10-38.黒衣の男(3)
※10/30 誤字修正しました。
サトゥーです。偽名というと怪盗や詐欺師など、犯罪者が持つものという印象があります。真っ当に生きていたら、偽名なんて使う機会はないからかもしれない。ペンネームやハンドルネームも偽名の一種と言えるのに、受ける印象は大きく違いますね。
◇
「クロ様、迷賊262名を探索者ギルドまで連行しました。ギルド長がお呼びです」
「そうか、すぐ行く」
隊長さんの報告に頷きながら、オレは死の通路を迷宮都市に向けて進む。隊長さんは、スミナという名前の27歳の女性だ。赤毛のライオンヘアで、太い眉に厚い唇をした迫力のある肉食系の女性だ。美人とは言えないが、不思議な魅力のある人だ。
彼女と連れ立って、西ギルドのギルド長の部屋に行く。オレの顔を見るなり、ギルド長の指示で隊長さんは部屋の外に追い出された。
「やっぱり、アンタか」
「ふん、あの放火魔老女が、ギルド長だったとはな。もう少し場所を考えた魔法を使いたまえ」
「余計なお世話だよ」
オレは、クロとして尊大な口調で、ギルド長と話す。
「アンタ、ソーケルのヤツを脱獄させたらしいじゃないか。ギルド長としてはここでアンタを、捕縛するべきだと思うんだけど、どうだい?」
「くだらない腹の探り合いは結構だ。ヤツなら安全な場所に保護している。尋問したいならさせてやるし、暗殺者や身内からの毒殺を防げる安全な場所をギルドが用意できるのならば、身柄を引き渡そう」
ギルド長は、オレに負けじと偉そうな態度で脅迫してくる。正直なところ、ソーケル卿を保護しているのは、顔見知りを無意味に死なせたくないという理由だけだ。ギルド長が責任を持つなら喜んで押し付けよう。
「アンタの後ろに居るのは誰なんだい?」
「天空の剣の主だ」
「ほう、答えるとは思わなかったよ。まさか、後ろにいるのが王家とはね」
いや、ナナシの部下だと言いたかったんだが、ヘンな風に解釈したようだ。
「それで、迷宮の魔人薬の畑は全部押さえたのかい?」
「ああ、ヤツラを釣り出す餌にしようと考えて、畑を焼いたりはしていないが、密造畑で働いていた者達は全員解放した」
「やっぱり、あの連中を助け出したのはアンタかい。練成持ちや調合持ちがいなかったみたいだが?」
「練成持ちは居なかった。調合持ちは然るべき場所に移送済みだ」
ギルド長はオレの回答に満足したようだ。どう誤解したかは予想できるが、訂正する気はない。
「それで、アンタはしばらく迷宮都市に滞在するのかい?」
「いや、元々は知り合いから迷賊なる輩を退治してくれ、と頼まれたから寄っただけだ。近い内にまた来るつもりだが、当分の間は王都にいるつもりだ」
「そうかい。迷宮資源大臣としちゃ、勲章の一つもやりたいところだね」
「不要だ」
そう告げて、ギルド長の部屋を出る。部屋の外で心配そうにしていた隊長さんに、心配不要と告げてギルドの会計に寄って賞金を受け取る。金貨400枚近くになった。ルダマン並みのヤツが2人いたそうだ。
隊長さん達に金貨1枚ずつを配って、解散を指示する。用地買取などを頼んでいたポリナに、その代金を渡して決済を依頼した。
◇
「ティファリーザ、オレに新しい名前を付けろ」
「はい、どのようなお名前をお付けしますか?」
感情の読めない静謐な眼差しで聞いてくる彼女に、適当な地球の偉人の名前を挙げて付けさせる。
「ご主人さま、名前を幾つも付けても最後の名前以外は意味が無いのですが、それでも構いませんか?」
「ああ、構わない」
コクリと頷くと、落ち着いた静かな声で命名の呪文を唱える。
「■■ 命名。『トリスメギストス』」
詳細は忘れたが、トリスメギストスは有名な錬金術師の名前だったはずだ。
命名を終えたティファリーザが、怪訝な顔で首を傾げている。
「ご主人さま、申し訳ありません。先ほどの命名は失敗したかもしれません」
特に落ち込んだ様子も無く淡々と告げる彼女の言葉を確かめるために、メニューを開く。確かに、交友欄の名前はクロのままだ。念の為、交友欄やステータス欄の名前の選択肢を確認すると、「トリスメギストス」の名前がちゃんと増えていた。
「力のある者に名付けられた名前は、後から上書きできない場合があるのです」
そんな事をしらないティファリーザが、命名が失敗する条件を補足してくれる。クロの名前を付けたのが、黒竜ヘイロンだから仕方ない。
「失敗しても構わないから、次の名前を命名しろ」
「はい、そう仰るのであれば……」
若干不服そうな棘が言葉に乗ったが、すぐに淡々とした調子に戻って機械的に命名を続ける。途中に何度か、魔力譲渡で魔力を補充しながら、10種類ほどの名前を付けさせた。
さて、ティファリーザとネルの今後だが――
「2人とも何かしたい事はあるか?」
「叶うならば、故郷の両親の安否が知りたいです」
そういえば、彼女達の故郷は魔族に滅ぼされたんだっけ。
「良かろう、レッセウ伯爵領には転移ができぬが、調べてきてやろう」
ティファリーザから、両親の名前とレベルやスキルなどの特徴を聞く。両親も彼女と同時期に奴隷に落とされたそうだ。ネルは、親兄弟と死別した後らしく、特に故郷に思いいれは無い様だった。
「ネルは望みが無いのか?」
