7-21.誰も知らない夜(3)[改定版]
※8/11 誤字修正しました。
※7/13 猪頭との戦いを加筆修正しました。
サトゥーです。この世界に来てから不自然なほど美女と縁があって浮かれていましたが、縁があったのは美女だけじゃないようです。
◇
「クククク、どうした怯えて言葉も出ないノダろう?」
だが、少女の姿で仁王立ちして宣言されると、厨二病患者の叫びに聞こえてしまう。
しかも、言葉のリズムに合わせて腕を振るので、露出している胸が揺れる、揺れる。さっきから気になって仕方ない。うん、年の割に大きいよね。
「黒髪の勇者よ。姿を偽る理由は問わぬが、ヤマトの様に楽しませてくれるノダロウナ? 我を失望させる事は許さぬノダ」
透視スキルでもあるのか、少女の瞳が赤く光っている。
雰囲気を出している憑依悪魔には悪いが、この時、オレが考えていた事は、「どうやって難敵を倒すか」ではなく、「どうやって少女の体からこいつを追い出すか」だった。
聖者の称号と魔力治癒でなんとかならないだろうか?
悪魔祓いの方法を学んだ方がいいかもしれない。身内が憑依されたら大変だ。
ここは説得スキルに活躍してもらおう――そんな事を考えていた事もありました。オレが口を開くよりも早く、少女の時間は終わった。
「廷臣どもを生贄にしたお陰で、力は満ちたノダ」
メリメリと音を立てて。
少女の背中を裂き。
そこから突き出てきたのは猪頭。
体毛のない猪頭の魔族が出現し始めたとき一瞬で少女の体力はゼロになった。
唖然としている場合じゃない。後悔より行動だ。
出現したばかりの猪頭に短気絶の雨を牽制に、縮地と掌底打ちの合わせ技で少女の体から引き離す。
死んだばかりの少女の体をストレージに仕舞う。もちろん流れ出た血液もセットだ。オレにはできないが、死にたての死体なら神官や巫女なら復活できるかもしれない。ファンタジーなら、ソレくらいの融通は利かせてくれるはずだ。
ストレージにセーラフォルダを作って他のものに紛れない様に仕分けしておく。
「フム? なんの心算ナノダ? キサマは死体を回収するよりも、我に追撃を仕掛けるべきナノダ」
よく分からない非難をされている。
まあ、無駄話の間に魔力が全快したから良しとしよう。
「今は復活したてで、我は全盛期よりも弱いノダ。キサマが勝てる千載一遇の好機ナノダゾ? さあ、全身全霊を懸けてかかってくるノダ」
猪頭の魔族の体に紫の波紋のような光が這うと、ヤツの肌が金色に輝きだす。ワガハイ君と同様の支援魔法の一種らしい。AR表示では「物理ダメージ99%カット」「魔法ダメージ90%カット」と出ている。
これで弱体化しているとか、元はどれだけ強かったのやら、とっとと始末しよう。
青銅悪魔を倒した時のコンボで畳み掛ける。魔法で牽制して、聖短矢で削る。
だが、工夫の無い二番煎じの攻撃は通用しなかった。
短気絶や誘導矢は、金猪悪魔の体に接触する寸前に弾ける様に消えた。さっきは効いたくせに、あの金色の肌に防がれるようだ。
続く、聖短矢は、金猪悪魔が口から吐き出した、不可視の何かに当たって青い残光を残して消滅した。
「これは、侮れぬ」
金猪悪魔がボソリと呟き、副音声のように魔術詠唱の咆哮があがる。どこかに詠唱用の口でもあるのだろうか?
おっと、ここは怯んだり考えたりする場面じゃない。
オレは間合いを詰めて物理で殴る作戦に出た。
オレの聖剣が金猪悪魔に触れる1メートルほど手前から、ラカが使うような魔法の小盾が幾重にも浮かび上がり、聖剣に砕かれていく。
たやすく砕かれる小盾だが――
少しずつ。
そう、ほんの少しずつ聖剣の勢いを削っているようだ。
百枚近い魔法の小盾を砕き、50センチほど進んだ所で聖剣が止まる。この魔法を覚えたいな。
「ふむ、ヤマトの使うクラウ・ソラスよりは、威力のある攻撃だな。臣共があっけなくやられるはずナノダ」
オレは尚も強引に押し通そうとしたが、金猪悪魔が口から2本の柳葉刀を取り出し、2刀でもって、左右から襲い掛かってきた。
聖盾で片方の剣を受け止め、もう片方を聖剣で受け止める。凄まじい力に押される。普通の足場だと石畳を抉りながら何メートルも後退させられたので、天駆を足場にして力ずくでねじ伏せる。魔力を消耗するが、この際はやむを得ない。
反撃しても小盾群に防がれてしまう。あれをどうにかしないと攻撃が届かない。
武器が接触した瞬間に武器破壊を仕掛けるが、逆に柳葉刀から湧き出た漆黒の靄の様な触手がこちらの剣を折ろうとしてくるので、油断ならない。
◇
なかなか攻撃を当てられないオレだが、それは向こうも同じようだ。お互いに有効打にならないまま時間だけが過ぎていく。
「我も本気をだすとするノダ」
金猪悪魔の体を紫色の輝きが二度覆う。
こいつのユニークスキルだろう。
ヤツはユニークスキルを一切隠していなかった。「一騎当千」「変幻自在」「万夫不当」の3つのスキルだ。最初のと合わせれば3つとも使用済みと考えた方がいいだろう。
2本の柳葉刀も金色の光に包まれた。攻撃力アップらしい。もともと聖剣に近い威力があったのに、今は確実にデュランダルよりも上だ。
威力の上がった柳葉刀を聖盾で受け流す。危機感知が働いたところをみると、ヘタに受け止めると聖盾でも破壊されるのかもしれない。
聖剣での一撃はやはり小盾群に防がれてしまった。
マテ。
小盾群に防がれた?
