8-9.トルマ邸にて(2)
※9/1 誤字修正しました。
サトゥーです。物語では狂犬のような人物がよく出てきますが、元の世界では学生時代にしか見た事がありません。年とともに丸くなるのでしょうか。異世界では丸くなる前に淘汰されそうな気がします。
◇
「ほう、白銀の戦乙女ともあろう者が、子供の遊び相手ですかな?」
せっかくのリーングランデ嬢の剣術教室に乱入してきたのは、白い鎧を着た3人の騎士達だ。彼らはシガ王国の国王配下の聖騎士で、年配の男性と二枚目半の青年は「シガ八剣」という称号を持っている。二枚目半の青年は、名をシャロリック・シガ。シガ王国の第三王子だ。
ところで子供って、ひょっとしてオレの事なのだろうか?
「シャロリック王子、臣下の家とは言え他家の庭に無断で立ち入るとは礼儀がなっていないのではありませんか?」
「リーングランデは、堅いな。やあ、シーメン子爵の弟の――」
「トルマと申します。殿下」
言いよどむ王子にトルマが補足する。
オッサンは、こういう空気は読めるんだな。ある意味、貴族らしい。
王子が気負った様子もなく「お邪魔するよ」と声をかけ、トルマも当たり前のように了承してしまった。
それにしても、リーングランデ嬢に用があるのはわかるんだが、こいつら何しに来たんだろう?
「少しリーングランデに用があるのでね。君達、席を外してくれ」
依頼っぽく言ってるけど、命令だよね。
「殿下、申し訳ありませんが、ここは私の館で、彼女は私の従姉妹です。相手が殿下といえど、未婚の女性と2人きりになるのは避けられた方がよろしいかと」
「ふん、婚約者と2人きりになって何が悪い」
「婚約なら7年も前に解消したはずですわよ」
さて、このややこしい現場から退散したいんだが、どうするかな。
「殿下、面倒な問答なんてせずに、こうすればいいんだよ」
今まで空気だったやんちゃそうな顔の聖騎士の少年が片手剣を抜刀しながら斬りかかってくる。
なんだこいつ? 頭がおかしいのか?
踏み込み速度こそ速いがリーングランデ嬢に比べると隙だらけの剣技だ。
「殿下の面前で抜刀したままなんて、謀反の意思ありって事でいいよね」
どんな理屈だ。屁理屈以前に言いがかりレベルだよ。
相手が硬さに定評のあるミスリル合金の剣だったので、妖精剣で受けずに回避する。だが、少年は執拗に攻撃を仕掛けてくる。
戦闘狂か?
「およ? 伊達にミスリル剣を持ってるわけじゃないんだ。あはっ、これを受けられるかな?」
少年が連続攻撃から竜巻のような技を放ってくる。
格闘ゲームか。
さすがに面の攻撃を避けると目立ちすぎるので、剣で受けて後ろに吹き飛んだ振りをする。カリナ嬢とハユナさんがオレの名前を呼んで心配してくれる。アリサには体力が減っていないのが判るだろうし、ナナは初めから心配していないようだ。信頼されてるな~。信頼、されてるんだよね?
文字通りラカの力で跳んできたカリナ嬢がオレを抱き上げてくれる。
OH!フカ、フーカ。
「へー、キミも身体強化が使えるんだ? 彼の剣を拾って挑んでくるなら相手するよ?」
オレの剣に手を伸ばそうとするカリナ嬢の手を止める。彼女では勝てない。
「ダメですよ、カリナ様」
一方、トルマが王子を止めようと頑張っている。かなり弱腰だが、頑張れ。
「殿下、彼はムーノ男爵の家臣で爵位持ちの貴族ですよ。その辺で彼を止めていただけませんか?」
「ほう、あの呪われ領に仕えるとは、よほど食い詰めたのだろう」
あれ? 今のセリフにちょっとカチンと来た。我ながら結構、ムーノ男爵やその家臣達を気に入っているのかもしれない。アリサもムカムカした顔をしているが、さすがに相手が悪すぎて介入できないようだ。
「我が領土を侮辱するとは、相手が王子でも許しませんわ。ワタクシの一命を賭してでも、前言を撤回していただきますわ」
「ふん、子供に取り入って貴族の仲間入りをしたつもりか? 女は家で大人しく子供でも産み育てていろ」
カリナ嬢は一度も社交界に顔を出していないといっていたから知られていないんだろう。ムーノ男爵令嬢じゃなくムーノ男爵の家臣、つまり木っ端貴族の妻か妾と思われているみたいだ。不憫な。
「ワタクシはムーノ男爵の次女カリナですわ。端女扱いをされる謂れはありませんのよ?」
カリナ嬢がその場に立ち上がって腰に手を当てて毅然と正面から王子を睨め付ける。
オレは地面に落とされた後頭部をさすりながら立ち上がる。
相手が王子だ、ここは静観するのが得策だろう。
「主家を侮辱されては、黙っていられませんね。相手が殿下でも、先ほどのお言葉を訂正していただきますよ」
あれ~?
