幕間:セーラ
サトゥー視点ではありません。
※本日2本目です。「幕間:姫巫女」もご覧ください。
※8/9 誤字修正しました。
叔父上に呼び出された先に居たのは、見知らぬ男達でした。ああ、以前から注意されていたのに、血縁を信じた私が愚かなのでしょうか。
私は捕らえられ、何か卵のような物を飲み込まされました。喉に痞えて何度も吐きそうになりましたけど、何かの薬と一緒に無理やりに飲み込まされ、そのまま意識を失ったのです。
次に目覚めた時に目に入ったのは、見慣れた天井と巫女長さまのお顔でした。見慣れた場所と思ったのも道理です、ここは、テニオン神殿の聖域だったのですから。
事件の詳細は教えていただけませんでしたが、巫女長さまが、「もう、全て終わったのよ。あなたを害するものは、もういないわ」と仰ってくれたので、その日はそのまま巫女長さまに体を預けるように眠りに落ちたそうです。子供みたいで、すこし、恥ずかしいです。
◇
その夜、夢を見ました。
銀色の仮面を被った男の人と何かを話している夢です。聞いた事の無い口調で話しているのは確かに私です。でも、どうして裸なのでしょう。ああ、そんなに腕を振ったら。もし、これが夢じゃなかったら、塔の天辺から飛び降りなくてはいけません。
ああ、裸のままで立膝まで……。
夢の中で、私は羞恥に悶えました。
◇
こんなに寝起きが待ち遠しい日はありませんでした。
幾ら夢でもあんまりです。
落ち込んでいても仕方ありません。ここは気分を一新して頑張りましょう。
まずは、朝のお務めです!
「ああ、セーラ。巫女長さまから、4~5日は、魔法を使わないようにしなさいと指示が出ています。しばらくは炊き出し班の方を手伝ってあげてください」
「はい、巫女頭さま」
いきなり、出鼻をくじかれました。
とっても遺憾です。
◇
もうっ! 今日は散々です。
炊き出しの時に割り込んでくる人や、騒動が起こるのはいつもの事だけど、いったい何度騒動が起これば気が済むのかしら。闘技大会が行われる時期はいつもらしいけど、今年は魔王の季節なだけじゃなく「自由の翼」とかいう変な集団が荒唐無稽なことを吹聴しているからか、余計に不安を暴力で発散してしまうみたい。
顔を洗いに行っている間に、炊き出しを手伝ってくれている小母さんが怪我をさせられてしまったなんて。体の怪我は魔法で癒せるけれど、傷ついた心までは癒せないの。せいぜい落ち着かせるくらいしかできないわ。
騒動を治めてくれたリザという鱗族の女性とアリサという小さな女の子が、見かねて手伝いを申し出てくれなかったら、今日の炊き出しが中止になっていたかもしれません。炊き出しで命を繋いでいる子供達も多いから、中止だけはしたくなかったの。
「ありがとう、助かるわ」
「いいえ、ご主人様も、困っている人を見たらきっと手伝えって言ってくださるはずですから」
ご主人さま?
気になって、そのルルという子に確認してみたら、彼女達は名誉士爵さんの奴隷なんですって。奴隷にしては身奇麗すぎないかしら?
彼女達が奴隷というのに驚いたのは、身奇麗なだけじゃなく、奴隷達に特有のどこか諦めたような退廃感がまるでしなかったから。こんなに明るく屈託の無い表情をする子達が奴隷だなんて、信じられないわ。
炊き出しをしながら、ルルという子に、彼女のご主人さまの話を聞いてみた。まるで、恋人――いいえ、片思いの人の事を語る娘たちのような、そんな純粋な恋心を感じたわ。恋をした事が無い私には、それが少し、そう、ほんの少しだけ羨ましかったの。
だからかしら?
彼女達のご主人さま――ペンドラゴン士爵にお会いした時に初めて会う人に見えなかったの。
「あの、どこかでお会いしましたよね?」
思わず、そんな事を言ってしまって、慌てて言葉を足して誤魔化してしまったの。
「いいえ、初めましてですよ。セーラ様」
「そうでしたかしら……」
でも、否定されると変な気がするの。本当に知り合いじゃなかったのかしら?