つまり、99%の物理無効のヤツにも聖剣は危険な存在なわけだ。
そして、もっと重要な事を思い出した。
聖短矢は小盾群で防がずに破壊魔法で迎撃していた。
つまり――。
そういう事なのだろう。
ヤツの攻撃を捌きながら、作戦を組み立てなおす。
小盾群を突破して敵に肉薄してダメージを与え、破壊魔法で迎撃できない状態で、聖短矢を撃ち込む。
◇
まず、小盾群を突破するために手数を増やそう。
聖盾をストレージに戻し、もう片手に魔剣バルムンクを抜く。聖剣ではないが、攻撃力ならデュランダルに匹敵する。関係ないが、どちらも柄が黄金でお揃いだ。
だが、打開策を模索していたのは相手も同じだった様だ。
金猪悪魔の周りに漆黒の輪が幾つも生まれる。
それは独立した生き物のようにオレに襲い掛かってくる。短気絶や誘導矢で迎撃するが、どの魔法も輪に触れるなり蒸発して消えてしまう。
対魔法攻撃か?
ストレージにあった適当な石を取り出して投げつける。熱したフライパンに水滴を落としたような音を立てて消えてしまった。
物理もいけるみたいだ。
聖剣を魔刃でコーティングして、襲ってきた漆黒の輪を迎撃する。
>「聖刃スキルを得た」
魔刃と何が違うのかは判らないが、名前からして魔族向きのスキルの気がしたので、最大までポイントを振って有効化する。
聖剣から魔力を吸い上げて、聖刃でコーティングしなおすが、見た目はまったく同じだ。魔力効率も変わらないみたいだし、何が違うのか。
「できそこないの勇者よ、キサマは何ナノダ? 初級魔法しか使えないのに回避は超一流、剣術も優れているのに、まともな技は1種類だけ。手加減をしているふうでもない。まるで促成栽培されたかのようナノダ」
分析が的確すぎて、耳が痛い。
「先ほどから魔眼で石にしようとしているのに、まるで効かぬノダ」
ログには石化をはじめ、麻痺や呪いなど特殊攻撃のオンパレードが羅列されていたが、みなレジストしていた。
そこに、金猪悪魔の咆哮――魔術か。
対抗手段として盾を張るが、金猪悪魔の放った見えない弾丸の前に一瞬で破壊された。やはり初級魔法じゃ無理か。
盾を破った弾丸と柳葉刀の突きを必死に回避する。不可視の弾丸といえど、空間把握と魔法感知のあわせ技で飛んでくる軌道がわかるので、柳葉刀よりは楽だ。近くを弾丸が通っただけで服が蒸発するので、誰得な格好になってきた。ちょっと肌が痒い。
>「破壊魔法:悪魔スキルを得た」
>「破壊耐性スキルを得た」
耐性は速やかに有効化する。これだけ接戦だと誤差でもありがたい。
聖刃を発動した聖剣で、不可視の弾丸を防ぎたいが、柳葉刀を防ぐので大忙しだ。
接近されたのを契機に蹴りを放ったが、聖剣同様に小盾群で防がれた。靴も蒸発したあとだったので、爪先が痛い。
ダメ元で、火炎炉を発動する。目眩ましくらいにはなるだろう。そんな軽い気持ちで使ったのだが、紙切れを燃やすように小盾群を焼いていく。
「火炎地獄か! それがキサマの奥の手だな」
再び、金猪悪魔の咆哮が、ヤツのセリフに重なって聞こえる。
轟。
一瞬、耳が聞こえなくなるほどの轟音が響き渡った。
ヤツの広範囲魔法攻撃の直撃をくらったみたいだ。左手の魔剣バルムンクから漏れる赤い光が、壊れたような変な点滅をしているので、一旦ストレージに戻す。代わりに魔剣ノートゥングを取り出した。
>「爆裂魔法:悪魔スキルを得た」
>「爆裂耐性スキルを得た」
破壊と爆裂の違いが気になるが、とにかく耐性が欲しい。正直、痛すぎる。苦痛耐性、もっと仕事しろ。HPゲージが大して減ってないのにコレとか、柳葉刀の直撃を食らうのが怖いな。
自己治癒で瞬く間に怪我が治ったが、服が消し飛んでいる。
裸じゃ格好が付かないので黒仮面装備を早着替えで着込む。この速度は変身と言われてもしかたないな。
「ふむ、相殺で終わったようナノダ」
相殺?