ここは、静観が正解のはずなのに。オレはカリナ嬢に並んで、そんな言葉を吐いていた。きっと10代の肉体に引き摺られてるに違いない。そういう事にしておこう。
最低限、納刀するくらいの分別は残っていた。王族に剣を向けるとかしたら確実に処罰対象にされそうだ。
「カリナ殿、勝率は限りなくゼロだぞ?」
「ラカさん、女には引けない時があるのですわ」
盛り上がっている2人? だが、相手が王族だから物理的な対決はイカンのですよ。
「相変わらず、女性を子供を産む道具程度に考えているのですね」
リーングランデ嬢が王子とカリナの間に入りながら、怒りに震える声で言葉を搾り出す。
彼女の肩をポンポンと叩いて前に出たのはトルマだ。足が震えている。無理しやがって。
「殿下、そこの彼が言いがかりを付けた相手は、ムーノ市防衛戦の英雄ですよ。ついでにグルリアン市に現れた魔族も倒してましてね、オーユゴック公爵家の賓客として、この公都にいるんですよ。殿下はともかく、そちらの彼は少し困った立場に立たされるのではないかと」
非難の矛先を王子から、戦闘狂の少年に逸らしたのか。
面と向かって非難されたら王子も引くに引けないだろうからな。
「ふん、仕方ない、ここは引くとしよう。魔王が現れる前に有効な戦力を間引かれては困るからな。
そうだ、トルマと言ったか? 都は王都のみだ。オーユゴック市を公都と呼ぶのは、いささか不敬だぞ」
そんな捨て台詞を残して王子が去っていく。
まさかトルマが、この場を収められるとは思わなかったよ。
それにしても、ここに魔王が現れると確信しているような口ぶりだったのが気になる。まさか、「自由の翼」の黒幕が第三王子とかじゃないよね?
◇
「あの王子様も、武術大会に出場するために来たのですか?」
「いや、違う――よくあの攻撃を喰らって無事で居られたな」
「丁度ポケットに魔法薬が入っていたので」
ポーションの空瓶を振って、誤魔化しておく。
オレの質問に答えてくれたのはトルマだった。
「殿下は大会終了後に開催されるリーンの弟のティスラードの結婚式に出席されるんだと思うよ」
ティスラードとはオーユゴック公爵の孫で、エルエット侯爵の令嬢と結婚するらしい。次期公爵が彼女達の父で、その次代がティスラードなのだそうだ。彼女も、この結婚式に出席する為に帰ってきていたらしい。
「噂では陛下まで御臨席されるそうだよ」
「トルマ兄さん、それは機密事項ですよ。あまり吹聴なさらないでください」
メイドさんがボロボロになったオレの服を気にして着替えを勧めてくれたので、その場を離れた。
それにしても怒涛の展開だったな。
確定事項は、「シャロリック第三王子はリーングランデ嬢を嫁にしたい」「リーングランデ嬢にその気はない」「リーングランデ嬢の弟が結婚する」かな。
未確定事項は、「結婚式には国王陛下が来るかもしれない」「第三王子達は、公都に魔王が現れると確信しているかもしれない」だ。
結婚式に別の魔王が出現しそうで怖いな。
着替え終わってトルマ邸を去る時に、リーングランデ嬢に声を掛けられた。
「アナタ、思ったよりはやるようね。強くなりたいなら、城まで来なさい。公都にいる間に稽古を付けてあげます」
稽古を付けてもらうのは嬉しいが、城とか目立つ場所は嫌だな。
「言っておきますけど、セーラとの仲を認めたわけじゃありませんからね?」
だから、誤解だ。
理不尽な事に「誤解」なのを言葉を尽くして訴えたら、「セーラのどこが不満なのです」と怒られた。支離滅裂な人だ。
アリサが「ツンデレきたー」とこっそり言っていたが、これはツンデレなのか?
