表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
8/35

【Plaything】 (3)


「彼らは脳に施した特殊な処置により、その知覚神経の百パーセントを五感のそれぞれに割り振る能力がある」

「……?」

あからさまに話が飲み込めないといった顔をするヒューを見て、クレメンスは少し考え込んだような素振りをすると、より分かりやすい言葉を選び、噛み砕くように内容を説明した。


「……うーん、ちょっと分かりづらいようだから、少し詳しく説明しよう。いいかい、通常、人間の脳の知覚神経というのはその七十パーセントが両方の目、つまりは視覚に振り分けられている。これは視覚が外からの情報を得る上でもっとも重要な手段であるからに他ならない。ここまでは理解出来るかい?」

妙に優しげなクレメンスの口調に気色悪さを感じたが、ひとまずヒューは相槌を打つ。


「しかしだ」

言葉を継ぎながら、クレメンスは資料の山のひとつをパラパラとめくると、中から一枚を抜き出して全員に指し示す。


一見は、何らかのグラフのように見える。


「何となくは分かると思うが、例えば完全な暗闇にあっては、視覚に七十パーセントの知覚を振り分けるのは単なる無駄だ。そこで、もし聴覚にその分の知覚を割り振ることが出来るとしたらどうなると思う?」

相変わらず話をぼんやりとしか理解出来ていないヒューに反比例し、レイチェルは納得するように小さくうなずく。


「誤解の無いように言っておくが、あくまでもこれは単なる例えであって、彼らの知覚コントロール能力はそんな単純なものじゃない。これは仮に、(クイック・スイッチ)と呼んでいる彼らの能力なんだが、彼らの知覚振り分けの最高速度は今までの計測でおよそ三十七ミリ秒。表現を変えれば約二十七分の一秒で一回の振り分けをおこなえる計算になる。これが何を意味するか分かるかい?」

「さっぱり分からん」


ついにヒューはさじを投げる。


「これは実際にシミュレートをしたことがあるんだが、もし視覚に百パーセントの振り分けをおこなった後、即座に聴覚にも同じく百パーセント振り分けをおこない、続いて臭覚、味覚、触覚と五感の全てで周囲の情報を得た場合、一体どういう結果を得られるか。答えは私たちを満足させるに十分すぎるものだったよ」

畑違いの話に退屈するヒューを蚊帳の外に、話は続いた。


しかし、無関心からあくびが漏れそうになったヒューの様子は、次のクレメンスの言葉で一変する。


「元々高く設定された彼らの身体能力と反射対応能力に、さらに多くの状況情報を得る能力が組み合わさった結果、彼らはなんと八百メートル先からの狙撃を看破し、見事にこれを回避してみせたんだよ」


すでに話の内容をある程度理解していたレイチェルですら、驚きを隠そうともしなかったが、ヒューに至っては完全に驚愕の体となった。


「ということは……」

「そう、誰もが始めに思いつくだろうスナイピングによる目標の抹殺という手段は、カンジキウサギに限ってはまず通用しない」

「って、おい、いくら身体能力がとんでもなく高いったって、狙撃銃の音速越えの弾丸をどうやって回避するってんだ!」

レイチェルとクレメンスの間に入り、ヒューが至極まっとうな疑問を口にする。


「どんなに弾丸が早かろうと、それを操作する人間が音速で動くわけじゃない。照準をしてる間に悠々と回避行動を取れる。分かり切ったことだろ?」


ここに来て、ようやくレイチェルとヒューは今回の作戦が何故これほどまでに難航していたのかを理解した。


「察知不能な距離からの狙撃となると、最低でも八百五十メートル以上先からの狙撃が必要になるが、これでも命中させられるかどうかと言われれば……まあ首は横に振らざるを得んね。まさにお手上げだな」

「ちょっと待て博士、答えはお手上げってんじゃあ、一体あんた、何のためにここまで長々とおしゃべりしてたんだよ!」

彼なりに忍耐強く話を聞き続けた結果の答えが(お手上げ)というひどすぎるオチに、さすがのヒューもクレメンスに噛み付く。


加えるなら、レイチェルの心境もまた、ヒューと同じだった。


「そうせっつくなヒュー。お手上げというのは単なる比喩だよ」

「話の内容がほんとなら、どう考えても比喩じゃなく、現実だろ!」

「ここまでの話だけならな。しかしこの能力にも弱点はある。それはあまりにも膨大な情報を処理するために知覚神経と脳を異常に酷使する点だ。そのため、彼らは大量のエネルギーを、しかも効率的な形でのエネルギーの摂取が常時必要になる。その証拠にそこのウサギはさっきから甘いものばかり食べてるだろう?」

クレメンスの言葉に、レイチェルとヒューは再び部屋の隅に陣取る少女に目を向けた。


「脳が効率的に動くためのエネルギー源は基本、ブドウ糖だ。つまり砂糖とかだな。もちろん炭水化物や脂質からもそれらは合成可能だが、彼らのエネルギー消費スピードを考えた場合、それらでの摂取はおすすめじゃないね。例えるなら、ガソリンと植物油ほどの差が出る。それだけ彼らには無駄な負担がかるってことだよ」

「それってつまり……」

「ガス欠待ちというのが一番有効ってことさ。まあどう考えても現実的じゃあないがね。腹が減ればあれは自分で何か食うだろうし、ふむ、なんとも難しいね」

「難しいねじゃねぇよ、ちゃんと作戦を……」

「勘違いしないで欲しいねヒュー。私はあくまでも情報を提供する一介の科学者だ。作戦そのものを考えるのはそちらの仕事だし、なにより私の専門外だよ」


微笑みを絶やさずそういうクレメンスに対し、ヒューはこの話し合いで唯一完璧に理解出来たことがあることに気付く。


それは、


自分はこのマッドサイエンティストが心の底から、大嫌いだということだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