「そうっすね。いい加減、生殺しが続いているので、早く抱いてほしいっす」
アリサと同じ肉食系女子か。
「なんだ、欲求不満か?」
「ち、違うッすよ? こちとら正真正銘の生娘っすから」
「2、3年したら解放してやるから、それまで大事に取っておけ」
いつ、主人から体を求められるか判らないのが、不安だったらしい。
無理に散らす事もないよね。わざわざ言葉にして主張する気は無いが、女が抱きたいなら娼館へ行くよ。
「解放ですか? 確かわたし達2人で金貨30枚近い金額だったはずです。それほど高価だった奴隷を解放するなんて、聞いた事もありません」
「確かに、50、60過ぎの年老いた奴隷が解放されるという話は聞いた事があるっすけど。あれは、どっちかって言うと、捨てられるって表現がぴったりっすから」
そんなに珍しいのか? セーリュー市で奴隷商人の青年も、そんな事を言っていた気もする。
ネルもティファリーザも特にやりたい事はないそうだ。強いて挙げるなら仕事を与えてほしいと言われた。
「まあ、やりたい事ができたら言ってこい。それまでは、この本で魔術の勉強をしろ。ティファリーザ、分からない所はネルに教えてもらえ」
「はい、ご主人さま」
「わかったっす。ティファさんを一人前の呪い士にしてみせるっすよ!」
うむ、いい返事だ。
ネルには、術理魔法と水魔法、土魔法の入門書を、ティファリーザには生活魔法の魔法書を渡してある。上手くティファリーザが魔法を覚えられれば御の字だが、そこまで期待している訳ではない。いずれ、ヒマができたら彼女達を連れてパワーレベリングしてみるつもりなので、その為の布石だ。
さて、さっそく講義を始めたネルを置いて、俺はフルサウ市の郊外に転移する。
◇
そこから閃駆で空を飛びレッセウ伯爵領に向かった。
途中の山中で、王国軍を蹴散らしているドラゴンっぽい魔物を見かけた。
彩土竜という巨大な魔物だ。ドラゴンから羽を取ってシッポを二股に割り、頭に極彩色の襟巻きを付けたような姿だ。レベルは47もあるので、なかなか強敵みたいだ。
街道を封鎖している竜っていうのは、アレの事なんだろうか?
仕事を横取りするようで悪いが、紫髪のナナシスタイルに変身して、遠くからクラウソラスで始末した。これで、街道の封鎖がとけるといいのだが。
途中に何箇所か、転移用の刻印板を設置する。レッセウ伯爵領の手前にあるゼッツ伯爵領の都市近郊にも、刻印板を設置しておいた。ゼッツ伯爵領の都市で意外な人物を見かけたが、サトゥーとして会いにいくわけにもいかないので、次の機会を待つとしよう。そのうちに迷宮都市か王都で、会えるだろう。
その日の内にたどり着いたレッセウ伯爵領だが、残念ながらティファリーザの両親らしき人物は居なかった。もちろんマップで検索したので間違いは無い。念の為、隣接する3つの伯爵領と2つの隣国でも検索したが、該当者は居なかった。
少し気が重いが、探索を終了し迷宮都市へと帰還した。
事実を告げられたティファリーザは、一言「ありがとうございました」とだけ呟いて寝室へと消えた。今日は好きなだけ泣かせてやろう。
ティファリーザのフォローは、ネルとレリリルに任せて、オレは屋敷へと戻った。
◇
「おかり~」
地下室の扉を開けて出てきたオレを、タマが見つけて出迎えてくれる。少し遅れてポチも駆け寄ってきた。
「今日はラザニアとグラタンでチーズ祭りなのです!」
ほう、それは楽しみだ。
体をよじ登ってくるタマが落ちないように手で支えながら、ポチを腕にぶら下がらせてやる。
「おかえり」
「あら、おかえりなさい。見てたわよ~ ご主人様らしくない派手な事をしたわね」
「ただいま。あれくらい派手にしたら、誰もオレを連想しないだろう?」
リビングで寛いでいたミーアとアリサの横に腰掛ける。ミーアがオレの膝にダイブする前に、タマが素早く肩車の姿勢からオレの首に手をかけてクルリンと膝に着地した。ポチがタマに代わって、よじよじと肩車ポジションに移動している。
「むぅ」
「よやくずみ~?」
そんな予約は受け付けていないよ。
「今日ので大体は片付いたの?」
「大体はね。ソーケル卿の後ろにいる黒幕退治と、蔦の館に残っている奴隷達の自活手段を確保するのが残っているくらいかな?」
前者は王国側になんとかしてほしいところだけど、王国会議くらいまでに片付いていないようなら遠慮なく介入させてもらおう。
食堂で、ルルの作った熱々のラザニアを食べながら、子供達の訓練の見学に行っていたリザから報告を受けた。
「なかなか跳ねっ返りが多いようで、イルナとジェナの2人も苦労しているようでした。今日から子供達と一緒に、訓練場に天幕を張って寝起きするそうです」
「なるほど、晩酌用に妖精葡萄酒でも差し入れてやるか」
屋敷のメイド見習いの子供達も、ミテルナ女史にみっちりと仕込まれているらしい。休憩時間にルル達が、学習カードや魔力コマなどで文字や魔法道具操作を教えていたと楽しそうに報告してくれた。
さて、明日からは、久々に皆を連れて迷宮でのレベル上げをしよう。
先週半ばに、活動報告に炭酸SSをアップしてあるので、未読の方は良かったらご覧下さい。
土竜=もぐら。作中に出てきたのは竜と良く間違えられる魔物です。







