【Red Rover Red Rover】 (7)
不幸中の幸いという言葉があるが、この日のヒューはまさにそれを身をもって体験することになった。
本来なら諜報活動中ということから、身分を秘匿する必要に迫られるため、警察での拘束時間はぞっとするほど長くなるところだったが、今回は特に秘密諜報というわけでもなく、単なるエージェントとの接触任務のみだったことが幸いし、即座に自分たちがCIA所属であることを告げると、本庁への問い合わせの結果すぐに身分の確認がとれたため、警察での無用な拘束は免れた。
しかし、全てが都合良くいったわけではない。
レイチェルが救急搬送された病院へ、警察から直行したヒューは、ここで自主的に長い時間を過ごすことになる。
搬送中も、病院到着後も意識が戻らないレイチェルに、ヒューの受けたショックは相当なものだったが、医師から命には別状無いことを知らされ、一瞬だけ心を救われた。
だが所詮は一瞬。
その後は拭いようの無い自責の念に駆られ、悶え苦しんだ。
現実には、今回のヒューの行動には一切の落ち度は無い。
相手が銃を持っていたことを看破したレイチェルの言葉を無視したのも、拳銃のひとつ程度を帯びていたとしても、それは軍人としては当然であったからだし、まさか相手があの人だかりの中でよもや銃を乱射するとは考えられなかった。
常識的すぎる思考によって起きた悲劇。だからこそヒューに非は無い。
あまりに常識を逸脱した相手方の動きが、悲劇を呼んだ。
しかし単純に落ち度が無かったというだけで自分を許せるほど、ヒューは単純では無かった。
出来得るならベッドに寝かされたレイチェルに付き添っていたいという欲求を振り切り、今の状況が一体どうなっているのかを確認するため、施設へ取って返す。
途中、電話連絡を取ったが何故かどこへかけても不通で、それがさらにヒューを焦燥させた。
そして、集中出来ない心に気を散らされつつ車を飛ばし、デトロイトの施設へと戻ったヒューは、文字通りの意味で我が目を疑った。
昨日まで自分たちのいたCIAの秘密施設。
それが存在したはずの廃ビルが、完全に倒壊していた。
「……何があったんだよ、これ……」
車を降り、瓦礫の山と化した廃ビルの前にたたずみ、呆然としてつぶやく。
事態が何も飲みこめない。
自分の周りで今、何が起きているのか。
と、しばらく瓦礫の前で立ち尽くしていたヒューに、見知らぬ男が声をかけてきた。
「……ヒュー・マッケンさんですね」
跳ねるように後ろを振り返る。
もはや今の時点では、誰が敵か味方かも分からない。反応はごく自然なものと言えた。
ただ男の様子から自分と同じ匂い。緊張、混乱、焦燥を感じ取ったヒューは、少なくとも目の前の男が自分側の人間だろうと推測し、些細ではあったが心の安定を取り戻して質問した。
「ああ……そう、ヒュー・マッケン。それより……この、これは一体……何があったんだ?」
「詳しい事情はこちらではお話できません。ここから西へ三ブロック先に進むと営業を止めた商店の並びがあります。そこに止まっている大型の青いトレーラーへ向かってください。そこが今、臨時の作戦部署となっています」
目まぐるしく展開する状況にヒューは肉体的にも精神的にも疲労のピークを迎えつつあった。