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デスマーチからはじまる異世界狂想曲 作者:愛七ひろ
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6-幕間2:ムーノ領の過去

※今回は3人称視点となります。

※8/13 誤字修正しました。
 ここは王宮の一角にあるサロン。昼でも薄暗くなるように厚手のカーテンで外光を覆い、足元を魔法道具で淡く照らしている。天井から垂らされた飾り布やソファーセットを東屋に見立てた観葉植物の仕切りが視界を妨げるように出来ている。

 そのため、この場にいる者が誰か判らない――という事になっている。

 さらにソファを置く間隔も広く、間に話し声を吸い込んで音楽に変換する魔法道具が置かれているので、隣席の声もほぼ聞こえないように配慮されてある。

 ここはシガ王国の噂話が集まる場所。

 醜聞だけでなく、通信魔法による最新の国防情報までがやりとりされる貴族たちの重要な情報収集の場所だ。





「お聞きになりましたかな?」

 1人の紳士が秘密めかした声を掛けながら席に着く。
 公には誰かわからないとなっているが、このソファーセットに着く者は皆、彼が誰かは知っている。知らない振りをしているだけなのだ。

「ムーノ侯爵ですかな?」
「おや、お耳が早い」
「今、皆でその話をしていた所ですよ。なんでもムーノ市を死霊どもが襲撃したとか」
「その第一報が王宮の緊急通信室に届いてから半日、何の追加情報もなくてやきもきしていた所なのです」
「侯爵の精鋭なら死人ごときに遅れを取るとも思えません。とっくに撃退に成功したのでしょうが、被害によっては色々と侯爵領の利権に潜り込む好機ですからな」
「まあ、みなさん、落ち着いて。彼の最新情報を教えていただこうではありませんか」

 口々に話すやんごとない身分の人々を、恰幅のいい老人がやんわりと方向修正する。
 皆、新しい情報に飢えていたのか、すぐにざわめきが収まっていった。

「ムーノ侯爵領は、死人の軍団に敗北したようです」

 その言葉に静まっていた人々のざわめきが復活する。

「ばかな」
「あそこにはゴーレム部隊や魔法兵団まであったはずだ」
「しかも最近、鼬人族から虎人族の奴隷を大量購入して大部隊をそろえていたはず」
「国内でも5本の指に入るほどの戦力があったのに」
「何があったのだ?」

 彼らの驚きも当然と言えるだろう。ムーノ侯爵家は広大な領土と数多の金山、銀山、さらにはミスリルや魔鉱石を産出する国内有数の鉱山を保有している。その財力を背景に王もかくやという贅を尽くし、国軍とさえ戦えるほどの質量揃った戦力を保有していたからだ。

「何があったかは続報を待つしかありませんが、オーユゴック公の放った鳥人族の諜報部隊からの報告で『侯都陥落』とだけ速報が届いたそうなのです」

 しばしの沈黙が場を支配したが、一番老齢の紳士が杖を片手に口火を切った。

「すまんが、そろそろ主治医に会う時間でな。失礼さしてもらおう」
「そうでしたか、私も孫が遊びにくる時間なので」
「ワシは持病の癪が痛み出したので……」

 老紳士を皮切りに次々に席を立ち、速報を持ち込んだ青年紳士と中年の紳士だけが、その場に残った。もちろん2人とも去っていた者達の言葉が言い訳に過ぎないのは判っている。

「皆、利に聡いな」
「おそらく、死人退治に国軍が出陣するでしょう。大規模の遠征となれば儲ける方法はいくらでもありますからしかたありません」
「君はいいのかね?」
「はい、もう家の者に手配を命じてあります」
「流石は陛下の懐刀だけはある」
「閣下、ここでは身元の詮索は」
「そうであった、スマンな。貴殿が、いや、とある官僚殿が望んでいた嫡子の居ない貴族のリストが手に入ったのだが、よければ届けてやって貰えぬかな?」
「それは素晴らしい。人の幸せは我が幸せ。喜んで配達人を務めましょう」

