7-13.グルリアン市の騒動(2)
※8/11 誤字修正しました。
サトゥーです。猫カフェにはちょくちょく行っていましたが、社会人になってから、動物園や水族館に行く機会はめっきり減りました。デートの時は無難でいいんですけどね。
◇
グルリアン市に現れたのは、ムーノ市に居たのと同じグレードの下級魔族だ。種類的には同じ短角魔族でレベルも同じく30、スキルが「怪力」「剛身」「変形」「炎掌」だ。魔法系は無い。前衛系の魔族みたいだ。
それにしても、この都市に入る前に魔族がいなかったのは間違いない。それどころか公爵領全体でも居なかったと断言できる。テレポートが使えるようには見えないから、何者かが送り込んだか召喚したのだろう。
ルルとナナに馬と馬車を任せ、オレ達は、逃げてくる人波を掻き分けて通りを進む。移動しながら、皆に、この先にいるのが魔物ではなく魔族な事、レベルやスキル、戦うときの注意点を伝えていく。
時たま、人垣の向こうでトランポリンでもあるかの様に人が空中に打ち上げられている。魔法を使わないからと言って弱いわけではないようだ。少しずつ逃げる人がまばらになり魔族が見えてきた。
魔族の姿は、ムーノ市に居たものと大きく異なり、6本腕のゴリラみたいな姿をしている。あえて共通点を挙げるなら、種族名にもなっている赤く短い角くらいだ。
魔族を取り囲むように戦士たちが戦っている。戦いの場には数台の破壊された馬車が転がり、累々と死体が転がっていた。どうやら馬車の中には生存者がいるようだ。通りに面した建物には幾つか大穴が開いている。魔族の傍には、青い甲羅の盾を構えた重装備の戦士が対峙し、盾役をこなしている様だ。彼は魔族に匹敵するレベル29だ。これは加勢の必要は無かったか?
そしてそんな心配を他所に、魔族が振るう豪腕で何人かが空中に飛ばされる。彼らは、こちらに向かって飛んできた。
素早くダッシュして、その内の一人を受け止めた。
残りの2人は立方体を2つ出して勢いを殺してやる。少なくともこれで死ぬことはないだろう。男なら耐えろ。
オレは受け止めた人物に話しかける。
そう、オレ達がわざわざ目立つような行動を取ろうとしているのは、魔族の傍に彼女が居たからだ。
「無茶は止めてくださいね、カリナ様」
「え、えっ、サ……いえ、ペンドラギョン卿」
カリナ嬢は、受け止めたのがオレだと判ると狼狽しながらも名前を呼ぶ。噛むのはいいが、胸の前で指を伸ばして手を組んだり離したりするのは何の儀式なんだろう。もしかして照れているのか?
さらに腕の中でブツブツと「お父様以外に抱かれるなんて」とか「意外に力持ちなのね」とか、最後には「新婚旅行は王都かしら」とか意味不明な方向に独り言が暴走している。どうも異性との接触に免疫がないようだ。
「お姫様だっこ禁止ー!」
「ん、禁止」
後ろから追いついたアリサとミーアに、キックされる。尻に足跡が付いたりしてないだろうな?
カリナ嬢はラカが護ったとはいえ2割近い体力を失っていたので、アリサとミーアに治療を頼む。その場にカリナ嬢を降ろした時に、なぜか袖を掴まれたが、本人もなぜ掴んだか分かっていないようだった。
「ご主人さま、戦線が崩れそうです。加勢してきます」
そう宣言してリザが戦場に向かう。ポチとタマもカリナの左右のオッパイに挨拶してから、リザについて突撃していく。何それ、羨ましい。
突撃するリザに、魔族が3連パンチでカウンターを取ろうとしていたので、短気絶で各腕の拳を狙って迎撃していく。
短気絶でバランスを崩した魔族の無防備な体に、リザの魔槍が突き立つ。もちろん魔刃も発動していた。その攻撃は、魔族の体力を5%ほど減らしただけで終わったが、これまでの累積ダメージと同じくらいと考えると凄いのかもしれない。
遅れてポチとタマが、体勢を崩した魔族の膝裏を同時攻撃する。ダメージは1%もいかないが、痛かったのか魔族が短い悲鳴を上げて、報復の尻尾攻撃をポチとタマに向ける。
足元に落ちていた誰かの兜を拾って魔族の腹に投げつけた。ギャラリーが居ると魔法の再詠唱時間を考慮しないといけないのが面倒すぎる。
兜で姿勢を崩せたので、尻尾攻撃も威力が抜けてポチとタマが小剣をクロスさせて受け止める事ができ、そのまま頭上へと受け流している。2人はそのベクトルを上手く利用して魔族から距離を取る。
そういえば、さっきの重戦士がいないな。
視線を落とすと、魔族の足元で伸びていた。金属鎧の脇の部分が大きくへこんでいて、口から血を吐いて倒れているようだ。
「ポチ、タマ、隙を作るから重戦士を安全圏に!」
「あい~」「らじゃ!」
強めの短気絶で魔族を転がしてやる。その隙にポチとタマがシュタタ~っと近づいて、重戦士をギャラリーの方へと引きずっていく。
「さっきは、中級の大槌の乱れ撃ちで、今度は上級の神槌ですよ。きっと一次予選に名前の出てた、『黒い疾風』殿に違いありません」
「いや、『黒い疾風』は中年だったはずだ、きっと魔法戦士の『赤い戦鬼』だよ」
