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デスマーチからはじまる異世界狂想曲 作者:愛七ひろ
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幕間:ムーノ男爵領にて

※9/15 誤字修正しました。

※今回はサトゥー視点ではありません。


◇男爵城・男爵私室◇


「男爵様、ゾトル卿とハウト殿がいらっしゃいました」
「ああ、入りたまえ」
「失礼いたします」

 男爵の執務室に招かれた2人には、戸惑いがある。気さくな主人だが、軍事的な事に関しては興味がないのか、彼らへの指示はニナ執政官から通達されるのが、常だからだ。

 それに加えて、男爵の執務机の上に置かれた2振りの剣だ。シンプルな鞘に包まれたその剣から、ゾトルは言い知れない力を感じていた。

「ゾトル卿、その剣を抜いてみてくれないか」
「ハッ」

 短い了承の言葉を返し、ゾトル卿が剣を抜く。共に呼ばれたハウトは、言葉を発せずゾトルの後ろに控える。恋人の父とはいえ公的な立場では、天と地ほどの身分差があるので至極当然の行動だ。それでも瞳には、隠し切れない興味の光があった。

「こ、これは魔剣ですか?」

 ゾトルは、手に持った剣をそう評した。かつて、知り合いの名門貴族出の上司に、見せびらかされた魔剣の印象と似ていたからだ。もっとも、その上司の剣はミスリルだった。この剣の様に、鉄の合金製ではない。

 彼は迷いを消して、魔剣に魔力を這わせる。彼が、普段使う鉄剣では意味がないが、かつて彼の佩剣だった魔物部位から作った剣を使う時は必須の行為だった。

「すごい……」

 彼の常識からは、ありえないほどのスムーズさで、魔剣に魔力が流れる。
 その状態で、数度素振りをした後に、剣を鞘に戻して机の上に置く。2本目の剣も同様に抜く。1本目と同型らしく、型に嵌めて作ったかのように均一の出来だ。これもまた、彼の常識からはありえない。普通、魔剣と言うのは、個々の性質と言うか、性能にバラ付きがあるものなのだから。

「すばらしい剣です。これなら金貨100枚以上の値段が付くでしょう――御用商人に売却されるのですか?」

 少し後ろ髪ひかれる思いで、男爵にそう問う。現在の男爵領の経済状況では、このような高価な剣を、自軍の騎士に配れる訳が無い。恐らく男爵は、この剣の相場を聞くために自分達を呼んだのだとゾトルは考えたようだ。

「気に入ったかね?」
「はい、これほどの剣を振る機会はめったにございませんゆえ、その機会を与えて頂いた事、感謝の極みでございます」
「そうか。気に入ってくれたのなら重畳だ。受け取り給え、その剣は君達の物だ」

 その意外すぎる言葉に、歓喜よりも戸惑いが浮かぶ。だが、男爵の言葉を咀嚼しおわると、戸惑いを打ち破って、再び歓喜が表に表れる。

「ま、まさか、これほどの名剣を貸与して頂けるのですか?」
「違う」

 男爵のあっさりした言葉に、再び落胆へと導かれる。

「それは君達に授ける。感謝の言葉は、ペンドラゴン士爵に言いたまえ。この剣は、君達へ渡して欲しいと、彼から頼まれたものだ」

 ペンドラゴン士爵――この男爵領で、たった3人しかいない爵位持ち貴族の一人だ。彼の常軌を逸した逸話には事欠かない。彼からの贈り物だと言うのなら、本当に譲渡されるのだろう。ゾトルは剣を両手で捧げ持ち。士爵と、彼を臣下に納めた自分の主君の英断に感謝の念を抱いた。


◇男爵城・中庭◇


「きれい……」
「ほほう、新人ちゃんは、ハウトさんが狙いかね?」
「きゃっ、エリーナさん! いつから居たんですか」
「さっきから居たよ~ん。で、ハウトさん狙いなの? 下克上しちゃう?」

 彼女達の視線の先には、手に入れたばかりの魔剣を振るう領軍の隊長と副隊長の姿がある。隊長の方はともかく、副隊長の振るう剣には魔力の光は無い。そのさらに向こうの木陰には、侍女に傅かれた男爵令嬢ソルナの姿がある。