 そして彼が情報を齎してから2ヶ月後に過去最大の規模の王軍がムーノ侯爵領へと出陣した。





「では、ムーノ侯爵の縁者は全て変死されたというのか?」
「それだけではありません。ボビーノ伯爵に嫁がれていた侯爵の妹君やその子供達まで、すべてが水難事故でなくなったそうです」
「本当か、それは? わたしはムズキー伯爵の所でご不幸があったと聞いたのだが?」

 ムーノ侯爵領への遠征が王国軍の勝利で終わったものの、ムーノ侯爵の一族は全て変死しており、直系、傍系が誰も残っていなかった。
 そこで侯爵家の跡目を継ぐために、貴族院から他家に嫁いだ者達に打診したらしいのだが、その尽く(ことごとく)が事故や原因不明の病で死亡していたという報告が、次々と王都に届いた。
 彼らが話していたのも、そんな話の幾つかだ。

「そうなってくると、領土を持たないアシネン侯爵やフダイ伯爵あたりが候補になって来るかもしれませんな」
「いや、ムーノ侯爵領はあまりに広い。4つか5つくらいの領土に分割されるかもしれん」
「いやはや、今頃、袖の下の為に金策に走っている貴族達が沢山いそうですな」
「どうりで、今月に入ってから借金の申し込みが多いと思ったわい」

 そして、この日から半年の間に、ムーノ侯爵から7親等までの血族すべてが絶えてしまう。人々は死霊王の呪いだと(まこと)しやかに噂した。





「ふう、アシネン侯爵に続いて、フダイ伯爵までも変死か」
「自宅の庭の池で溺れて死んだフダイ伯爵はともかく、下町で槍にさされて殺されたアシネン侯爵は変死ではなかろう?」
「ですが、一緒にいた護衛が気がつかない一瞬の隙に攫われたそうですから、死霊王の手にかかったのでは?」
「おいおい、貴族ともあろうものが、市井の者のように無責任な噂は感心せんぞ」
「まあ、噂は置いておくにしても、これでムーノの家名と領土を継ごうとした有力貴族が5人連続で変死ですから」
「あと候補は何人でした?」
「おらんよ。全て辞退したそうだ」

 その言葉は質問した者も含め、みな知っていたようだ。顔が見えないものの苦笑するような雰囲気が場を支配している。

「身代を潰すほどの賄賂、いや交際費を費やしておきながら噂に怯えて辞退ですか」
「いや、変死した5人のうち2人は、若いころに迷宮で探索者として活躍していた者も混ざっておるからな。辞退したのは賢明な判断かもしれん」

 さらに下級の野心溢れる名誉貴族達を焚きつけ、後見に納まることで実利を得ようとする者も現れたが、矢面に立った下級貴族だけでなく、後見になった貴族までが変死するに至って、候補が完全に消滅してしまう。

 そして、死霊討伐の褒章として、オーユゴック公爵を始めとするムーノ侯爵領に隣接する領主に鉱山が与えられた。
 戦で手柄を立てた諸侯や騎士達から不満の声が上がったが、それらの鉱山を手中に収めた領主達から今後10年の間、産出量の2割を国庫に納め、その総額の半分を褒美として分配する事で解消された。

 これによってムーノ侯爵領の価値は一気に下方修正された。
 旨味が無くなり、リスクだけが残ったムーノ侯爵領は、新しい領主が決まらないまま5年の間の歳月を重ねる事になる。





「みなさん、死霊都市の領主が決まったのをご存知かな?」
「おいおい、君、死霊都市なんて呼び名はやめ給え」
「そうですよ、今でも2~3万人は生活しているはずです」
「おお、これは申し訳ない」

 青年貴族は、メイドからワインを受け取って口元を湿らせる。

「やはり第五王子かトルドーラ名誉伯爵のどちらかに決まったのですか?」
「王家に不幸が及んでは不味いでしょうから、トルドーラ名誉伯爵あたりでは無いですかな?」

 件の青年貴族は、周りの予想を面白がって聞くばかりで口を開かない。
 じれたのか、周りの貴族達を代表して初老の貴族が話を促す。だが、青年貴族の出した名前は誰一人予想しないものだった。

「皆様は、ドナーノ准男爵はご存知ですか?」
「はて、聞き覚えのない名ですな」
「いや、まて、どこかで聞いたような」
「たしか、オーユゴック公爵の分家だったはずだ」
「ああ、あの人の良い小男だな。うちの孫娘の七歳の祝いに自らが編纂したとかいう勇者の本を贈ってくれていたよ」
「ああ、あの勇者好きで有名な男か」
「だが、命を賭けてまで領主になるような気概のある者ではなかったように記憶しているのだが?」