どこかで見た気がするのだけど。
思い出せないわ。
「セーラ様、配給の人が待ちわびてますよ」
えっと、ひょっとしてずっと士爵様の顔を見つめてしまっていたのかしら?
恥ずかしい。人前で男の人に見とれてしまうなんて、巫女長様に知られたら怒られてしまうわ。いいえ、あの方なら、きっと楽しそうに、からかってきそうね。
士爵様はルルさんのご主人様らしく、平民のオバさま達相手でも偉ぶらずに愛想良く作業を手伝ってくれているみたい。
「あんた貴族の割りに筋がいいね。家を継がなくていいなら、うちの店で働かないか? うちの娘を嫁にやるよ」
「だ、ダメです」
オバさまのいつもの軽口なのに思わず反応してしまったのに自分で驚いてしまいました。同じ言葉を叫んでしまったルルさんと目を合わせて、笑い合ってしまいました。
だって、どうしてか笑いがこみ上げてくるんですもの。
こんなに心が沸き立つなんて、初めてです。
片付けまで手伝ってもらってしまったのだけれど、突然現れたリーン姉さまに驚いてしまって、お礼を言い忘れてしまったの。
失礼な女の子だとは思われなかったかしら?
◇
二度目に会ったのは、ティスラードお兄様にお祝いの言葉を伝えるために訪れたお城の舞踏会だったの。
だけど、このムカムカは何かしら。
年下の子達に囲まれる士爵様を見ていると、どうしてか心がささくれだってくるの。
「お久しぶりです、サトゥー様」
どうして士爵様の事をファーストネームで呼んだのか自分でもわかりません。士爵様の周りにいた女の子達の視線がすごい勢いで集まったような気がするのだけど、この人って、ひょっとしてモテるのかしら?
そんな事ないわよね?
思わず失礼な事を考えてしまったのだけれど、彼が作ってくれたお菓子を食べて納得してしまったの。こんなに美味しいお菓子だなんて。お城の料理長も上手だったけれど、このお菓子は桁違いに感じるわ。
一口ごとに幸せになる。
そんな感じなの。
少女達と踊る士爵様を見ていると、さっき感じたモヤモヤが強くなっていく感じがする。私が誘ったら踊ってくださるかしら?
「おモテになるんですね、サトゥー様」
ああ、こんな厭味な事を言うつもりは無かったのに。
なのに彼は見当違いな自己評価を返してくるの。それが可笑しくて、つい、クスクスと笑ってしまったのよ。彼は不思議なほど自分の評価が低いみたい。
でも、彼って、優しいのに案外意地悪なの。私に「様」を付けないでってお願いしたのに、なかなか承諾してくれないんだもの。こんな事、めったに言ったりしないのに。
そうそう、彼は料理だけじゃなくて、ダンスも上手だったわ。
◇
「何かいい事でもあったんですか? サトゥーさん」
「はい、難航していた仕事が上手くいきそうなのです」
サトゥーさんは舞踏会の時の約束を守って、あれから何度も炊き出しを手伝ってくれている。そしてついに前回の炊き出しの時に「サトゥーさん」「セーラさん」って「様」付け以外で呼び合えるようになったんです。神殿では皆が「様」付けだったから、呼び捨てで呼び合えるお友達に憧れていたの。
ふふ、呼び捨てまで、もう少しです。
べ、別に恋人同士になりたいわけじゃないですよ。
巫女ですから!
◇
そうだわ、サトゥーさんってティスラード兄さまに似ているんだわ。
いつも優しい微笑みを忘れない事とか、女の人が言い寄っても受け流す所とか、怒らせるような事を言っても困った顔をするだけで決して手を上げないところとか。
巫女になってから、兄さまにあまり会えなかったのが寂しかったのかしら?