「私が見ていたのは、ゾトル様の振るう剣の方ですよ。あんなに美しい剣は見た事がありません」

 何か言いた気な、エリーナの視線に押されて、言い訳がましい言葉が口を付く。

「だから、違いますって。あんなに愛おし気な視線で見守られている人に横恋慕なんて無理ですよ。それに私の好きな人は別にいますから」
「あ~、そういえば言ってたね。馬車に引かれて死にそうになっていたところを、高価な魔法薬を惜しげもなく振舞ってくれた若い商人さんだっけ?」
「えへへ~、名前も知らないし、顔も知らないんですけどね」

 エリーナの脳裏に、自分の良く知る人物の顔が浮かんだが、これ以上のライバル増加を望まない彼女は、賢明にも黙秘した。


◇開拓村◇


「えっ? 行儀見習いですか?」
「ええ、男爵様のお城で、見習いのメイドとして働いてみませんか?」

 ペンドラゴン村に2軒しかない長屋の一室に、2人のメイドと、1人の少女がいた。

 ここは村と言っても、魔物避けの結界柱も無い開拓村だ。いつ魔物に襲われて地図から消えても不思議では無い。ここに住む人々は、口減らしに故郷を捨てた老人と、元農奴の子供達だけだ。

 どうやって、森の中にこれだけの畑を開拓したのかは、ここに住む彼らを含めて誰も知らない。村の名前は、彼らが世話になった人物の名前から取ったそうだ。

「でも、わたし、農作業の手伝いくらいしかした事ないです」
「心配いらないっすよ? あたしみたいな元兵士でもメイドができるくらいっすから」
「メーダ、あなたは黙っていなさい」

 ピナの一喝で、メーダは首を竦ませる。班長になっての初仕事を、馬鹿な部下の言葉でふいにする訳にはいかないとばかりに、ピナの声に力が篭る。

「トトナ姉がやらないなら、あたしがなる! サトゥー様やアリサちゃんの役に立ちたいの!」
「ちょっとロロナ、どこから来たのよ」
「サトゥー様は、わたし達に温かいゴハンをくれた。それに食べきれないほどの食べ物を置いていってくれた。ここの畑だって、きっとサトゥー様が用意してくれたんだよ」

 小さな体で、一生懸命力説する幼女。メイドにするにはいささかどころではなく幼い。だが、ピナは問題なしと判断したようだ。

「いいでしょう。貴方の心意気を汲みましょう。ロロナ、あなたをメイド見習いとして雇います。トトナあなたはどうしますか?」
「うぅ、よろしくお願いします」

 妹分1人を見知らぬ土地に送るわけにもいかず、トトナもピナの申し出を受けてメイド見習いとなった。


◇ムーノ市・門前◇


「何だ、コレは?」
「それが、朝、門を開けたら、こうなってまして」

 門番に呼ばれてやってきたゾトルの眼前には、幾本もの石柱に括りつけられた百人以上の盗賊らしき男たちの姿があった。柱にはご丁寧に、彼らが盗賊なので捕縛したと書かれてある。

「ん? ゴウハンじゃないか?」
「えっ? ゾトル様? 出奔したんじゃ?」
「そっちは、オルタか?」
「ゾトルのダンナ!」

 盗賊の中には見知った顔があった。元々男爵軍の騎士や兵士で、当時の執政官と揉めて軍を抜けた者達だ。他にも、元職人や元神官の姿もある。ゾトルは、男爵領で不足している人材の確保を期待して、ニナ執政官に意見を具申する事になる。ヤマト石での賞罰の確認後に、男爵領の人材不足は、ほんのわずか改善する事になった。