 そう、彼らの記憶しているのは昼行灯という言葉が似合いの無能な男だったはずだ。とても自分の意思で成りあがろうとするような野心を持つような男とは思えないようだ。

 裏表の無い人畜無害な男――それが彼らの共通認識だ。

「という事は、オーユゴック公爵のお声掛りと言う事でしょうな」
「だが、たしか後見の貴族も変死していたはずだ。あの慎重なオーユゴック公爵がそのような真似をするか?」
「そうですな、有力な鉱山を周辺の諸侯に分配され、ムーノ侯爵領は領土が広いだけで領民も産業も無い貧乏領土に成り果てている。今更、公爵閣下が手を出すような旨味はないはずだ」

 彼らが首を捻るのも致し方ない。公爵領は、国王直轄地を除けば最大規模の領土を持つ。そしてただ広いだけで無く、米、塩などの産地に加え、絹織物、ガラス工芸などの加工品でも国内有数だ。しかもムーノ侯爵領から割譲した鉱山や鉱山とセットで引き受けたドワーフ達の自治領まで版図に納めている。今更、広いだけの領土に価値を見出すとは思えない。

「じつは、そのドナーノ准男爵なのですが、この5年の間、ムーノ侯爵領の代官をしていた人物なのです」
「何? ムーノ市は名誉士爵程度の下級貴族でも変死するのでは無かったのか?」
「その通りです、今、ムーノ市にいる貴族は准男爵とそのご家族だけです」
「よくあんな場所に家族を連れて行ったな」
「どうも、世情に疎い方のようで」
「ふむ、無能と言うか鈍感さに救われたのだな」
「奥方は平民だったそうですから、貴族の血が薄いのも無事だった遠因なのかもしれませんね」

 こうして翌年、ドナーノ准男爵は、ムーノの家名を継ぎ、男爵としてかの地の領主に就任した。





 処変わって、ムーノ市の城内にある男爵家本館。領主に就任して10年が過ぎ、本家筋のオーユゴック公爵の援助で、ようやく完成に漕ぎつけた館だ。

「では、お(ひい)さまの縁談はやはり……」
「ああ、婚儀を伸ばし伸ばしにされていたから、予想はついていたんだが、正式に断りの使者を送ってきたよ」
「まったく嘆かわしい。断るなら断るで許婚殿が御自分で来られるくらいの気概が」

 自分の代わりに怒ってくれる家令兼執政官のジイを宥める男爵。先に怒られてしまうと意外に怒りはやり場を失ってしまう。

「仕方ないよ、ソルナも乗り気じゃなかったし、年齢だって10歳も離れていたからね」
「ですが、このままでは適齢期が終わってしまいますぞ」

 長年仕えてくれているからこその遠慮のない言葉に、男爵は苦笑する。

「市井の者でもソルナが惚れた相手なら構わないのだ」
「そうは参りません。領地を得た以上、旦那様にお仕えする譜代の家臣を作っていかねばならないのです。それに近隣諸侯との婚姻は、重要事項です。けっして疎かにはできません」

 ジイのいつもの言葉に頷きながらも、男爵は娘達の縁談を半ば諦めつつあった。彼が領主に就任するまでの間に、この地の領主になろうとして命を落とした貴族は百名を超える。しかも本人だけで無く酷い時は親子どころか孫までが命を無くした家もあるのだ。

 彼らが難を逃れているからといって、その呪われた領地の娘を娶る事で自分達に災厄が降りかからない保障はない。そう考える貴族は多い。

 今回断られた相手も、彼が領主に就任する前からの約束だったからこそ許婚でいてくれたのだ。現に次女のカリナ嬢は来年成年だが、未だに婚約者は居ない。

 ソルナ嬢が新しい婚約者に出会うには、この5年後、ムーノ男爵領に災厄が訪れる1年前まで待つことになる。
今回のお話はシガ王国の中枢の人を中心にしてみました。
最初の方は、本編の22年ほど前です。

潤いが不足しています。
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