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カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
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【Hide&Seek】 (5)


部屋に入ると、ちょうどドアとは反対側の位置に三人掛けほどの小さなソファがあり、そこに若い男が座っていた。


自分を迎えに来た男や、ましてやフランシスの着ているスーツとは比べることも失礼なほど、くたびれきったクリーム色のジャケットとブラウンのパンツ。タイこそかろうじて締めているが、そのどれもが着崩れしていて、全体の印象は極めてだらしないの一言に尽きる。


そんな男が、入室とともに軽く手を振ってきた。


口こそ開かなかったが、少なくとも男の態度が挨拶の類であることだけは分かる。


茶色の癖毛に覆われた顔は当人に何があったか知らないが、やたらご機嫌で、見ようによっては愛嬌のある顔立ちに邪気の無い笑顔を湛えているさま自体は、好感を受けても良かったかも知れない。


しかし、


「で、急ぎの用事のようですし、とりあえず現状を要約してご説明願えますか?」

目的も定かでなく、身振りだけで自分にアピールする男を完全に無視し、部屋の奥側に置かれた机に向かい、深く腰を下ろしたフランシスに説明を求める。


レイチェル自身はこの男が何者であるかについて、何の興味も無かったことがこの行動の要因であったが、当の男はまるで肩透かしを喰らったような顔をし、ソファの端へ肘をつくと今度はなんとも不満そうな顔をしてレイチェルとフランシスのやり取りを観察し始めた。


「簡単な説明のみするとすれば、だ。今から四日前にCIAの研究施設から、現在開発途中のある生体兵器が内部の人間によって外部へと逃亡した。対象は要人暗殺用に開発された極めて危険な代物だ。このまま放置すれば機密情報の漏洩と同時に、民間人への被害が出かねない。早急な対処を、というのが上からの指令だ」

「それで私をお呼びに?」

「そうだ」

「ペンタゴン(国防総省)に頭ひとつ下げれば済むことなんじゃないですか?」


下らない質問に呆れたといった表情で、レイチェルは自身の考えを言う。


「内容が特異なのは理解しますが、それは実質、国内テロだと考えて差し支えないでしょう。グリーンベレー……いや、デルタフォースの領分ですよ」

「ことの重大さが、どうもいまひとつ理解できていないようだが、これは完全にCIA内部の失態だ。こんなことが公になれば我々CIAの信用は地どころか地の底まで失墜するのは明白なのだよ。ゆえに、身内の問題として秘密裏に解決する必要がある」

「……」

「よって、本作戦は基本的に少数精鋭による目標の捕獲もしくは暗殺だ。そしてそれが可能なチームの人材として選ばれたのがレイチェル、君なんだよ」

「また見え透いた世辞ですか……」


不愉快さを隠そうともせず、つぶやくようにレイチェルは答えた。


しかし、フランシスはそんなレイチェルに対し、なお言葉を続ける。


「目的遂行のためなら多少の問題には目をつぶる。ともかく、一刻も早くこの目標を地上から消さなければCIAの存亡にも関わりかねんのだ」

レイチェルにも一点のみ、フランシスの発言で信用できる部分はあった。


事態は相当に逼迫している。

このことについてだけは、フランシスの態度と口調から、真実その通りなのだろうことは伝わっていた。


が、


「気に入らないですね……」

その一点だけでその他、多くの不満点を埋め合わせることが出来るとは到底思えなかったのもまた事実だった。


「少数での目標捕獲もしくは殺害が目的で、しかも多少の問題なら目をつぶると言うんなら、狙撃班にでも任せればすぐにでもことは済むはずでしょう。それをなんでわざわざ……」