ギャラリーの無責任な解説が聞こえる。誰だ、その厨二っぽい二つ名の人は。ギャラリーはそれなりに離れた建物の陰にいる。聞き耳スキルが無ければ聞こえない距離だ。
盾役が退場したので、オレが代わりを務めるしかないか。
「■▼■▲ ▲■▲■ ▲▲ 盾」
出現した魔力の盾が、起き上がって襲ってきた魔族のパンチを受け止める。意外に伸びるパンチだな。比喩じゃなくて本当に5メートルも伸びられると面倒でしかたない。
今度伸ばしてきたらマンガみたいに縛ってやろう。
「こっちだゴリラ野郎!」
挑発スキルで、魔族の狙いをオレに集中させる。これで、リザ達が多少攻撃しても狙いが移る事はないだろう。
「加勢いたしますわ! ペンドラゴン卿!」
カリナ嬢がわざわざ周りに宣伝するかのように大声で名前を呼んでくる。ちょっと止めてよ。
彼女は自分の名前も呼んでほしそうに、こちらをチラチラ視線を送ってきたが黙殺した。甘やかしてはいけない。
彼女に遅れてアリサとミーアの魔法が魔族に届く。アリサの閃光の魔法が魔族の目を焼き、ミーアの刺激の霧が魔族の肺を焼く。
ミーア、オレの肺まで焼かれそうなんだけど? 非難を篭めてミーアを見るが目をそらされた。
「戦場で余所見は禁物ですわ」
わざわざ、オレの前に出たカリナ嬢が魔族の攻撃を迎撃しようとして、そのまま殴り飛ばされる。命中する寸前にラカが光って、幾重にも重なる小さな光の盾を作り出して防御したみたいだからダメージはほとんど無いだろう。
このラカの自動防御だけ抜き出して量産できないかな? ぜひ、全員に装備させたい。
ダミーの呪文付きで誘導矢を5本ほど出して撃ち込む。
一気に体力が3割ほど削れた。これは、遠くから誘導矢で狙撃するんだったな。物理攻撃と物理防御特化タイプで、魔法防御が弱いんだろう。
「アリサ、攻撃魔法で援護頼む。ミーア、水弾か水球を頼む」
「おっけー」
「ん」
アリサの光刃が飛んでくるが魔族の腕の一振りで破壊されてしまった。少し遅れてミーアの水弾が飛んでくるが、魔族を濡らしただけで終わった。
おや? 魔法に弱いんじゃないのか?
「いやはや、光刃なんて下級魔法が魔族に効くわけがない」
「でも、さっきの魔法の矢は効いてたじゃない」
「あれは、中級の理槍か上級の無槍乱舞だよ」
「いや、さすがに無槍乱舞は無いんじゃないかな~?」
さっきからギャラリーが姦しい。少し視線をやった先に居たのは、揃いの制服を着た10代前半の少年少女たちだ。魔法使い見習いかな?
ご期待通りに中級の氷魔法の詠唱をダミーで唱えつつ、「氷結」を魔族に掛ける。狙いはミーアが濡らしたあたりだ。
そこに間髪いれずにリザの槍が突き立ち、魔族の腕を折り取る事に成功した。
ポチとタマ、それから復活してきたカリナ嬢に水の小樽を投げてもらい、魔族の傍に来た小樽を妖精剣で切り飛ばして魔族をびしょ濡れにしていく。
妖精剣で、そのまま魔族を斬れば終了なんだが、これだけギャラリーが居たら目立ちすぎる。
よし、後は凍らせて、リザに突き倒してもらって終了だな。
◇
魔族は、凍らせる温度が低すぎたのか、槍を食らったあたりが砕けて、細片になって飛び散る。小さくなった破片は黒い煙となって消えていった。ワガハイ君は死体が残っていたが、下級魔族は消えるのか? スプリッターも黒い塵になってたしな。
下半身はそのままだが、僅かに残った上半身で鈍い光を放つ魔核が覗いている。リザがそれを無造作に回収した。危機感知が反応する方を見ると、地面に転がる小さな赤い角が落ちている。
それを鑑定すると「短角」という名前のアイテムだった。説明文は悪魔語で書かれていた。スキルレベルを5まで上げると殆ど読めるようになる。人族の魔法道具と違ってシンプルな説明文だ。
そこには「現地の知的生物を魔族に変換する」と書かれていた。突然、街の中に魔族が出現したのはこのアイテムのせいだな。
念のため、この都市に限定して「短角」が他にないか調べたが、無いようだ。
領土全体で検索すると検索結果がフリーズしたように応答が返ってこなくなるので、範囲を限定して順番にやって行こう。宝物庫や魔法の鞄の中は検索できないので、気休めにしかならないがやらないよりはマシだろう。
短角をストレージに収納して、怪我人の救出作業に向かう。
◇
まずは豪華な馬車からだ。この中には4人ほどが生存している。横転している上に、上に千切れた荷車が乗っている。
持ち上げて除けると目立ちそうなので、短気絶で吹き飛ばす。馬車本体が揺れないように、こっそり手で支えた。
馬車の上に乗り中を窺う。全員気を失っているようだ。中には10歳前後の黒髪の少年と少女、文官っぽい服装の20過ぎの賢そうな女性。それからドレスを着た15歳くらいの桃色の髪をした少女。アリサの髪もアレだが、桃色って……マンガか!
オレの内心のツッコミが聞こえたわけでも無いだろうが、ドレスの少女が目覚める。
まだ朦朧としているようだ。
「くろかみ? ゆう、しゃ、さま?」
それだけ呟いて彼女は再び意識を失った。
これが小国ルモォークの王女、メネアとの出会いだった。
意味深な登場ですが、メネアはハーレムメンバーに入る予定はありません。