【Red Rover Red Rover】 (2)
「それではカーラ君、これまでの経緯と現在の状況報告を頼む」
所用で出かけていたフランシスは施設に戻るなり事態の把握を急ぎ、現状況確認及び作戦会議のため、関係各員……と言ってもヒュー、カーラ、クレメンスのわずか三人だが……を集め、部長室で詳細な情報の分析を始めていた。
ちなみにカーラから聞いた話によると、レイチェルはクレメンスとフランシスとは顔を合わせたくないと言い、少女を連れてどこかへ行ってしまったらしい。
この点のみ、ある意味ヒューには逆にありがたかったのは何とも皮肉である。
「はい。まず、今回のクライスト博士による国内テロ偽装計画により、本来ヨーロッパ圏での活動が主に見られたテロリストグループ、ガブリエル・ハウンドがアメリカ国内に潜入していることを確認し、同時に同グループとの交戦により、いくつかの事実が確認出来ました。当初から部長や博士が想定していたという内容通り、彼らはどうやら国内でのテロ活動ではなく、関係・協力組織からの要請によって、カンジキウサギの捕獲を目的に動いていたようです」
「やっぱりね」
こうした状況にあってすら、クレメンスの態度は毛ほども変わる様子が無い。
真面目な作戦会議の最中にあっても、楽しげに自説の正しさを証明する様子を楽しみ、緊張した空気を壊す合いの手の声を上げる。
そんなクレメンスに、もはやカーラも諦めてか、一息小さく嘆息して話を続けた。
「今のところ、フリントでの作戦行動終了後に回収したガブリエル・ハウンドの構成員と思われる人間の遺体から押収した装備を分析した結果、通常国内では入手不可能なものがその大半を占めており、その点からも、残念ながら軍部の関与は明白と言わざるを得ません」
「俺たちが目にした限りでも、FN P90にM67破片手榴弾。さらにヘリに取り付けられてた機銃。遠目でしたから断定は出来ませんが、7.62mm弾を使ってたところからして、恐らくはM240でしょう。とても民間で手に入れられるような代物じゃあないですね」
横からヒューが口を挟む。
これは情報の補足としては極めて適切であったこともあり、カーラは満足そうにヒューへ向けて軽くうなずくと、さらに説明を続ける。
「加えて狙撃銃です。M14と軍用徹甲弾。これも民生品ではありません。ただ、ヘリやミニバンなどは全て民生品を改造したものでした。武器や弾薬等とは違い、大きさの関係から人目につかず受け渡す手段が限られるため、車両関係は民生品で整えたものと推測します」
「ふむ……」
カーラからの説明に、フランシスは溜め息のような声を出しつつ、机に頬杖をついて、思案の様子を見せる。
無理も無い。
想定していたこととはいえ、テロ組織と自国の軍部が手を組んでいる可能性が濃厚……いや、もはや確実となれば、さすがに考え込んでしまうのも当然である。
「遺体は全てレベルⅢのボディアーマー(防弾衣)を身につけていました。恐らく他のガブリエル・ハウンド構成員も同様の装備と考えていいでしょう。となると、博士のカンジキウサギたちが鍵です。相手に合わせてこちらもさらに高火力を求めていけば間違い無く民間人の犠牲が増えることになるでしょうから」
このカーラの発言に、クレメンスはさもうれしそうにヒューの顔を覗き込み、
「どうだい、私の思った通りになったろ?」
決して小声とは言えない声で言う。
言われたヒューはといえば、(俺に言うな!)と言わんばかりの表情で、面倒そうに顔を横へ逸らし、クレメンスを無視する作業に従事した。
「現時点でテログループとの関係が強く疑わしいのは、偽情報の流れから見て、アメリカ統合特殊作戦軍という判断になっております」
アメリカ統合特殊作戦軍。
通称、JSOC(Joint Special Operations Command)はアメリカ特殊作戦軍隷下のサブコマンドのひとつであり、デルタフォースのほか、海軍特殊戦開発グループ(DEVGRU)などの対テロ特殊部隊を筆頭としていくつもの特殊任務部隊を運用している。
「皮肉なことですが、対テロ部隊を有する軍部が敵対勢力であるはずのテログループと関係をもっている。それが我々の出した結論です。詳細な事情までは判明していませんが、恐らくはカンジキウサギを含むフレッシュ・スミスの研究成果に興味を示した軍の人間の一部が暴走した結果なのではないかと思われます」
「なるほど。とすると、当座調べる必要があるのはJSOCとガブリエル・ハウンドのパイプだな。どう考えても両者が直接繋がってるはずは無いだろうから、間に何らかの組織が絡んでるのは間違い無いだろう」
「情報本部の協力を得まして、FBI(アメリカ連邦捜査局)のデータベースへの侵入に成功しています。すでにいくつかの有力な情報が確認出来ました」
「うむ、では内容を具体的に頼む」
「その中でも特に軍部との接点が多く、また、各国の非合法組織との関係が疑われる企業は、アーネスト&フォース、それとVIC(Variety Innovate Corporation)の二社。これが現在もっとも有力な容疑組織です」