「お前の言わんとしていることはよく分かるが、状況はそれほど単純では……」

「それにもうひとつ」

語気を強めてフランシスの補足説明をさえぎる。


理由は明白。


「どこのバカだか知りませんけど、この私にコンビを組ませようと考えた奴はとりあえずその腐った脳みそ、そこのゴミ箱にでも捨ててもらいたいですね」

今回最大の不満点が、彼女から聞く耳を奪っていたからである。


「元々私は単独での任務を念頭に訓練されたんですよ。それをコンビ……ツーマンセルなんかで動けなんて、足枷つけて走れって言ってるのとおんなじですよ」

「レイチェル、チームで作戦にあたれというのは長官からの直接命令だ。それにツーマンセルにこだわる必要は無い。状況によって各自が単独で動くのは自由だ」

なお不快そうな表情を隠そうともしないレイチェルに対し、さらにフランシスは付け加える。


「ところでレイチェル、誰もこのチームがコンビだなどとは一言も言っていないぞ」

「?」

「コンビではなく、トリオだ」

「ご冗談でしょ……」

不快感を通り越し、うっすら蒼ざめてさえ見える顔をし、レイチェルはうなるように言った。


「意に染まぬお前の気持ちは十分理解してるつもりだが、こちらもこちらの都合というものがある。どうにか妥協してくれんか」

フランシスの言い分自体はレイチェルにも理解出来た。


CIAに限らずとも、組織というものには必ずこういった事情が絡んでくる。

それは人が群れを成すと、必ずその中に込み入った人々の思惑が満ちるせいだ。


ゆえに、自分は組織に嫌われた。

組織を嫌うものを、組織が好きになるはずが無い。


レイチェルは自身の能力には絶対の自信を持っていたが、それとは対照的に、協調性に関しては組織を構成する人間として致命的なまでに欠落している自覚もある。


巡る思いと考えは未だに絶えないが、ひとまず話を前へ進めるために、レイチェルは任務への参加、不参加についてはひとまず横に置くことにした。


「それで、私がつけられる足枷のひとつがこの坊やですか?」

「……足枷かどうかはさておき、チームの一員なのは確かだ。彼はヒュー・マッケン。SIS(イギリス情報局秘密諜報部)から交換協力員として派遣されてきた。若いが優秀な人材だ」

「わざわざイギリスくんだりからこんな坊やを連れてきてまで仕事の邪魔ですか。本気で私に任務遂行させるつもりがあるとは思えませんね」

「なあ、その、坊やってのはよしてくれよ。俺の名前はヒュー・マッケン。ヒューって呼んでくれて構わないぜ」


ここに至り、ソファの男……自らをヒュー・マッケンと名乗った男が、ソファから立ち上がりつつ、握手を求めて右手を差し出す。


「別に覚える気は無いから名乗らなくてけっこうよ坊や」

「……」

まさに取り付く島も無いレイチェルの態度に、ヒューは差し出した自分の手のやり場に困り、その場でしばらく立ち尽くした。


「で、あとひとりは?」

「そこにいる」

「……?」

フランシスが指差したのは、ガラス張りの部屋のちょうど向かい側にある簡易食堂脇のベンチだった。


アコーディオンカーテンの開いたガラスの先に見える五人掛けほどのベンチ。


しかし、そこに座っているものはどう考えてもCIAの施設内に存在するにはあまりにも異質すぎた。


それはどう見てもスクールバスにでも乗っているような小さな少女だった。


伸ばせば肩を少し越すほどの黒髪をツインテールにし、カーキのタンクトップにダークグレーのジャケット。


その両方が何故だか不自然なほど大きく、しかもいたるところがボロボロに裂けている。


下にはデニムのホットパンツと、白地にオレンジ縞のニーハイソックス。

黒く、いかついショートブーツ。


よく見れば首には小さな鉄板でもあしらったような奇妙な飾りをつけている。


幼さが際立つその顔立ちからして、どう大きく見積もったとしてもせいぜい十一、二歳といったところのその少女は、こちらの様子などまったく知らぬ風で、膝に乗せた猫を撫でながら、脇に置いた大きなガラス瓶からジェリービーンズを取り出しては次々に口へ放り込んでいた。


「部長……」

「先に言っておくが、これも冗談ではないぞ。詳しくは、あの子を連れて第二取調室へ向かうことだ。そこにクレメンス博士とカーラ君がいる。今回の作戦についてふたりから詳細を聞いてくれ」

「カーラ?」

「ああ、そうか。カーラ君もヒュー君と同じくSISから交換協力員として派遣された腕利きの人材だ。現在はクレメンス博士の尋問にあたっている」

「……尋問?」

「おっと、これも言い忘れていたな。今回の件は、全てクレメンス博士による犯行だ」


フランシスのこの言葉に、レイチェルは今まで無表情だった顔を明らかに変える。


蒼ざめ、目を見開く彼女の様子に、ヒューはただ当惑の度を増した。



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