とてもそうは思えない姿だ。火炎炉で焼かれて半身が爛れている。
火に弱いのか。もしくは、火炎炉が中級魔法だからかも知れない。
両手の剣に聖刃を発生させて切り込む。
小盾を焼くために火炎炉を発動させる。
もっとも、それは相手も予想していたようだ。さっきの爆裂魔法に加え、漆黒の輪と不可視の弾丸を同時に発動させてきた。3つも魔法を同時に発動とか、凄まじいな。
爆裂魔法の発動に合わせて、地面に短気絶を撃ち込んで視界を乱し、その隙に宙返りするように天駆と縮地を使ってヤツの後背頭上に瞬間移動する。
火炎炉を再発動させて、ヤツの両腕に聖剣と魔剣で斬りつける。
小盾が焼け落ちるよりも早く剣が届いたが、枚数が少ないせいかヤツの体に届く。だが、金色の肌に僅かな波紋が広がり、攻撃が防がれてしまった。
防がれた時に、何かの防御膜を砕いた感触があった。ゲーム的に考えるなら、1回だけ攻撃を防ぐ魔法があるみたいだ。そう何度も防げないだろうからラッシュを掛けるとするか。
ヤツが振り返りもせず振るってくる柳葉刀を、2本の剣で受け流す。
それはヤツの罠だった。危機感知で察知するのと同時に、ヤツの背中を突き破って8対の肋骨が、生き物の様にオレを串刺しにしようと襲ってくる。
咄嗟に回避行動を取ったが、途中から爆発的な加速で予測より速く飛んできた。
ぐぅ、避け切れなかった肋骨槍がオレの体を貫く。
痛い、痛い、痛いっ。
オレは焼けるような激痛に耐え、刺さっていた肋骨槍を膝で折り飛ばす。幸い痛みは一瞬だったようで、すぐに潮が引くように消えていく。ジクジクと疼くが我慢だ。
治療は後だ。
ヤツが体勢を整えようとしているが、そんな時間はやらん。全力の火炎炉を猪頭に叩き込む。発動しようとするヤツの魔法が見えたので、聖剣で突いて破壊する。
ヤツは火炎炉で焼かれながらも、柳葉刀を捨てて両腕でオレを捕まえて締め付けてきた。なんて馬鹿力だ。く、苦しい。
追加で火炎炉を全力で放つ。
発動した紅蓮の炎がヤツの体を焼いていく。もちろん放った俺も無事では済まない。せっかくの黒装束が灰になる。
火耐性のお陰か、オレの体は赤くなるだけで火傷はしない。
いや、気が狂いそうなくらい熱いよ?
そのガマン比べはオレの勝ちだったようだ。
ヤツの腕の力が緩んだ。
一瞬の隙があれば十分だ、無理やり隙間を広げて抜け出す。
魔剣を収納して、代わりにストレージから取り出した魔力充填済みの聖短矢を即座に発射する。
聖短矢はヤツの腹に吸い込まれ――。
ヤツの防御ごと、ヤツの腹部を破壊した。
まだだ。
ヤツの体力はゼロになっていない。
残った魔力を一気に聖剣デュランダルに流し込み、聖刃スキルを発動する。
体を二つに裂かれ、体から炎と煙を噴き上げながら、尚も拳を振り上げる金猪悪魔に止めの一撃を振るう。
閃光斬撃の青い軌跡がヤツの心臓に吸い込まれ、内側から噴出した聖光がヤツの上半身を爆散させる。
バックステップで距離を取りながら、ストレージから出した体力と魔力を回復する魔法薬を2本纏めてラッパ飲みする。
そう、安心するのはマダ早い。このくらいで死ぬようなヤツは、魔王とは言わない。
そうヤツの名前は「黄金の猪王」、レベル120の魔王だ。
まったく、オレの楽しい観光には障害が多すぎる。
さあ、次は第三ラウンドを始めようか。
7章で終わりじゃないのでご安心を。
※7/13 猪頭との戦いを加筆修正しました。
魔王戦の結果はそのままですが、足で魔剣を蹴り上げたり、無駄に魔力を充填して戦ったりといった描写がなくなりました。
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