◇男爵城・執政官執務室◇


「ニナさま、大変ですぅ」
「なんだ、ユユリナ?」
「それが、あの、また士爵様の事なんですが……」
「またか! 今度は何をやらかしたのだ!」

 三つ編みを揺らしながらニナ執政官の執務室に駆け込んできたのは、紋章官のユユリナ――幼い容姿ながらも城内でニナに次ぐ頭脳を持つ才媛だ。

「公都の貴族様方より縁談の申し込みと仲介を依頼する親書ですぅ」

 元々は、男爵宛に届いた書状だが、扱いに困った彼が、ユユリナ経由でニナ執政官に押し付けたと言うのが真相だ。直接、男爵がニナ執政官に渡さなかった理由は推して知るべしだ。

「カリナ様が一緒にいたのに、いつのまに、そんな浮名を流しておったのだ」

 苦々しげな表情をするニナ執政官だが、それも無理も無い。彼女としては、男爵領の安定の為にも、男爵閣下の次女のカリナ嬢と彼が、結ばれてくれるのを望んでいるからだ。カリナ嬢の方もまんざらでも無いようだが、令嬢の努力の方向がいささか間違っている上に、くだんの士爵が、幼い容姿の女性にしか興味が無い為に、その計画は成功の見込みが立っていない。もっとも、士爵の幼女好きという話は、ニナ執政官の思い込みなのだが、それを否定できる者はここにはいない。

 ユユリナが執務机の上に積み上げた綺麗な装飾の白木の箱を開ける。中には名匠の作ったらしき黄金の額縁に納められた相手の似姿が描かれている。似姿に描かれているのは、いずれも可憐な乙女ばかりだ。釣書に目を通すと、みな12~14歳くらいの娘ばかり。適齢期より少し若いが、むしろ貴族の縁談なら、その方が普通だ。

 問題は、相手の肩書きだ。

「伯爵令嬢だと? 何をどうやったら、そんな縁談が舞い込んでくるのだ?!」

 普通、名誉士爵の縁談相手といえば、豪商や市井の名士の娘か、同格の名誉士爵の娘くらいが普通だ。よほど名誉士爵本人が優れている場合や縁故があってはじめて、格上の士爵や准男爵の令嬢との縁談が持ち上がる。特に、伯爵以上の上級貴族の令嬢が、名誉士爵相手に降嫁する事はまず無い。

 しかも、この翌日からも続々と士爵との縁談に関する手紙が届く事になる。

 最終的に、3名の伯爵令嬢を始め、准男爵以上の家格のに絞っても30家近く、士爵や名誉士爵、豪商などを数に入れると、縁談の希望者は、優に100名を超える。

 そして極めつけに――

「侯爵令嬢?!」

 しかも本人が望まぬのなら、無かった事にしても構わぬとまで、侯爵の署名入りで書いてある。縁談自体が普通では無いが、気位の高い侯爵らしくない。彼女の知る侯爵は、もっと高圧的に振舞う人物だったはずだ。まるで、何か弱みでも握られているかのような弱気な物言いだ。

「まったく、縁談を断るにしても進めるにしても、本人と連絡が取れないのでは話にならん。言い訳の手紙はユユリナに書かせるとして、この手紙の費用はあの男への借金と相殺にしてやる」

 本気では無いのだろうが、そう呟く事で溜飲を下げたようだ。

 次に取り上げた手紙は縁談の申し込みでは無く、行儀見習の申し込みだった。貴族令嬢の教育として侍女になる事は良くあるが、公都に住む貴族令嬢が、こんな田舎貴族の元へ来る事はありえない。

「外堀から埋めるつもりか。なかなかの策士だ」

 しかも断りにくいように、抱き合わせでムーノ市の郊外に果樹園を共同で運営したいと申し込みが来ていた。なんでも害虫や害獣に荒らされない特殊な果物で、ここ最近、公都で大人気の物らしい。やや眉唾だが、専門家や苗まで向こう持ちだと言うのだから、断るのは、いささか勿体無い。

「くぅ、カリナ様。貴方の競争相手は強敵揃いですよ」

 思わず呟くニナ執政官。しかし、さすがの彼女も、次期巫女長とも目される元公爵令嬢までが、件の士爵に懸想しているとは想像だにできなかったようだ。

 カリナ嬢の戦闘訓練の掛け声に胃が痛くなったニナ執政官がキレて、令嬢に懇々と説教をするのは、ほんの少し未来の話だ。
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