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カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
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【Oranges and Lemons】 (6)


フロリダ州タンパ、マクディール空軍基地。


JSOC司令官、ゲイリー・ハイマン陸軍少将はその日、いくつかの思惑により、この基地へ訪れていた。


軍部には自分と同じく、CIAを毛嫌いしている手合いは多い。

それらをさらに束ね、組織規模の測れないCIAへの全面攻勢の土台固めをしたい。


攻撃を始めたなら、確実に敵を殲滅するために取れる手立てを尽くす。

この点については、さすが数多くの特殊部隊を預かる立場に身を置いているだけあると言ってよいだろう。


広大な敷地の基地へと、厳重に警備されたゲートを複数くぐりながら、車中のゲイリーは今後の具体的なCIA潰しの戦略を練っていた。


と、突然基地内にサイレンが鳴り響く。


「一体何事だ!」

急な事態に、ゲイリーがわめく。


「はっ、どうやら基地内に不審者が侵入したようで……」

そこまで言って、運転手は次の言葉を発する機会を永遠に失った。


防弾ガラスであるはずのフロントガラスに穴が穿たれ、そこから進入してきた弾丸に頭を吹き飛ばされたからである。


「な……!」

運転席側と後部座席とを仕切る防護ガラスが朱色に染まる中、その合間に、ゲイリーはそれを見た。


雪のように白い髪をなびかせ、極端に短い銃身のM14をこちらに向け、微笑む。


ティル・オイレンシュピーゲル。


与えられた装備は皮肉なことに、ゲイリーがガブリエル・ハウンドへ流出したM14のバレルを限界まで切り詰めたものと軍用徹甲弾。


ティルは彼らが基地のサイレンに気をとられている間に車のボンネットへと上ると、フロントガラスの一点に向けて連続して射撃し、こじ開けるように防弾ガラスの一部に穴を開け、運転手を射殺したのである。


短い銃身によって発生する大きなマズルフラッシュは、本来なら弾丸を受け止める役目を果たすはずのポリエステル中間膜とポリカーボネートを一瞬で融解し、無力化した。


が、ティルはここに来て、手にしたM14を投げ捨てた。


弾切れも理由のひとつである。


しかしそれ以上に、ティルが銃器を扱うことを嫌うというのが最たる理由であろう。


それを証明するかのように、銃を手放したティルはさもうれしげに手を振るうと、もうひとつの託された装備品に手をかけた。


水筒に詰められたジェット燃料。


二重のガラス越しにゲイリーの目を見つめながら、ティルは水筒の蓋を開けると、自ら開けたフロントガラスの穴にそれを注ぎ込む。


こんな状況の中、ゲイリーの目は何故かティルの足元に集中していた。

血染めのブーツ。


何をしてそうなったのかは想像もつかなかったが、まるで血溜まりの中でも飛び跳ねてきたかのように、ブーツと、パンツの膝下辺りはべっとりと鮮血に染まっている。


とはいえ、この奇妙な来襲者の姿に気を取られている余裕はすでに無い。


今一度、何かが地面に投げ捨てられる音。

それは空の水筒。


すでに車内は揮発し始めたジェット燃料に満たされ始め、特有の刺激臭が鼻をつく。


この時点で、ゲイリーに与えられた選択肢はわずかに二つ。


このまま車内に残り、発火の時を待つのか。

それとも車外へ出て、ティルに直接殺されるのか。


いずれを選んでもゲイリーの死という結果に変わりは無い。


だがティルに関してはこれから起きるイベントに対する期待から、ゲイリーには是非とも車内に残って欲しかった。


今日は普通の殺しは十分に堪能した。

となれば、最後の仕上げについてはより趣向を凝らした殺し方がしたい。


渡された装備はあくまでティルの身体能力とゲイリーの行動予定、そして防弾車両への対策を考え、理論的に導き出した作戦の遂行を目的に与えられたものだったが、ティルにはそうした都合は関係が無い。


単に自分が楽しく人を殺せるかどうかが重要なのだ。


するとティルがそんなことを思っているうち、ゲイリーの車は瞬く間に基地の兵士たちに取り囲まれた。


無論、これもティルの想定内。

ティルはわざと車から離れようとしなかった。


兵士たちはゲイリーの車が自分たちの銃では貫徹しない高規格の防弾車両であることを認識していたため、一切の遠慮無しに車の横にたたずむティルに対して、一斉射撃を始めた。


ティルはそんな四方から飛んでくる銃弾をかわしつつ、歓喜の時を待つ。


そして、その瞬間はすぐに訪れた。


自分を目掛け飛び込んでくる無数の弾丸は、車体との衝突時に幾度と無く火花を上げてティルの期待を煽っていたが、ついに数度目に上がった火花が、弾着とともに車体から上がったその時、フロントガラスの外側に滴っていたジェット燃料に、燃え盛るその瞬間を待ち続けていた車内のジェット燃料へと引火するきっかけを与えた。


ポン、と、まるでシャンパンの栓でも抜いたような音を合図にし、ゲイリーは今や車の形をしたオーブンの中で、聞こえぬ絶叫を上げながら火だるまでのた打ち回る。


待ちわびた瞬間を迎え、ようやくティルは車を離れた。


フロントガラスに穿たれた穴からまるで空へ向け流れ出す水のように細い炎が噴出し、車内は文字通りの炎獄と化してゲイリーを焼き尽くす。


役目を終えたティルは呆然として車の内側から燃え上がるゲイリーの車を見つめる兵士たちへ名残惜しそうな笑顔を送ると、侵入してきた際と同様に、一陣の風の如く駆けてゆき、長大なフェンスを鳥のような跳躍で飛び越え、いずこかへと走り去っていった。



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