【Red Rover Red Rover】 (6)
背後の自分に向かって倒れ込んできたレイチェルをとっさに起き上がりながら受け止めた時、ヒューはその場で今起きたほぼ全てを理解した。
倒れたレイチェルの前方にはエージェントが頭部を半ば吹き飛ばされて倒れていたが、その手にはこの状況を発生させるに至った決定的なそれが握られている。
(ベレッタM93R)
9mm弾を弾倉、薬室に合わせて21発装填可能。
セミオートと3点バースト(一度引き金を引くことで3連射をおこなう)の切り替えが可能な拳銃。
そのため民間での販売は禁止されており、主に警察や軍など公的機関にしか流通していない。
それを男は握っていた。
銃口から煙を立ち上らせているそれを、男は握っていた。
「……見事にやられたみたいね」
はたと腕の中のレイチェルが発した声で我に返る。
「お、おい、大丈夫……」
そこまで言って、ヒューは自分の愚かしい質問を飲み込んだ。
レイチェルは左腕からおびただしい量の出血。加えて、左胸付近は服がほとんど全て引きちぎられ、露出したボディアーマーも一箇所に弾が集中したせいか、ほぼ貫通寸前になるまで痛みきっていた。
簡単な罠である。
表面上、情報提供者として接触してきたこの男は人通りも多い昼間の街角で、自分たちに銃を乱射してきた。
いや、この表現は正確ではない。
(レイチェル)に乱射した。
自分を庇いつつ、瞬時に相手の頭を吹き飛ばしたが、恐らく両者の射撃はほぼ同時か、もしくは自分を庇うために突き飛ばす時間を割いたレイチェルが一瞬遅れていた可能性が高い。
得たものは、危険人物の死と自分の命。
代償は、血まみれの相棒。
「坊や……相手、ちゃんと息の根は止まってる?」
「バカ野郎、あんたが仕損じるわけねぇだろ、完全にくたばってるよ!」
「そう……じゃあ後は新手の登場に注意しなさい。まあ単独で攻撃してきたところから見て、新手が来る可能性は低いと思うけどね……」
「心配するとこが違うだろ、それよりしっかりしろよ、すぐ医者に連れてってやるから!」
「……坊や、ちゃんと聞こえてるからもう少し小さい声でしゃべってちょうだい。この上、耳までおかしくなったら、さすがにきついわ……」
冗談を言う余裕があるのだと安心したい気持ちはあった。
が、見えている現状はそんな甘い思考を許してはくれない。
ヒューは急いで自分のタイを外すと、レイチェルの左腕の止血にかかった。
よく見れば、出血は始めに見た時ほどの勢いは無い。
そこだけは間違い無く救いであったが、半ば抉られた胸部のダメージは想像がつかず、ヒューは皮肉にも、自身の胸を焼かれるような恐怖心にさいなまれた。
ボディアーマーは、あくまでも弾の貫通を防ぐことが主体であり、弾丸の命中によってもたらされた打撃の中和はそれほど期待できるものではない。
いくら弾丸自体の貫通を防げたとして、骨折や内臓破裂の危険性までは否定できない。
また、レイチェルの状態から見ても、それらの可能性は恐ろしいほど現実的に見えた。
「坊や……もしかしたら、もう言えなくなるかも知れないから、ひとつだけお願いしてもいいかしら……」
「だから、やめろって言ってんだろそういうの!」
「ふふっ、分かったわよ。じゃあ言い方を変えるわ……私は多分、しばらくベッドで横にならなきゃいけないだろうと思うから、その間、ノワール……おチビちゃんのこと、よろしく頼むわ……それと……」
汗が滲み始めた顔に微笑みを残したまま、レイチェルは自分の銃をヒューに差し出す。
「だから……頼むからそういうの、やめてくれよレイチェル……」
気を張らなければ今にも涙がこぼれそうになる。
しかし、レイチェルはそんなヒューの胸に横向きに伏せた銃を押し付けた。
「変な勘ぐりしないでちょうだい坊や。私は……これをあんたに預けるだけよ。まさか形見か何かと勘違いしてないでしょうね……縁起でもない……」
「……レイチェル……」
「……坊や、その銃ちゃんとメンテしておいてちょうだいよ。さもないと……戻った時に許さないから……」
耳をそばだて、小さく霞んでゆくレイチェルの声を必死に聞き取ろうとするヒューを邪魔するように、周囲を遠巻きに囲む野次馬の騒音に混じり、遠くから警察車両と救急車のサイレンが辺りを包んでゆく。