【Plaything】 (1)
施設内の構造をまったく知らないという事実から自然、ヒューがレイチェルと謎の少女を案内する格好となった。
と言っても、この施設はそれほど複雑な構造ではない。
唯一の出入り口である先ほどの場所からほぼまっすぐの廊下が一本。
仕切り方に多少の違いこそあれど、部屋数は左右に四つずつ。それがこのフロアの構成。
右は手前からモニタールーム。情報処理室。ウォーター・クローゼット。そして少女が腰掛けていたベンチの奥に設置された簡易食堂。
左は手前から倉庫兼ゴミ集積室。仮眠室。予備電源室。そして部長室。
セルフサービス形式の食堂の影、廊下の突き当りを右に少し窮屈な形で入ってゆくと、さらに下のフロアが存在する。
始めのフロアを地下一階と考えるなら、これが地下二階。
構造は地下一階とはかなり変化する。
階段を下ってまず目に入るのが廊下ではなく、急に狭い空間にドアが三つ。
多少横長のスペースの左右と正面。
「はい、長旅ご苦労さん。ここが目的の第二取調室があるフロアでございます」
おどけて後ろのふたりに振り返るヒューに対して、レイチェルは冷たい視線で、黒髪の少女に至っては完全な無視で対応した。
「……あのさ、別にリアクションを期待してこっちもやってるわけじゃねぇが、せめて、もうちっとはチームメイトらしい対応ってもんがあるんじゃねぇの?」
「別にあんたのことが気に食わないわけじゃないわよ坊や。単に私は下らない無駄話が嫌いなだけ。特に急ぎの用事の時はね」
「さいですか……はいはい、じゃあとっとと急ぎの用事を済ませりゃいいわけか」
「その通り。分かってるんなら、なおのことそのおしゃべりなお口を閉じて、早く右の部屋に入ってちょうだい」
そう言って、レイチェルは右の奥まったドアへ向け、首をひねり、あごを振ってヒューの入室を促す。
「指図くらい、せめて手を使えよな……」
恨みがましい声をつぶやき、ヒューは右手の部屋のドアに向かう。
するとふと、奇妙なことに気がついた。
(何故、レイチェルはまだ教えてもいない第二取調室の場所を知ってるんだ……?)
正面のドアが取調室でないことはレイチェルの位置からも確認することはできる。
ドアには大きく銃器取り扱いに関する注意事項が書き記されているし、さらにその上には大きく、(Shooting Range……射撃場)のプレートが取り付けられている。
だが、階段の踊り場付近に位置するレイチェルの視界には、奥まった左右の部屋の表示は一切見えない。
「坊や!」
ほとんど耳元で怒鳴りつけられたショックもさることながら、疑問に気をとられているところへ急に声をかけられたことが災いし、ヒューは何も無い平坦な床で危うく転びそうになった。
「立ち寝が特技なのは大したもんだけど、今は坊やの芸に付き合ってる暇は無いのよ。お願いだからその軽くて小さい脳みそ、早いとこ叩き起こして、部屋に入ってもらえないかしらね」
ヒューはレイチェルのやたらきつい口調に尻込みしつつも、なんとか体勢を立て直し、部屋のドアへ手を掛け、ノブを回しながら押し開ける。
開いたドアの先に見える室内は縦横にそれぞれ2メートル程度の広さの空間。
その先にはさらにもうひとつのドア。
つまりは二重扉。
取調べ中に不測の事態があっても外部に逃がさぬ工夫であると同時に、室内の人間とモニタールームの人間以外に会話の内容を聞かれないための作りでもある。
ゆえに不可解さは増す。
室内の音が漏れ、それをレイチェルが聞いたというなら彼女の断定的な(右の部屋に……)という言葉は納得がいく。
しかしそれは有り得ない。
二重の防音壁で覆われたこの部屋の特定。
考えれば考えるほどに理屈が分からなくなったが、今はこれ以上彼女を刺激しても答えが導き出せるとも思えない。
諦めと忍耐の中間のような感情を秘め、ヒューは二つ目のドアへの狭い空間に身を入り込ませると、続いてレイチェルと少女にもそこに入るよう手招きした。
「ここのドアはどちらか一方が開いているともう一方は開かない仕組みになってるもんでね。悪いが少し我慢しててくれ」
「お気遣いありがとう。でも私は閉所恐怖症は患ってないわ」
言いながら、レイチェルは少女を自分に引き寄せつつ、入ってきたドアを閉じる。
その様子を確認し、ヒューはもうひとつのドアの前へ立つと、天井の右隅に据えられたカメラに向かい、口を開いた。
「おい、カーラ。俺だよ」
何気無い挨拶のような一言をきっかけにし、目の前のドアが静かな音を立てて開く。