【Hide&Seek】 (3)
ミシガン州デトロイト。そのダウンタウンの一角にある無人のビル。
街の空洞化で人の気配すら感じられないそんな場所に、CIA秘密施設のひとつが存在する。
荒れ放題のビルの中に足を踏み入れると、目に入るものといえば壁という壁に施されたいくつものスプレーペイントの文字の数々。
聞こえるのはくまなく割られた窓ガラスが散乱した床を踏む自身の足音。
入り口から入ってすぐの廊下を途中に点々と存在したドアを横目に抜けてゆくと、突き当たりに非常階段への重苦しいドアがあった。
金属製のそのドアだけは他のドアと違い、明らかに近い間に使用された痕跡が見える。
と、ここまで案内してきたスーツの男は、おもむろにドアを開け放つと、何故か開けたドアのノブを持ったまま、わずかにドア自体を上へ押し上げるような動作をした。
(入室に必要な操作のひとつか……)
男のうしろについて様子を見ていた女性がそんなことを思っていると、男は非常階段の踊り場を覗き込み、何かを確認すると、納得したようにうなずいて中へと入ってゆく。
窓のひとつも無く、完全に電源の途切れた非常階段は、ドアを閉じれば自然、完全なる暗闇をもたらすだろうことが想像できたが、実際にはそれは起こらなかった。
先ほどの男の動作が理由なのかは分からないが、非常階段の内部はドアを閉じると同時に非常灯が点灯し、目を凝らせば内部の様子を視認できるだけの光量を得られるようになった。
次に男は、非常階段を二階へと上り始める。
続くように女性も階段を上ったが、男は二階まで足を進めることなく途中の踊り場で立ち止まると、踊り場の横に不自然に存在するドアへ向かい合う。
見ると、ドアにはノブが無い。
通常、ノブが存在するはずの部分はぽっかりと穴が開き、普通に考えればドアとしての機能をすでに失っているように見える。
「この穴は通常の場合、内側から鉄板で遮蔽されています。階段入り口で決まった操作をおこなわないと開かない仕組みになっているんです」
背後の女性が抱いたであろう、うっすらした疑問に男は答えつつ、穴の内側へ指を這わせた。
「聞いてもいないのに、説明ありがとう」
女性が気も無くそんな言葉を返すと、それとタイミングを合わせたように目の前のドアは横へとスライドし、壁の中へ消えた。
「ここでのチェックは指紋照合のみです。どうぞ……」
ドアが開くと、男はその中へ入ってゆく。
それに付いて後ろからドアの内部へ女性が足を踏み入れると、まるで進入を確認したように、背後でドアが再び閉じる音がした。
内部の構造は、いたってシンプルだった。
人ひとりがちょうど通れるかというほどの通路が一メートルと続かずに途切れ、すぐにかなり急な下り階段が現れる。
前をゆく男は瞬く間に上半身しか見えなくなった。
一面、天井も壁も床も白い。
かすかに鼻をつくペンキの匂いが、この施設がまだ、作られてそれほど時間を経過していないことを物語る。
下り階段は予想よりも少々長く、感覚的には恐らく建物の二階と半分……想像するに、およそ地下二階辺りまで続き、その終わりにはまたしてもドアがひとつ。
「ここが最終チェックになります。脇の識別装置に手をかざし、チェックカメラに目を近づければ自動的に音声、網膜、指紋、掌紋の照合をおこない、こちらに登録された人間だと確認された時点でロックが解除されます」
説明と同じ動作をおこなうスーツの男の言葉通り、説明が終わるのを待たずに目の前のドアは先ほどのドア同様、横にスライドして壁の中へ。
瞬間、今までの閉塞感が消し飛ぶ。
開いたドアの先には仕切りや壁の類を除いて想像するに、軽く80平米を越えるだろう空間が広がっていた。