フランシスとカーラの真剣な問答のおかげで、場に似つかわしい緊張感が戻ってくる。
ヒューも自然、張り詰めた気持ちになり、じわりと手のひらが汗ばむのを感じた。
が、またしても空気を読まない男、クレメンスがここにきてなお口を出す。
「アーネスト&フォースとVICねぇ……また懐かしい名前が出てきたもんだ」
しかし、またぞろ下らないことを言うものかと思ったクレメンスが言い出したことは、意外にも会議の内容に沿うものだった。
「私がCIAにヘッドハンティングされる以前、何度か接触してきた会社だ。どちらも医薬品部門が主力だが、昔からバイオテクノロジー……特に遺伝子研究には力を注いでいる。これは私の憶測だが、フレッシュ・スミスの研究、開発成果に興味を抱き、軍やテロリストとの利害関係の一致を利用して今回のような手に出たんじゃないかと想像するんだが、どうだろうね」
態度や口調こそ普段のふざけた調子を変えていなかったが、少なくとも中身はまとも。
それだけにヒューはクレメンスに対する態度をどうしたものなのか決めかねていたが、
「君らの報告を聞く限りでも奴らはティルに対しては捕獲を試みていたように感じるんだが。ヒュー、現場で見ていた君の受けた印象としてはどうだった?」
「……ああ、確かに奴ら俺たちには無遠慮にバンバン弾撃ち込んできやがったけど、気のせいでなければ、連中はティルにはライフルによる狙撃と、至近距離から足を狙う動きしかしてなかったはずだ……」
「ありがとう。やはり現場の声は貴重だな。予測を確信に至らしめる大切な要素だ」
急に話を振られ、軽く動揺した。
代わりに、よく理解出来たこともある。
レイチェルに限らず、このクレメンスという男も相当に変わってはいるが、実質的部分は極めて優秀だという事実。
人としては間違い無く問題だらけだが、それぞれ専門とする分野での能力は疑い無く一流。
ただ、残念なのはそれが(能ある鷹は爪を隠す)というような、上品な代物で無い点である。
と、どうにも今回関わることになった人間が揃いも揃って付き合いづらい手合いばかりであることに、ヒューが軽く頭を痛めたその時、部長室の電話が鳴った。
机に置かれた部長への直通側でなく、壁掛けの電話。
その意味するところは、それに素早く応対したカーラがすぐ教えてくれることになる。
「情報本部からの連絡です。確認が取れました。ミシガン州内のふたつの管制塔でヘリの飛行記録が数件。トロイとサギノーの管制塔で確認された時間差を総合するとまず間違い無く今回フリントに現れたMD500のものと思しきものがちょうど一件。記録から逆算して途中給油が無いことから、燃料の関係でほぼ州内から離陸したのは確実です。となるとミシガンに施設を持たないアーネスト&フォースは自然、除外。つまりVICで決まりです」
「お見事!」
意外なことに、この一言をヒューとクレメンスはまったく同時に、それもまったく同じ台詞を口走った。
ちょっとした驚きから互いに目を合わせたが、ここは別物。
ヒューは明らかに決まりが悪いといった顔。
クレメンスはいつもの薄ら笑い。
加えてヒューは奇妙な空気の変化に苦い表情を加える。
「……ともかく、これで当座の行動予定は決まりましたね。まず、もっとも調査を入れやすいところから裏をとってゆくのが最善と思われます。軍とガブリエル・ハウンドは論外。やはり民間のVICから調べていき、三者の繋がりを探るべきかと……」
言いかけたところで、再び壁の電話が鳴る。
「度々失礼します……」
自分の話を中断したベルに対してカーラは謝罪し、素早く受話器を取った。
またもほぼ相槌だけの通話を一分弱。
そして、
「朗報です。たった今、軍部内のエージェント(諜報機関の協力者)からコンタクトがあったそうです。うまくすれば軍とガブリエル・ハウンドとの関係を直接確認することが出来るかもしれません」
嬉々として報告しながら、カーラは受話器を戻す。
「エージェント側の要求としては、当然ながら自分からの情報漏洩の秘匿。軍とVICを介してのガブリエル・ハウンドの関係説明に対する対価として三万ドル。ことが急ぎということもありますので、さっそく明日には会う手筈を整えました。明朝十時、先方の指定したハート・プラザ。観光地としても有名ですからね。逆に人目の多さが隠れ蓑になるだろうという算段でしょう」
「分かった。思った以上に順調で何よりだな。では、私は三万ドルの調達に腐心することにしよう。ヒュー、新しい車の手配も同時にしておくから、明日は頼んだぞ」
良い流れになってきたことを素直に喜びつつ、フランシスが言う。
無論、ヒューも悪い気はしない。
性質上、彼は静かな諜報活動を好む。今回の任務はまさにそれと言えた。
「ここへ来てようやくに念願のヒューミント(人的諜報)か。うれしいですね、やっと諜報員らしい活動が出来るってもんだ」
