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カンジキウサギは闇夜に踊る  作者: 花街ナズナ
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【Oranges and Lemons】 (2)


目的の建物は敷地内の奥まった一角にあった。


老朽化で建て替えを予定している無人の工員寮。そこがガブリエル・ハウンドのアジトとして利用されているらしい。


寮の正面入り口に立つと、大きな両開きのガラスドア。

シャッターすら下りていない。


ここまで来てさすがにもう情報の真偽を疑う気持ちは無かったが、それにしても無防備

過ぎる。


内部の非常灯が微かに照らし出す寮内の様子も、特段変わった様子は見えない。


ひとまず、中へ入ることにしようと、ガラスの扉に近づいたその瞬間、


ふと非常灯の光とは別の強い光が数カ所から発生した。


まさにそれが合図。

ヒューは、その光源が一体何であるかを認識するより前に、目の前で砕け散るガラスから身をかわそうと、地面に張り付くように体を下げた。


星屑のように煌めきながら粉々になって四方に飛び散るガラス片とともに、その原因が遅ればせながらヒューの感覚を刺激する。


銃撃だ。


またもや見事に先手を打たれた。


無防備だったのは敵ではなく、外からガラスドアの前に突っ立っていた自分のほうだ。

それを敵は中から狙い撃ちしてきた。


自分の間抜けさに、自分自身に愛想を尽かしそうになる。


だが、悪いことばかりではない。

少なくとも今回の情報は間違い無く本物。


となれば、やることはひとつ。

命のある限り、奴らを血祭りに上げる。


銃撃の切れ目を読み、ヒューは伏せていた体をバネのように弾き起こすと一気に寮内へと突進し、最初の一斉射撃で上がったマズルフラッシュの位置から敵の場所を推測し、身を隠すのに良い、太いコンクリートの柱を背にして今度は反撃の姿勢に転じた。


第二射が始まる瞬間、すでに相手の位置を確認していたヒューは、物陰に隠れた敵へと銃口を向け、慎重に狙いを見定めると、まずひとりの脳天を吹き飛ばした。


次いで、奥の階段へと向かう廊下を突っ切りながら、左手のドアに潜む敵の頭にもまた見事に会心の一撃を撃ち込む。


しかし、こちらの反撃はここに来て急激に失速する。

体勢を立て直した相手がまたも四方からの射撃を開始した。


駆けながらもっとも手近な奥の階段手前にあるエレベーターの陰に隠れた相手へまたも一発。微妙に狙いが左へずれてしまい、ヘッドショットには成功したが、相手の左頭部を削り取るに留まり、ヒューは動きながらの精密射撃が如何に難しいかを改めて実感していた。


加えて、それがヒューの反撃の一時終了。

敵の反撃開始を知らせる合図となった。


再びそこここからの射撃が始まるとヒューは階段へと走り抜けるのがやっととなり、敵の射線をかわすことに神経を集中する。


が、まさに廊下右手側からの射撃を走り抜けながらかわそうとしたその時、撃ち放たれた無数の弾丸のうち、三発が無情にも左太股に命中した。


途端に命中した箇所に凄まじい激痛が走る。


FN P90に使用される弾丸は、硬質の物体に対しては高い貫通力を誇る反面、人体などの柔らかな対象に命中するとその運動エネルギーが乱回転によって周囲に拡散し、貫通どころか命中部位を引き裂くように破壊する特性がある。


「つっ……痛ぇだろが、このクソ野郎ぉっ!」

痛覚の鋭さに反比例し、思うように動かなくなった左足を引きずりながら、なお歩みを止めることなく弾の飛んできた方向へ向け、すぐさまフルオートに切り替えた銃を、狙いもあいまいに乱射する。


が、当然それが望む場所へ着弾することは無かった。


しかし牽制程度の意味はあったろう。すぐにセレクターをセミオートへと戻す。


ヒューはそのまま、エレベーターまで辿り着くと、その電源が供給されていないことを確認したうえで、再び始まった敵の攻撃をかわしつつ、階段へと向かう。


この建物は三階建てにエレベーター一基と階段がひとつの構造。

単純に考えた場合、現時点で一階より上に潜んでいる敵の逃走経路は、わずかに階段がひとつのみということになる。


こちらの手勢が多いなら、まさしく敵を袋のネズミにしたと喜べるところだ。


さりながら、実際の手勢は現在、自分ひとり。

いくら逃走経路を封じたとはいえ、楽観のできる状況とは言えない。


とはいえ、いくつか朗報はある。


エレベーター脇に転がった敵の死体。ヒューの弾丸に左側頭部を吹き飛ばされた死体の装備。


見る限り、敵は暗視ゴーグルなどの装備は身に付けていないようだ。


となると、俄然こちらが有利になる。


もし暗視ゴーグルを装備していたとしても、そこは所詮、テロリストといっても素人の集団。

暗闇での戦いでは、プロとアマの差が如実に出る。


敵の位置をその銃撃による音と光で予測して動く。

これが出来るか出来ないかだけで、戦闘での生存率は大きく変わる。


と、またもや一時的に敵の銃撃が止んだ。

瞬間、ヒューが反撃に転ずる。


ひとり。入り口近くの柱の陰に潜む敵の頭を。

ふたり。先ほど廊下の右手側から自分を撃ったと思われる敵の頭を。

そして最後。入り口の割れたガラスドアを抜けて外へと逃亡しようとした敵の頭を。


すると一階が静まり返る。

どうやら確認できる範囲の一階の敵は、全て片付けることが出来たらしい。


ヒューは銃の弾倉を引き抜くと、新たな弾倉に付け替え、同時にシャツのタイを緩めてそれをかなり出血のひどくなってきた左太股の止血にあてる。


まずは一階の制圧。


左足を引きずりながら階段へと向かうヒューに、もう迷いは無い。



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