔法信奉宗教団体「自由の光」の構成員。魔神を部分召喚した時に死亡。
【ミト】 彼女の正体は王祖ヤマト(Lv89)らしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天ちゃん】 フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】 大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。誰かの使い魔。
【国王】 シガ王国の国王。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【宰相】 シガ王国の宰相。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【支配人】 エチゴヤ商会の女支配人。クロに名前で呼んでもらえない。
【ポリナ】 エチゴヤ商会の工場長。
【ティファリーザ】 エチゴヤ商会の秘書。クロの奴隷。命名のスキルを持つ美少女。
【ネル】 エチゴヤ商会の生活魔法使い。クロの奴隷。