「ヒュー。出鼻をくじくような言い方はしたくないが、ヒューミントであっても、常に戦闘の危険はある。くれぐれも油断のないようにな」
「承知してますよ。ただ俺は集団でサブマシンガンや狙撃銃持った連中とやり合うわけじゃないってことがうれしいって言いたかっただけです」
「まあ、確かに今回の任務ではそれは無いだろうな。しかし今後の話となると別だ。軍とテロリストを向こうに回している以上、大きな戦闘は今後も可能性として発生し得る。その辺りの覚悟だけは常にしておいてくれ」
「……出来れば、せずに済ませられればそれに越したことは無いんですがね。しかし、覚悟はしてますよ。ですんで、いくつか頼みたいことがあるんですが」
「?」
「カンジキウサギの時みたいな人を小馬鹿にした装備じゃこの先、生き延びられる気がしませんのでね。相応の装備を整えさせてもらいたいんです」
いつもの軽い態度を改め、ヒューは真剣な顔つきでフランシスへ要望した。
要望としては至極まっとう。というより、当然の要求。
するとフランシスの返事も待たず、クレメンスが横から急に話へ割り込んでくる。
「そいつはどうだろうな。現場で見ていた君ならもう理解してるとは思うが、基本的にガブリエル・ハウンドとの直接戦闘はウサギたちに任せるのが利口だと思うがね」
「そりゃあ、な。あのチビどもがとんでもないってのはよくよく分かってるつもりさ。本音を言えばその通り、全部任せてこっちは安心したいってのはある。だが、万が一に備えておいて損は無いだろ。何事も用意だけはしとくに限る。違うかい?」
クレメンスお得意の薄ら笑いを逆に返しながら、ヒューが答える。
対して、クレメンスはなんとも退屈そうな顔で言葉を返した。
「ふむ……まあ思うようにするといい。確かに君の言う通り、準備だけは常に万端にしておくのは理想的なことだ」
「そうそう。でも、実際期待してるぜ。カンジキウサギとチビにはな。正直、あいつらがいなけりゃ、今ここにいることすらできなかったろうからよ」
この発言に関しては、紛うこと無き本心である。
現実にあの現場を生きて帰ってこれたのは、ティルと少女の存在が絶対的だった。
だがそれだけに、ティルと少女へ依存しすぎるのが如何に危険かも、ヒューは意識していた。
頼りになるものが常に存在すると考えるのは最悪の油断を生む。
それゆえに自身単独の能力も補助しようと努める。
プロとしてはむしろ当たり前の行為とも言える。
「部長、他に欲しい装備はいろいろありますが、ひとまず銃器から準備したいんです。CIAにはお抱えのガンスミスなんてのは、いるんですかね?」
「ああ、特殊任務に必要な場合を想定して銃器その他の装備品を扱う専門部署があるが、それがどうかしたかね?」
「はっきり言って、奴らの装備は半端じゃありませんのでね。こちらもそれなりのものを揃えていかないとまずいな、と。そういうことです」
「FN P90が欲しいなら、今回、回収した中からそちらへ回せるが?」
「……さすがCIA。証拠品も平気で流用するとは、恐れ入りますね」
「倉庫に寝かせて何か得することがあるというならそうするがね。こうしたものは実際に使ってこそ価値が出る。使わん道具はただの荷物だよ」
「そういう実利主義、嫌いじゃありませんよ。ただ、FN P90は遠慮させてもらいます。俺はサブマシンガンってのはどうも好きじゃありませんし、第一、これから新型銃の操作を体に覚えさせるのは時間的に無理があります。慣れたものをカスタムしてもらえればそれで十分ですよ」
ヒューの答えを聞き、納得したようで、フランシスは自身の机の電話を取ると、ボタンを操作して要件通りに装備課へ電話を繋げる。
小さく、漏れてくる呼び出し音が数回。
すると、フランシスは受話器をヒューへ差し出す。
「繋がったぞ。後は好きなように注文するといい」
「ありがとうございます」
受話器を受け取ると、スピーカーの向こう側から旋盤やグラインダーなどの金属加工機械での作業音がけたたましく聞こえてくる。
ヒューは向こうから流れてくる騒音を無視して目的の品物を発注した。
細かな仕様まですでに決めていた。
ガブリエル・ハウンドとの戦闘。それが大前提。
それだけに内容は彼の知識の全てを結集して導き出した結論としての銃。
「HK33SG/1をカスタムして欲しいんだ。バレルはそのままに、ストックを可能な限り短く、全長を出来るだけ小さくして、屋内での使用に合わせてもらいたい。それと使う弾丸は全てガンパウダーを10%程度減らした弱装弾を用意してくれ。マガジンは30発仕様。多少威力を犠牲にしても反動を少なく、命中精度を優先したいんでね」
(HK33SG/1)
アサルトライフルでありながら短、中距離でのスナイパーライフルとしても使用可能な高性能ライフル。
使用する弾丸が7.62×51 NATO弾のH&K G3SG/1に対し、小口径で反動の小さい5.56×45 NATO弾を使用するため、威力の点では劣るが命中精度は高い。