◇
「許せませんわ」
「そうですね。アレが第三王子で良かったですよ」
「ホントよね~ 不幸中の幸いだわ」
憤慨するカリナ嬢はオレとアリサの言葉が判らなかったようだ。
「だって、アレが次代の王だったら、暮らし難い国になっちゃうわよ」
「その時は、サガ帝国あたりに引っ越さないといけないな」
オレとアリサはカリナ嬢の気持ちが少しでも上向くように、少しおどけた口調で会話する。
「だ、ダメですわ。サトゥーはお父様の家臣なんだから出ていっちゃダメです」
動揺したように詰め寄るカリナ嬢の言葉が乱れている。近い。カリナ嬢、近いです。そんなに近いと色々当たって――。
ナナの胸も凄いがカリナ嬢のボリュームは別格だ。危うく流されそうになるな。
「きっく」
さっきからウォルゴック伯爵邸の敷地内に入ったところで会話していたのだが、どこからともなく現れたミーアにキックされた。ぐいぐいとカリナ嬢との間に割り込んで強引に距離を空けている。
ミーアの頭を撫でながら、カリナ嬢に「サガ帝国云々は冗談ですよ」と伝えておく。ちょっと赤面しながら「そ、そうですの、それならいいのですわ」とか言っていた気がする。
◇
その日の晩は、カリナ嬢とメイド達の王子に対する愚痴大会に巻き込まれてしまった。メイド隊の誰かが酒を持ち込んでしまったので、アリサ達は隔離している。あの惨劇をもう一度繰り返すわけにはいかない。
そこに監視役としてリザが派遣されて、オレと一緒に酒宴に参加していた。たしかにリザは悪酔いする事は無いのだが、寝ちゃうんだよね。今も綺麗な姿勢で座ったまま眠っている。
メイド隊の若手2人もそうそうに潰れてしまって、オレの膝枕で寝てしまっている。カリナ嬢の据わった目が怖い。
「サトゥー! アナタはもっと私に優しくするべきなのですわ」
「そうです、士爵様は、わたしにお粥を作るべきです」
これだから酔っ払いは。
カリナ嬢とピナの2人は、お互いに言いたいことだけを言い合う状態になってしまっている。たぶん、明日になったら自分達が何を言っていたのか覚えていないだろう。
ラカは賢明にも沈黙を保っている。
オレも見習おうとしたが、「ちょっと聞いているんですの?」とか「士爵さまはツルペタと巨乳とどちらがいいんですか!」とか左右の肩にもたれ掛かられながら絡まれた。片方が気持ちよすぎて跳ね除けられない。
明日からは、酒盛りの誘いは断ろう。
酒の入ったカリナ嬢が色っぽいだけに、この絡まれ方はちょっと辛い。
明日の朝は、お粥をメインに胃に優しいメニューにしよう。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
よくある質問の回答なども活動報告の方に書いてあるので良かったらご覧下さい。
●どうでもいい執筆裏話(興味のある方だけ、どうぞ)
初稿ではサトゥーが戦闘狂の少年の大技に合わせて土魔法で足を引っ掛けて転ばして反撃する内容だったのですが、サトゥーらしくないので変更しました。
第二稿では、完全に静観していたのですが、読み返していてムカムカしたので、彼らしくない行動を少しさせています。人間、己を100%律することなどできないのです。
彼らが、物理的に不幸になるのは8章終盤の予定なのでお楽しみに。