まるで、子供みたいだわ。
ティスラード兄さまから戴いた歌姫の公演券が2枚あったから、勇気をだしてサトゥーさんを誘ってみたら、快く了承してくれました。「見てみたかったんですよ」という言葉が額面通りなのが不満です。もう少し恥ずかしそうな顔をしてくれてもいいじゃないですか。
歌姫の歌は素晴らしかったそうです。
ごめんなさい、素敵な歌も、私の耳を素通りしています。
だって!
兄さまが下さった公演券の席が恋人用なのか、座ると殆ど隙間ができないのですよ?! 兄さま以外の男性とこんなに接近するなんて初めてで、心臓が破れそうなくらいドキドキしました。
サトゥーさんは平常通り、視線があってもにっこりと微笑を返してくれるだけで、ぜんぜんドキドキとかしていないみたい。あの澄ましたほっぺをツネりたくなっても仕方ないと思うの。もちろん、心の中で思うだけで実行に移したりはできないのですけれどね。
こんなに近くに座っていると、体の奥からサトゥーさんに引っ張られるような感じがするのです。まるで歯車がかみ合うような、ここが私の場所だと心の底から何かが訴える様な、そう魂が引かれ合う様な、そんな不思議な感じです。
これが、同僚の女神官の人達がいう恋なのでしょうか。
でも、少し違う気もします。
私は自分の気持ちを明確にするのに、臆病になっているのかもしれません。
◇
どうして彼は奴隷を連れているんだろう?
他人を信用できない人かと思ったのだけれど、とてもそうは見えない。ポチちゃん達を見る限り、とても大切にしているみたいだし、家臣を雇えないほどお金が無いわけではないと思うのだけど。
「ああ、迷宮の奥で主人を失った彼女達を保護して地上まで連れていったんですよ」
「め、迷宮からですか?」
「はい、ご主人様がいなかったら闘う術を持たなかった私達は、迷宮の底で魔物達の餌食だったでしょう」
「むてきにすてき~?」
「ご主人様はサイキョーなのです!」
それで皆さんサトゥーさんを、あんなに信頼しているんですね。
「迷宮を出た時に解放しようとしたんですが、嫌がられてしまって……」
「ご恩を返すまでは、ご主人様にお仕えさせていただきます」
「ごえつシュドーン?」「いちれんタクシーなのです」
タマちゃん達の言葉はよく分からないけど、奴隷というよりは忠臣みたいな感じなのかしら。
「わたしらは、悪い魔法使いの『強制』に縛られてるから。解放しようとしてもキャンセルされちゃうのよ」
「強制」ですって?
公都にも使える人は居なかったはず。神への祈願魔法なら解けるかもしれないけど、代償が大きすぎて巫女長さまに頼んでも断られそう。
「セーラさん、もし『強制』を解ける方法があるのなら教えていただけないでしょうか?」
「神聖魔法には『祈願』というものがあるのです。その魔法なら解けるかもしれませんが、代償が大きいのです」
「代償とは?」
「そ、それは……」
私は思わず言い淀んでしまいました。
代償は「祈願」の大きさによって変わるのです。寿命が10年縮まる程度で済む事もあれば、命の火の全てを捧げる必要があるかもしれないのです。
言い淀んだ私の姿に全てを悟ったのか、サトゥーさんがそれ以上問いただしてくる事はありませんでした。
◇
「あるわよ?」
「ええっ?」
私の問いかけに巫女長さまはあっさり肯定を返したのです。
「パリオン神国のザーザリス法皇なら『強制』を解けるはずよ。私にも解けるけど、2人は無理ね。1人を解除するだけで私の寿命が尽きてしまうわ」
でも、私はこの事をサトゥーさんに告げられませんでした。だって、「強欲」と言われるほど人材を求めるザーザリス法皇ならサトゥーさん程の傑物を見逃すはずが無いのですもの。アリサ達には悪いけど、私が祈願魔法を使えるまで待ってもらいましょう。
そんなに待たせないわ。
必ず10年、いえ5年以内に、至高の頂まで登りつめてみせる。
彼女達を解放した暁に、私はきっと――
どうもルルと似てしまう。
次回は恒例の登場人物紹介やスキル一覧を挟んで9章が始まります。